夜明け
(猫も斬れない、今の俺に何の意味があるんだろうな......)
寝室で目が霞むなか、天井を朦朧と眺める沖田の枕元にある一人の影が見えた。
「死神か? やるなら一思いにやってくれ。何人の命を奪ってきた身、身勝手ではあるが今生最後の願いだ。頼む」
「死神? 君もまた面白いことを言うものだ。君の命を頂戴しに来たものではない」
沖田はそのときの表情がはっきりとは見えなかったが、なぜが彼の顔に笑みが浮かんでいること、それがどこか不気味であったことを覚えていた。
「君が望むなら私が差し出すものを飲みたまえ。そうすれば、きみはまだ生きられるはずだ」
そこから先は......、覚えていない。
「―!?」
何か狂気に怯えたのか、飛び起きるように目が覚めた。沖田の息は乱れ、シャツは汗で濡れている。
記憶が正しければ沖田の名を知る謎の男との戦闘の途中で吹き矢を撃たれ、意識が無くなったはずであり、半混乱状態に陥りかけていた。
「おっ! 起きたね」
部屋のドアには義経がいた。何もなかったような澄ました顔で居たため、あの出来事は夢かとは思ったが、首筋に痛みが襲った。間違いなく夢ではない。ではなぜ自身はここにこうしているのか、ますます分からなくなった。すると奥から慌ただしい物音が聞こえた。
「あっ! 沖田さん、起きたんですね!? 一体何やっているんですか!? 忠告も聞かずに闇の中の街に出て、倒れているところを義経さんが発見してくれたからいいものを。もう少し遅れていたらどうなっていたか」
その正体は大家のメアリーだった。半分泣きかけているところをみると何故か罪悪感が出てきてしまった。
「いや、そのー。すみませんでした」
(解毒したとはいえ、これほどまでの回復力......)
浮かない顔で沖田を見つめていた。義経は沖田の体に回った毒を除くため、妖刀を使い解毒を行った。
(解毒に用いたのは『冥・覇毒』。あれほどの強い毒を受ければ、解毒したとはいえ、それでも妖刀側の強い毒素が打ち消せずに何らかの後遺症が残るはず。しかし、沖田君にはこれと言った後遺症は今のところ見受けられない......)
今まであった後遺症は言語障害、四肢の麻痺が主であった。しかし、普通に喋れており、普通に立っている。激しい運動をしてないので、詳しいことは分からないが、一切そのようなことを感じさせなかった。
(伯爵のやつ、一体なにを仕組んだ? まさか、な)
「しばらくは安静にしてください。怪我もしているんですし」
「はい」と返事を返事をするも、安静にしようとは思ってもいなかった。沖田はふと、ガラスの外の景色を眺め出した。そして、ニヤリとした。
「んじゃ、すいません! すこし散歩してきます!」
枕元にあった刀をとり、窓を破って出た。
「あー、ちょっと! 待ちなさい!!」
メアリーの言葉は彼に届くはずもなく、沖田は街へ消えていった。
「やれやれ、沖田君・・・」
義経はため息と同時に確信に似たものを感じた。
同じころ、一人の少女がロンドンへ来ていた。背中には何か大きな布に巻かれたものを背負っており、白髪の髪をなびかせた。
「元気にしているかな? パパ......」
心を弾ませ、彼女もまた街へ消えた。