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東方影響録  作者: ナツゴレソ
番外編集
12/202

特別短編 タイムストッパーサンタ

 紅魔館の数少ない窓一つ、そこから眺める霧の湖周辺の森は砂糖をまぶしたように真っ白に染まっていた。水仕事が辛い季節になってきたけれど……私は嫌いではなかった。好きな訳でもないけど。寒いもの。

 好き嫌いはともかくとして、冬はやることは沢山ある。雪掻きに暖炉の管理、それにもう少しすれば年越しの準備をしないといけない。けれど目先の仕事は……別にあった。私はノックをして妹様……フランお嬢様の部屋に入る。


「サンタさんへプレゼントのお願い?」


 寝室の傍に置かれた机に向かって書き物をしていたフランお嬢様は、羽ペンを置くと不思議そうに私を見上げた。フランお嬢様は毎日寝る前に漢字の書き取りを練習されている。これも自分の世界を広げるための努力の一つのようです。

 ただ何故かご友人の名前に対しては拘りがあるようで、本人から教えてもらうまで誰にも教わらないようにしているとのこと。なので未だに『北斗』という書き方をフランお嬢様は知らなかったりする。おそらく今更名前の漢字を教えてと本人には言えないのでしょうね……

 閑話休題、私はお嬢様にホットミルクを差し出しながら頷いた。


「ええ、去年も来られたでしょう? サンタクロース。彼からプレゼントは何が欲しいのか聞いてもらいたいと頼まれまして……」

「咲夜ってサンタクロースと知り合いなの!? どんな人!? 妖怪!? パチュリーが言うには白い髭のおじさんらしいけど……」

「えーと、あれは……人間三人に幽霊一人のグループですわ」

「サンタクロースってチーム名なんだ……」


 実はフランお嬢様もよく知っている方ですよ、というのは口が裂けても言えない。レミリアお嬢様とフランお嬢様の二人にはサンタクロースの正体を絶対に漏らしてはならない。それが紅魔館におけるクリスマスの暗黙のルールだった。

 ……まあ、今年はレミリアお嬢様がサンタ捕獲大作戦を割と本気で展開されてますから、バレるのは時間の問題かもしれませんが。


「それで何が欲しいのでしょう? 限度はあるでしょうが、ある程度は要望に応えてくれると思いますが……」

「うーん……欲しいものはいっぱいあるけど、やっぱり一番欲しいのは……」

「……欲しいのは?」

「ホクトかな……なんちゃって」


 フランお嬢様はそうポツリと呟くがすぐに、冗談だよと付け足して文字の練習に戻ってしまった。その頬は仄かに紅く染まっていた。随分と愛いらしい仕草ね。

 北斗にこのことを伝えたらどうなるかしら? 多分……一日一緒に遊んであげるよ、みたいな子供騙しで済ませるだけでしょうね。

私は一礼しお嬢様の部屋から出る。そして……いいことを思いついた私はつい口元を緩めてしまう。


「畏まりました……フランお嬢様。プレゼントは必ず用意しますから」






 そしてクリスマスの前日……いわゆる、クリスマスイブ。


「という訳で貴方にはプレゼントになってもらうわ」

「いや、訳がわからないから。あと何でサンタの格好?」

「サンタクロースがプレゼントを渡さないとタダのプレゼントになるじゃない」

「形式を気にするのは結構ですけど、俺の知ってるサンタクロースは人攫いなんてしませんよ!?」

 

 麻袋に詰められ絞り口から頭だけ出した北斗に真顔で言われると、吹き出しそうになってしまう。当然だけれど手足も縛ってあるけれど……北斗は袋の中で無駄な抵抗を続けている。図らずともレミリアお嬢様のサンタ捕獲大作戦に先んじてサンタを捕獲してしまったわ……これって不敬に当たるのかしら?


「さっきまでクリスマス宴会用の仕込みしてたと思ったら袋詰めにされてるってどういう状況だよ!? くそっ……解けねぇ! 嫌がらせにしては手間がかかり過ぎです!」

「嫌がらせとは失敬な。私の白魚のような腕で貴方を運ぶのにどれほど苦労したか……何で男って無駄に重いのかしらね。非効率だわ」

「そりゃ白魚のような腕でも妖怪を退治できる世界なんだから男はみんなウドの大木に見えるでしょうよ!」

「あ、料理は私が完成させておきましたから」

「不本意だけどありがとうございます!」


 大分お怒りのようで北斗は袋に入った状態で器用にピョンピョン跳ねている。新種の妖怪に見えてきた……お嬢様が見たら気に入って飼うとか言いかねないわ。私も何だか可愛く思えてきて、しばらく眺めていると……虚しくなったのか、北斗は抵抗を止めて息を吐いた。


「咲夜さん、今なら茶目っ気で許すからこれ解いてくれませんか? 腕が痺れてきてまして……」

「……とある国の拷問方法の一つに、手首をキツく結ぶことで鬱血を引き起こし腕から先を腐り落とすやり方が」

「解いてくださいお願いしますいくら何でもやっていいこと悪いことがありますよ誰か助けてー!」


 そんなに叫んでもここは元々フランお嬢様を幽閉していた部屋だから声は届かないんだけれど……ってこれって傍から見たら本当に拷問してるように映るわね。まあ、誰も来ないから気にする必要がないけれど。

 私は珍獣北斗の前にかがんで微笑んでみせる。


「大丈夫よ。定期的に時を止めてマッサージしてあげるから」

「……俺を解放するって結論にはならないんですね。それにしても一体どうしてこんなことを」


 そう北斗が聞き掛けた瞬間、私のちょうど真後ろにあった扉が爆発する。咄嗟に私は銀時計を手に取る。


「『幻象「ルナクロック」 』」


 スペルの宣言と共に、世界の音と動きがなくなった。時間停止……私だけの時間だ。私は予想外の事が起こった際、条件反射で時を止める癖が染みついていた。咄嗟の能力行使だったので止められるのは数秒程度だ。けれどそれだけあれば状況の把握、判断、そして対処をするには十分だった。


「さて誰かしら、こんな礼儀知らずのノックをしたのは……?」


 踵を返して爆発した入口を見遣ると、ちょうど鋼鉄製の扉が倒れようとするところだった。位置的に身体が挟まれて……ってことはなさそうだし、少し躱すだけで良さそうだ。

 そして倒れかけた扉の向こうは……残念ながら爆風で見えなかった。流石に時を止めていてもあの中に飛び込む蛮勇さはない。ナイフでも投げておこうかとも考えたけど、お嬢様達やパチュリー様の可能性もなくはないので、やめておこう。


「時よ動き出せ……なんてね」


 格好つけた台詞を言ったと同時に、世界に音と動きが戻ってくる。鉄の扉が石の床を叩き、派手な音を立てた。それに驚いた北斗は袋詰めのまま器用に飛び跳ねる。


「うおっ!? びっくりしたぁ……一体何が起こったんだ!?」

「色々と起こりましたけど……私が聞きたいくらいだわ」


 私は隣で目を丸くしている北斗を他所に、私はおもむろにナイフと銀時計を構える。その舞い上がる塵埃の中、現れたのは……緑の髪をした二人のサンタだった。


「北斗! 大丈夫!?」

「助けに来ましたよ……センパイ!」


 フランお嬢様のご友人古明地こいしに、守矢神社の東風谷早苗がミニスカートのサンタ姿で仁王立ちしていた。こいしは背中に白いプレゼント袋を背負っていてそれっぽいけれど、早苗は右手にお祓い棒を握っているせいでサンタ要素を前に出したいのか、巫女要素を残したいのか分からなくなっている。

 早苗は私と北斗の姿を見ると……怒りに震えた声を上げる。


「咲夜さん……センパイを連れ去るなんて、よくもやってくれましたね。しかもよりによって聖夜に、聖夜に、聖夜に! せっかく色々計画してたのに台無しですよ台無し!」

「あー、想定してはいたけれど一番面倒くさいのが最初に来たわね」


 私はドラを鳴らすような姦しさに頭痛を覚え、こめかみを抑えた。北斗も助けてもらえるかもしれないが面倒くさいことになりそうだ何とも言えない表情をしている。私は堪えきれず溜め息を吐いてしまう。


「まったく、勘のいい霊夢より早いなんて、どういうことかしら……?」

「霊夢ならここにいるよ?」


 私の問いにこいしはそう返しながらと背負っていたプレゼント袋を地面に置く。すると袋の締め口から霊夢が顔を出す。


「ぷはっ! 死ぬかと思ったわ。一体何がどうなっているの、よ……」


 辟易とした表情で辺りを見回していた霊夢だが、北斗と目が合って固まった。プレゼント状態の二人が見つめ合うこと数秒……どちらがともなく顔を袋の中に引っ込めて隠れてしまう。そして白い袋からやけくそ気味な叫び声が響く。


「なんだよこの状況はぁぁぁぁー!? どうしてクリスマスにこんなシュールな状況にならないといけないんだよぉぉぉぉー!?」

「もう嫌だぁぁぁぁ! どうして私がこんな姿しないといけないのよ馬鹿ぁぁぁぁー! 北斗の影響が確実に私を蝕んでるじゃないぃぃぃぃー!」


 どうやら二人の尊厳やらキャラなどを著しく損ねてしまったようだ。ごめんなさい、北斗。私のちょっとした茶目っ気のせいで……ま、恨むなら甲斐性なしの自分を恨むことね。


「それにしても……どうして霊夢がプレゼント包装されることになったのかしら? 嫌がらせ?」

「違うよ!その方がなんか……面白そうって無意識的に思ったの!」

「無意識だったら何でも許されるという訳ではないと思うわ」


 こいしの理不尽な行動原理に流石の私も呆れてしまう。そしてそれを止めない早苗も……割とあれね。もうこれは霊夢に関してはこの緑の髪二人に絡まれた時点で命運が尽きていたと言うしかない。お愁傷様。

 しばらく待っても二人とも押し黙ったまま顔を出そうとしなかったので、私達だけで話を進めることにした。


「さて、貴女達の目的は北斗ね。彼はフランお嬢様のプレゼントになってもらう予定なの。わかったら大人しく帰ってもらえるかしら?」

「させません! そんな羨ましいプレゼント、私が貰います! もといこれから私はセンパイとデートしてもらいます! センパ……もといサンタさんにもそうお願いしました!」

「私だってサンタさんに北斗が欲しいって書いたもん! あとお姉ちゃんも!」


 どうして北斗の周りは同じ思考の人と妖怪ばかりなのかしら?これも『影響を与える程度の能力』のなせる業なのかもしれないが……里の男達が知ったら集団リンチに遭いそうだわ。

 いよいよ収拾がつかなくなってきたけれど……掃除はメイドの本業。特に私が引き起こしてしまった失態なら自分で後始末するのが道理だ。


「そろそろクリスマスケーキを焼かないといけない時間なの手早く済まさせてもらうわ」


 私はスペルカードを構え、問答無用でナイフを抜き撃とうとしたその時……


「まったく、騒がしいわね……一体誰が暴れているのかし、ら……」


 流石に騒ぎ過ぎたようで、レミリアお嬢様がやってきて部屋を覗き込む。そして……私とサンタ二人を見つけると……何やら呟き始めた。


「……なるほどね。フランから聞いた話は本当のようね。サンタクロースは三人と幽霊一人のグループだった。こいしは一人に入るのか怪しいけれど……多分幽霊枠ね。それにしてもまさか咲夜が内通者だったなんて……誤算だったわ」


 レミリアお嬢様の言葉に、私は嫌な予感を覚える。

 そういえば、レミリアお嬢様とフランお嬢様はサンタクロース捕獲大作戦の為に色々と準備していたわね。例えば館内に罠を仕掛けたり、拷問道具を用意したり、捕獲部隊の編成と……


「全妖精メイド隊に通達! 紅魔館の入口および暖炉すべてを死守しなさい! そして可能であれば……サンタクロースを捕獲しなさい!」


 お嬢様は廊下に向かってそう叫ぶと、右手に赫灼と輝く槍を右手に作りだし私達に向かって飛びかかってくる!


「さあ、慈善を振りまき愉悦に浸る偽善者どもよ! 貴様らの力と真の目的をさらけ出せ! ついでにお菓子とオモチャも寄越せ!」






 ……その後、私と早苗はお嬢様の誤解を解くまで夜通し追いかけられ続けることになった。ちなみに後で知ったのだけれど、こいしは密かに北斗と霊夢を博麗神社に連れて帰って地霊殿組と一緒にささやかなパーティをしたらしい。今度会ったら絶対にボコりますわ。

 そしてクリスマス当日。フランお嬢様を起こした私は食堂までの道程をご一緒した。


「で、咲夜は何をしていたの?」

「え、えっと……なんでしょうね?」


 私はフランお嬢様の問いに答えられずにいた。結局当初の目的は果たせなかった訳だし、そんなことをしたと言ったら心優しいフランお嬢様がどんな思いをするか、容易に想像できた。

 根掘り葉掘り聞かれることを覚悟していたのだけれど……


「ま、いいけどね」


 とだけ返して会話を終わらした。フランお嬢様はそこまで興味がなかったようだ。目下の興味はクリスマスプレゼントにしか行っていないようだ。


「あっ、北斗!」


 いや、もう一つ増えたみたいね。フランお嬢様は食堂前で手を振っていた北斗に思いっきり抱き付く。北斗はお嬢様の頭を撫でながら……私の方を見て苦笑いを浮かべる。

 ……どうやら、フランお嬢様へのプレゼントは調達出来たようだ。私は北斗に一礼して、急ぎもう一人分の料理を作るために時を止めた。

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