61.0 地震と来訪者
料理を運ぼうとした時には、天魔さんと霊夢の話は終わっているようだった。二人が何を話したかは分からないが、霊夢は普段と何も変わらない様子に見える。
……ちょっと安心した。俺の目には天魔さんが来てから少し様子が変な気がしたのだが、杞憂だったようだ。
「ん~! 美味しい! 実に美味しい! 霊夢ちゃんは毎日こんな美味しいもの食べてるのかぁ……太ったでしょ?」
「太ってません!」
天魔さんの言葉に珍しく声を荒げながら、霊夢が焼きナスに醤油を掛ける。俺はそんな彼女を横目で見ながらお吸い物を啜っていた。
……そういえば偶に霊夢の作ってくれる料理はかなり質素だ。幻想郷ではあれくらいが普通なのかもしれないけど、少なくとも霊夢は俺が来てからカロリー摂取量は増えてるはずだ。
しかし、まったくそれを感じられないくらいに身体の線が細い。異変の時の力強さとは正反対の、ふと目を離したら消えてしまいそうな危うさ。やや背が高いのも相まって華奢さが目に付いてしまう。
「……何よ?」
よっぽどジロジロ見てしまっていたせいか、霊夢が睨み返してくる。俺は誤魔化すように視線を外して松茸のお吸い物に口を付けた。外の世界では高級品として有難がられている松茸も、幻想郷では手頃な食材だった。
「ふふ、なかなかいい感じですねぇ……」
ふと文がニヤニヤしているしているのを視界の端に捉える。このパパラッチ、変な勘繰りをしていなければいいんだが……
「さて、北斗ちゃんの料理に集中したいところなんだけど、当初の目的を果たさないとねぇ」
食事の半ば差し掛かったところで、天魔さんが話を切り出す。俺は箸を止めて話を聞こうとするが、天魔さんはそれを手を振って押し留める。
「ん、食べながらでいいよ? ちょっと気になったことがあって、一応北斗ちゃんにも話しておこうと思っただけだから」
「は、はぁ……わかりました」
もったいぶった言い方が気になったが、俺は素直に頷く。
ただそう言われても無神経に食べ続ける気にもなれなかったので、箸を持ったまま話に耳を傾けることにした。
「それで、何の話でしょうか?」
「……古い友人から聞いたんだけど、君と同じ能力の人がこの幻想郷にいるみたいね」
天魔さんの言葉に霊夢の動きが止まる。紫さんにあまり大っぴらしないように言われていた黙っていたが……そういえば霊夢には話していなかったか。
それにしても天狗の目と耳は地底にも届くのだろうか? いや、古い友人と言っていたし……紫さんあたりが話したのかもしれない。
「そうらしいです。確証にまで至ってませんけどね」
「みたいだねぇ……けれど、心当たりくらいはあるでしょ?」
意味深な言い方で顔を覗き込んでくる。天狗は読心術が得意なのだろうか? まあ、まったくその通りなんだが。
以前妹紅さんがそそのかされたと言っていた奴……
「黒ローブ……」
「流石北斗ちゃん」
天魔さんは手を叩いて俺を褒める。どうやら天魔さんと同じ心当たりだったようだ。妹紅さんが話してくれていて助かったな。
その『黒ローブ』とやらは蓬莱人のことを知っており、かつ俺の能力を『俺以上に』詳しい。蓬莱人の情報はともかく、能力への知識を持っているということは……俺と同じく『影響を与える程度の能力』を持っているか、持っている者の協力者のどちらかだろう。
「しかし、どうしてそれを今?」
俺が尋ねると、天魔さんは焼きナスを口に入れ、飲み込んでから口を開く。
「そいつね、以前まで天狗の里に居たのよ。ちょうど、『宗教不信異変』と同時期に」
「………………!」
俺は耳を疑ったが、同時に頭の中で色々な事柄が腑に落ちた。
その最たるものが鞍馬諧報だ。まだ俺の能力が内密にされていた状況で、あんな大々的に報道できたのは何か裏があるからだろうとは思っていたけれど……
つい俺は焦る気持ちを隠し切れず、前のめりになって天魔さんに聞く。
「そいつは何処に? 何者か分からないんですか!?」
「……残念ながら。大天狗に取り入って色んな情報を閲覧していたらしいから私達も大慌てで探したのだけど、まるで幻想郷からいなくなったみたいに雲隠れしてしまったの」
天魔さんが疲れたように肩を竦める。
天狗の目と耳から逃れるなんて……そんなことが出来そうなのはこいしぐらいしか思いつかない。いや、もしかしたらこいしの影響を受けている俺も出来るかもしれないが……やはり何かしらの能力があるのは間違いなさそうだ。
「それにあの黒ローブ……頑なに自分の正体を隠していたのに、何故か頭でっかちの大天狗達には信頼されていたわ。不自然、異常なことばかりだとは思わない?」
「……なるほどね、北斗がこれだけ幻想郷に順応しているのに結界の歪みが解消されていないのは、そいつの仕業だったからかもね」
今まで黙って話を聞いていた霊夢が口をはさんでくる。そうだった、俺がこの神社に居候していたのは『幻想郷に順応して、結界の歪みを徐々に解消するため』だったな。すっかりここでの生活に慣れてしまって忘れていた。
「それじゃあ、俺がここに居候する意味もほとんどなくなっちゃったわけか……」
俺はつい無意識に、そんなことを口走ってしまう。すると同じく静観していた文が突然嬉々とした表情で身体を乗り出してくる。
「だったら是非天狗の里に来るといいわ! 記者見習いで雇ってあげる!」
「記者!? いや、ちょっと文章書く仕事は……」
「なら私の秘書になるといいわ! 大丈夫、毎日三食作ってくれるだけでいいから!」
天魔さんも話が脱線したのも構わず、ノリノリで話を持ちかけてくる。人間の俺では天狗の里に入れないってわかってるだろうに。そもそも俺は博麗神社での暮らしをそれなりに気に入っているんだが……
俺が二人に言い寄られて戸惑っていると……堪えきれなくなったのか、不意に霊夢が机を叩いて叫ぶ。
「ちょっとアンタら好き勝手に言って……きゃっ!?」
霊夢の台詞を遮る様に突然地鳴りが響く。地震!? しかも大きい! 俺は汁物が腕にかかるのも御構い無しに、机を抑えながら叫ぶ。
「な、地震!? 幻想郷も地震が起きるのか!?」
「そんな、要石が抜けない限りそんなことは……ってことは!」
霊夢は揺れているのをお構いなしに境内へと飛んでいってしまう。気になった俺達も立ち上がってその後を付いて行く。
揺れる大地の上で辺りを見回すと、周囲の木と建物がメキメキと嫌な音を立てていた。空は夕日が落ちる直前の藍色に染まっており、辛うじて周囲の様子が確認できる程度に暗い。
その薄闇の中、霊夢は一人の少女と対峙していた。長い空色の髪に、夕日のような紅い瞳、桃の飾りを付けた帽子にロングスカートといった身なりの女の子だ。清楚な姿と勝気な顔から、まるでお転婆なお姫様のように思えた。
「……来たわね」
そう呟いた女の子は右手に持っていた緋色の剣を引き抜く。すると、さっきまで起こっていた地鳴りがぴったりと止んだ。もしかして、この地震はこの子が起こしていたのか……?
「どういうつもりよ天子……また神社が倒壊したらどうするつもり!?」
霊夢があからさまに怒った様子で突っかかろうとするが、天子と呼ばれた女の子はそれをヒラリと躱して俺の方を向いた。そして数歩近付いてから緋色の剣を突きつけながら、俺に言い放った。
「今回は霊夢に用はないの。今回はそっちの……輝星北斗! 貴方に用があるのよ!」
「……え?」
突然予期せぬ来訪者に名前を呼ばれ、俺は戸惑うしかなかった。




