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過去の思い

「ありがとうね、夜光。これに関して診てくれるのはここだけだし」


 メアリーは上着をつけ、白衣をつけた少女と思しき女性に礼を言った。


「いえ、確かにそれ診てくれるのは、普通の医者では無理ですからね。医術知識だけならともかく、魔術的な知識も必要ですから。研究のついでなところもありますが、普通の頭痛、腹痛でも来て構いませんから」


「あ、そうだ! このあと、夕飯の買い物しなくちゃ! じゃぁね!」


 慌てて飛び出たメアリーの背中を見つめる夜光。


「平和ですね......、まるでかつての面影が無いみたいに」


 闇の中になびく白髪は民家の屋根から一本の路地に目を見張っていた。


「さて、あいつの見立てではここを通るとは言っていたが、はたしてどれほど信用できるものか......」


 依頼を受けたときにある程度の出現予測ポイントを貰い受けていたが、狩り同様に『狩りやすい』ポイントだからといってその獲物が通るか分からない。例の青年独自の見立てだとこのエリアに出没する可能性はたかいとのことだ。


(理由を問いても答えないあたり、裏に何かがあるんだろうけど)


 ため息を漏らした刹那、北から来る微かな殺気に気付き、路地へ飛び降りた。


「殺気をうまく消しているつもりだろうが、詰が甘いな」


「全く、沖田が邪魔しに来たと思ったら、今度は青二才の嬢ちゃんか。悪いことは言わん、さっさとかえ―」


 リズは男に突進するように剣を振り下ろしにかかった。不意を取られた男も慌てて鞘から抜いた刀で流し、後ろに下がって刀を構える。


「ふぅ、噂には聞いていたが、まさかこれほどまでに重いとはな」


「それはどうも......」


(予想以上に反応が早い。それにあの剣、魔剣・聖剣の類とはいえ、今ので破壊できたと思ったのだが...)


 聖剣はもちろん、そこから派生した魔剣、妖刀は通常では考えられないほどの軽量かつ、硬度を持つ。詳しい原理は分かってないが、一説では魂が鉄等の金属を変質させてるのではないかと言われている。


「訂正してもらおうか? 実際お前にどう見られたなど知らんが、少なくともお前より私のほうが年上だ。なめられているようで気持ちが悪い」


 男がリズに刀を向けているのに対し、リズも剣を両手で支えながら剣先を男に向ける。


「そいつは失礼した。大抵の女は若く見られたほうが喜ぶもんとばかり思っていたもんでな。次あったときにはそうさせてもらうぜ?次があるならな!」


 男は電光石火の如く正面から斬りかかりに来た。速度は沖田よりも速く、リズは動こうとしない。刃がリズの脇腹に届きそうになった時、リズは最小限のモーションで向かってくる刀を剣で弾き飛ばし、男の体ごと大きく吹き飛ばした。


「ぐっ! 貴様何をしやがった!?」


 フードで顔の大半が隠れているとはいえ、殺気を顔に集中させたような形相を顕わにしていることは分かった。


「なあに、簡単なことだ。お前の刃が届く前にそれを弾き飛ばした。それだけの話よ」


「てめぇ、どんな手を使ったかはさっぱりだが、体を真っ二つに―」


「ジェフト、落ち着け。それから下がってろ」


 燕尾服を纏った女性のような腰まであるような黄金色の髪の男性が現れた。彼は顔の隠れた男のことを『ジェフト』と呼んだ。


「誰かは知らないが、私はその『ジェフト』?そいつを倒すかその剣を強奪するよう、依頼されてる。邪魔をするなら命の保証は無い、といってもその様子じゃ引き下がる様子はなさそうだな」


「久しぶりに手応えがありそうな相手だし、それに貴様の首には懸賞金がかけられているものでな。ジェフトには手におえない。さらに言ってしまえば、お前にはいくつかの加護があると見受けた。ジェフトを戦わせたくない理由はそれで充分だ」


 その男の手にはリズの『聖戦姫の十字架ヴァルキリー・ロザリア』と同じくらいの大剣を手にしていた。


「あぁ? おっさん途中で来て横取りすのは......。なんだっけ? 武士道に反するんじゃないか!?」


「私は武士でない!それを言うなら『騎士道』じゃないか?だが、確かに獲物を横取りをするのはよくないな。だが、お前の手に負えないのも事実.......。どうしたものか......? って、話を聞け!」


 男が迷っている隙に男がリズへ向かって再び切りかかってきた。また何の策もなく突っ込んでくるのかと、あきれきった表情を浮べ、再び弾き飛ばそうとした途端、横から燕尾服の男が剣を振り下ろしてきた。


「悪いな、私だってあの青二才に遅れをとるわけにもいかないんでな」


「くっ! なにを!!」


 リズが燕尾服の男の剣を払い、ジェフトのほうに視線を向けると、既に防御・回避ともに間に合わないところだった。リズが覚悟を決めた刹那、見覚えのある姿が目の前に突如として現れた。


「ふう、間一髪......。そう簡単にリズはやらせないよ?あの親バカに怒られるからね。逃げて、今のうちに」


 その正体はメアリーだった。ジェフトとリズの間に入り、刀を握り止めていた。


「でも、メアリーは......」


「いいから早く!!」


 今まで見たことも無い威圧を発し、リズは一瞬怯むも、ただちに街の闇に向かって走り出した。


「なんだよ、いきなりおっさんは出てくるし、また別の小娘が来たりで、横から入ってくるやつばっか。切り伏せ、っ!?」


 ジェフトはメアリーが握っている部分をみて、驚愕の表情を隠しきれなかった。メアリーが受け止めたときにはかなり速度も乗っていたはずであり、本来なら手が切断されていてもおかしくないはずである。しかしメアリーの手は切断していないどころか、血の一滴も垂らしていなかった。


「おっと、メアリーが極東の剣客に夢中だからって、リズのところには行かせないぜ?そして、はじめまして、円卓の反逆者さん」


 メアリーがジェフトを止めているうちに追いかけようとした燕尾服の男の目の前にリズへ札を渡した青年が緑のマントに身を包み、ピストルの銃口を向けて足止めをしていた。


「『円卓の反逆者』か......。久しぶりに呼ばれたな、名前で呼ばないのならば、『ブリテン王』とでも呼んでくれないか? まあ、そこの女がそれを嫌がるだろうが」


「でしょうね、彼女にとってあなたは友人のかたきですから。円卓の反逆者」


 青年の眼光が途端に鋭くなり、腰を落とした。リズはジェフトを払い、燕尾服の男へ鋭い視線を向けた。


「相変わらずある程度の制限があるとはいえ、その呪いは厄介だな」


 ジェフトを除く三人の間にもともと張り付いていた緊張感がさらに強まりメアリーが拳を強く握り締め、重たそうだった口を開いた。


「全く、この呪いは面倒くさいったらあらしない。そんな都合のいいのは『呪い』じゃなくて、『加護』っていうのよ? それくらい理解しなさい」


「おっさんよぉ......。聞いてないぜ?知り合いならなんかしってんのか?」


「お前......。まあ知らないのも無理は無い、ジェフトは極東の出だからな。『かつての私の敵に仕えていた者』だと理解してくれればよい」


「正確には、『仕えていた』というより、『友人であった』が正しいらしいけどね。ただまあ......、お前面倒な体の構造しているな」


 青年は燕尾服の男に向けた銃の引き金を引き、その銃口から発射された銃弾が男に向かって飛ぶも避ける動作をせず、男に直撃したかと思うと、当たったはずの胸をすり抜け、ジェフトのところへ飛んでいき、その弾を刀で真っ二つにした。


「っ!? 軌道が反れた?俺とおっさんの位置は銃口から一直線ではないし、それにおっさんの体は確かに銃弾に当たっていたはずだ......?」


「だって、そこの円卓の反逆者は骸人形むくろにんぎょうだもんね、それなら魂の位置が一箇所に集中しているさ。それにさっき撃った弾は『人の魂』のみ反応して実体化する銃弾、屈折したのは彼の魂に反応して一部実体になって、起動が変わったといったところだろうね。だからといって、避けないのはちょっと僕をなめすぎじゃないかな?」


 骸人形は死霊術ネクロマンシーによって作られる人の死体を触媒とし、最高級魔術動力である人の魂を埋め込ませたものであり、高学域とされるのと同時に禁忌の分野と位置づけられている。


「ふふっ! ハハハハハハハッ! 君の事は噂程度には聞いていたが、伊達にあの名を襲名しているわけではないな! まさか、骸人形の魂の位置を把握するとは......。では私の興を満たした褒美、そして君への不敬の詫びとしてこいつを見せてやろう」


(まあ、魂に当たったのは偶然だったけど、面白いことになりそうだから黙っていよう)


 青年のそんなことを考えているとは、思いもせず、青年を賞賛をした燕尾服の男は高らかにあげた笑い声を止め、指を鳴らした。すると、地面の石畳が割れ、土煙をあげた。その土煙の中からうめき声と人影が確認できる。土煙が晴れると、メアリーの顔が引きつった。


「うそ......、でしょ?なんで!? なんでそんな姿になっているの?ガウェイン」


 鎧は穴が開き、破れて、肉の一部が朽ち、ところどころ骨が見える。そして、目には生気は無い。

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