乙女の秘密
その忌は私であるが、私ではない。
「いきなり夜遅くに押しかけてくるかと思えば...。今日のところは大目に見ますけど、あまりこういう事態は起こさないでくださいよ?」
深夜、戦線を離脱した青年が尋ねたのは小さな診療所。対応してきたのは20代前半に見える女性であった。最初こそ怪訝な表情を浮べていたが、メアリーの様子を見るや否や、口調こそ不機嫌なものの、玄関をあけ、招き入れた。
「善処するとは言いたいが、義経の旦那が不在の今、人手が足りなくてね。メアリーも出ないと手が回らないのが現状と言うところさ。応援を頼もうにも、一週間は必要になる」
青年は、移動中に気絶させたメアリーを夜光へ引き渡し、近くにあった椅子へ腰掛け、一息をつき、入り口で呆然と立ち竦んでいる沖田を中へ入るよう促した。
「その子が沖田くん? はじめまして。私は夜光、この街で医者をしているの。私も日本の出身だから、生活で困ったことがあったら、気軽に相談してね?」
「はぁ。それでそちらの方は? 言われるがまま、ここに付いて来ましたけど、自分はともかく、メアリーさんに手を出すなら俺は構わず、刀を抜く。もしそうであるならば、少し手痛い目にあって、少しお話をしてもらうがな」
「き、気持ちは分かるけど、落ち着こうよ。君の事は義経さんから聞いている。僕はウェル・タイター、本当は戦いなんて本分じゃない学者の端くれさ。そして君がお喋りしたいことはメアリーのことかい?」
自己紹介を済ませつつも、その目は険しく、視線はメアリーへ向けられていた。
「その説明は私から。彼女の主治医でもありますし、遊びほうけている学者さんに変な事いわれたらたまりませんしね」
「あれ? 僕言うほど遊んでないよ!? 確かに研究のため、各地を飛び回っているけども!」
「まず、沖田さんは『竜』、もしくは『ドラゴン』と呼ばれる生物を知っていますか?」
「ねぇ無視? なんで無視するのさ!?」
精一杯の否定も虚しく、夜光は説明を始める。沖田は『一応は』と軽く返答し、説明をそのまま続けた。
「昔は結構近場に多く生息していたみたいで、幾多の英雄が竜の討伐によって、名を馳せた。だけど、一部の竜たちは死してなお、英雄たちを苦しめたの」
「えっ? ちょっと待ってください!? それじゃあ、メアリーさんは過去に竜を討伐したって事ですか!?」
「話をそのまま理解するならそうだよね......。でもメアリーの場合はちょっと特殊でね、確かに過去竜を倒したことはあるのは事実だけど、メアリー自身じゃなくて、前の魂の宿主がそれをおこなったの。東洋で言うところの『輪廻転生』ってところね。そして呪いを受けた。その呪いは身体が竜の鱗の如く硬化し、剣で傷を付けられなければ、弓で射抜かれることの無い身体になってしまった。いわゆる不死の体を得た」
メアリーの腕に注射針を挿入し、その手で脈を計り、安堵の溜息を吐いた。
「とりあえず、メアリーはこれで大丈夫、しばらくは安静にして欲しいところね。ここまでで聞きたいところはある? まあ、大体は予想がつくよ? だけど一応ね?」
「は、はあ。じゃあ、聞きたいのですが、輪廻転生したということは一度死んでいるということになるはず。だけどその様子では死ぬはずの無い肉体、いわば魂の牢獄となるはず。その矛盾が分からないのですが......」
「あ、そっちなの? てっきり『輪廻転生』とか『呪い』とか、そこらへん聞いて来るかと思ったから、少し身構えちゃった」
薬を片付け、メアリーに布団をかけると近くにあった椅子に腰掛けた。
「亡くなったと思っていた友人が目の前に現れた後で、そんなこと言われてもあまり驚けないというか、なんというか......。それに日本では以前から不思議な力を持つ刀の存在もありましたもので。現に今、それに助けられてますし」
沖田は清野・千里を過去を見つめるかのような目を浮べた。
「そうなの……。それで不老不死にも等しい体から魂が逃れた理由だよね? 順番に説明するね。まず高位の竜は自ら望んだもの、または利用価値があると見込んだものを自身の眷属とする事があるの。その儀式は相手の身体の中へ竜の血を流し込むのだけど、その勇者は竜を倒し、まさしく血の雨を浴びたの」
「はーい、勝手に台所使って、お茶淹れて来ました~」
暇を持て余していたのか、ウェルはどこからか茶の入ったティーカップを差し出した。
それは大丈夫なものかと思いながら、沖田は軽く会釈し、出されたお茶を口にした。いつも飲んでいるものと違って甘い。そういえば、伯爵の屋敷で茶に砂糖やらを入れるとか言っていたのを思い出した。恐らくそれなのだろうと思い、そのまま飲み進める。
「それで続きだけど、それを浴びた時、ある理由で不死身ではない部分が出来たの。だからそこへ不意突かれ死んだ。少し長くなったけど、これが不死の呪いを受けた者の死を迎えた理由」
「よかったの? メアリーの過去について話しちゃって」
夜明け近くに沖田を帰し、診療所には未だに目覚めないメアリーと夜光、ケインがいた。開業の準備を進めるなか、ウェルがその真意を問う。義経が沖田へ組織がらみの情報を与えないようにしていることを考えてのことだ。
「別に知っていても問題のないことかなって。これ自体が組織に直接関係してくるわけではないし」
「さいですか。まあ、こちらとしても面白い情報が手に入ったから、それはそれは楽しみが増えたよ」
不気味な笑みを浮べるウェルに不穏な何かを覚えた夜光はそれを問おうとした瞬間、ウェルは笑みを崩さぬまま、話を続けた。
「あの殺人鬼は沖田くんの古い知り合い、と言うより兄弟分である土方歳三と言う人物だ。まだ本格的に調べていないから詳しくは知らないが、沖田くんの周辺捜査である程度は情報を掴んでいる」
朝日が窓から漏れるように満ちて、それはウェルを包み込んだ。
「幼少期から天然理心流を学び、後に『新撰組』と呼ばれる自警団を結成し、革命が起きるまで剣を握った。沖田くんもまた『新撰組』出身......。沖田くんはまた彼の前に立つだろう。しかし、義理深さがどれほど邪魔をするか......。見物だねぇ......」
夜光は以前からウェルの性格の悪さは知っていたが、今回のはかなり悪趣味極まりない。この男は学者の名を襲名していることで組織内で大目に見られているが、危険分子としての可能性も孕んでいるのは義経や上層部も承知してる。伯爵の次に警戒すべき相手は身内かもしれないと思いつつも、ウェルをつまみ出し、今日も夜光の診療所は営業を開始する。




