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東方影響録  作者: ナツゴレソ
十章 人である証 ~Patchy variant~
135/202

80.0 神代からの罪と変わらない日々

 木枯らしも面目躍如といったところか、神社周辺の森の枯葉を悉く吹き飛ばしてしまった。お陰で見た目にも寒々しくなった裸木が冬がすぐそこまで来ているぞと、訴えかけてくる。

 確かに肌に触る空気が、日に日に冷たくなっていくのは感じる。幻想郷で過ごす冬は初めてだが、きっと厳しい季節になるだろうと予感できる。速めに冬を越すための準備を済ませてしまわねば。


「はっ!」


 そんな変わり目の中、俺は境内で黙々と刀を振るう。妖夢から受け取った二尺八寸の無銘の大刀だ。妖夢に教わった型を何度か繰り返す、いつもの自主鍛錬を終えた俺は息を吐く代わりに独りごちた。


「うーん、しっくりこないな」


 これまで封魂刀を使っていた期間が長かったせいか、なかなか長さと重さに慣れずにいた。封魂刀も重さはかなりある方らしいが、それより随分重く感じてしまう。

 鍛錬の時に妖夢に相談してみたのだが、この刀は重心が先の方にあるために取り扱いは難しいのは仕方ない、らしい。元々は免許皆伝の証として渡してもらえる予定だったのも頷けるな。

 とにかく慣れるために汗をかかない程度の素振りで感覚を確かめていると……地面に小さな影が落ちる。


「まだまだ刀に使われているわね」


 天子が空から降りてきて言う。今日は宴会の日だが、それにしても来るのが早すぎると思うんだが……

 俺は素振りする手を止めずに天子に言葉を返す。


「俺は普通の人間なんだから、剣の道も人並みに遅いんだよ」

「普通の人間は鵺を一撃で倒せないわよ」

「……随分耳が早いんだな」

「ふふん、まあね」


 天子がどうしてか誇らしげに胸を張る。あー、いや、そういえば心当たりがあった。里を守っていた時に天子の子分になるとか言っちゃったけど、部下が優秀で誇らしいとか思っているのかもしれない。

 あの我儘お嬢様の子分、大変そうだなぁ……と内心で不安に感じていると、天子が珍しく真剣な表情になる。


「やっぱりあの刀、折れたのね」

「……それも噂?」

「いいえ、人里での戦いを見た時から違和感を感じていたわ。忠告してあげようとしたのに、話も聞かずに飛び出すからよ」


 そうか、天子が呼び止めようとしたあの時から刀にガタが来ていたのか。それに気付きもせずに振り回して……自分の未熟さに腹が立ってくる。

 苛立ちを払いのけるように全力で唐竹割りを放つ。大気を断つつもりで放った一撃に、天子の顔が不敵に笑みで歪む。この話題はあまりしたくない。やや強引に話を逸らすことにする。


「俺は弱いよ。剣の腕も弾幕ごっこも。ぬえとの戦いだって運が良かっただけだ。あの時ぬえは集中に欠けていたみたいだし、異変でキメラ化も強化されていた。それに反則に近い戦い方をしたし……」

「反則……?あぁ、もしかして弾幕に当たっても無視するやり方のことかしら?私もたまに使うし文句も言われるけど、言わせておけばいいのよ!別に『極力弾幕は避けなさい』っていうルールはない訳だし」

「かといって褒められた戦い方でもないけど……」

「……ふん!それで、キメラ化って何よ?」


 天子がむくれ気味に尋ねてくる。説明できないことはないが、それより見てもらった方が早いだろう。そこで俺は刀を鞘にしまってからスペカを取り出す。そして……


「『獣符「グラフティッド・バリアント』」

「なっ!?」


 スペル宣言と同時に、天子の俺を見る目が変わった。手には剣を取って、今にも斬りかかってきそうだ。慌てて俺はキメラ化した手で首に掛けていたロケットペンダントを開いて、自分の姿を意識する。すると、瞬く間もなく元の人間の身体に戻る。

 一連の姿の変化を見て天子はおおよその事を察したようで、腕を組みながら眉をへの字にした。


「……キメラ化って、その気持ち悪い変身のこと?」

「気持ち悪いとは酷いな。ダークヒーローっぽくて格好良くない?」

「あー、うん。男の感性はわからないわ」


 同意を求めるが、天子は何とも言い難い表情で肩を竦められる。うーん、言うほど気持ち悪いだろうか?

 確かに最初は気持ち悪いと思っていたけど、人に戻れるようになってから何度か変身してみるうちに変身ヒーローみたいな魅力を感じてくるようになって、今ではあまり抵抗がなくなってしまった。


「で、なんなのそれ?人里守ってる時に同じような奴を見たことがあるけれど」

「ま、今回の異変の原因と同じ方法でなってるからね……紫さん曰く、今回の異変はぬえの正体不明の種で姿が曖昧になった動物を、俺じゃない誰かの影響の力によって実体化させたことが原因らしいよ」


 しかも、曖昧に見えている姿も影響の力で歪めている可能性もあるとも言っていた。もしそうなら、この二つの組み合わせでどんな生物も別の生物に変えられることになる。末恐ろしい組み合わせだ。俺も気をつけないともっと酷いバケモノになってしまうかも。


「要はキメラになるためには正体不明の種と影響の力の干渉が必要ってこと?」


 天子の言葉に俺は頷き返す。俺は偶然にもその二つを持っている。だから、キメラの姿さえイメージ出来れば変身はさほど難しくなかった。問題は元の人間に戻る方自分の元の姿を思い起こして反映させる作業がかなり難航を極めた。


「変身の練習をし始めた頃は大変だったよ。一日キメラの姿で家事をしていた日もあったなぁ……」

「何それ面白そう」

「見てる分にはね。なった側は力加減がままならなくてイライラしたよ……」


 ……そんな時、手助けしてくれたのは祖父からもらった俺の写真入りのロケットペンダントだった。

 俺の写真が入っているから、というよりも俺の姿をはっきり覚えていてくれた人がいたという事実が、俺自身の姿を意識させる手助けをしてくれた。それでも若干若い時の写真に引き摺られてか、若返ったんじゃないかと霊夢が言っていたが……気のせいだと思うことにしよう。


「ふーん、ま、見た目はともかく鵺を一撃で倒せるほどの力が手に入ってよかったじゃない」

「それなんだけど……あの時は里の人間がキメラを畏れていたせいで一時的に強化されていたみたいで……今やキメラ化は少し頑丈な身体になるくらいのメリットしかないんだけどね」

「なーんだ、つまらない。なら元々頑丈な私の下位互換ね」


 手を広げながら呟かれた言葉に、ついムッと来てしまう。天子は横目で愉悦の視線を送ってきている。安っぽい挑発だ。だが、ちょうど実践的な練習がしたかったところだ。買ってやろう。

 俺は腰の刀に手を掛け、柄の感触を確かめる。すると天子も緋想の剣を手に取る。天子との間に、張り詰めた空気が漂う。そしてどちらとともなく……


「はぁ……どうして有給の日まで映姫様のお供をしないといけないんですか……!仕事と休みもしっかり白黒つけてくださいよ!」

「何を言っているの……貴女に関しては仕事中の説教では足りないから、私が休日返上して働いているのよ」

「いや、映姫さんのお説教巡りはもう趣味の領域ですけど……って、アンタら何やってんだい?」


 突然瞬間移動のように俺と天子の間に現れた映姫さんと小町さんは、脱力している俺達を見て不思議そうに首を傾げた。





「まったく、興が削がれるとはこのことよ!せっかく珍しく北斗から乗ってくれたのに!」

「ははは……勝負はまた今度だな。それにしてもお二人とも随分早いですね。何かご用が?」


 俺はすっかりむくれてしまった天子を宥めながら、映姫さんと小町さんに尋ねる。すると縁側に座る映姫さんが、お茶を一口啜ってから喋り始める。


「ええ、貴方には以前から言いたいことが山ほどあるもの」

「……まあ、心当たりはあります。早く来てもらって悪いですけど、料理の仕込みと宴会の準備があるんですよ。なのでお話は中途半端になるかもしれませんが、それでよかったらよろしくお願いします」


 ……それに俺からも聞きたいこともあるし。俺が頭を下げる頼むと、映姫さんは何故だか目を丸くする。そして隣で煎餅を食べていた小町さんが大きな笑い声を上げた。


「あーはっはっ!!風の噂じゃ相当の変わり者だって聞いていたがその通りだ!!毎度毎度押し売っては疎まれる映姫様の説教も、よろしくお願いしますと言われたんじゃあ肩透かし……って、痛いですって!ほっぺに穴が開いたら酒も飲めなくなるじゃないですか!」

「小町、少し黙っていなさい……」


 映姫さんは小町さんの頬に笏を押しつけながら、咳払いを一つする。そして少し嬉しそうに何度も頷いた。


「殊勝な心がけですね。ではありきたりな説教はされ慣れていそうですから……少し穿った話をしましょうか」

「はぁ……穿った、ですか?」

「ええ、本来は霊夢にも聞かせたいのですが……死者を連れ戻すということについてです」

「………………」


 俺はつい押し黙ってしまう。小町さんは我関せずと言ったようにお茶を飲んでいる。天子も興味が無さそうに縁側で足をぶらぶらさせていた。

 外の世界では想像のものでしかなかったものが、幻想郷では目に見えて存在する。だからこそ出来るはずのないことも出来てしまう。空を飛べたり、魔法が使えたり……今までそれをプラスにしか見てこなかったが、『してはいけないことも出来てしまう』可能性だって考えないといけないのだろう。


「輪廻転生を断つ行為、それを人間が行うなど許されません。そして何より……どんな形であろうと、何者であろうと別れは必ず訪れる。そこから逃げてはいけないのです」

「別れ、か……」

「ええ、神代より伊弉諾尊も黄泉の国へと妻に会いに行きましたが……」


 俺は映姫さんの話を半分聞き流しながら思考にふける。

 異変が終わってから一週間ほどしてから、紫さんに祖父の事を聞いた。信じられなかった。何より、亡霊になってまで俺を待っていたことは……紫さんの目の前だというのに泣いてしまうほどの事実だった。

 けれど、永遠の別れを受け入れることに苦しみはしなかった。家族を失う感覚は人より少し多く体験しているが、慣れるものではない。最後に祖父と話せたこと、そして三途の河での火依との別れ。その二つが俺を事実から目を背けない勇気をくれた。


「それをゆめゆめ忘れてはいけませんよ……いいですね!」

「はい、大丈夫です」


 はっきりと頷いてみるが、映姫さんは眉間に手を当てて唸る。まあ、何で悩んでいるかは大体想像がつく。何たって俺も釈然としていないのだ。


「はー、疲れた疲れた」


 ……噂をしたら影だ。空から霊夢と……翼を広げた火依が下りてくる。二人の手には買い物袋が握られていた。宴会用の食材だ。

 俺は二人から立ち上がって買い物袋を受け取っていると、映姫さんが堪えきれなくなったようにため息を吐いた。


「北斗、霊夢……例外は今回だけなのを肝に銘じなさいよ。はぁ……」


 二度目の溜息を吐いて、映姫さんが項垂れる。何だか気丈で真面目なイメージとは少し違った印象を覚えてしまう。その様子に火依は小鳥のように首を傾げるだけだった。


「お客さん、多いね」

「しかもお茶だけじゃなく茶菓子も出して……特に天子!アンタ最近来過ぎよ!」

「いいじゃない。この私が気に掛けてあげてるんだから感謝しなさいよ」

「ふん、どうせ天界じゃハブにされてるから少しでも構ってくれるここに来てるだけでしょ」


 霊夢が俺の居た席に座って天子から湯呑みを奪って飲み干す。それを皮切りに二人の湯呑みの争奪戦が始まった。いつもの事なので無視して映姫さんに尋ねる。


「それなんですけど……どうして火依は帰ってきたんですか?」


 俺はずっと聞きたかったことを聞くと、三度目の溜め息を吐いて映姫さんは喋り出す。


「……本来妖怪は死んでも人間のように幽霊になって彼岸に来ることはない。存在が消滅するだけのはずなんだけれど、どういうわけか火依は妖怪でありながら幽霊になった。極めてレアケースよ」


 俺は相槌として頷きを返す。きっと封魂刀と俺の影響の力が関係してそうだが……黙っておこう。


「そして私達閻魔王の裁きを受けることになったのだけれど……そもそも私達は『人間』の輪廻転生を管理しているのであって、その流れに妖怪を組み込んでいいのかどうかが問題になってねぇ……」

「あぁ、それで結局出来ないから戻ってきたと」

「いっそそうなった方がよかったのかもしれないわ……閻魔王同士の会議でも意見が真っ二つに割れてしまって結論は出ていない。この飲みが終わったらまた明日からまた不毛な会議よ。まさか会議まで白黒真っ二つになるなんて……」


 映姫さんはブツブツと文句を零す。おお、なんというか仕事一筋そうな人なのに、意外とこの人も仕事のオンオフがハッキリしているタイプの人なのかもしれない。やはり働いている人は大変そうだが生き生きしている。俺も働かないとな……!


「はは、まあ愚痴なら酒の場でゆっくり聞かせてもらいますよ。それじゃあ、仕込みと準備があるんでここか居間で適当に寛いでてください」

「そうですね、そうさせて……あ、霊夢にそこの天人!貴方達には前々から話しておきたかったことが……」


 ゆっくりすると言ったそばから霊夢と天子を捕まえて説教を始める。きっとあの人なりのストレス発散なのだろうな。二人とも、ご愁傷様。

 俺は買い物袋を台所に運び、中身を確かめていると……居間から火依が顔を出した。何故だかモジモジしている。不思議に思った俺は声を掛けてみる。


「火依?どうした?」

「……まだ言ってなかったな、って」

「えっと、なにが?」


 尋ねてみると、火依は少し顔を伏せてから……伸びをしながら青い翼を広げた。そして手を腰の後ろで握って、満面の笑顔を向けてくる。優しくて、温かい笑みだ。


「ただいま!」


 その言葉に、俺は一瞬呆けてしまう。けれど、すぐに自分の頬も自然に緩んでいることを感じる。俺はそれに逆らわず、同じように笑顔で返した。


「おかえり、火依」

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