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東方影響録  作者: ナツゴレソ
八章 地底の恋心 ~Distance between the hearts~
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58.5 叶った我儘と無意識の恋心

 いつか聞いたことのある風鈴の音色が響く。右手が温かい。誰かが握ってるのかな……?確かめようとゆっくり瞳を開けてみる。するとそこには見慣れた姉の顔があった。


「よかった、やっと目が覚めたのね」

「お姉ちゃん……」


 お姉ちゃんが私の左手を両手で包み込むようにして握っていた。心配そうな顔がホッと安心したような顔に変わる。私は横目で辺りを見渡してみる。見慣れない畳の部屋に布団が敷かれていた。地霊殿じゃないみたい。


「あれ、私……どうしてたんだっけ?」


 確か地霊殿から飛び出して、無我夢中で飛んでたら旧灼熱地獄の方へ向かってて……そしたら突然沢山の怨霊が私に襲い掛かってきて……それからのことをあんまり覚えていない。

 ……ずっと寒かった。夏なのに、地底で一番熱い場所にいたはずなのに、凍えてしまいそうだった。だけど誰かが手を取ってくれた。抱きしめてくれた。誰かは分からないけど、その温かさだけは……私の無意識に刻み込まれていた。


「お姉ちゃん、私……」

「ごめんなさい、こいし」


 お姉ちゃんは手を握ったまま頭を下げる。え……なんで?何が起きたかわからないけれど……きっと私が迷惑かけたのに、どうしてお姉ちゃんが謝るの?困惑していると、お姉ちゃんは指で目じりを拭いてから顔を上げる。


「手段はどうあれ、貴方は私のためにやってくれたのにね……」


 お姉ちゃんの悲しそうな顔に、私はすぐに身体を起こして首を振る。

 ……違うよ、お姉ちゃんが謝ることなんてない。私が北斗を利用して、みんなに迷惑かけたんだってことぐらい自覚してるんだって、そう言おうとするけれど……それより先にお姉ちゃんが喋り始める。


「けどね、こいし。私は心を読む力を疎ましく思ってないの」

「え……」

「貴女の言う通り私達はこの力のせいで嫌われてきた。見られたくない場所まで見てしまい、見たくないものを見てしまう。この力のせいで多くの人が離れて行った。けれど……この能力の本質はそんなことじゃないの」


 本質……なんのこと?分からなくて首を傾げていると、お姉ちゃんは優しい笑みを浮かべる。昔のお姉ちゃんはこの笑顔をいっぱい向けてくれた。私が心を閉じてからあまりそうしてくれなくなったけど……私はこの笑顔が大好きだった。


「この能力がなかったら、北斗さんの言葉を信じられなかった。貴女を、こいしを救うって言葉を……」

「北斗の……?」

「ええ、彼がいなかったら貴女を助けられなかったわ……それに彼以外にも手を貸してくれた人がいっぱい居たわ。後でお礼を言わないとね」

「……うん」


 私は小さく頷く。そっか、私、北斗に……

 数日間ずっと北斗を見てきたけど……本当にお人よしで、優しかった。けれど、私を助けてくれたのも北斗だなんてね……本当に、筋金入りに優しい。お姉ちゃんは小さく息を吐いてから、何もない天井へと目を向けた。


「それだけじゃない、心の繋がりの、意思の強さを誰より確かな形で見ることが出来る。きっと、それが『心を読む程度の能力』の本質」


 私はお姉ちゃんのお話に思わずポカンとしてしまう。心を読むばっかで人と話したがらないお姉ちゃんがやけに饒舌でビックリした。心の読めない私でもわかる。お姉ちゃんは変わった。変えてくれたのは……


「そう思えるようになったのは……北斗さんのお陰ね。本人には、恥ずかしくて言えなかったけど……感謝してるわ」

「……そっか」


 私は一言だけお姉ちゃんに返す。そっか、うん……そっか。北斗は私の願いを……我儘を叶えてくれたんだね。目を瞑って、北斗と初めて話した時を思い出す。






 キスなんて初めてしたけど……よく分からないなぁ。私はお兄さんの反応を見ようと思って離れて顔を見つめる。照れたりしてるのかなと思ってたんだけど……何故か無表情だった。


「むー、何か反応してくれればいいのに……」


 私はお兄さんを揺すってみるけど……ただ私の目の中をじっと見つめてるだけでつまらない。けど、その姿が何となく私に似ているように見えた。

 えっと……だれかが言ってたけど、お兄さんの能力は確か……『影響を与える程度の能力』だっけ?よく分からないけど……それを使ってるような気がする。


「……ああ、そうか。きっとお兄さんは私と同じになろうとしてるんだね」


 そして、あの黒い人が教えてくれたようにきっとこの人が叶えてくれる。私の願いを……

 今こんなことを言っても届かないかもしれないけど……私はお兄さんの耳元で囁く。


「お兄さん……ううん、北斗、貴方にお願いがあるの」

「………………」

「私のお姉ちゃんを……助けてほしいの。日向に連れてってほしい」


 みんな私の様に心を読めない存在になってしまえば、きっとお姉ちゃんは外に出られる。きっと暖かい場所の居心地が分かったら、お姉ちゃんも私と心なんて読みたくなくなるよ。そしたら、また笑ってくれるようになってくれるよね……?






 きっと聞こえてなかった。けど北斗は願いを叶えてくれた。無意識に私の想いに応えてくれた。それだけじゃなくて……覚えてないけど私の事も助けてくれて……


「……こいし?」


 お姉ちゃんの声と風鈴の音色で意識を引き戻される。私は首を振ってから、笑顔を向けた。

 ……不思議だね。お姉ちゃんは心を読めてよかったって、笑ってる。結局私の狙い通りにはならなかったけれど、私の我儘は叶った。


「どうしたの、こいし?どこか痛むの?」

「えっ……?」


 何故かお姉ちゃんは心配そうな顔になって私の頭を擦る。そして同時に視界がぼやけはじめる。


「あれ、何で私……?」


 私は溢れ出る涙を袖で拭うけれど、涙はとめどなく溢れてくる。お姉ちゃんに怒られた時みたいに悲しくないのにどうして……

 両方の袖でゴシゴシ拭いていると、唐突にお姉ちゃんが私を抱きしめた。

 ただ無言で抱きしめられていると、体の芯から暖かいものが込み上げてくる。これが何かわからなかいけど、もう涙は止められそうになかった。ただ、私はお姉ちゃんの暖かさを感じながらずっと泣き続けた。




「……落ち着いた?」

「うん……」


 一頻り泣くと、身体の中にあった暖かいものも溶けてなくなって、涙も止まった。こんなに思いっきり泣いたのは久しぶりで、気分もスッキリしている。お姉ちゃんに手渡されたハンカチで顔を拭っていると、柱をコンコンと叩く音が部屋に響く。


「今、大丈夫ですか?」


 遠慮がちに掛けられた男の声。その声に私は布団から飛び出そうになってしまう。障子の方を見るとお盆を持った影が映ってる。慌てて私はハンカチをお姉ちゃんに返して、寝癖だらけの髪を撫でつける。


「ど、どうぞ!」


 返す声が上擦ってしまい、顔が真っ赤になる。それを見てお姉ちゃんが吹き出しそうになるのを堪えていた。もっと顔が熱くなるのがわかる。

 ややして障子を開くと、北斗が入ってくる。両手に握られたお盆の上には土鍋とお茶碗とレンゲが置かれていた。何でかわからないけど、妙にドキドキする。北斗の顔を直視できない。


「起きてたのか。よかった……食欲ある?御粥を作ったんだけど……」

「え、うん!ちょっとお腹空いたかな……」

「食欲あるのはいいことだ、ちょっと待っててね」


 北斗は布団の傍に座ると土鍋を開けて、御粥を注いでくれる。ほんのりピンク色に染まっている。梅が入ってるのかな?それを見てお姉ちゃんが座ったまま北斗を見上げる。


「御粥なんて……病人みたいな扱いですね」

「永琳さんが言うには、怨霊にだいぶ体力を吸われていたみたいですから……消化にいいものということで」


 北斗はそう言いながら私に茶碗とレンゲを渡そうとする。何も考えず普通に受け取ろうとしたその時、ある考えが頭に浮かぶ。御粥に看病と言えば……お決まりのアレだ。けどお姉ちゃんもいるし……恥ずかしい。けどけどこんな機会ないだろうし……悶々と悩んでいると、北斗と目が合う。


「ひ、一人で食べられそうにないから……北斗、食べさせて?」


 反射的に口が動いた。あ、え?言っちゃったの私!?もしかして無意識で!?イドの馬鹿!エゴは仕事しろ!北斗は一瞬固まってしまうが、ぎこちない動きで御粥を掬って、口元に向けてくる。えっ、本当にしちゃうの!?嘘!?

 私は助けを求めて咄嗟にお姉ちゃんを見る。お姉ちゃんは咳払い一つして……


「北斗さん、ちゃんとふうふうして冷ましてあげないと危ないですよ」


 口元を押えてニヤニヤしながら言う。た、楽しんでる……お姉ちゃんの馬鹿!もう誰にも止められない。北斗は言われた通り控え目に息を吹きかけている。

 ……この際だ、口出しちゃったものは仕方ない。流石に目を開けて直視……は恥ずかしすぎるので目を瞑って口を開けて待つ。するとぎこちなくゆっくりと御粥が流し込まれる。


「ん……」


 仄かな酸味が口の中に広がる。実はそんなに食欲無かったんだけど、これならいくらでも食べられそうだけど、心臓が張り裂けそうでそれどころじゃなかった。

 私は音を立てないようにゆっくり呑み込んでから、恐る恐る目を開けて北斗を見る。北斗も顔を赤くしていた。多分私も真っ赤になってるだろうから、お揃いだ。動悸で倒れてしまいそうだけど、こうなったら全力でこの役得を噛みしめようと目を閉じ、再び口を開けておねだりする。


「……センパイ、何してるんですか?」


 と、底冷えするような声が聞こえる。片目を目を開けてみると、北斗の背後に早苗が立っていた。早苗はお祓い棒を握りしめてプルプルと震えていた。


「センパイ!こいしさんになんて羨ましいこと……じゃなくて、いかがわしいことをしてるんですか!?」

「ちょ、いや、いかがわしいっていうのは語弊があるぞ!こいしが食べられそうにないって言うから……」

「だったらさとりさんがやればいいじゃないですか!ほらさとりさん代わってください!」

「う……持病の癪が……」

「棒読みで何言ってるんですか!?そもそも妖怪が癪持ちなわけないじゃないですか!」


 早苗が大声で捲し立て、お姉ちゃんがはぐらかし、北斗が困ったような笑顔を浮かべている。それを見た私はまた心の奥から暖かいものがせり上がってくる。さっきのと似てるようで似てない感じだ。私はその気持ちの赴くまま北斗の腕に抱き着いた。


「あ、ちょ、何してるんですかこいしさん!離れてください!」

「いーだ!早いもの勝ちだよー!」

「何をー!?センパイもなすがままにならないでくださいよ!こら、はーなーれーろー!」

「離さないもん!この手も、心の中の温かさも、くれたもの全部!」

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