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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十一章 決別の冬 ~Trigger of war~
139/202

83.0 御節と亀裂

 大晦日まであと三日。博麗神社の大掃除も終えた俺達は残りわずかな今年をゆっくりと……過ごせずにいた。

 台所に黒大豆の煮豆のトロンとした甘い香りが立ち込める。その中で俺は黙々と手を動かしていく。やることがいっぱいで、喋る暇もなかった。が、ただ隣に並び立つ彼女は違った。


「まったく……なんで毎度毎度私達が宴会の用意しないといけないのよ。たまにはお呼ばれしたいわ」


 霊夢は愚痴をこぼしながら気だるげに包丁を動かす。年末は自宅で静かに年を越す……とならないところが幻想郷のようで、宴会に出すおせち料理の準備に大忙しだ。さすがにひとりで準備は間に合いそうにないので、霊夢に応援を頼んだわけだが……


「どうせここなら初詣も一緒に出来るからって……考えが短絡過ぎるわよ」

「いいじゃないか、参拝客が増えるんだから」

「お賽銭を入れない奴は参拝客に入らないのよ」


 相変わらず口が減らない霊夢だが、その手付きは実にスマートだ。蓮根にゴボウ、人参にタケノコをテキパキと切っていく。本当に何をやらせても小器用にこなしてしまうから流石だ。これでちゃんと凝るようになったら俺より料理が上手くなりそうなんだが……本人がその気にならない限り無理だろう。

 そもそも霊夢が異変解決以外に本気で取り組むところなんて見たことない。精々参拝客獲得のために浅慮な知恵を絞るくらいだが、あれもどこまで本気でやっているかわからない。


「黒豆はほっといていいでしょ。伊達巻焼きなさいよ伊達巻。結構な量焼くんでしょ?」

「はいはい」


 人への指図だけは抜け目ない霊夢の言葉に大人しく従って、俺は伊達巻を焼き始める。

 霊夢は異変以外でなにかに本気で打ち込むことはない。半年以上共に暮らしている霊夢に対して、俺の抱いたイメージの一つだ。

 まあ、俺だって同じようなものだが。手当たり次第に色んなことを始めてみてはいるが、そのいずれも中途半端で……自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。


「はぁ……」


 ……俺はこのままでいいのだろうか? 心の中に抱いた疑問に答えてくれるものは誰もいない。ダメだな、何事もネガティブに考えてしまうのは俺の悪い癖だ。俺は気を取り直して、伊達巻に集中しようとする。

 ふと視線を感じてあたりを見回すと、台所奥の勝手口が開いていた。料理の匂いに誘われたのか、そこから宝石のような飾りの付いた翼が見え隠れしていた。初めて紅魔館に行った時を思い出す光景だ。


「フランちゃん。つまみ食いはダメだけど、味見ならいいよ」


 俺は勝手口の方へ向けて声を掛ける。すると翼がピクリと跳ね上がり、フランが戸の隙間からひょっこりと顔を覗かせる。不安そうな顔だったので手招きしてあげると、満面の笑みを浮かべながらこちらへ駆け寄ってくる。


「ホクト! こんにちは!」

「あぁ、こんにちはフランちゃん。ちゃんとレミリアさんにこっち来るって言った?」


 そう尋ねると、フランちゃんはごまかすように笑って腰元にじゃれついてくる。 危うく伊達巻を落としそうになりながらも、俺は宥めるようにフランちゃんの頭を撫でる。


「おっと、火を使ってるんだから危ないよ」

「ごめんなさーい。それよりこの甘い匂い! 何作ってるの?」

「伊達巻だよ。切ってあげるから待ってて。あと煮豆も出来てるけど食べてみる?」

「うん!」


 フランちゃんが元気よく手を上げながら返事をする。その天真爛漫な言動に俺もついつい甘やかしてしまう。隣で料理をする霊夢がため息を吐くが、見ないフリ見ないフリ。

 先程出来上がったばっかりの伊達巻を二人分ほど切り分ける。そして小皿に伊達巻と黒大豆の煮豆を乗せ、フォークも付けてフランちゃんとこいしに手渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、北斗! ね、早く食べよ食べよ!」

「うん! まるでケーキのスポンジみたい。フワフワだわ!」


 フランちゃんは興味深そうにフォークで突っついているのに対して、こいしは次々と口の中へ放り込んでは幸せそうに頬に手を当てている。そんな光景を俺は微笑ましく眺めながら料理を……って。


「こいし、いるなら入るって言ってくれ。心臓に悪い」

「えへへ、つい探して欲しくなっちゃって……やっぱり北斗が見つけてくれると嬉しいもの」


 こいしは頬を赤らめながら、照れ隠しのようにフォークを咥える。そのバッチリと目と目が合ってしまい、俺は気恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。焦げかけの伊達巻を慌てて巻きすに乗せていると、小さな声で、こいしが呟いた。


「むー、北斗のバカ……」


 俺はその台詞を聞かなかったことにして、手を動かし続けた。






 料理がひと段落したところで、俺達は昼食を取ることにした。流石に朝から料理していて疲れたので、献立は手間をかけずにすぐできるきつねうどんだ。

 ちなみにフランちゃんとこいしはお腹を空かせるために境内の方で弾幕ごっこをしに行ってしまった。監視役兼審判に霊夢とさっき起きた火依も付いている。油揚げを煮終え、うどんをゆがこうとしたその時……


「……表にいないと思ったらこんなとこにいたのか」


 フランちゃんやこいしじゃない声が背中にかけられる。振り向くと黒髪と左右非対称の翼が印象的な、ショートヘアの少女が壁に寄りかかっていた。封獣ぬえ、以前の異変の主犯だ。


「お前は弾幕ごっこに混ざらなくていいのか?」

「昼ごはん作ってるからね。ぬえこそ混ざらなくていいの?」

「私はお前目当てでここにきてるんだ。他に興味はないよ」

「……そりゃどうも」


 熱烈な言葉だが、これはあくまで弾幕ごっこの話だ。異変の際、俺はぬえと弾幕ごっこをした。あの時は運良く俺が勝って、気絶したぬえをマミゾウさんに預けたんだが……

 どうやら一度負かしたのが相当不服だったようで、博麗神社にやってきては俺に勝負を挑むようになってしまったのだ。

 この忙しい時に……俺は思わずため息を吐いてしまう。そして調理に戻りながら、ぬえに向けて言う。


「何度も言ってるじゃないか、俺はぬえには勝てないよ。あの時は偶然と状況が味方しただけなんだって」

「それだけで私がやられるわけないだろ! いいから私と戦え!」


 ……しつこい。俺は再度溜息を吐いた。あの異変での戦いを除いて、俺はぬえに勝ったことがない。それで満足すればいいものを、本気を出せやらお前の力はそんなものじゃないなどと言って何度も何度も勝負を挑んでくるのだ。

 さっきも言った通り、ぬえに勝てたのは異変の影響でキメラ化が強化されていたのと、ぬえが動揺していたからだ。今の俺では真っ向勝負では勝てないってことを認めてもらいたいんだが……


「はぁ……わかった。昼食終わったらね」

「ふん、今日こそ実力を見せろよ」

「はいはい……」


 それでもぬえの挑戦を受け続けているのは……どうせ俺が根負けするからってのもあるが、ぬえととある約束をしたからでもあった。俺が勝てば彼女が異変を起こした理由を教えてくれる、という約束だ。異変は解決したが、結局動機は分からず終いだった。聞けるなら是非本人から聞いてみたい。勝てる算段はないんだけどね。

 俺は茹で上がったうどんをどんぶりに移して、お盆に乗せる。そして油揚げとねぎ、揚げ玉を乗せてからお盆ごとぬえに突きつける。


「ちょ、なんで私に渡すのさ!?」

「ぬえのも作っておいたから居間に運んでおいてくれ。あと表の四人も呼んできて」

「頼んでないのに……」


 俺はぬえの文句を封殺しお盆を手渡すと、ぬえは釈然としない顔でうどんを運び始めた。跳ねっ返り娘のようだが、以外と素直な性格のようだ。フランちゃんやこいしと相性がいいかもしれない。

 俺はぬえの分追加してうどんを茹でていると……突然表の方から轟音が響く。


「何だ!?」


 もしかしてフランちゃん達がやり過ぎたのだろうか? 俺は様子を見に勝手口から表に出てみる。するとそこには霊夢達にぬえを含めた五人がいた。そして、その集団と向かい合うように白黒のエプロンドレスに大きめの帽子を被った少女……魔理沙が立っていた。

 随分久しぶりだ。少し前は事があるなし拘らず神社に来ていたのに、ここ最近は全く姿を見なかった。前から心配していたのだが……何やら様子がおかしい。

 魔理沙は仁王立ちの状態で立っているだけだが、その表情はいつになく真剣だ。そして対峙する霊夢は四人を庇うように前へ出て、お札を構えていた。二人の剣呑な雰囲気にフランちゃん達四人も困惑している。思わず俺は二人の元に駆け寄った。


「霊夢、魔理沙! 何やってるんだ!?」

「よう北斗、久しぶりだぜ」

「北斗! 魔理沙に近付かないで!」


 魔理沙は呑気に挨拶してくるが、霊夢が緊迫した面持ちで注意を飛ばしてくる。明らかに態度が対照的だ。一体二人に何があったのだろうか?俺は……少し考えてから魔理沙の方へ向く。


「……魔理沙、何かしたのか?」

「ちょっと挨拶代わりに弾幕を放ってやったのさ。あと……」


 魔理沙はやや間を空けてから、帽子の鍔を指で弾いてから笑った。いつもの明るいものでも不敵なものでもない、悲しげだが決意の感じ取れる笑みだった。


「今から異変を起こす、って伝えただけだぜ」

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