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東方影響録  作者: ナツゴレソ
八章 地底の恋心 ~Distance between the hearts~
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57.0 以心伝心と怨霊の塊

 先程まで炎が広がる礼拝堂だったはずの場所に、鏡面の如く澄んだ湖が眼下に広がっている。

 地の底では見えるはずのない空には日の落ちる直前の夕焼けと、星と月が浮かんでいる。元は室内とは思えない、開放的な空間。


「こ、れは……」


 さとりさんは突然飛んでいた場所が一変して、涙を流しながら茫然としていた。抱き留めた火依もびっくりして目を擦っている。

 だが俺は……内心で成功したことに安堵していた。俺の目の前には障壁を張る二人の神様が背を向けて浮かんでいる。俺はその背中に頭を下げた。


「……すみません、急に呼び立ててしまって。助かりました」

「いや、様子は陰陽玉を通じて見ていたからな。むしろいつ出番が来るか待ち遠しいほどだったよ」

「北斗ったら最初使った時とお試しの一回以外まったく使わないから、忘れてるものだと思ってたよ~!?もっと積極的に使っちゃっていいのにさ~!」

「いや、神様を積極的に顕現させるのは気が引けるんですけど……」


 神奈子様と諏訪子様の肩越しの呑気な言葉に、俺はつい苦笑してしまう。手の中には一枚のスペルカードがあった。『神符「トリニティフェイス」』、早苗からもらったスペルだ。

 能力で増幅させた信仰を奉げることで一時的に守矢の三神の加護を得ることが出来る、という説明を早苗から聞いたんだが……実際は加護を与えてくれる神様が直接顕現して力を貸してくれる反則臭いスペカだった。

 早苗を呼び出すのは百歩譲っていいとしても神様を呼び出して戦ってもらうっていうのは、曲がりなりにも信仰を奉げている者としてもどうかと思うのだが……


「大丈夫大丈夫!今回早苗がいなかったりするみたいに暇な誰かが行くからさ!せっかくの私達の加護なんだから!ジャンジャン使ってよ!」

「諏訪子の言う通り、遠慮しなくていいぞ。君に私達の力を見せつけるのは信仰を強める上で有効なんだからな」


 と言った感じで本人達がノリノリだからいいのかもしれない。ま、今みたいなピンチにしか使わない切り札的なスペカだと割り切ろう。


「特別なスペルカードを使う、というのは読んでいたけど……まさか神奈子さんと諏訪子さんを呼び出すとはね。お久しぶりです」


 先程までの表情はどこへやら、さとりさんは元の能面を貼り付けて二柱の神様に尋ねる。それに対して、神奈子様は腕を組みながら挨拶を返す。


「本当に久方ぶりだね。事情はわかっている。貴方の気持ちはわからないでもないけど……今回は北斗の側に立たせてもらうぞ」

「同じく。もう交わす言葉もないだろうから、後は勝ち負けで正しさを決めるしかないよねぇ~?」


 諏訪子様は俺を一瞥して不敵な笑みを向けてくる。その言葉の裏には、俺の考えを見透かしているような含みが感じられた。

 確かに俺は……口にこそ出していないが、さとりさんに伝えたかったことはほとんど伝えてしまった。それでも納得してもらえないのなら、もう戦って力ずくで頷かせるしかないのかもしれない。けれど……

 俺が迷っている間にも神奈子様達は動き始める。


「さて、私達はあくまで北斗の信仰によりここに顕現している身、ここにいられる時間も短い。始めようか!」

「二人分だけど、本気は出せないから大目に見てよ~?」


 神奈子様と諏訪子様は左右に分かれ、片や御柱を、もう一方は鉄輪を放つ。質量の圧力に圧倒される弾幕群に、さとりさんも避けるだけで必死になっている。

 今俺も攻撃に参加すれば、半ば強引にさとりさんを打ち負かせられるかもしれない。しかし、それはただ力で打ち負かしただけだ。


「北斗?」

『どうしたんですか北斗さん!ぼさっとしてないで攻撃に参加してください!』


 火依も通信機越しの文も俺を急かすように声を上げるが、身体は動かない。俺の思いがストップをかけていた。

 それでいいのだろうか?さとりさんはそれで納得してくれるのだろうか?俺の声はさとりさんにまったくとどいていなかったのだろうか?

 わからない。俺はさとりさんの様に心を読めるわけではないから。ただ……




 もし、それが出来るなら……




 俺は意を決してさとりさんを見据える。弾幕回避に集中している。今なら、俺の心は読めていないかも知れない。

サ やるとしたら一度っきりのチャンスだ、大きく深呼吸をしてから俺は二柱の弾幕に紛れるようにさとりさんへ突っ込む。

 そう、ほんの少しでも心の隙間を覗けるならばそれでいい。俺の能力でさとりさんの影響を受けられれば、それができるかもしれない。

 蓬莱人の影響の時と同じくぶっつけ本番だ。


「北斗!」

「構わず続けてください!」


 心配そうに名前を呼ぶ神奈子さんにそう返しながら、たださとりさん目掛けて飛ぶ。

 普段は向かってくるものを避けることが多いだけに、背後から飛んでくる弾幕に反応が遅れている。だが、速度だけは緩めない。被弾覚悟の特攻だ。

 十数メートルまで距離を詰めた所でさとりさんと目が合う。心を読まれたかはわからないが、俺を迎撃しようと弾幕を飛ばしてくる。

 怯んじゃいけない!寸のところでそれらを躱していく。避けきれない攻撃は腕でガード。とにかく進むことは絶対にやめない。

 痛みに顔が歪むが、ようやく手の届く場所まで辿り着く。至近距離でさとりさんと目が合う。


「ッ……!?」

「行くぞ……!」


 俺は今まで心を読んできたさとりさんの様子を必死に思い出しながら、左手をありったけ伸ばす。

 今思いついた根拠のないやり方だ。ただ、サードアイのような感覚器官を再現するには実際触ることでしか代用できない様に思えてしまったのだ。

 とにかく自分を、さとりさんを信じてさとりさんの頭を目掛けて手を伸ばす。そして、左手がさとりさんの額に触れた瞬間……




 頭が文字列で真っ黒に染まった。


「あぅ……がぁ……っ!?」


 頭に情報がとめどなく流れてくる。知識記憶感情思想思考意識……何を考えているのかなんてまったくわからない。ただ今にも脳がパンクしそうだった。

 思考が押し潰されそうなのを必死で堪えながら、それでも左手は放さない。

 ほんの少しでもいい……あの涙よりもっと、さとりさんの想いを知りたい……!


「……ッ!」


 そう強く念じながら膨大な情報に圧殺されまいと耐えていると、さとりさんが俺の手を取って額から手を離す。

 同時に、頭を占拠しようとしていた文字列がすっと消えて、楽になるが……

 しまった、こうやって防がれることを全然想定してなかった。

 俺は手を振り払おうするが、突然さとりさんが両手で俺の手を握りしめられたせいで動きが止まってしまう。


「……さっき以上に驚いたわ。まさか私の能力を使って、私の心を読もうするなんてね」

「……意趣返しされて、不快ですか?」

「あら、私は心を読むことを躊躇ったことなんてないわよ?それはともかく、私の脳内の情報をとにかく引き出そうとしていたけれど……そんなことしてたらいくら私でも情報の過多で発狂してしまうわよ」


 さとりさんは呆れたような口調で言う。その表情は先程より柔和で口の端は僅かに吊り上っていた。


「まったく、安直な考えね。心を読むことを苦しみが分からないなら、そうすればいい、なんて普通考えつかないわよ?そもそも、思いついてもできないけれど」


 さとりさんはジッとこちらの顔を見つめてくる。距離が近いので、状況も忘れてドキドキしてしまう。

 しばらくなすがまま観察されていると……さとりさんがあきらめにも似た溜め息を吐いた。


「貴方が心からのお人よしだってことは今まで心を読んできて、わかっているわ。もしかしたら貴方ならこいしを助けられるかもしれない。けれどそれ以上に……こいしが二度と私の前に現われなくなるんじゃないかって、怖くなってしまうの」

「そんなこと……」

「……過ぎた杞憂なのかもしれないわね。けれど、あの子が心に傷を負った時、私は何もできなかった。そして、心を閉じそれでも傷付けてしまって……」


 さとりさんは目を瞑り顔を伏せる。両手に力が込められる。まるで震えを必死に隠そうとしているように見えた。

 そして絞り出したように一つの問いが落ちた。


「そんな私をこいしは……二度も妹を救えなかった私を姉と呼んでくれるのかしら?」


 その言葉が耳に届いた瞬間、ほんの刹那、傷付くこいしの姿を幻視する。

 ただのフラッシュバックか、それともさとりさんの心を垣間見たのだろうかわからない。

 ただその姿を見て俺は……あの時のさとりさんの涙は、大切なものを失いたくないと願ったから流れたのだろうと、感じた。だから……俺は息を一つ吐いてから首を横に振る。


「……その問いには答えられません。答えを出すのは俺じゃないから。けど、まだ遅くはありません。こいしを探しましょう。こいしを見つけられるのは、貴方しかいません」


 俺は微かに震える小さな手を握り返しながら言う。

 するとさとりさんはゆっくりと顔を上げる。瞳の奥に震えと涙が湛えられていて、今にも零れてしまいそうになっていた。


「私は……」


 さとりさんが何か口にしようとするが……それを遮る様に地面が大きく鳴動する。

 さっき弾幕戦の途中でもなったが空中に居たせいもあってあまり気にしていなかったのだが、それとは比べものにならないほどの規模だ。


「これは!?」

「……まさか、地下の怨霊がまた暴走しているの!?」


 怨霊の暴走?霊夢と華仙と呼ばれていた女性がそんな話をしていたが……しかしまさかこんな地揺れが起きるなんて!


「ここ最近、怨霊が合体しては暴走する異変が起こっているんです。貴方の言う華扇という方と私のペット達が対処したはずなのに……」


 考えを巡らせていると、さとりさんが説明をしてくれる。その話に、近くに飛んで来た神奈子様と諏訪子様が反応した。


「……どうもきな臭いな。北斗、そっちの様子を見てきたらどうだ?」

「それがいいかもね~、っていつまで手を握り合ってるのさ?」


 ニヤニヤする諏訪子様に言われて、俺達は慌ててお互いの手を引込め合う。

 何だか後ろに控えていた火依がジト目で睨んできている。俺は誤魔化すように声を上げた。


「え、ええ!異変というなら何とかしないといけませんし、放っておくのもどうかと思いますし」

「そ、そうですね……案内します!」


 そんな動揺する俺とさとりさんを変な顔で神奈子様が見つめていたが、その身体が突然淡く掠れはじめる。同時に周囲の景色も元の礼拝堂に戻っていく。


「どうやら手伝えるのはここまでみたいだ。後は頑張るんだな」

「あーうー、あんまり活躍してないけど……ま、戻っても様子はちゃんと見てるからね。バイバイ~」

「はい、ありがとうございました!」


 俺は消えていく二柱に再度頭を下げてから、さとりさんと火依に向かって言う。


「それじゃあ、行きましょうか」

「うん」

「はい、きっと私のペット達も様子を見に行っていると思います。急ぎましょう」






 溶岩の上を飛ぶという人生初体験に感動している間もなく、俺達は怨霊が集まっているという旧灼熱地獄という場所に着いた。そこにいたのは……


「フランちゃん、妹紅さん!」

「お燐、お空!」


 俺とさとりさんは同時に声を上げる。そこでは4人が巨大な怨霊の集合体と必死に交戦していた。燃えるような気温の中、それ以上に苛烈な弾幕が展開されていく。


「オクー、合わせて!『禁弾「スターボウブレイク」』!」

「うにゅ!『核熱「ニュークリアフュージョン」』!」


 フランちゃんとお空と呼ばれた二人が同時に眩いほど光を放つ弾幕を放つ。

 俺には真似できないほどの超火力だ。いくら巨大な怨霊でも跡形も残らないだろうと思っていたのだが……

 怨霊体はエコーが掛かったかのような悲鳴を上げるだけで、まったく大きさを変えていなかった。むしろ、攻撃に反応してさらに膨張しているようにすら見える。まるで傷口が化膿していくかのように。


「あれだけやっても駄目かい!?もう打つ手がないよ!」

「だが、これをこのまま野放しにするわけにも……って、北斗じゃないか!話は済んだのか!?」


 猫耳の女性と話していた妹紅さんが俺に気付いて声を上げる。俺はその近くに寄って行きながら尋ねた。


「何ですかあれ?というか、まったく攻撃が効いてないような……」

「私もあれが何かはわからない。攻撃は通る、効いていないわけでもないが……攻撃してもすぐさま回復してしまうみたいだ。まるで痛みや苦しみで肥大化してるみたいだよ」


 なるほど、あの火力でも倒しきれないのはそういうことか。しかし、そんな相手を一体どうすれば……

 そんな折、さとりさんと猫耳の人が会話をしているのが目に入る。


「あ、さとり様!ちょうどよかった!申し訳ないですけど力を貸してください!この怨霊、あたいの言葉なんて一切聞かないんです!何が起こってるのかもわかりゃしなんです!」

「……事情は分かったわ。見てみましょう」


 そう言うとさとりさんはサードアイを掲げ、片目で怨霊体を見る。そして、明らかに動揺した表情でふらついた。それを見て先の門番二人が慌ててさとりさんに駆け寄る。


「さとり様!?大丈夫ですか!?」

「ええ、大丈夫よお燐。けれど……」


 さとりさんはお燐と呼ばれた女性に抱きとめられれ、何とか空中に留まる。そして、胸を押え呼吸を整えてから口を開いた。


「心がまったく読めなかったわ。こんなこと怨霊ではなかったことなのに……」


 心が、読めない。そのワードが妙に引っ掛かった。俺は静かに怨霊の集合体の様子を伺う。

 ……表面に浮かぶ無数の顔の動きに合わせるように身体が脈動している。そのどれもが虚ろな表情をしており、何かから力を吸い取っているかのように膨張を続けていた。

 力を吸い取っている?何から?

 観察を続けるが、その動きは決して意志を持って動いているようには見えなかった。

 何か対処法が思いつくようなヒントがあればと思っていたが、何もわからない。どうにか原因を探さないと……つい、焦りが生じてくる。


『その怨霊の塊、何かに影響を受けているわ』

「その声……幽々子さんですか!?」


 と、唐突に陰陽玉から声がする。それに驚きながらも、俺は幽霊の専門家である幽々子さんに頼み込んだ。


「お願いです。知恵を貸してください!影響を受けているって……どういうことですか!?」

『そこまでは分からないわ。けれど、幽霊がこうやって合体するのは同じ強い感情を共有しているか、逆にまったく意志がないために取り込まれているかのどちらかだと思うのだけど……』


 ……つまり、怨霊全体に影響の異変が起こっているからこうやって塊になっているのか。もしかして、また俺の能力が関係しているのか……?

 そんな一抹の不安が脳裏に過るが、それは突然の叫び声に掻き消される。


「さ、さとり様!あれ、あそこを見てください!」


 お空がバタバタと翼を羽ばたかせながら言う。俺もその子が差す指の先を見つめる。そして……目を疑ってしまう。冗談だと思いたかった。

 そこには淡い緑色の髪の小柄な女の子がいた。まるで胎児のように膝を抱えて、怨霊の中を漂っていた。


「嘘……そんな……」

「何で……こんなところに……」


 その瞳は閉じている。まるでもう何も見たくないと拒絶しているように。眠り続けている。無意識の海に揺られる海月のように……

 俺は届かないと分かっていても呼びかけずにはいられなかった。


「どうしてそんなところにいるんだよ……こいし!」

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