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東方影響録  作者: ナツゴレソ
八章 地底の恋心 ~Distance between the hearts~
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59.0 桃まんともう一つの影響

 こいしを助けた後、人里と旧都に元の活気が戻った。特に旧都は元の様子を知らなかっただけに、毎日が祭のような騒ぎに度肝を抜かれた。

 しかも鬼や人の姿とはかけ離れた姿の化物達ばかりだ。俺はその奇異な姿の住民から奇異の目で見られながら旧都の街道を歩く。普通の人間はよっぽど珍しいらしい。海外旅行をしたらこんな感じで見られるんだろうか?行ったことないから分からないが。


 しかし、治安の悪そうな土地だから厄介な奴らに絡まれるかもしれないと危惧していたんだが……俺の背後に付いて来ている人のお陰でそれはないようだ。


「えっと……華仙さん。いつまで付いて来るんですか?」

「………………」

「はあ、だめだこりゃ」


 声を掛けても反応すらない。徹底的に無視されている。それなのに働き蟻の様にずっと後ろに付いて来られて……一体どうしろというのだろうか?華仙さんに尾行されている理由は皆目見当がつかないが……俺が地底に来ているのは紫さんに呼ばれたためだった。




 時間は遡って、異変解決直後に行われた酒盛りの最中の事だ。こいしが霊夢の部屋で寝かされていたのにも関わらず、酒の場は大賑わいだった。あの時はパチュリーさんに頼んで外の音を遮断する魔法を霊夢の部屋に掛けてもらっていてよかったと安心したものだが……


「北斗、ちょっといいかしら?」

「紫さん?どうしたんですか?」


 盃片手にあいさつ回りをしている途中に、紫さんから声を掛けられる。手招きをされたので近付き紫さんの座る席の隣に座ると、酒瓶を差し出してきた。

 話があるのに飲ませるんですね……もらいますけど。俺が盃の酒を飲み干している間に紫が話を始める。


「今回の異変について少し考察したいことがあるの。それにはさとりの話も聞きたいから……こいしの具合が良くなり次第地霊殿へ来てもらえるかしら?」

「地霊殿って……いいですけど、それってさとりさんが言うことなんじゃないんですか?」

「細かいことは気にしないの。ま、そういうことだから、よろしく頼むわね」




 そんなこんなで紫さんに言われたまま地底に来たわけだけど……地上の入口に華仙さんがいるとは思わなかった。

 霊夢から聞いた話だが……この人は地上の者が地底に行くことをよく思っていないらしい。彼女を見かけた時は行く手を塞がれる可能性も考えていたが、華仙さんはただ後ろを付いて来るだけだった。それにしても何も言わず付いて来るっていうのは不安になるから、せめて世間話ぐらい応じて欲しいんだが……


「……ん、あれは」


 モヤモヤした気持ちで歩いていると、街頭の露店を見つける。売ってるのは……桃まんっていうのだろうか。甘い香りが空腹を刺激する。気晴らしに一つ買おうとすると、それより先に華仙さんが割り込んできた。


「桃まん、六、いや八個ください」

「あいよ」

「………………」


 俺はその背中をじっと見つめていると……振り向いた華仙さんと目が合う。お互いに気まずい空気が流れる。


「………………」

「………………」

「……あげませんよ?」

「自分で買いますって」


 これが初めてまともに交わせた会話だった。






「それで、どうして地底に来たのかしら?」

「……紫さんに来るように言われたんですよ。地霊殿に来いってね」

「紫……あのスキマ妖怪が地霊殿に……」

「何かおかしいんですか?」


 華仙さんは隣で難しい顔をしながら桃まんを食べている。俺はその横顔に問いかけると、華仙さんはしばらく咀嚼して……飲み込んでから答えを返す。


「……貴方は地底の地上との条約を知らないのかしら?」

「詳しくは知りません。これでも幻想郷に来てから半年も経ってないんですよ」

「無知は罪。それを言い訳にしてるといつか身を滅ぼすことになるわよ。地底と地上は……お互いに不可侵条約を結んでいるの」


 不可侵条約。世界史ぐらいでしか聞くことのなかった単語だが、まさか戦争とは無縁そうな幻想郷で聞くことになるとはな。


「そんなに地上と地底の仲は険悪なんですか?」

「……というよりただの棲み分けね。地上では生きれない妖怪を隔離するための流刑地といってもいいかもしれないわ」


 何とも遠慮のない言い草だ。けれど、こんな賑わい絶えない街が流刑地だなんて俺には思えない。みんな生き生きと生活しているようにしか見えない。華仙さんは皮のかけらを口に放り込み、話を続ける。


「地上で疎まれた奴らばっかだから、地上の妖怪もここには来たがらない。逆もしかり、だからある意味ではただの形だけの約束だったのかもしれないわね」

「……意味のない約束っていうのなら、何で紫さんが地霊殿にいることがおかしいんですか?」

「この条約を結んだのが他ならぬ八雲紫だったからよ……妖怪は精神に依存した存在であるがゆえに約束事を重んじる。特に、自ら定めた事に関してはね」


 俺は言葉が見つからず沈黙を埋めるように桃まんを頬張る。ホクホクの皮にとろけるような餡の甘みが絡み、極上の味を醸し出していた。しばらく無言で歩いていると、華仙さんは地底の空……天井を見上げる。


「私は、地上の者が地底に関わったせいで起こった悲劇を何度も見てきた。もう二度とそれを見たくない。だから……」


 華仙さんが包帯で模られた自分の右手を抱きながら呟く。悲劇……彼女の見てきたものが何なのか、俺には分からない。話されたとしても彼女の悲しみを理解できるかも定かではない。だから、俺はただ前を歩きながら言う。


「紫さんは部外者を連れて来るなとは言ってませんでした。よかったら、話を聞いていってください」

「……傍からそのつもりよ」


 華仙さんはそれだけ呟くと、また桃まんを取り出して齧り付いた。

 






 地霊殿に辿り着くとさとりさんに出迎えられる。こいしはまだ本調子じゃないようでまだ眠っているらしい。後で様子でも見に行こうと考えながら、さとりさんの後へ付いて行く。

 案内されたのは礼拝堂だった。以前放火紛いの事をしてしまった場所だったが、まるで何もなかったかのように新調されていた。


「鬼は仕事が早いんです。見張ってないと好き勝手に作りますが」


 へえ……鬼って建築も出来るんだ。そっちの方が驚いてしまう。新築の部屋を見回していると礼拝堂の椅子の一つに腰掛ける金髪の女性に目が行く。紫さんだ。

 紫さんは横目で俺とその後ろに立つ華仙さんを一瞥するが、特段気にした様子もなく立ち上がった。


「来たわね、北斗」

「お待たせしました……それで、話って何ですか?」


 俺が尋ねると、紫さんが扇子で自分を仰ぎながら頷いた。


「今回の異変の『違和感』についての話よ」


 違和感……なるほど、それはこの異変を起こした俺自身も感じていたことだ。俺は適当な席に座ると、紫さんがおもむろに喋りはじめる。


「まず一つ。今回の三つ異変……人里や旧都の人間の無意識化、北斗に関する記憶の操作、そして怨霊の異常の内、前の二つは間違いなく貴方が引き起こしたのよね?」

「ええ、そうです。ですが、こいしがさとりさんに叱られて、霊夢が俺を助けたあの時からは……」

「少なくとも貴方は異変を終わらせようとしていた。なのに異変は……無意識化の異変だけは終わらなかった」


 紫さんの言う通りだ、俺の中では異変を続ける意味は無くなっていたはずだった。

 けれど異変は終わらなかった。それは俺の中で何か引っかかっていることがあって……つまり、こいしのことが気がかりのせいで、異変は終わっていないのだと考えていた。だが、もしそうじゃないとしたら……


「この事実ではっきりしているのは……少なくとも『記憶の操作』は北斗の起こした異変だっていうこと。そして、『住民の消える異変』は北斗と……『別の誰か』が二重に引き起こしていたものだっていうことよ」

「えっ……」


 俺は耳を疑ってしまう。レミリアさんがそんなことを言っていたけど、あの場では確証がないことだと否定されていた。なのにどうしてそんなことが言えるというのだろうか?


「キーパーソンはただ一人、古明地さとりよ」

「さとりさんが……?」


 俺はさとりさんの方を向く。さとりさんはいつもの無表情のまま口を開く。


「……初めて北斗と会ったあの時、最初の内は私は貴方の心を読めなかった。こいしと同じように心を閉ざしている状態だったのでしょう」

「えっ……いや、けど俺はトラウマを見せられて……」

「そう、私がこいしを……いや、貴方が異変の目的を失ったその時から、貴方の心を読めるようになった。つまりはこいしの影響はその時からなくなっていたんじゃないかしら?」


 さとりさんの考察に、俺は納得する。そうか、てっきり最初から心を読まれているものだと思っていたのだが……


「ですが、それがどうして俺以外の奴が異変を起こしていると分かるんですか?」

「……今回この住民が見えなくなったのは『こいしのように他者に感知されなくなる』ように影響を受けたからよ」

 

 さとりさんに尋ねるが、それに答えたのは紫さんだった。いまいち理解が及ばない、首を捻っていると紫さんがさらに説明を付け加える。


「つまり、貴方がこいしから影響を受けていない限りこの異変は起こせないってことよ。貴方が自身以外を狙って他者への影響を与えられるなら話は別だけど……」

「……『自分だけに』ならともかく『自分以外』を狙って、っていうのは出来ませんよ。多分」


 そもそも俺の意識的に他者に影響を与えようとしたのは今回が初めてだ。もしかしたら、特定の人物に、ってことなら出来る可能性もあるけど……不特定多数の場合は自分にある程度影響を与えないと無理だ。




 紫さんはチラリとさとりさんの方を向く。どうやら、俺が嘘をついてないか確認させたみたいだ。心を読まれるのは別にいいけど、さとりさんを嘘発見器みたいな扱いをするのはいい気分がしない。

 そんなことを考えていると、突然さとりさんが顔を赤くして俯いた。どうかしたのだろうか?俺が首を傾げていると、紫さんは咳払いを一つして話を纏めに入る。


「つまりは『貴方と同時に同じ異変を起こしていた』何者かが必ずいるはずなの。怨霊の異常もそいつの仕業だと考えていいかもしれないわね」

「けど、それじゃあ……」

「ええ、おそらく貴方と同じ『影響を操る程度の能力』を持つ者がこの幻想郷に存在してるわ」

「もう一人の……影響を操る者……」


 俺は紫の言葉に、何とも言えない心のざわめきを覚えた。







「さて、異変の話はこれくらいにして……これからの地上と地底との関係の話をしましょうか。それを待ち望んでいる者もいるようだし」


 そう言いながら紫さんは華仙さんを見つめる。対して華仙さんはその言葉に何も返さず様子を伺っていた。無言の圧力に耐えかねたのか紫さんは肩を竦めて、さとりさんに向き直る。


「とは言ってももう大筋は話してしまったのだけど」

「ええ、不可侵条約は継続するけど……以前のような厳重なものではなく、お互いに『柔軟』に対応してく。以前の間欠泉の一件以後とあまり変わっていないけれど……ま、正式に認めたことに意味があると思いましょう」


 ……それってつまり現状と変わらないってことか。ま、俺は地霊殿の人達と仲良くなれたしそっちの方がいいけど……

 ふと俺は華仙さんを見遣る。華仙さんは座った瞳で紫さんとさとりさんを見ていた。地上と地底の繋がりを断ちたい華仙さんにとっては納得のいかないないようだろう。ただならぬ緊張感に俺はただ立っていることしか出来ない。先に口を開いたのは紫さんだった。


「もちろん、新たな交流は新たなトラブル、火種を生み出すこともあるわ。だからそれに関する仲裁者を設けようと思うわ」

「仲裁者……?」

「茨木華扇、貴方にやってもらいたいのだけど……どうかしら?」


 紫さんはニッコリと笑って問いかける。その姿を横から見ていて頭を抱えてしまう。

 ……まったく、これだから紫さんは胡散臭いなんて言われるんだ。大した出来レースだと思う。というか態のいい押しつけだ。こんなことを言われては華仙さんが断るはずがないのに。

 華仙さんはしばらく呆気にとられていたけれど……大きな大きなため息を吐いた。


「……全部、貴方の手の内ですか」

「人聞きの悪い言い方しないで頂戴……貴女にも都合がいいでしょう?」

「………………」


 華仙さんは頭を抱えながら何も言わずに礼拝堂を出て行ってしまう。しかし、これは引き受けたと思っていいだろう。俺は扉が閉まってから、紫さんを睨み付ける。


「厄介事の押しつけじゃないですか」

「いいのよ……ああいうのは押し付けられようと放っておこうと、厄介事を見過ごせないんだから。貴方と同類よ」

「む……」


 その言葉に俺は顔をしかめてしまう。横に立つさとりさんにも笑われてしまう。


「ふふ……そうね。良く言ってお人よし、悪く言ってお節介よね」

「どっちもよく言ってないじゃないですか。はぁ……」


 俺は思わず溜め息を吐いた。まったく一言も言い返せない。ついここ最近癖になり始めている困った笑みが顔に浮かんでしまう。

 ……きっと俺は人にお節介を掛けて、迷惑を掛けて……影響を与え続ける。けど、もうそこから逃げない。逃げられない。

 もう俺は、一人じゃないから。

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