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第五話:ジャスティス

 日が昇り、窓から四月だと言うのに遠慮ない日光が差し込む。どんな眠りにも直射日光は効果抜群で冬治も例外ではない。

「……朝か」

 テーブルの上に置いてあった死神と目が合って、微かな夢オチの願いも儚く消えた。

 千から言われた通り、運命の輪のカードとやらを探さなければ、四月二日を拝むことは出来ないようだ。おそらく、今日も四月一日だろう。

「いや、待てすぐに諦めるんじゃないぞ、俺。まだ日付を確認していないじゃないか。もしかしたら、二日になっているのかもしれないんだ」

 言うが早いか、九割の希望で携帯電話のディスプレイを覗きこむ。希望を持って生きていなければ、至福の時はやって来ないのだ。

 ただ、期待と愛情はかけ過ぎると駄目である。失敗した時や裏切られた時の反動は非常に大きい。世間ではそう言った時、短絡的なことを行う人間も珍しくはない。

「四月一日か……だよな」

 そこには変わらぬ日常が示されているだけだった。誰かが変化させなければ、この一日は必ずやってくるのだろう。別にこのまま一日をエンジョイしちゃってもいいんじゃねと思ったりもする。だが、折角日常から一歩かけ離れた事が起こっているのだ。楽しめるだけ、楽しんでおいた方が得だろう。

「今日もがんばりますかね」

 運命の輪を探すため、冬治は昨日よりも早い時間帯に玄関の扉を開けた。そこには誰かが居るような気がしてならない。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

 やはり、昨日居た少女が冬治の事を待っていた。昨日の巨乳がしぼむ事もなく、きちんと存在している。

 彼女の手には、一枚のカードが伏せられていた。

「さぁ、今日こそ……」

 二枚目のカードを手に入れられる。それはいい事なのだろうか、それとも、更に面倒くさいことになるかもしれない。どうすればいいのだろうと思っていたら肩を叩かれた。

「おはよう、早いんだね」

 ついでに声もかけられた。そうなると振り返るしかない

「夢川君、誰と話をしているの?」

「えーっと?」

 其処に居たのは清廉そうな女子生徒だった。水色フレームの眼鏡が、何処か知的で、冷たい印象を与えている。

「ごめん、誰だっけ。顔は、覚えているんだけど」

 冬治が編入した先のクラスにいた気がする。さすがに、四月一日を二度ほど体験したとはいえ、まだ名前を覚える程の余裕はなかった。

「やだな、川北だよ、川北。クラス委員長の川北あきら。日の下に日がついているほうの昌だよ。で、誰と話してたの?」

 そう言うと冬治の隣に立つ。先ほどまで女性が居た場所を見ていた。

「あれ、誰もいないね。独り言でも言っていたのかな」

「そういわけじゃ、無いんだけど。ただの挨拶かも。もう行っちゃったよ」

 昨日も柴乃に声をかけられ、カードを引けなかった。引く引かないの良し悪しは判別できない。

「ふーん、あ、そうだ。一つ聞きたい事があるんだけれど」

「俺に聞きたい事? 何?」

 クラス委員として何か交換生の挨拶をしないといけないのだろうか。四月一日にそんな行事は無かった気がするんだけど……とはいっても、全てが同じと言うわけでもなかった。

「いや、なんで私の顔を覚えているのかなって。今日、四月一日……交換生がやってくる日付なのにね」

「うーん、四月一日が繰り返されているから、かな」

 昌が少し警戒の表所を浮かばせていた。

「なるほどね、カードを持っているってことか」

「うん、まぁ、これなんだけどさ」

 冬治は自身が所有する死神のカードを昌へと差し出した。

「え、素直に出しちゃうの?」

「今の流れからすると、カードの事を知っている。つまり、関係者。あと、カードを見たいのかなってね」

「ふーん、ちょっと不用心だと思うけど。ま、私は騙して盗ったり、そんなことはしないから。平等じゃないからね。あ、これ、私がもらったカード」

 そういって互いに受け取るようにしてカードを交換する。

 天秤と、剣、そして翼が描かれたカードだった。持つと心が清くなり、不正は良くないと騒ぎそうになった。

「このカードは何?」

「正義のカード」

 なるほど、クラス委員長なら正義っぽいもんなとイメージで冬治は勝手に納得していた。昌の方もまんざらではないのか冬治の反応に嬉しそうな表情を見せる。

「でも、君ってば死神?」

「そうだね、死神だ。どっからどう見ても、死神だもんなぁ」

 これは恋人のカードだよと言ったところで誰も信じない。

「男子だから皇帝か、戦車かと思ったんだけどね」

 昌はそう言うとカードを冬治に渡す。冬治も、カードを返すのだった。

「カードの所有者は良くわからないけどさ、塔と、悪魔のカードの持ち主には気を付けなよ? 絶対、ろくでもない人物だから」

 その人物たちと真っ先に会っていますとは言えなかった。

「き、気をつけておくよ」

「うんうん、あとさ、このカードを持つ者は変なことが出来るそうなんだよね。私利私欲のために使うなんて、危険だよ。さっさとカードを集めて、元の所持者に返さないといけない」

 うん、それが一番だと昌は言った。

 その目は曇っておらず、実に澄んでいた。お金が欲しいとか、自分を傷つける奴より先にやっつけると言う危険思想は持ち合わせていないらしい。

「それはいい考えだけどさ、一枚数百万とか聞いているよ? お金が欲しくなったりしないの?」

「あのね、夢川君」

 少し呆れた昌の声が飛んでくる。

「そう言うのが、危ないんだよ。わざとそう言った情報を流して、争える状況に持って行くとかね。カードさえなければ、元から争いなんてないし。あやうく、節制のカードの持ち主にカードを盗られそうになったから気をつけた方がいいよ」

「なるほどね」

 別に正義感からではなく、実体験に基づく意見らしい。

「でさ、夢川君さえ良ければ……」

 昌が何かを言おうとしたところで、叫び声があがった。

「どろぼーっ」

「っ!」

「あ、ちょっと川北さんっ」

 一心不乱に走り始めた昌を追って、冬治も走りだす。曲がり角から黒ずくめの男が現れて一瞬だけ驚く。

「どけよっ」

「きゃっ」

 昌を冬治の方へ投げるようにしてその場をしのいだ。どこか手慣れた手つきである。

「やるなぁ……良くあの短時間で捌き切ったもんだ」

 昌を抱きとめた冬治は感心したかのように頷く。

「馬鹿言ってないで、追いかけるよ」

「え、あ、うん?」

 冬治は何かを言おうとして、宙に浮いているのに気付く。昌の背中から白い翼が生えているようにも見えた。ただ、その翼はとても不安定で目をこすってみてもはっきりしない。

「……幻?」

「いくよ、夢川君っ」

「え、ちょ、何この急降下……ひょああああっ」

 そのまま犯人へ向けて急降下を開始する。若干、高所恐怖症の冬治は肝を冷やしながら犯人の後頭部へ蹴りを喰らわせる。

「ぐえっ」

「よし、やった」

 それから数分後、犯人は捕まり、冬治と昌はおばあさんにお礼を言われるのであった。

「あなた達、勇敢ね。危険なことだと思うけれど、本当にありがとう」

「当然の事をしたまでです」

「お礼をあげるからちょっと待っていてね……」

 そういっておばあさんが財布を取り出した。こいつは手っ取り早くて何だかいい目に逢いそうだ。冬治はそう思いながら頬が軽く緩んでいた。

「では、私たちはこれで」

「え、もらわないの?」

 あっさりとその場を引いてその場を去る。お礼が気になる冬治の腕も引いて昌は登校を続けるのであった。

 校門近くで、ようやく冬治は解放される。その頃には物理的なお礼も何とか諦める事が出来た。助けたのはあくまで昌で、自分じゃないと自分に言い聞かせていたりもする。

「人を助けた気分はどうかな? お礼を言われた気分は?」

「んー、そりゃあ、悪くないよ。空を飛べたし……楽しかったかな」

 冬治の言葉に昌は満足したようで、にこっと笑った。冷たい感じがしていたものの、その笑顔はとても良い笑顔だった。

「そっか、じゃあ、夢川君は悪い人じゃないね。昼休みさ、時間を空けていてよ。逢わせたい人がいるから」

 運命の輪のカードを持つ人だったらいいなぁ。冬治はどうせ叶わない願いだろうと思いつつ、昌と一緒に教室へと向かうのだった。


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