表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方影響録  作者: ナツゴレソ
十章 人である証 ~Patchy variant~
115/202

67.5 瞬く流星のように

 紅魔館の地下の大図書館……そこの主であるパチェはいつも本を読んでいる。睡眠も食事も碌に取らず、一日をただただ読書に費やすだけで終わらせることだって少なくない。

 せめて友人の私が尋ねてきている時くらいは本を置いてくれればいいのに、と何度思ったことか……ま、それが彼女のアイデンティティーなのだから、仕方ないのかもしれないわ。

 だから逆に、今のように本を読まずに作業をしているだけで私には物珍しく映ってしまう。私は適当な本を肘置きにしながら尋ねる。


「何してるのパチェ?」

「カリキュラム作りよ。魔術を習うためのね」


 パチェは両手に本を持ちながら、魔法で万年筆操り羊皮紙に文字を羅列していく。そんな熱心な姿をしばらく遠巻きに眺めていると、ようやく合点がいった。


「あぁ……北斗に魔術を教えることにしたのね、パチェ」

「ええ、本人たっての願いでね……何か不都合があったかしら?」

「そんなことはないわ!北斗が強くなることはいいことよ。せめて私と勝負になるくらい強くなってほしいわね」


 私はつい気持ちが入ってしまう。ここに来た時と比べたら別人のように強くなったと評価はできるけど……北斗はまだまだ強くなれる。私やフランの力を使ったように、これから彼は幻想郷のメンツに次々と影響されていくだろう。人間や妖怪からは勿論……神の力だって手に入れかねない。

 だけど、このまま幻想郷中の妖怪の影響を受けていくうちに本当に妖怪になってしまったら、北斗はどうするのかしらね?私としては願ったり叶ったりの展開だけれど……色んな妖怪のパーツを引っ付けまくったキマイラみたいな姿になったら少し嫌ね。まあ、そうなったら首輪を付けてうちで飼えばいいか。


「……何ニヤけてるの、レミィ?」

「えっ、な、何でもないわよ!」


 いけない、考え事が顔に出てしまっていたようだ。私が咳払いをすると、パチェは興味をなくしたようですぐに作業に戻ってしまう。

 それにしても北斗が魔術を習うことは本当にいいことだわ。アイツが魔術にのめり込めば、いずれ捨虫の術……だったかしら?成長を止める魔法にも興味を持つかもしれないもの。

 人間の寿命なんて、妖怪の私達からしたら夜空の流れ星のように儚い。だからこそ魅力的に見えるのかもしれないけど……私はそれを手に入れないと気が済まないのよ。


「パチェ……北斗に魔術、しっかり教え込んでよね。それこそ、魔導に魅入られるほどに、ね」

「レミィが望むようになるかはわからないけれど、できるだけ頑張ってみるわ。アリスも手伝ってくれるみたいだし……ん?」


 パチェが本から視線を外す。それに釣られるようにパチェの目線の方を向くと……私の悪魔らしい羽とは対照的な、宝石を並べたような羽が本棚から見え隠れしていた。

 その近くには博麗神社に続く魔法陣があるけれど……あぁ、なるほどね。


「フラン、お出かけするならせめて一言掛けて頂戴。別に止めやしないから」


 私が隠れてる妹に声を掛けると羽がピクリと動く。そして、しばらくしてから本棚からフランがおずおずと出てくる。


「お、お姉様……その……」

「どうせ北斗のところでしょう?それくらい自由に行き来してもいいけれど、それでも貴方がいなくなったら皆が心配するわ」


 我ながら少し過保護すぎると自覚はあるのだけれど……やっぱりフランを野放しにするのは抵抗があった。

 ここ最近、フランは目覚ましく変化しているのは私も認めてはいる。自分の力もしっかり制御出来るようになってきているし、友人を作ったり、料理を習ってみたり、常に積極的に何かをしようとしている。姉としてはとても喜ばしいことではあるけれど……それでもいつか何かを仕出かしてしまうのではないかと、不安は拭い去れなかった。

 フランが変化しているのに私は変わっていないなんて……不甲斐無い姉ね。


「せめてパチェにでも声を掛けてからにしなさい。そうしたら何も……」

「違うの、お姉様!」


 私の言葉を遮る様に、フランが必死に首を振りながら声を張る。何事かと思い、マジマジと妹を見つめる。

 すると、フランは俯いたままスカートを握りしめた。そして、大きく息を吸い込み……


「私、もう一度地底に行きたい!」


 と、叫んだ。

 ……えっ?

 私は一瞬思考が固まってしまった。




「……なるほど、つまりは古明地こいしと友達になりそびれたから、会いに行きたいということね」

「う、うん……」


 フランの説明を聞いて、私は納得する。そういえば、以前地底に行くと言い出したときに、友達になりたいと言っていたわね。それに関しては私から何か特に言うことはないけれど……


「フラン、前は異変もあったし、霊夢達が居たから許したけれど……あそこは危ない場所よ」

「うん、だからホクトに付いて来てもらうよう頼んでみようと思って……それなら大丈夫でしょう?」

「うーん……」


 ええ、それなら安心できるわ!と返してあげたいところだけど、やっぱり不安が残る。

 確かにここ最近地底を出入りしている北斗なら引率には申し分ないかもしれないけれど、万が一フランを止めないといけない事態になった時に、アレでは少々危なっかしい。けれど、フランが友人を作りに行きたいというのを止めるのも気が引けるし……うーん、どうすればいいのかしら?悶々と考え込んでいると、見兼ねたようにパチェが口を挟んだ。


「そんなに気になるんなら、貴方も付いていけばいいじゃない」






「って言われたから、私も付いて行くことにしたわ。さ、私とフランを地底まで案内しなさい」

「……随分藪から棒だなぁ」


 北斗は軒下に渋柿を吊るしながら困ったように呟いた。せっかく北斗に合わせて吸血鬼二人が朝に来ているというのに、反応が希薄だ。

 私はうっとおしいほど快晴の空の下、日傘を回しながら北斗を睨み付ける。


「言っておくけれど、拒否権なんてないわよ。私達がわざわざお願いしているのだから、答えは一つしかないでしょう?」

「ホクト……ダメ?」


 私とフランに『お願い』されると、北斗は笑いながら降参と言わんばかりに両手を上げて見せてから、再び手を動かし始める。


「まあ、俺も地底に用がありますからご一緒しますよ。これを吊るし終えてから用意を始めるんでちょっと待ってください」

「……私達との予定より干し柿の方が大事なのかしら?」

「はは、無茶言わないでくださいよ。もうすぐ終わりますから」

「あ、私も手伝う!」


 私が意地悪のつもりで尋ねるが、笑って誤魔化される。そしてフランと一緒に干し柿が連なった紐を軒下に括っていく。結構な量を作るのか、まるで縁側を覆う黄色のカーテンのようになっている。

 ……あの歳で干し柿が好きなのかしら?何だか老化が速そうだ。パチュリーに言って出来るだけ早く魔法使いしてもらわないとね。

 密かに決心していると、居間から霊夢がひょっこり顔を出した。


「北斗、あんまり干したら私が日向ごっこするスペースが……って、レミリアにフランじゃない。何か用?」

「ええ、地底を案内してもらおうと思ってね。暇だったら霊夢も来るかしら?」


 私が誘ってみるが霊夢は面倒そうにヒラヒラと手を振った。


「博麗の巫女は毎日掃除とお茶で忙しいのよ……北斗、本当にそれくらいにしといて。日差しが全部干し柿に取られて日向ごっこも出来やしないわ」

「博麗神社は来客が多いから、おやつは作れるだけ作っておきたいんだけど……フラン手伝ってくれてありがとう。準備するからちょっと待ってて」


 北斗は渋々といった様子で作業の手を止め、余った柿と紐を持って台所の方へ消えた。その背が見えなくなったところで、私は以前から気になっていたことを霊夢に聞いてみることにした。


「ねえ、霊夢。少し聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「どうしたの突然改まって。アンタらしくないわ」

「……北斗が妖怪の能力を使うことについて、霊夢はどう思っているのか聞きたいわ」


 霊夢の眉がピクリと跳ねる。空気が張り詰め、やけに枯葉の音がうるさく思える。北斗が半妖化、もしくは完全に妖怪化する可能性はあり得る話しだ。

 それは有り得る未来の一つ……妖怪化した北斗を霊夢が滅する可能性も、私は知っていた。博麗の巫女としては北斗が妖怪化することは、容認できないことだろう。だからこそ、覚悟を聞いておきたかった。

 霊夢はしばらく目を瞑ると……フッと小さな息で笑い飛ばした。


「私と紫で見張ってるけど、吸血鬼の力を使っても人里が出ている訳じゃないし、いいんじゃないかしら?」

「博麗の巫女がそんなことでいいのかしら?北斗をどうにかしないとこの幻想郷が滅びるとしたら……」

「その時は……退治して叱ってやるだけよ。アンタが起こした紅い霧の異変と何ら変わらないわ」


 霊夢はそれだけ一方的に言うと、踵を返して自分の部屋に戻ってしまった。彼女とのやり取りを固唾を飲んで見守っていたフランが不安そうに私を見遣る。

 聞きようによっては、いつも変わらない暢気だけれど頼れる霊夢のままに思える。けれど、私には霊夢が毒されているように見えた。

 甘い毒は、匂いを嗅いでも口に付けても分からない。ただ少しずつ身体を蝕んでいくだけだ。いや……人の事を言えないか、きっと私もフランも、幻想郷自体すら毒されているのかもしれない。

 一人の男の影響という毒に。


「気付いたときに、手遅れでなければいいけれど」


 私は、思わず溜め息を吐いた。霊夢も北斗も、本当に夜空の流れ星のように思えて仕方がない。それは、私達にとって瞬く間だとしても祈らずにはいられない。


 ……どうか、消えないように、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ