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第八話:早すぎる世界

 学園から帰路に着く際、冬治は昌に声を掛けたものの、忙しそうであった。それなら、柴乃は堂だろうかと声を掛けたりもしたが、何故だか尻を蹴られた。千も、彗も同様であった。

 別に冬治がいなくても、カードは探せるといわれたのだ。理由はわからなかったが、ご機嫌を損ねたのは確かだ。おとなしく、冬治は一人で帰っている。

 特に何も考えずに一人歩いている。誰かと一緒ならば、くだらない馬鹿話をしたり、カード関係者ならカードの事について話していたことだろう。

 彼の趣味が写真を撮る事であったならば、住宅街に沈み行く太陽を写真で撮ったかもしれない。大きな太陽は俺の仕事は終わったとばかりに沈みをやめなかった。

 太陽を信仰している戦士でも無い為、冬治は自室のあるアパートへと向かっていた。面倒なことがあったときは家に帰るのが一番だ。ただ、不思議なことに人の気配がなかった。

 アパートの駐車場についたところでとうとう当時は周りを見渡した。

「おや、誰とも会わなかったぞ」

 察しのいい人間ならば何かが起こる予感もしたであろう。車の音も、夕飯を前にした主婦達の声も何も聞こえないことを疑問に思ったに違いない。

「今日はそういう日なのだろう」

 違和感は突き止めることによって事件になったり、非日常の扉を開けたり、あっちの世界に旅立ったりしたりする。知る必要ないことを、知ってしまうのは危険なことなのだ。

「俺は、違和感なんて覚えてないもんね」

 誰かに弁明するように、冬治は呟いた。

 鍵をポケットから取り出して106の扉を開けようとする。そこで、目の前に人間の顔が出てきたのだった。

「うおっ」

 後数秒、この顔が足元から出てくるのが遅かったならば冬治の唇は男に奪われていた。非常に、危険なことだったのだ。

 冬治の背筋は久しぶりに凍りついた。対して、目の前の人物はいたって冷静であった。

「やぁ、首尾は上々だろうか」

「首尾?」

 目の前の男を良く見てみれば、本来冬治が通っている学園の生徒会長だ。もうすっかり、その存在を忘れてしまっているために教えてもらってもいない名前を思い出そうとしていた。

「君は、カードの絵柄通り、役目を担って動いてくれるだけでいい」

 冬治に構っていられないのか、名乗ることも無く相手は喋る。

「よくわかりません」

 まだこっちは名前も思い出していないのだ。まずはゆっくりと話でもしようじゃないか……なんて、言う余裕は冬治にも無い。

「他のカードを裏返しにして張り付けるなり何なりさっさとするがいい。それが、君のカードの効果で、役割だ」

 唇をゆがめ、悪っぽく笑う。冬治も後にやってみたが、間抜けっぽいという感想を頂いている。

「裏返しにするとどうなるんですか」

「実際にやってみるといい。無知は罪だ。出来ぬは怠惰だ。わからず出来ぬは愚か者だ」

 話はこれで終わりだ。一方的にそういって、出てきたときと同じように沈み始める。

「あの、俺も聞きたいことがあるんです」

 目の前の人物が女子生徒ならば、上から下のサイズ、彼氏の有無、思想的に右か左か、あなたは神様を信じますか、簡単なお仕事があるんだけれど……大丈夫、健康器具を売るだけの本当に、簡単な仕事なのという質問や誘いの言葉をぶつけていたかもしれない。

「なんだ、まとめて聞いて欲しいものだな。そもそも、こちらには時間がない。一つだけ、聞いてあげよう」

 不機嫌さを隠すことも無い。まぁ、首から上だけ残した状態で話しかけた冬治も悪いのだが。

 何で、俺なんですかという言葉を出そうとして引っ込める。偶然だから……それで終わりそうだった。

「早くしてくれ」

 カードを九分間ほどシャッフルさせたときと同じくらいいらいらしていた。

「あの、女子にもてるカード、ありますか。死神からそっちに変えて欲しいんですけど」

 冬治の言葉に目の前の男子はあきれているのが一目瞭然だった。じらされた後の肩透かしは嫌われるパターンである。

「……呼び方は違うかもしれないが、恋人のカードを探すといい」

「皇帝のカードを持っている人が女子にモテモテだったんですけど」

「それはその人間本来のもて具合だな。元の素質がよかったからだ」

 なんだ、もて具合って……冬治は首を傾げるが、目指すべきカードは分かった。せっかくの女学園である。こっちにいる間ぐらいは多少なりとも、もてたい。せめて、女の彗よりはもてたかった。

「欲しいカードがあれば、奪えばいい。だがな、審判のカードには気をつけろ」

「審判?」

「手に入れても、使うんじゃないぞ」

 冬治の頭の中で声が響き始める。一体それはどんなカードなのか、聞くより先に冬治の辺りの景色が一変した。

「え?」

 目の前にあった扉は消えていた。冬治は再度、学園の校門のところに立っていたのだ。辺りを見渡す冬治のことを物珍しげに女子生徒たちが追い抜いていく。

 あれから、時間は経っていなかった様で、大きな太陽もまた沈み始めている。

「なんだ、これ」

 しばらく考え、結局わからないので帰ることにした。やはり、知り合いに出会うことは無い。

「お帰りなさい」

「あ、どうも」

 さっきと違っていたのは人の声がして、車が通り、人とすれ違って、そして、アパートの106号室の前には昨日と、今朝出会った女性が立っていた。

「朝はなかなか、話が出来ませんので夕方に変更しました」

 にこりと微笑まれたので冬治も笑っておいた。

 このまま笑っていても拉致が赤なさそうだぞ。冬治はさっさと笑いをやめて目の前の人物にぶつけることにする。

「あのぅ、あなたは?」

 こちらから動かなければ、夜がやってきても、また四月一日がやってきても部屋の中には入れさせてもらえないだろう。

「三年の御柱天羽です」

「おんばしらあまはさん?」

 大層な名前である。ただ言える事はそこらの女子がうらやむような見た目と、立派な胸、脚線美であった。

 いつも差し出してくるはずの伏せられたカードは天羽の手に握られていなかった。このまま、天羽の足辺りを見るのも悪くない。

 見るのは無料だ。ただ、今は見ている場合ではない。

「俺にカードを出してくる……つまり、御柱先輩も今回の事に関わっているんでしょう?」

「はい。私は世界のカードです」

 学芸会の劇なんかで私はキジですっと挨拶するときに似ていた。小学生ならへぇ、お前自身が世界のカードなのね、ぷぷぷ。そう笑っていたことだろう。まぁ、冬治も幼少の頃は自信満々に僕の将来の夢は消防車ですと言っていたので笑える立場ではない。

「なるほど、世界のカードですか」

 一体それはどんな効果なのだろうか。冬治の視線で天羽は口を開く。

「世界のカードは他のカードの把握と、効果を使用することでしょうか。ほかにもあるんですけどね」

 つまり、冬治の求めている恋人のカードの効果も使用できるということだった。

「お、おおー、凄いですね」

 人間というのは、自身に利益をもたらす物だと理解すると喜ぶものだ。

「ただ、世界は非常に疲れます」

「疲れる? どういう意味ですか」

「そうですね……所持するだけでも疲れますよ。それに……いいえ、世界のカードについては実際に手に入れるまで、伏せておきましょう」

 原付の走る音が聞こえ、主婦の話し声が聞こえる最中、天羽はずっと冬治のことを見ていた。

 この人、もしかして俺に気があるのかしらん。そんなことを思えるような視線ではなかった。長い間探し続けていた部品を見つけたような表情だ。飛んでいった上半身と下半身をつなぐポリキャップが見つかったときと同じくらいの嬉しさに相当するだろう。

「えーと?」

 照れるよりも先に困惑した冬治を見て、彼女は軽く微笑んだ。どこか、嘘くさい。

「世界のカードをなくしました」

「え」

「もし、見つけたら……私のところへ持ってきてくれると助かります」

 このお願いを拒否することは出来そうになかった。ここで首を縦に動かさなければ、106号室には入れそうに無い。

「持ってきてくださいね?」

「いいえ」

「持ってきてくださいね?」

「いいえ」

「持ってきてくださいね?」

「いいえ」

「持ってきてくださいね?」

 昔のゲームみたいなやり取りを五十回ほど繰り返し、とうとう冬治が折れた。

「……わかりました」

「ありがとう」

 天羽のほうも疲れていた。航海したような表情で冬治を見た後、天羽は頭を下げる。

「では、さようなら」

「はぁ、どうも」

 去っていく彼女の後姿を見ながら冬治は顎をなでる。

「お尻もいいんだなぁ」

 こうして、三日目の四月一日は静かに幕を下ろした。また明日も四月一日なのだろう、カードの持ち主たちはそう考えてそれぞれの時間を過ごすのであった。


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