70.0 旧都の華と西洋の化物
浴槽で倒れ溺れかけた次の日、俺は朝食を作るさとりさんを手伝おうと、台所へ顔を出した。すると俺の顔を見たエプロン姿のさとりさんは、挨拶する間もなく頭を下げた。
「ごめんなさい北斗さん、まさかのぼせていたなんて思わなくて……おふざけが過ぎました」
「いや、大丈夫ですよ!一晩寝たら気分も良くなりましたから!」
俺はペコペコ頭を下げるさとりさんを宥める。風呂場で倒れた後、俺はベッドの上で目を覚ました。
日の光の射さない地底では時間が分かり難いが、どうやら朝になるまで眠ってしまったようだった。ここに来る途中すれ違ったお燐によれば、さとりさんとこいしで看病してくれたらしいし、これだけ謝ってくれている相手を怒る気にはなれなかった。
「ただ、どうして突然みんなで入ってきたんですか?さとりさんにはお風呂を借りますってちゃんと伝えたはずなんですけど……」
「えっ!?いや、その……」
俺は起きてからずっと疑問に思っていたことをさとりさんに尋ねる。先程からずっと考えていたのだが、未だにわからない。
お燐にも『お兄さんは罪作りだねぇ……』などと言われてはぐらかされた。しいて挙げるなら悪戯だと思うが、さとりさんがそんなことするのか疑問に思えて納得できなかった。
さとりさんはしばらく空中に視線を彷徨わせた後、思いついたかのように手を叩いた。
「……あ、そうです!美味しいお料理のお礼にお背中をお流そうと思っただけですから!そうしたらこいし達が付いて来てあんなことになったんです!」
「は、はぁ……そうだったんですか」
そんな大したものを作ってないんだけどなぁ……
第一さとりさんだって手伝ってくれた訳だしそこまでしなくてもよかったのに。あとお流そうって……まあ、さとりさんにも何かしらの事情があるのかもしれないし、詮索しないでおこう。
「それにしても北斗さん、起きてていいんですか?もう少し休んでいても構いませんよ」
「本当に大丈夫ですから。今も朝食作りを手伝いに来たんですけど」
「北斗さんはお客さんなんですから、もう少しゆっくりもてなされてください。ほら、もう出来ますから……」
さとりさんがお皿に乗せられたオムレツにトマトソースを掛けながら言う。見た目も完璧のフワフワのオムレツだ。昨日も思ったことだが、やっぱりさとりさんの料理の腕は良さそうだ。今度例のアレに呼んでみようかな?
俺はせめてものお手伝いオムレツの皿を取って食堂に運んでいくと、その廊下の途中でレミリアさんと出会う。
「あら、北斗こんなところにいたのね?」
「レミリアさん、おはようございます」
「昨日は随分騒がしてくれたようね。おかげで眠りが浅いわ」
レミリアさんは欠伸をしながら伸びをする。それに連動したようにピクピクと羽を動く。眠そうな様子のレミリアさんを見て、俺と一緒にオムレツを運んでいたさとりさんが口を開いた。
「よかったらもう少しゆっくりしていってもいいですよ?ここはずっと暗いんで眠りやすいと思いますよ」
「悪いけれど、遠慮しておくわ。長居しすぎると咲夜辺りが迎えに来そうだもの」
「そうですか。貴女とはもっとゆっくりお話したかったのですが……」
「今度、妹も連れて紅魔館まで来るといいわ。最高のもてなしで歓迎するわ」
レミリアさんがスカートの裾を少しだけ持ち上げて、微笑む。実にお嬢様らしい仕草だ。それを見たさとりさんも同じような笑みを返しながらレミリアさんを食堂へ促す。
最初は心を読まれることに慣れていないようだったレミリアさんだったが、今やもうすっかり慣れたようでよかった。
「……ふふ」
と、突然さとりさんが思い出したように笑った。変に思って振り向くが、さとりさんは何でもないと手振りで表しながら先を歩いて行ってしまった。
朝食のフワフワトロトロのオムレツをいただきお腹が満たされたところで、俺とレミリアさん、フランちゃんは地上に帰ることになる。地霊殿の入口前で、さとりさんとこいしちゃん、そしてお空とお燐が見送りに出てきてくれた。
「お泊り楽しかった!また来ていい!?」
「うんいいよ~!だよね、お姉ちゃん!?」
「ええ、もちろんよ。私達も是非紅魔館へ遊びに行くわ」
「ええ、是非いらっしゃい。咲夜の料理は北斗のに負けず劣らず美味しいわよ」
吸血鬼姉妹と古明地姉妹が各々に再開を約束し合う。その光景を微笑ましく見ていたその時、旧都の方から轟音が響いた。
「な、何!?」
フランちゃんが不安そうな顔をする。レミリアさんも突然の事に驚いたように音のした方向を見つめている。かく言う俺もびっくりしていた。
それに対して、地霊殿組はまるで何も起こっていないかのように平然としている。俺達の様子を察して、さとりさんが説明をしてくれる。
「あぁ、あれは旧都で喧嘩でも起こったのでしょうね。一際大きい音だったから、もしかしたら勇儀さんがやっているのかもしれません」
「喧嘩って……建物とか全壊しそうな音してましたけど?」
「場合によっては大乱闘になって旧都が壊滅することだってありますよ。それでもどうせ一週間くらいで元に戻せますから」
なんというか、流石旧都といった感想しか出てこない。何だか江戸っぽい感じがする。流石に喧嘩で街が全壊はしないと思うが。
とりあえず、身の危険はなさそうで安心していると、突然さとりさんが手を叩いて提案する。
「せっかくですから帰りがてらに見てきたらどうですか?周りは盛り上がってますし、ある意味で旧都最高の名物ですよ」
俺はレミリアさんとフランちゃんと顔を見合す。二人とも興味ありそう表情だったので行くこと決まった。
「いけええ!!ぶっ殺せえ!!」
「ぶちのめすんだよ!!ホラホラホラ!!」
喧嘩が行われている場所は人垣が出来るほど妖怪で賑わっていた。建物の上から見物するものも多い。その誰もが野次を飛ばしたり酒の肴にしたり、賭けにしたりともう好き勝手やっている。
露店もわざわざ近くまでやってきて売り込みをするほどだ。なるほど、これは確かにこれは名物と言ってもいいかもしれない。ももまんも売っていたのでを三人分買ってきてから、レミリアさん達と適当なあばら屋の屋根に座る。隣に見たことない妖怪がいて、こちらをひと睨みしてくるが無視してフランちゃんに話しかける。
「見える、フランちゃん?」
「うん、大丈夫だよ~!」
フランちゃんが胡坐を掻いた状態で背筋を伸ばしながら言う。
今まで人垣で見えなかったが、ここまで来てようやく誰が喧嘩をしているのか確認することができた。
一人はさとりさんが予想した通り勇儀さんだ。相変わらず酒を並々注いだ盃片手に戦っている。
そして、その相手をしているのは……人型の妖怪ではなかった。
「こ、いつは……」
山羊の頭、ライオンの胴体、鷲の翼……様々な動物を混ぜ合わしたような怪物が今にも勇儀さんに襲い掛かろうと体勢を低くしていた。東洋風の建物が並ぶ旧都の中で、その西洋の化物は明らかに浮いていた。
「キメラ……」




