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第六話:縛りぷれい?

「さ、いこう」

「え?」

 昼休みに入ってすぐ、冬治は正義のカードの持ち主に腕を引っ張られた。

 柴乃のどこか責める視線に、勢いよく扉を開けて登場した慧、窓から羨ましそうに眺める千にも気付かない。それだけ、早い行動である。

 冬治が連れて来られたのはテーブルが七つほど置かれていて、自販機もある場所だ。

 お弁当派の生徒達がここでお昼の楽しいひと時を使用するのである。部活の中にはここが活動場所だったりもする。休み時間になると必ず誰かが居る場所でもあった。

「で、会わせたい人って誰さ」

 パックのジュースでも買おうかと思いながら、冬治は昌の方を見た。

「んーっと……まずは、あの人」

 昌が指差す先には二人に手を振る人物が居た。一見すると普通の人である。カードを所持している。もしくは、カードに関係する人だと言うのは容易に想像がついたりするが。

「お待たせ」

「昌ぁ、こういうときはごめん、待った? って言うのが礼儀よ」

「どうでもいいじゃん、そんなの。だから彼氏が……」

「ていっ」

 彼女は笑って昌の頭にチョップを喰らわせた。

「いたっ」

 軽い感じで叩いたように見えた。しかし、昌の可愛らしい額には赤の痕が残る程の威力だったらしい。

 待たされたことに怒っているのか、それともご機嫌を損ねた事が問題なのだろうか。ただ、わかることが一つだけあった。目の前の人物は昏々と相手を説得するよりも手を上げる事を良しとするのだろう。

「それで、そっちの彼がカードの一人ね」

「うん、じゃあ、私はもう一人連れてくるから」

 拗ねたような口調で昌は目の前の女子生徒に告げる。冬治とすれ違う際、気をつけてねと残して居なくなった。

 気をつけろって、一体何を。冬治の言葉は心の中で消えてしまった。

「座ったら?」

 何に気をつければいいのか分からない状態で突っ立っていたら呆れたような声を出される。

「あ、はい。失礼します」

 他の生徒よりも若干長いタイをした女子生徒だった。身長も比較的女子の中では高い。足も長く、出ているところはきっちりと出ている。どこか気だるげで、色気があった。年上であるのはタイの色から見て確定だろう。これで年下だったときは最近の子は発育が進んでいる……ではなく、大人びていると称賛してしまう。目の前に置かれている飲み物がレモンジュースではなく、コーヒーなら完璧だったはずだ。

 どこか子どもっぽい冬治からしてみればこんなお姉さんがいてくれればよかったと思ったりもする。

「わたしのカード、これね」

「え、はい」

 伏せられた状態でカードを出された冬治はついそのままカードに手を伸ばした。

 だが、冬治がその場でカードの絵柄を確認することはできなかった。

「ふふっ、意外と可愛い子」

「ちょ、ちょっと……」

 腕を掴まれ、引っ張られた。至近距離で目を合わせる二人は不思議なことに、周りから全く注目すらされていない。

 慌てて冬治は腕を振りほどいて信じられない表情で目の前の人物を見る。

「な、何なんですか」

 離れて後悔してしまうが、みんなが見ている前ではちょっと……というのが、彼の持論である。

「ちょっと興味がわいたからね。怒っちゃった?」

「そういうわけじゃ、ないですけど……」

 少しばつが悪くなった。そういう時はトイレに逃げ込むに限る。五分ほどすれば昌も戻ってくるだろう。

「ちょっと、トイレに行ってきます」

「あなたねぇ、デリカシーなさすぎじゃない? レモンジュース飲んでいるんだけど」

「す、すみませんっ。お花を摘みに行ってきます!」

「トイレは曲がってすぐそこ。花壇は一階に行けば分かると思う」

「あ、ありがとうございますっ。行ってきますっ」

 それだけ言って、冬治はトイレへと逃げるのだった。

 突貫工事で作り上げられた男子トイレは余り広いとは言えない。水洗便器がひとつあるだけで、手を洗う場所も狭い。狭いものの、出来立てほやほやなので、清潔そのものだ。トイレに入るだけでなんだか落ち着く。教室と言う集団の中から一人の生徒として解放される瞬間だからかもしれない。

「でも、不便なんだよなぁ、入るのは」

 ただ、今後の指針のためか、使用する際にバーコードを通す必要があった。漏れそうだったらどうするのだろうか。それに関しては、これも学園側の余裕をもって行動するようにということだろうと冬治は考えている。

 あと二分ほど、時間を潰せば昌も戻ってくるはずだ。冬治は便器に座ってため息意をつく。

「あらら、大きなため息」

「うおっ」

 驚いた冬治の隣には先ほどカードを持った女子生徒が立っていた。ズボンとパンツをおろして座らなくて本当に良かった。

 目を瞑っていたから、気付かなかったのだ。そもそも、どうやってここにやってきたんだ。ここは男子トイレだろう? あれ、俺ってばもしかして間違えちゃったりしたのかしらん。

 近年まれに見るパニックぶりだった。

「落ち付いて、ゆっくり深呼吸。

「あ、はい。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ」

「どう? 落ち着いた?」

「え、ええ、まぁ」

「トイレの芳香剤って落ち着く香りもあるからね。ある意味、天国かも。ま、掃除用のあれやこれを実験と称してふざけて混ぜた日には本当に天国に行きそうになったけど」

 あれはいい思い出だなぁとどこか遠い目をしていた。ただ、冬治が匂いを嗅いだのは偶然にも目の前の少女の匂いだ。わざと匂いを嗅いだわけではない。触れようと思えば出来る範囲に居るのだ。

「け、けど何でここに居るんですかっ」

「そんなに驚かなくてもいいんじゃないの。別に、お化けが出てきたわけじゃないんだからさ。おかしなことでもないでしょ?」

「す、すみませんっ。そうですね。俺ってば意外とビビりやさん……いや、待ってください。男子トイレに女子がいたら驚くのが普通でしょ」

 これが逆なら見つかり、叫ばれ、おまわりさーんからのご迷惑をおかけいたしました。そんなコンボである。

 冬治の言葉に相手はにやっと笑う。

「何で、トイレに来たんですか。しかも、俺が入っているの知っていたでしょ」

「カードを見せようと思って」

「別にここでなくても良いのでは?」

「そうもいかないでしょ。何せ、力も見せてあげたいんだもの。一般生徒が見たらおったまげるわよ」

 女の子がおったまげるなんて言ってほしくなかった。冬治の呟きなんて相手は気にしない。

「さ、見てなさいよ」

 彼女がそういい終えると同時に、冬治の足元に何かが当たる。

「縄?」

 落ちていたのは縄で、視線を戻すと女子生徒はカードを冬治に見せていた。

「これが、わたしのカード。刑死者、吊るされた男……呼び方はもっとあるかも」

 冬治がそれに対して返答できなかった。

「な、ちょっと、どういうつもりですかっ」

 先ほどの縄が冬治を縛り、逆さまに縛り上げたからだ。その姿は、さながらカードの刑死者のようである。

「わたしの言うことを聞いてくれればすぐに開放してあげるわ」

 彼女はそういうと冬治にやさしく微笑みかける。しかし、その目は縛るのが楽しくて仕方がないと語っている。

 人間、状況的に立場が上になれば、無理難題を吹っかけるものだ。

 この状態で要求されそうなもの……ポケットに入れてある死神のカードを欲しいと言われれば大人しく従うだろう。助けを求めれば今の姿を全校生徒の前にさらされる。そして、変な噂がたつだろう。目の前の女性と一緒に特殊なプレイをあろうことか昼間の学園で興じていたのだ。昼食もとっていないので、三度の飯より好きだと尾鰭もつくこと、間違いなしだ。

「さ、わたしを、その縄で縛ってよ」

「はいはい、カードを渡しま……はい?」

 何だろう、この人は。もしかして、いいや、もしかしなくても変態さんだろうかと冬治は首をかしげる。ただ、女王様ではないらしい。

「で、どうするの? 縛るの? それとも、ここで逆さまのまま色々と垂れ流す? それはそれで、見てみたい気がするけど」

 そうなったら大変である。タロットの調査どころではない。次の四月一日が来ても、冬治は別の場所で幸せに暮らすこと間違いない。

 小学生のころは個室に入るだけでうんこまんという不名誉なあだ名を付けようとしていたなぁとなぜだか懐かしいことを思い出した。冬治もうんこまんを賜ったがつけた連中を全て闇討ち……学級問題にまで発展した。

「で、どうするの?」

「考える時間を下さい」

「わかった。じゃあ、制限時間は六秒」

「微妙な数字ですね」

「六、五、四、三、二、一、零……さぁ、答えを聞かせて」

「やります」

 開放してもらえないのであれば、仕方が無い。縛られたまま放置されれば一人縛りプレイが大好きな変態と、うんこまんネオと呼ばれるだろう。それは嫌だった。

 相手の要求を飲むといったことで、当然冬治は開放される。相手がドSだったらやっぱりこのまま放置しちゃおっと言われていた。

「さてと……」

「ちなみに、逃げようとしたら次は容赦しないから」

 想像通り、逃げようとしていたものだから冬治は首をすくめた。

「縛ります、縛りますってば」

「人間、素直が一番だからね」

 縄を手渡され、冬治はその縄を見つめる。

「さぁ、早く。わたしの知らないような特殊な縛り方でもいいから」

「あのー、特別な縛り方とか知らないんですけど」

 ノーマルなので。最後にそう付け加えても、トイレで女子を前にして縄を握り締めていれば全く説得力が無い。この光景を見た人間が住人がいるならば、六割くらいは変態だと言う人間が居るはずだ。

「じゃあ、あなたの思うままに、縛ればいい。さ、まずは手から」

「はぁ」

「きつくよ。わざとゆるくしちゃ駄目だからね」

「わかりました」

 俺は何をしているのだろうと考えつつ、冬治は縄で女子生徒の手首を締める。警察に見つかれば一発で冬治が御縄だ

「んんっ、きつい」

「す、すみませんっ。加減がわからなくって」

「いや、そのまま、もっと、もっとよ」

 ああ、この人は変態なのだ。冬治は既にあきらめの境地にやってきた。こんな事が両親にばれたら生まれてきて済みませんでしたと頭を下げるしかない。そして、女子生徒のご両親に見られれば責任を取る必要が出てくる。

 まぁ、両親どころか第三者に見られた時点でこの学園に居続けるのは難しくなりそうだ。

「初めてにしては、なかなかうまいじゃない」

「全く、うれしくないです」

 縛り終えたことにより、おほめの言葉を預かった。返したかった。

 さすがにトイレに転がすのは汚いので、壁に立てかけるように放置する。

「じゃあ、先に俺戻りますんで、満足したら出てきてください」

 外へ出ようと扉に手を掛けると冬治が開けるよりも先に扉が開いた。

「っと?」

「何をしているの、こんなところで」

 若干の非難が混じった声が冬治と刑死者に響くのであった。


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