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東方影響録  作者: ナツゴレソ
番外編集
13/202

特別短編 ビターメモリーズ・黒

 このお話はバレンタイン特別短編になっています。いつも通りの時系列無視です。

 本編四章まで読んでいないとネタバレの可能性がありますのでご注意ください。

 早苗回です。

 幻想郷は山里のせいもあってよく雪が降る。特に妖怪の山の頂にある守矢神社の積雪は厳しい。格子窓の外は粉砂糖をまぶした様に真っ白だ。

 本来なら私が雪かきをするべきなのだけれど……今日明日だけは、神奈子様に任せっきりになっていた。ちなみに諏訪子様は炬燵の中で冬眠中です。

 今日は、二月十三日。明日はバレンタインデー。外の世界じゃ甘い香りと浮ついた空気が漂う日だけれど、幻想郷ではそんな様子は全くない。私がいるこのキッチン以外は……だけれど。


「うーん、やっぱりうまく膨らまないなぁ……」


 私はオーブンから取り出したガトーショコラの出来に落胆してしまう。

 学生の時と比べて料理の腕は上がっているはずなのだけれど……やっぱり家庭料理と洋菓子作りは勝手が違うってことなのかも。長年使っているオーブンの調子が悪いのも失敗の原因かもしれない。

 ……こうなったら咲夜さんに習いに行こうかしら? いや、そんなことしたらバレンタインの事がバレてしまう。幻想郷の住民は常時暇しているので、こういうイベントに眼がない。万が一バレンタインが広まってしまえば……センパイはチョコの山に埋もれてしまうだろう。


「折角出し抜けるチャンスなのに……」


 我ながらズルい女だとは思う。けれど同じ屋根の下で暮らす霊夢さんや火依さん、ほぼお隣状態のレミリアさんやフランさん……そして一番遠い地底から足繁く通うこいしさん、他にも恋のライバルは沢山いる。

 私は幻想入りする前からセンパイのことを知っているけれど……逆に言うとアドバンテージはそれくらいしかない。アピール出来る時にしとかないと……センパイを取られてしまう。


「まあ、センパイは昔のこと覚えているか怪しいですけど……」


 私は失敗したガトーショコラをフォークで突っつきながら、溜め息を吐く。きっとセンパイは向こうで渡したチョコのことすら忘れているだろう。仕方がないことだ、私が円滑に幻想入りするためにも、センパイの……私を知っている人達の記憶を消すことは必要だった。

 そもそも私が幻想郷に行くことを望んだのは他ならぬ私自身だ。人でなく都合のいい神様として祀り上げられるだけの人生がイヤで、幻想郷に逃げたのは……私だ。

 鬱屈とした思いを抱えながら、私はガトーショコラの焦げた端を口に入れる。


「苦い……」


 舌から伝わる刺激が、鮮明に、過去の記憶を思い起こしてくれる。そうだ、あの日もこうやってチョコ作りに四苦八苦していたっけ……

 今はもう戻れない外の世界の記憶。一年だけしかなかった高校生活の、数少ない思い出だ。






「もー! 全然上手くいかない!」


 深夜にも関わらず、私は騒がしい声を上げてしまう。

 目の前のキッチン台に並べられているのは不恰好なガトーショコラの群列。その出来を一つ一つ確認して……頭を抱えてしまう。どうやっても上手く膨らまない。それに生っぽくなったり焼きすぎたりと焼き加減もバッチリといかない。

 いや、私が私的に作って食べる分には『手作りとしてはいける』程度の出来なのだけれど……渡す相手が相手だけに妥協することができなかった。


「センパイのことだから笑って受け取ってくれるだろうけれど……料理下手だと思われるのは嫌だなぁ」

「……別にお菓子一つで人の事判断しないじゃないか?これくらいのものが作れるんならさ」

「そうかもしれないですけど……このワンチャンスしかないんです! 失敗したくないんです!」


 私はいつの間にか台所に入って勝手にガトーショコラを食べている神奈子様に向かって八つ当たり気味に言う。するとややあって呆れ気味の溜息が返ってくる。

 神奈子様は私が色恋事に現を抜くしていることを良く思っていないのは知っていた。けれど、それが単なる意地悪じゃないことも理解していた。


「早苗……別にやめろとは言わないけれど、過度な思い入れは止めなよ。辛くなるのは、早苗自身なんだからね」

「……わかってます。けど、後悔はしたくないんです」

「そう、だね……後悔しないよう、やり残しがないようにしなさい。もう、残された時間は多くないからさ」


 そう言いながら神奈子様は私の後ろに立って肩を叩くと、肩から外れかけていたエプロンを直してくれる。時には父の様に諭し、またある時は母の様に励ましてくれるこの神様を、私は心の底から信仰していた。

 だから私は神奈子様と諏訪子様を信じて幻想郷に付いて行こうと思った。理由はそれだけじゃないけれど……今でも決心が揺るいでいないのは、神奈子様と諏訪子様が傍にいてくれるお陰だった。


「はい……必ず、伝えてみせます。私の、想いを」


 この春、私はこの世界からいなくなる。だから最初で最後のチャンスだ。




 私は明日、北斗センパイに告白する。




 結局、納得できるプレゼントは完成しなかった。少し焦げてしまった表面をシュガーパウダーで隠し、ラッピングで誤魔化したけれど……不安感は拭えなかった。

 今朝からああすればよかったとか、もっと早くから準備すればよかったとか、頭の中で後悔がグルグルと渦巻いている。当然、授業なんて頭に入らない。そのくせ時間はいつもの数倍以上遅く流れるものだから、渡す前から疲れてしまった。

 けれど、ついに、ホームルームを終えて放課後になる。チャイムと共に、私は誰よりも早く教室を出た。そうしないともう心臓が持ちそうになかった。

 渡す場所は図書室。万年過疎気味の図書室なら十中八九二人っきりになれる。しかも幸運にも今日は私とセンパイの図書委員の番。絶好の機会だ。

 いち早く図書館に着いておいて身嗜みとチョコをチェックする。そして残り時間を使ってこの浮ついた気持ちを少しでも抑える……そうしないと何かしら失敗してしまいそうだし。あとは人払いも……最悪奇跡を起こしてでもする。よし、計画は完璧だ。


「やるわ……やります! 私!」


 私は図書室のドアを思いっきり開け放ち、叫ぶ。と同時に、図書室の受付カウンターに座っていたセンパイと目が合う。


「………………」

「………………」

「……うん、まあ、やる気があるのはいいけど、図書館では静かにね」

「はい……すみません」


 私は火が出そうなほど熱くなった顔を逸らしながら謝る。私の計画はその第一歩目からいとも簡単瓦解してしまった。




「センパイ、流石に早すぎませんか? 私、ホームルーム終わって真っ先にここに来たのに……サボりですか?」


 センパイの隣の席に座った私は、真っ先にそれを咎める。私の記憶では、センパイの教室は図書室から結構遠い場所にあったはずだ。少なくとも私の教室よりも遠いはずなのだけれど……

 人畜無害そうな顔をしているセンパイだけれど、たまに平然と授業をサボったりする。今回はそのパターンだと思ったのだけれど、センパイは手に持っていた文庫本を閉じて首を振る。


「サボりも何も三年生はもう自由登校だよ。教室は自習組が占拠してて授業すらしてないんじゃないかな」

「……もしかしてセンパイ、ずっとここで読書を?」

「まさか。登校したのは昼食ってからだよ。流石に一日中ここにいれないって」


 なんて苦笑いを浮かべているけれど、怪しいところだ。センパイならここで根を張ったように居座っていてもおかしくないもの。さながら図書館の主ね。


「そう、ですか……」

「うん、そうだよ」


 単調な言葉による会話のキャッチボールをしていると……さっきまでの緊張は何処へやら、自然と肩の力が抜ける。そして……まだチョコすら渡せていないのに、とても幸せな気持ちが溢れていた。お互いに何も言わない、そんな時間ですら、幸福に思えた。

 さっき自由登校だと言っていたけれど……就職の決まっているはずのセンパイがここに来る必要はない。本来なら私はチョコを渡し損ねていたはずなのに……センパイはここに来てくれた。チョコを貰いに来た、なんて自意識過剰な妄想はしないけれど……この放課後の時間を楽しみにしてくれてたのかも、と思うと頬が緩んでしまいそうになった。




 けれど、そんないつもの時間の流れが、ひどく冷静に、一つの疑問を突きつけてきた。

 センパイが、私が大好きなこの時間はもうすぐ失われてしまう。センパイはこの学校を卒業して、私は幻想郷に行ってしまう。きっと、二度とセンパイには会えないだろう。

 後悔したくなかった。だから、告白しようと思った。けれど……




 告白されたセンパイは、どう受け止めたらいいのだろうか?




 もしセンパイが私の事を受け入れてくれても、一ヶ月も経たないうちに私達は離れ離れになる。遠距離恋愛なんてものじゃない。世界を別つ、今生の別れになる。私は、私しかそれを知らないのに、センパイへ、一方的に、思いを告げようとしている。

 独りよがりだ。勝手に今までの時間を清算して、勝手にいなくなるなんて……


「東風谷、どうしたんだ? 大丈夫か?」

「えっ……?」


 気付けば、私はボロボロと涙を流していた。咄嗟に私は両手で目元を拭う。けれど、とめどなく溢れるそれは……隠しようがなかった。


「や、違うんです。これは、ちょっと最近ドライアイ気味で、その……」

「………………」

「本当に、何でもないんです。なんでも……」


 私は必死に言い訳と弁解の言葉を並べる。涙で視界が潰れてみないけれど、きっとセンパイは困惑しているだろう。違う、私はセンパイを困らせたくなんかない。けれど、涙が止まらなかった。

 今頃になって、神奈子様の言葉が突き刺さる。ずっと浮ついていて気付かなかった。この想いが実らないことくらい、わかりそうなものなのに……

 こんなことになるなら……告白しようと思わなければよかった。チョコなんて準備しなければよかった、センパイの事を、好きに、ならなければ……


「東風谷」


 センパイの声と共に頭の上に手が置かれる。そしてまるでガラス片に触るかのような、そっとした手付きで、髪を撫でられる。冷たい手だ。けれど、温かい。しばらくなすがままされていると……涙も止まった。




 よかった。センパイが優しい人で。

 危うく、私は、自分に嘘を吐くところだった。


 気付けてよかった。私の告白が、独りよがりになるって。

 今日という日があってよかった。私はこの思いを一人で抱きながら、胸を張って行くことができる。


 センパイが好きでよかった。たった一年だけの高校生活の中で、出会えて、本当に、よかった。

 だからこれは、ただのお礼だ。私にかけがえのない思い出をくれたセンパイへのささやかな、お礼だ。




 私は制服の袖で涙を拭いて、鞄からラッピングされたガトーショコラを取り出す。そして、私の頭を撫でてくれているセンパイの手に握らせた。するとセンパイは何も聞かずに受け取ってくれる。そして小さな、小さな声で呟いた。


「ありがとう、東風谷。必ず、お返しはするから……」


 ううん、センパイ。これは、お礼ですから、お返しなんていらないです。私はもうセンパイから色んなものを貰いましたから。貰い過ぎちゃったら……もう、本当に、涙が止まらなくなってしまうから……






 センパイが口にしてくれた約束は、終ぞ叶うことがなかった。それでいい、私は、私だけしか覚えていない約束を押し付けるほど重い女じゃない。もし、万が一思い出したその時に、些細なものを返してくれたらそれでいい。

 ただ少し、我儘を言うなら、お返しは……


「お返しは、センパイがいいなぁ……」

「なーに甘ったれたことを言っとるか」

「ひゃっ!?」


 独り言のつもりの台詞に、思わぬ言葉が返ってきて私は飛び跳ねてしまう。声の方を振り向くと、諏訪子様がニヤニヤと意地悪気な笑みを浮かべて台所入口に立っていた。


「す、諏訪子様……居たなら声を掛けてくださいよ!?」

「だって、早苗が珍しくセンチメンタルになってるから声掛けづらくって。いやはや、ライバルの多い恋する乙女は大変ですなぁ……バレンタインも忙しそうじゃない」


 そう言うと諏訪子様は新聞を一刊放り投げてくる。これは……文々。新聞ですね。どうやら号外のようだけれど……何で諏訪子様はこれを?首を傾げながら見出しを眺めてみると、そこには……


「『明日は外来の祭、バレンタイン! 意中の相手に思いを告げるチャンス! チョコレートと一緒に恋心を送ろう!』……ですって!?」


 最悪だ! あの文屋、どこからバレンタインのことを嗅ぎつけたかは知らないけれど、明らかに出歯亀記事狙いじゃない!

 きっと博麗神社で繰り広げられる修羅場でオイシイ記事が掛けるくらいに思っているのだろうけれど、こっちからしたらすべての計画が台無しだ!


「……馬に蹴られればいいのに」


 私は本気の呪詛を、山の中腹辺りに飛ばしながら新聞を握り潰す。こうしてはいられない。早く満足のいくモノを作ってラッピングに取り掛からないと! 絶対に朝一番に渡しに行く! そう強く心に決めて……私はチョコ生地をへらで練り始めた。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 今回の短編は二部構成になっており、次の回は来月の三月一四日に投稿する予定です。流石にこのままじゃ報われないので……

 そちらの方もご期待いただけたら幸いです。

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