63.5 ジャイアントキリング
輝星北斗。彼の第一印象は……ただの冴えない男性でしかなかった。やけに目立つ黒のコートを着て刀を帯びているが、それらが彼の印象とミスマッチしている。
私は単にファッションチェックがしたかったわけじゃない。巷を騒がしているこの男がどういう人間なのか単純に興味があった。
「冷めないうちにどうぞ。ダージリンでいいかしら?」
席と紅茶を勧めると北斗さんは戸惑いながらも席に座る。そして目の前に置かれたティーカップを見て、困ったように笑った。
「紅茶の好みなんてわかりませんよ。入れられたものをそれなりに楽しみます」
「まるで霊夢みたいなことを言うのね。淹れ甲斐がないわ」
「舌が肥えてないんでわからないんですよ」
そう言いながら北斗はティーカップに砂糖をひと匙入れた。私は北斗の対面に座ってその様子をじっくり観察する。
ここ最近、約半年くらい実験で籠りっきりになっていたせいもあって、家の外の事情に随分疎くなっていた。
ただ家に勝手に届けられる新聞を気分転換に読むくらいはしていたので、彼の存在は知っていた。
彼の持つ『影響を与える程度の能力』は研究対象として興味深く、是非話をしてみたいと思っていたけれど……まさか彼本人が尋ねて来るとは予想だにしなかった。
しかも、あの動かない大図書館の書いた紹介状を持ってきて、だ。
「レモンのコンポートもあるわ。よかったら」
「ありがとう。いただくよ」
彼は私の注視に気付いた様子もなく、紅茶に入れた砂糖をかき混ぜている。
ここが魔女の家だと知っていればもう少し緊張していてもおかしくないのだけど、そんな様子は感じられなかった。
この家に入った人間は、大量に置かれた人形を不気味がったりするんだけど、それもない。つまらないと思ってしまうほど落ち着いている。私は北斗が紅茶を一口飲んだところで話を切り出す。
「要件は手紙で知っているわ。貴方、魔法を習いたいんですってね」
「え!?まあ、確かにそうですけど……手紙にはなんて書いてあったんですか?俺には読めない文字だったんで、わからないんですよ」
北斗が平然と呟いた言葉に、私は固まってしまう。そしてある想像が頭を過る。
……先程からの落ち着きぶりや今の反応からして、もしかして私が魔女だってことも知らないんじゃないかしら?
だとしたら迂闊が過ぎるわ。大雑把に区切ってしまえば魔女だって妖怪だと言えるのだから。パチュリーを信用することも、警戒心もなく私の家に入ることも、危険だって分かりそうなものだけれど……
「……呆れた。内容も分からない手紙を渡したの?果たし状だったりしたらどうするのかしら?」
「その時は……まあ、何とかしてパチュリーさんに文句を言いに行きますよ。それにしても美味しいですね。ティーパックの紅茶とは物が違うな」
つい本音を口に出してしまったけれど、北斗は暢気に紅茶を味わっている。本当に変な人間だ。霊夢や魔理沙も変人だが、彼女らとは少しベクトルの違う変人だ。
私はふと手の中の手紙に視線を落とす。内容は果たし状……なんてことはなく、ただの紹介状みたいなものだった。
しかし、あのパチュリーに魔術を習うだけでなく私を紹介までさせるなんて……彼の能力に目がくらんだか、当てられたかしら?
ま、そんなことどちらでもいい。彼と知り合えたのは、私にも都合がいいことなのだから。
「この手紙には、簡単に言えば貴方に魔法を教えてくれと書いていたわ。同じ魔女のよしみで頼むってね」
「あぁ、なるほど……そういう内容だったら是非俺からもお願いしたいんですけど……」
北斗は尻すぼみな口調で、言葉を濁す。言いたいことはわからないでもない。私は手紙を口元を隠しながら、言葉を引き継ぐ。
「悪いけど、そんなことをするメリットがないわ。ただ私の面倒が増えるだけ。精々パチュリーに恩が売れるくらいだけど……それにも興味ないし」
「ええ、頼める義理はないですし、仕方ないと思います」
「……けれど、貴方の能力には興味があるわ。『影響を与える程度の能力』……そのロジックの一端でも分かれば私の魔術にも応用が聞きそうだし」
単刀直入に言うと、北斗の眉がピクリと反応する。
文々。新聞によれば、彼は自身の能力で異変を起こしている。しかも、人里全体を巻き込むほどの大規模なものを。
だが書き手の心証が入っているのか、本人がそう言っているのか分からないけれど、異変を起こしたのは彼の本意ではないと匂わせる記述が見られた。
私の見立てが正しければ、北斗の能力は彼自身の思考、意識によって他者、環境、あるいは運命すらも操作するものだ。
だとしたら、無理やり実験に協力させても上手くいかない。余計な不純物が混ざった結果なんて塵芥より邪魔なノイズだ。
「私の実験に協力してもらう。これが私が貴方に魔法を教える状況よ」
だからこそはっきりと私の目論みを話した。
北斗は私の顔をジッと見つめる。光すら拒絶する黒色、モリオンのような瞳だ。断られたかしら?なんとなくそう思えて、内心諦める。しかし、北斗はそこまで考え込んだ様子もなく頷いた。
「……わかりました。いいですよ」
「えっ……てっきり断ると思ったのだけど……」
「異変を起こせなんて言われたら困りますけど、ある程度のことまでなら大丈夫ですから」
そんな大雑把でいいのかしら……?と不安になるけれど、あまり考えないことにした。本人が協力してくれるというならとやかく言う必要はないもの。
「交渉成立ね。さて、紅茶を飲み終わったら表に出ましょうか」
私はお茶請けのクッキーを差し出しながら言った。
「外に出たのはいいですけど、何をするんですか?」
北斗が首を傾げながら聞いてくる。魔法の森の瘴気は普通の人間なら死に至るほどの毒なのに、平然としている。ま、そうでなくちゃ話が進まない。
「そうね……自己紹介みたいなものかしら?貴方は私の魔法を知らないでしょう?私も貴方の能力を見たことがない。ならやることはひとつじゃない?」
私は北斗から適当に距離を取りつつ答える。
どこまで魔法の知識があるかわからないけれど、私の魔法系統を知ってもらった方が教えるのは楽そうだ。
それに彼と戦えば、どう能力を使っているかを知ることが出来る。ダラダラ話すより効率がいいし、信用もできる。
「なるほど……」
北斗も察したのか、左手に霊夢のお札を構える。彼のどういう戦いをするかはわからないけれど……単身で魔法の森に来れるほどの実力ならば、何もできないということはないでしょう。
さて、弾幕ごっこは久しぶりだけど……どれだけやれるかしらね?私は人形たちを起動させ、軽く動かしてみる。問題はなさそうだ。
「ま、本気は出さないから安心して頂戴。貴方は本気で来ても構わないけど」
「……それ、初めて霊夢と戦った時にも言われましたよ」
「それはなんだか癪に障るわね……私はいつでもいいわよ?」
私は人形たちを躍らせながらウィンクを飛ばす。すると北斗は深呼吸を一つして……まっすぐ私に向かって駆けてきた。
随分思いきりがいい。愚直と言った方がいいかしら?
「まずは小手調べ……『偵符「シーカードールズ」』」
私は上空に人形達を展開し、そこから幾重にもレーザーを放つ。蜘蛛の巣のように張り巡らされた弾幕にまんまと引っ掛かるかと思ったのだけれど、地面を削る様に制動を掛けつつお札を放った。
「はっ!」
弾幕の網目を掻い潜る様にホーミングし迫ってくる。避けるのは面倒そうね。
私は人形を一体だけ正面に引き戻してお札ごと爆破させる。同時にレーザーの網を広げさらなる接近を阻止できる。
……そう思っていたのだけれど、爆発で散った粉塵の向こうに北斗の姿はなかった。
「『乱符「ローレンツ・バタフライ」』!」
スペルの宣言が上空から聞こえる。咄嗟に見上げると、宙を飛ぶ北斗の周囲に光弾の帯が展開され、まさに弾幕を撃ち出す瞬間だった。光弾は次々と分裂して、密度の高い弾幕へと変わっていく。
彼から離れるほど密度の増す弾幕……つまりは接近しろと誘ってきている。駆け引きができるほど弾幕ごっこに慣れているわけね。
「少しは楽しめそうじゃない」
私は敢えて北斗の思惑に乗り、魔法障壁を張りながら北斗との距離を詰める。
刀を持っていることから察して、彼は格闘戦が得意なはず。そして人形を遠隔操作する私の戦闘スタイルを警戒して、至近距離での戦いを挑もうとしている。決してそれは間違った判断じゃない。けれど、易々とそうさせるつもりはないわ。
「『戦符「リトルレギオン」』」
私は方陣を組んだ人形で迎撃態勢を取る。
だが北斗は、それを目の当たりにしてもひるむことはない。弾幕を止めると、刀を抜いて急接近してきた。私も応戦する様に人形を連続で突貫させる。
「さあ、人形によるファランクス、その波状攻撃に耐えられるかしら?」
「…… ふっ!」
私の言葉に応じるように北斗は短く息を放って、更に速度を上げた。
そして上下左右、空中を蹴るように細やかなステップを踏みながら、人形の攻撃をあしらっていく。
正面からだけなく背後からも攻撃してみるが、それすらも躱される。
接近戦に強いと思っていたが、ここまでとは思わなかった。この美しい剣捌き、そして瞬発力はどこぞの半人半霊を思い出す。いやむしろ……
「剣術はアレそのもの……かしら?」
そういえば、お札の攻撃も霊夢のそれと似ている。
使っている道具が同じと考えるのが普通だけど、それしては違和感がある。あまりにも霊夢の動きに酷似しすぎているわ。
……ちょっと危ないかもしれないけれど、試してみましょうか。
「『魔符「アーティフルサクリファイス」』!」
私は人形を起爆させ、北斗を吹き飛ばす。牽制にしては少し過剰な攻撃と心配したのだけれど、北斗は障壁を張ってしっかり防御していた。
「魔法を習いたいといって、それっぽいことは出来てるじゃない。どう違うのかしら?」
「さあ、魔術がわからない俺にはなんとも!」
障壁越し、北斗が不敵に笑う。ま、それは置いといくとして……北斗との距離が離れたのを確認して、一体の人形にありったけの魔力を注ぎ込む。
今までこの魔法を完成させるために籠ってきたけれど……最後まで魔力燃費だけは押さえることが出来なかった。
正直その点に関してはどうも煮詰まってるし、これで完成でもいいかもしれない。まあ、完成かどうか判断するのは、この二度目の実践投入の結果次第かしら。
「『ロールアウト「ゴリアテ人形」』!」
私はスペル宣言と共に人形内部の術式を起動させる。
変化はすぐさま起こった。まるでパンケーキのように人形は膨らみ、調整通り私の背丈の倍ほどの大きさになった。
起動オーケー、次は操作だけど……
私は目標である北斗を見据える。巨大化した人形を目の当たりにした北斗は……
「魔術の力ってスゲー……」
と、引き攣った笑みを浮かべながら、刀を握り直していた。




