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東方影響録  作者: ナツゴレソ
十章 人である証 ~Patchy variant~
121/202

71.0 奇妙な遭遇と地底の姉御

 キメラ……その姿を見たとき、真っ先に阿求さんに見せてもらった『幻想郷縁起』にも書かれていた鵺が想起される。幻想郷で鵺といえば封獣ぬえだけど……まさか彼女と関係あるのだろうか?

 いや……流石に考え過ぎか。偶然調べていた対象に似た妖怪が幻想入りすることもあるだろうし、関係はないだろう。まあ、キメラを妖怪に含めていいかはよく分からないが。

 それにしても勇儀さんの戦いっぷりは凄まじい。博麗神社の納屋ほどの大きさがあるキメラの巨体を片手で受け止めて、いとも簡単に投げ飛ばしている。『怪力乱神を持つ程度の能力』……人智が及ばないほどの怪力か。まさに鬼に相応しい能力だ。

 そしてそれと同じくらい周囲の野次馬にも驚かされる。投げ飛ばされたキメラが建物を押し壊そうとも、観客をすり潰そうとも誰も気にしていない。むしろ観客のボルテージを高め、さらにやれと煽っていた。ダイナミックな光景に呑まれたのかフランちゃんも興奮気味だ。


「見て見て、お姉様!弾幕ごっこじゃないけどすごく面白そう!」

「まったく野蛮ねぇ……もう少し優雅に戦えないのかしら?」


 フランちゃんに揺さぶられながら、レミリアさんが憎たらしげに言う。ただ退屈とは全く逆の表情をしているけど。確かにまるでアニメのようなダイナミックさで見ている分には楽しい。だけど……俺はある違和感を覚えてしまっていた。

 俺は隣に座っていた隣に座っていたボロボロの布を全身被った男の妖怪に話しかけてみることにした。先程睨まれたからあまり見ないようにしてたんだが……意を決して声を掛ける。


「すみません、一つ聞いていいですか?」

「うん、何じゃ小僧?」


 男は『男らしからぬ高い声で』答える。予想していた声質も反応からも大きく外れていて、俺はつい次の言葉に詰まってしまう。目を丸くしていると、その男?はワザとらしい咳払いを何度もしてから低い声で喋り直した。


「何か用か……?」

「……え、ええまぁ」


 この妖怪、明らかに様子がおかしい。つい訝しい目で見てしまうが、敢えて言明を避けるとこにした。彼?にも彼の事情があるだろうし、そもそも今は彼の正体なんてどうでもいい。聞きたいことさえ聞ければ。気を取り直して俺は隣の妖怪に質問する。


「えっと、凄い盛り上がりですね。地底だとこれが日常茶飯事なんですか?」

「さあな、ワシ……俺はここに物見遊山に来ただけのよそ者だからな……ここには疎い」

「あぁ、なるほど。そうだったんですか……」


 そういうことなら彼の変な言動になんとなく納得がいく。紫さんとさとりさんとの話し合いで地底の不可侵条約は緩和されたが、地底に来るものはまだまだ少ない。まだ地底は危険地帯だというイメージが抜けないのだろう。実際、街中でこんな戦いを始めるんだから危険には違いないが。きっとこの人はその危険を回避する為に変装、もしくは変身しているのだろう。


「それならどうしてこんなことになったか、知っていませんか?」

「どうしてって……経緯ってことか?」

「はい、あんな巨大な妖怪、地上でも地底でも見たことがありません。どこから来たとか知りませんか?」


 勇儀さんとキメラの戦いそっちのけで、隣の男に質問を重ねる。すると男は何か考えるように間を空けて、ボロボロの布で顔を隠した。そして再び顔を見せた時には……肩口まで伸ばしたこげ茶色の髪を晒していた。


「ほうほう、噂ばかり聞いておったが……なかなか知恵の回る人間なようじゃな」


 頭には木の葉を乗せ、動物……おそらく狸の耳が生えている。細フレームの現代的な眼鏡を身につけおり、ボロボロの服装とは不釣り合いに見える。そして何より驚いたのは……


「女性の方でしたか」

「その様子では、変装には気付いておったようじゃな。ま、儂がポカしたせいでもあるが……二ッ岩マミゾウじゃ。お主は……輝星北斗じゃったか」

「ご存知でしたか」

「有名人じゃからな。しかし、質問を質問で返して悪いが、どうしてそれが気になったんじゃ?」


 マミゾウさんが不敵な笑みを浮かべながら尋ねてくる。俺を試しているかのような聞き方だ。幻想郷の人は挑発とか煽り合いとか好きだなぁ……される側の身にもなってもらいたいものだ。俺は内心辟易しながらも一つ息を吐いてから、説明を始める。


「あの妖怪、キメラの方の動きがおかしいです。何だか動きがぎこちなく見えるというか……それにあんな必死に戦う理由もわかりませんし」


 俺は何度地面に叩きつけられても、血だらけになっても立ち上がるキメラを見遣る。あのままだとあのキメラは死んでしまうだろう。勇儀さんも殺したいというわけじゃないが、こうも周囲に煽られ、かつキメラの方から襲い掛かられては止めるに止められないのだろう。あのキメラの行動は……まるで死ぬまで戦うことを強いられた木偶人形のようだった。


「きめら……西洋の鵺のことじゃったな。なるほど、観察眼にも長けておる。普段から他人に気に掛けているようじゃな!」


 マミゾウさんは笑顔で俺の肩をバシバシ叩きながら、褒めてくる。まるで久々にあった親戚のようなフレンドリーさだ。なすがままにされていると、ふとマミゾウさんが真面目な表情になる。


「動きが不自然なのは当然じゃよ……アレは元々あんな姿じゃないからのう」

「……どういうことですか?」

「すまんがそれは儂の口から言えない。フェアじゃないからのう」


 マミゾウさんはそう言いながら布を被り直し元の男の顔に戻る。フェア……?どういう意味だろうか?それを尋ねる前に、マミゾウさんはまるで逃げるようにそそくさと立ち上がって低い声で呟く。


「せめてものヒントじゃ……お主はああならないように気をつけるんじゃぞ」

「えっ……?」


 俺は発言の意味が理解できずに、マミゾウさんを見上げる。しかしマミゾウさんは軽く手を振って返すだけで、一瞬のうちに何処かへ消えてしまった。


「ああならないように……?」


 俺はマミゾウさんの残した意味深な言葉を噛みしめながら、未だ終わらない喧嘩騒ぎを見つめるしか出来なかった。






 結局キメラは戦いの途中で力尽き、動かなくなってしまった。すると民衆も飽きてしまったようで蜘蛛の子を散らすように散っていってしまう。正直言って不気味な光景だった。本当に誰も彼もただの見世物としか思っていなかったようだ。

 俺はレミリアさんとフランちゃんに先に帰ってもらい、その場に留まることにした。最後まで残ったのは、俺達とキメラと酔い潰れた妖怪達……そして勇儀さんだけだった。俺は頃合いを見計らってから、勇儀さんの前に降り立つ。


「……お久しぶりです」

「あぁ、博麗の所の居候じゃないか。何だ?今度はアンタが戦ってくれるのかい?」

「まさか。あれを見た後に貴方に挑めるほど、俺は剛毅じゃないですよ」


 そう言うと、勇儀さんはつまらなそうに盃の酒を飲み干してから、キメラを片手で持ち上げる。そして俺に目配せしてから歩き出す。このままキメラを放置する訳ではなく、街の外まで運ぶようだ。俺はキメラの真下には入らないようにしながら勇儀さんに付いて行く。


「どうしてあんなことに?」

「……どうしても何も、これが突如街中に現れて暴れ始めたのさ。誰かがちょっかいかけたのか、はたまたそういう妖怪なのかは知らないけどね……どいつもこいつも逃げてばっかだから仕方なく私が相手してやっただけさ」

「街中に突然……どこからか来たっていうわけじゃないんですね」

「ああ、こんなデカブツ初めて見たよ。必死に突っ掛って来て……まるで弱いものイジメみたいに見えただろう?」


 勇儀さんの問いに俺は遠慮がちに頷く。しかしこの喧嘩騒動、分からないことが色々あるが……勇儀さんが悪いとは決して思えなかった。キメラを最後まで面倒見ている今の状況からも、その思いをヒシヒシ感じている。そんな俺の様子に勇儀さんはおもむろに口を開いた。


「気にするな。良くも悪くも、地底の奴らはこういう性格なんだ」

「………………」

「祭好きで騒がしいのが好き。そうやって嫌なことから目を背けるんだよ」

「けどそれって……」


 逃げているだけだと言おうとするが、俺の言葉を勇儀さんの鋭い眼光が押し留める。吐き気を催すほどの殺気を感じたその瞬間、人々が恐れる鬼としての本性を垣間見た気がして……全身に寒気がした。


「その生き方に善悪を付けれるのは閻魔様ぐらいなもんさ。だが……こいつらの中には『そうしなければ生きていけなかった奴ら』だっているんだよ。少なくともお前ら地上の奴らにどうこう言われる筋合いはないね」

「……すみません。失言するところでした」


 俺は足を止め勇儀さんに深々と頭を下げた。勇儀さんの言葉は素直に納得できた。第一、俺だってすべて立ち向かって来たわけじゃない。何度も逃げようとした。自ら死のうとしたり、誰か記憶を消したり……むしろ俺の方が後ろ向きな逃げ方をしているだろう。そんな俺が、言える言葉じゃなかった。勇儀さんは俺の背を軽く叩いてから言う。


「分かればいいのさ。ま、どちらかが正しいなんてまどろっこしいことは分からないけどさ……私は地底の奴らと生きる方が性に合ってるから、そっちの味方をしちまうのさ」

「そうですね……俺は合わなそうです」


 俺が自嘲の笑いを浮かべていると、勇儀さんが俺の尻を蹴り上げた。軽く蹴ったのかもしれないが、鬼の筋力から放たれた蹴りは身体が浮き上がるほどの威力だった。


「痛ッ!?尻の肉が削げたかと思いましたよ……何するんですか?」

「アンタが辛気臭い顔してるからだよ。変に気を回してここに来なくなったら寂しいじゃないか」

「………………」

「古明地の姉妹はお前をえらく気に入ってるんだ。私だってアンタが嫌いって訳じゃない。人間にしては素直で気のいい奴だからね。余りにも顔見せないようだったら地底の連中連れて神社まで押し入ってやるから、アンタ次第で地上と地下の全面戦争が起こると覚悟しときな」


 怖すぎる脅し文句に俺は全力で顔を縦に振る。それを見て勇儀さんは、旧都の人すべてに聞こえそうなほど豪快な笑い声をあげた。

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