因果
「何を言い出すかと思えば、そんなことかい? 君が知りたいのは他にもあるはずだよ?」
ふと義経は笑い、椅子に腰かけた。確かに彼には他にも知りたいことは山ほどあった。しかし、それらを差し置いて沖田に渡した刀、ハーフホムンクルスについて、聞いたのは彼の職務上故である。
「『北東』の席に座っているから他ならないからだってのは、あなたも分かると思ったんですけどね。僕が所属している組織知って分かっています?」
「分かっているさ。そしてそれが私を監視していることも。最近になって監視が厳しくなっているようだけど、 今回の殺人事件は私が指したコマだと思っているのかな?」
「僕もよく分かんないんだよ、担当違うし。まあ今朝起きたものもうち関連らしいけど」
「おや? 第二の被害者がでて、それほど時間が経たないけど、私にそんなこと教えてもいいのかい?」
義経はくすりと笑った。
「あなたのことですから遅かれ早かれ情報は掴むでしょうからね。その情報網の根元がどうなっているのか教えてほしいですけど。まあ君との交渉役として、交渉の内容は一任されているからね」
義経は執事が入れ直したコーヒーを口に運んだ。
沖田は玄関の前で硬直していた。それは外出する際、部屋の窓のガラスを割って出たためである。謝れば許してくれそうな感じもあの大家ならあり得るが、その壊したガラスを弁償するためのお金が一切手元にはない。そう考え込んでいると、玄関が開いた。メアリーではない女性がドアを開けたようだ。
「貴様、何者だ? 何上にここを訪ねる?」
「いや......。ここを宿としているのだが......。義経さんがいてくれたら話が早そうだけどな......」
彼女は沖田が「義経」と言った途端に、表情が強張った。そして、壁にかけていた剣を手に取り、その剣先を向けられた沖田は恐怖を覚えた。向けられた剣は刀と比べ物にならないほどの重厚、本人からも先日の男以上に危険な殺気が感じ取れる。
「我が名はジャンヌ・ダルク! 貴様の体に聖戦姫の十字架を刻み込んでやる!」
そういい地面に札のようなものを投げつけた。カランと音が響いたかと思ったそのとき、眩しい光が二人を包み、忽然と姿を消した。
執事になにやら頼み、しばらく他愛も無い世間話をしていたのだが、分厚く綴られた資料が運ばれてくると両者の目つきは鋭くなった。
「通常ホムンクルスは筋力が人間に比べ、非常に発達していて、なおかつ回復能力が異常なまでに高い。ただし、それは試験管中でのこと。試験管の外に出せばたちまち体が溶けてしまう。空気中の二酸化炭素によるものだとする説が強いね」
伯爵は執事が紅茶を淹れ直したと同時にホムンクルスについての説明を始めた。義経が求めたハーフホムンクルスについての前説明といったところだろう。
「そこで錬金術と非常に相性が良い錬丹術の一部を応用し、外気に触れても体が溶けないように強化してある」
錬丹術は古代中国にて栄えた魔術の一つで、その目的は不老不死の会得。しかし、水銀の加工の段階にて、多くの学者の膝に土を付けてきた。
「だいたい100年前には確立されていたのだけど、これがまた偶然の産物で世界に成功例は両手の指を折り返すかどうかぐらいしかないらしい。あ、これがハイブリット・ホムンクルス」
義経はコーヒーを飲み干し、執事がおかわりを入れようとしたとき、義経は手のひらを向けた。
「せっかくだし、君が飲んでいるものと同じものをもらいたいね。でもいいのかな?」
義経の伯爵へ向けられた眼光の鋭さをみせた。
「謎の多い技術とはいえ、僕にそんな事教えても」
執事は専用のカップに紅茶を淹れ、義経の前に出した。
「君の事だからね、遅かれ早かれ分かる事だろうからね。それに錬丹術研究の第一人者の君なら、その謎を解いてくれるのではないかという期待もあるものでね」
先ほどの義経のセリフをそのまま用い、そして嫌味にくそうにいった。伯爵はメガネを掛け、過去の研究を見返し始めた。
「僕一人が錬丹術研究の第一人者といっても専門がまた違うものもあるからね。確かに僕の専門とする『人体の部位蘇生』と何らかのかかわりがあるかもしれないが、見地が違えば結論は違っている可能性は否定できない」
「そうかい? 見解の相違はともかく、そう君ほどの研究者はいない。謙遜されなくても、ね。さて、話を戻すとしよう。死霊術をさらに応用して作られたのがハーフホムンクルス。そのとき死霊術は『人体の蘇生』の秘術を使用した。それなら、君の専門に近いものじゃないかな?」
「まあ、確かに近いが、ハイブリットの時点でもう十分な気もするけどね。正直なところ死霊術の必要性に疑問がつく」
目の前の出された紅茶を口に運び、義経はため息をついた。
「ハイブリットタイプでは通常の人間と比べて、成長速度の差が余りにも遅い。おおよそ人間の10代半ばから後半になるまでに推定60~80年ほどかかると踏んでいる。私も数体ほど作り上げたが、思うように成長しなくてね。例が少ないという事もあり、詳しい理由は分かっていない」
伯爵は淡々と説明を続け、次のページへ手を伸ばす。そして、次の言葉は義経へ大きな衝撃を与えた。
「だからハイブリットタイプを原料として、すでに成人している人間の死体もしくは瀕死状態で服用させる事でハーフタイプを作る事が出来る。分かっているとは思うが、沖田くんも私の実験体のひとつだよ」
義経は執事に紅茶のおかわりを要求し、息を整えた。恐らく沖田がハーフホムンクルスだという事も検討はある程度気が付いていた。
しかし、死霊術は数ある魔術学問の中でも禁忌に触れる部分が多い。場合によっては組織が動く事も考えられる。裏の世界でもハーフホムンクルスは存在自体はうわさ程度のものでしかない。今回の伯爵の発言で実在は確定したものの、全てが未知数。場合によっては『ハーフホムンクルス』との交戦も考えられる。上への報告はともかく、これからの不安に駆られたためか、すこしばかり呼吸が乱れた。
「そろそろ沖田くんは適合期にはいる。すでに数例、ハーフタイプがいるが、みな種を埋めた頃からころから異常な回復速度をみせ、20年前後で筋肉の変化が訪れる。外見での変化は認められないが、人間の10倍以上は少なくともある。通常の人間に対しては、ね」
その言葉を発すると同時に伯爵の目は義経に対し、鋭い眼光を向けた。
「錬丹術を使って、筋肉の増強をしたり、君の娘の場合はどうやっているか分からないけど、少なくとも君たちと同等の筋力はあるかな?」
義経は顔を逸らし、苦笑いを浮かべた。
「あー、少し話は逸れるが、訂正させてくれ。勘違いしているんじゃないかな? 僕に娘はいない。彼女は娘、というよりも教え子。確かに幼少期は僕が育てたけれども、彼女の親は彼女の聖剣に眠る―、『ジャンヌ・ダルク』ただ一人」
義経は目を瞑り、遠くを眺めた。まだ幼さが残った彼女との約束を思い出しながら―。
『私の役割は終わりました。だから、この子を託します......。この子を守ってください』