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第九話:動きの良い目覚まし

 目覚まし時計が築二十年のアパートの一室で鳴り響く。そして、それを仕留めるために右手が毛布の中から伸びてきた。

「ん……」

 狙いを定めた右手は目覚まし時計の急所を狙う。寸分違わぬ筈の一撃は床を叩く結果になった。

 一旦力尽きた右手は依然鳴り響く目覚まし時計を探し当てる。再度、高高度からの一撃を敢行し、今度こそ急所を突いて仕留めて見せた。

「今、避けなかった?」

 毛布から這いずり出てきた右手の持ち主はさっきまでうるさかった目覚まし時計に話しかける。

 しかし、目覚まし時計が喋るはずもない。どんなに待っても、静けさを保ったままであった。

 目覚まし時計が動いたことについて、忘れることにした。オカルト的な話が苦手というわけではない。これ以上、何かややこしいことになるのはやめて欲しかった。運命の輪と恋人のカードを探しつつ、動く時計の謎を追え……人手不足だ。

 朝食の準備をし、食器を洗って、学園の準備を行う。途中でつけたテレビはニュースの時間になった。

 ニュースではやはり、四月一日の風景や日常を日本全国へ放送しており、携帯電話も四月一日を表示していた。

「ふあぁっ」

 あくびをかみ殺しながら、テレビの電源を落とす。登校している小学生の声が大きく聞こえてきたような気がした。

 そういえば新聞を取ってきていない。もしかしたら、新聞の中では四月二日になっているかも。淡い期待を胸に抱き、郵便受けに手を突っ込んだ。中には白い封筒が入っていた。

「これ、何だろ」

 手を伸ばした際に、郵便受けの淵に手が当たる。

「いつっ」

 瞬間的に、頭の中へと何かのイメージが焼き付けられた。旅する男と、一匹の犬の絵柄だ。タロットカードのどれかのよう思えてきた。全部の名前を聞いたものの、どのカードなのかは分からない。

「ま、誰かに聞けばいいか」

 楽観的な言葉を口にし、封筒の端を破り捨てる。人差し指と中指を使用し、中のカードを取り出した。

「ん?」

 取り出したカードの絵柄を見て、冬治は首をかしげる。

 あたたかーいを押したつもりなのに、つめたーいのジュースが出てきた気分だった。

「人間と、動物と、黒い羊と、よく分からない何かだ」

 黒い羊じゃなくて山羊……というより、悪魔が描かれている。よく分からない何かは天使っぽい。基本、人間に白い翼と光輪つけとけば天使に見えるだろう。

「これまた、何のカードか分からないな」

 ふと、冬治の頭に昨日の男子生徒会長の言葉が思い出された。

「そういえば、審判のカードに気をつけろって言ってたっけ」

 もしかして、これが審判のカードなのかしらん。

「インスピレーションを大切にしよう。というわけで、集中だ」

 目を閉じ、集中してみる。別にひらめくときは目を開けていようが何をしようが関係ないだろう。

 そうすると、不思議なものが見えた。二十三枚のタロットカードに、約半数にナイフが突き立てられ、裏返しになっている。

「あ」

 そして、また一枚、太陽が描かれたカードが裏返しになった。近くに見える星のカードと月のカードが震え始めていた。近くにいるのは死神だ。

 なんだか、これはやばいんじゃないのかと冬治はすぐさまアパートを出て走り始める。

 曲がり角を曲がってすぐ、何故だか冬治は学園の屋上に居た。握り締めているカードは別の絵柄に変化していたものの、冬治は気づかない。

「なんだ、あれは」

 瞬間移動したことよりも、気になる人物が立っていた。

 三角の頭巾を目深にかぶり、大きな鎌と闇を纏った女性だった。闇は深いものの、肢体のシルエットをかすかに見せている。

 見えそうで、見えない。男だったらぐっとくるような光景だった。

「うう……」

「人がいたのか」

 冬治がそっちばかりに気をとられていたため、足元に女子生徒がいることに気づけていなかった。

「大丈夫ですか?」

 倒れている女子生徒をゆすってみる。顔を確認するより先に死神が何か札のようなものを屋上の壁につきたてた。

「うっ……」

 倒れていた女子生徒はうめき声を上げると同時に消えてしまった。

 死神は周囲を見渡し、冬治のほうを見た。目深に被った帽子の所為で顔は分からないが、見られたのは間違いない。ただ、恐怖は感じなかった。

「あんだやんのかこのやろうって飛び出せたらどれほど格好いいか」

 向こう見ずに威嚇するほど幼稚ではなかった。頭を回転させ、出来そうな事を見つける。

「屋上から飛び降りるしか、ないな」

 フェンスをよじ登って、下の階の窓へとすべりこめれば脱出は可能だ。ただ、ロープも何も無い。もしくは、死神の脇を通って屋上階段踊り場まで逃げ込むかである。

 死神のほうは冬治を一瞥し、煙のように消えてしまった。

 もう、戻っては来ないだろう。

「どうやらこのカードは世界のようだな」

 世界のカードを取り出し、目をつぶる。星のカードは裏返しになっていた。

「何が何やらさっぱりわからない」

 状況を整理しようと辺りを見渡した。すると、死神側から死角となる場所がある。そこに、黒と茶色のふさふさしたクッションのようなものがあった。

「ん、なんじゃこりゃ」

 近づくと、頭を抱えて縮こまっている女子生徒がいた。耳からは狸のような焦げ茶色の耳が見えている。

 臆病な相手を驚かせないように、冬治は心のそこから努力してみることにした。

「あんのぉ、でぇじょおぶですかぁ?」

 母の故郷に住んでいる人の真似をしてみた。

「ひえっ、い、命だけはご勘弁をっ」

 そしてどうやら失敗したようだ。父の故郷に住んでいる人の真似をすべきだったと一人呟いた。

「あの」

「ひょええっ、本当、勘弁してくださいいいっ」

 少しぽっちゃりした女子生徒が冬治に顔を見せ、しりもちをついた。そして、そのまま後ずさった。

「別に何かをするつもりは無いから」

 緊急事態でなければスカートの中身が見えないか努力していたかもしれない。さすがに、冬治はそんな大物ではなかった。

「し、死神はっ。死神はどこですか?」

 先ほどの生命体のことを言っているようだ。冬治は辺りを見渡して、死神がいないことを告げる。

「安心してくれ、近くにはおそらくいない」

「よ、よかったぁ」

「ところで、君は……狸?」

「え」

 コスプレかもしれないが、尾っぽと耳は違和感無く動いている。おそらく、本物だろう。

「ば、ばれたからには仕方がありません。化け狸です」

 不可思議な四月一日に、謎のタロットカード、本物の死神……厳選な審査の結果、化け狸は冬治の非日常ランキングとして底辺へと位置づけられた。そういえば何故、時計は動いたのだろうか。化け狸よりも気になった。

「俺の名前は夢川冬治。クラスは期間終了まで二年G組。君の名前は?」

「意外と、驚かないんですね」

「意外と、が名字か。そんで、驚かないんですねが下の名前か。珍しいねぇ」

 一瞬ぽかんとした化け狸は慌てていった。

「ち、違いますよぉ」

 目がうるうるしている。うむ、つつくと非常に面白そうな娘だ。もうちょっといじっても誰も責めないだろうが時間があるときにやろう。

「で、名前は?」

「一年A組の尾坂おきのです。興奮の興に、野原の野で興野」

 何だか苗字みたいな名前であった。

 冬治の微妙な反応に、興野は困ったように笑う。

「苗字みたいだと思いましたね?」

「え、あー、うん」

「まぁ、しょうがないです。慣れっこですから」

 あきらめましたという表情で、興野は笑うと冬治に頭を下げた。

「助けてくれて有難う御座います」

「いや、俺が助けたわけでもないんだけどさ」

「死神さんを追い払ってくれましたからね。あのままだと、三人全滅でした」

「三人?」

 先ほど消えた一人を含めても、二人である。

「ここに逃げてくる途中、狐の……こほん、信田さんという方も死神にやられました」

 狐と狸は仲がいいのかとうなずきながら、冬治は首をかしげる。

「さっき、倒れてたのは誰だい?」

「猫又……ではなく、友達の一条美穂ちゃんです」

 この学園には化け物が多いんだなと冬治は感心し、顎に手を当てる。猫又と化け猫って同じだよなぁと冬治は考えている。

「消えちゃったけど、死んだりはしてないよね」

 さすがにそれは寝ざめの悪い話だ。ただ、人の心臓をカードに変えたと言う話がある限り、考えられる。

「おそらく。タロットカードの……」

 そこで冬治のことを見て、困った様子を見せた。

「あのぅ、ですね。信じてもらえないかもしれませんが、実は今、四月一日を繰り返していましてえーと……タロットカードを渡されていて……どうやって説明をすれば……」

 実に困っていた。おかしな目で見られないかと不安そうにしている。

「ああ、心配しなくても大丈夫。俺もその一人だから」

「そ、そうなんですか。よかった。それで、どんなカードを持っているんですか?」

「えーと、これ」

 手渡したカードの絵柄を見て、興野は動きを止めた。

「し、死神っ」

「そうなんだよねぇ」

 またも冬治にしりを向けて縮こまってしまう。

「や、そんなに恐れなくても」

「助かったと思ったのに、結局こうなるなんてっ。安心させて落とすなんて、酷すぎますっ」

「いや、そう言うつもりなんてないんだが……ま、いいや。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「な、何でしょうっ」

 命だけはお助けをという狸に冬治は聞いた。

「タロットカードって奴は……死神が二枚、あるものかい?」

「え、一枚……だと思いますよ」

 興野はポケットから手帳を取り出すとタロットカードの名前が羅列してあるページを冬治に渡す。

「つまり、俺とさっきの人物が死神のカードを所有していることになる」

「でも、それはさっきの死神が、冬治先輩ではないということを証明しないと……私の事を騙している可能性があります」

 助けてやったというのになんて恩知らずな狸だ。狸の言う事も正論だったので、冬治は証明できる方法を考え付いた。

「そうだ、このカードを持って集中してみてくれよ」

「これは……世界のカード?」

「そうそう、それがあればカードの持ち主の状態を見ることが出来るみたいだぜ」

「へぇ、すごいんですね」

 感心したように興野は呟き、冬治の言ったとおり目を瞑る。

「カードの枚数が二十三枚? 死神が、二枚……ありますね」

 どういうことだろうと興野は首をかしげ、冬治に世界のカードを返す。

「あの、冬治先輩が死神の所有者と言うのはわかりました」

「そうかい、そりゃよかった」

「お願いがあります。死神のカードを使って、信田さんと美穂ちゃんを助けてくれませんか?」

「ああ、いいよ」

 冬治が即答すると、興野は早速刺されて裏返しになっているカードを指差す。

「あれを引っこ抜いてください」

「わかった」

 ここで狸を助けておけば、何かしら助けてもらえるかもしれないな。見返りを求めた行動とわかりながら、歩く。このふざけた四月一日自体、狸に化かされているのかもしれない。

「狸も偉くなったもんだ。悪い化かしはキツネの役目だと思っていたんだがな」

「ふぇ?」

「いや、何でもない」

 たとえ、この狸が実際に馬鹿していたとしてもどこかでぽかをやらかすだろう。そう思いながら冬治はカードに手をかけた。


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