ひつじのメイ
牧場をかこむ柵のそばに、一羽の小鳥と一匹のひつじがいた。
「メイ、君は吠えないの?」
小鳥はいつものように、ひつじのメイに問い掛けた。
「え? それが普通でしょ?」メイは問いかえす。
小鳥は、牧場を見まわす。
「いや、牧羊犬は吠えるから。場合によっては人だって吠える」
「うん」
「ひつじは、吠えられるばかりだから」
「考えたことなかったよ」
「ふーん」
なんとも手ごたえのない答えだったが、小鳥は気にもとめずに質問を続けた。
「じゃあさ、その毛並み、すごくクールなの気づいてる?」
メイは柵のなかのひつじの群れを眺めて言う。「いや、普通じゃないかな」
「鈍感だなぁ」小鳥は、続ける。
「ひつじのなかでは、普通かも知れないけど、こんな毛並みは他の動物じゃなかなか居ないよ」
メイは自分の毛をじっと見た。「そうかな?」
「そうだって。人のなかには自分の毛を、むりくりカールさせるやつだっている」
「へぇ」メイははっきりとしない返事をした。
小鳥は、少しあきれた表情をする。
「興味はないの?」
「そういうわけじゃないけど……」うやむやな言葉で、返した。
少しの間が空く。野原を風がなでた。
小鳥は、はっと思い出した様子を見せ、言った。
「じゃあさ、あとひとつだけ。人は眠るときにひつじを数えるって知ってるかい?」
「なにそれ」
「目をつむって数えるたびに、ひつじが柵を越えるのを思い描くんだ」
メイはふと微笑んだ。
「へんなことをするもんだね?」
「で、それがどうしたの?」
小鳥は、答えた。
「いや、気になっただけさ。ひつじの君ならわかると思って」
小鳥は、続けた。
「分からないならいいんだ、そろそろ行かなきゃ」
小鳥は、牧場から見える、とがった山のほうへ飛んで行った。
「おう、メイ」
後ろから声がとんできた。
「やあ、ビギー」
声の主は、ひつじのなかでいちばん大きいビギーだった。
「また、鳥と話してたのかよ」
「まあね」
「よく分からないことばっかり吹き込まれるだろ。気をつけな」
メイは、首を傾げた。
「そうでもないよ、面白いさ」
ビギーは眉を上げ、興味ありげに聞いてきた。
「ふん、例えば?」
「例えば……」メイは右上に視線をあげる。
「イチゴって赤い食べ物が、美味しいらしい」
「赤い? 食えんのかよ。草が山ほどあるじゃねえか。他には」
「あの山のふもとが、いい景色らしいよ」
「この牧場も、じゅうぶんいいだろ。街にでるのは危ないしな」
「底の知れない、大きい水たまりがあるらしいよ、海っていうらしい」
「水たまりのどこが面白いんだ?」
メイはついに黙ってしまった。
ビギーは一言。
「そんなの、鳥の寝言だろ。さあ、飯を食おう」
そう言って、ビギーは群れに戻ろうとした。
「ねぇ、待って」メイはとっさに声が出た。
「見たことあるの? 今のぜんぶ」
ビギーは少し考えたのち、笑って言った。
「あるかよ、そんな夢みたいな話」
メイは煮え切らなかった。
反応のないメイを見てビギーは言う。
「もういいだろ」
ビギーは、また足を群れへ向けた。
「待って。じやあ、あとひとつだけ」
少しいらつくビギーへ言った。
「人は眠るときにひつじを数えるって知ってるかい?」
「はあ? 知らねえな」ぶっきらぼうに答える。
「目をつむって数えるたびに、ひつじが柵を越えるのを思い描くんだ、なんでだと思う?」
「もう、いいって」ビギーはわずかににらみ、群れへ立ち去った。
メイはそれを見つめたのちに、ふりかえる。
そこには柵があった。
「夢を見るためには、柵をこえなきゃいけないんだ」
メイは、強く踏み込んだ。