第四十話:制度の終わり
四月八日。新しい週が始まり、羽津女学園にやってきていた羽津学園の男子生徒たちは元の学園に戻ってしまっている。まずまずの反応で、反対意見などは出なかった。問題があるとしたら男子生徒用のトイレの増設……、つまりは予算の問題だ。いっそのこと、学園自体の建て替えを行うべきという話も出ている。
そんな会議が行われているとは露知らず、生徒会室には二十人の生徒が集まっていた。生徒会長である羽津鳴子の直々の呼び出し五名のほか、呼ばれていない人物も生徒会室へとやってきたのである。
これまでやってきたことに対しての労い……などではなく、何気にヒートアップしている人物がいたりする。
「交換生徒が終わっているってどういうこと」
「美穂ちゃん、落ち着いて」
美穂が生徒会室の長である羽津鳴子に噛みついている。それを抑えているのは小坂興野だ。
「朝、起きたら普通にハンモックの上で起きるしっ、何これっ。あたし達、あっちの世界にいた気がするんだけどっ」
ハンモックで寝ている人なんて本当にいるんだぁ……と、大多数の人間が物珍しげに美穂の背中を見ている。
「……お二人から、いいえ、あちらの世界に行ったという話は皆さんから聞きました。その間、こちらでは皆さん、行方不明扱いでしたよ」
「そんなこと、知っている。いろいろと面倒だった」
木葉うんざりした調子で答えて、怜奈も首をすくめて見せた。
信田柚子はぐるりと元カード所持者を見渡した。その中には御柱天羽の姿がある。
「ただ、行方不明だった人物に御柱さんが含まれていたことが不思議でしたが。ずっと、いた気がするんですけどね」
「そう、なんですか?」
天羽は記憶を一部失っており、そのことに関して疑問も何も抱いていないと芽衣子から聞かされている。
「居たはずの人間が行方不明の状態から発見されるなんて本当に、変な話です」
「まだ、変な話はあるでしょうに」
先生がそういうと柚子は頷いて見せた。
「そうですね、もう一人、この場にいなくてはいけないはずの人間がいません。男子生徒だから、そんな理由ではなく、誰も彼の姿を思い出せないだなんて」
「確かに、その通りです。誰か、思い出せた人はいますか」
鳴子はそういって面々を見ていく。愚者のカードを所持していた男子生徒の姿形、名前、学年、性格、年齢、身長、体重、好きな食べ物、嫌いな食べ物、利き手、今年の打率などなど、思い出せていないのだ。
「誰だったけなぁ」
「思い出せませんね」
薺と菖蒲もため息をついてお手上げだった。
「大切な約束をしていたはずなのにね」
「思い出せないんですよね」
頬をかきながら早苗は天井を見上げる。昌も何かを思い出そうとはしていた。それが何かは、わからなかった。
「ほかはどう?」
早苗の言葉に周りも考え始めていた。
「ここにいても、無意味。何だか思い出せない」
「そうかも、どこか思い出があるような場所に行けば……」
須藤木葉と寝床先生はどうでもよさそうでありながら、気になっているらしい。片方は日記帳をめくっており、もう一人は頭を軽く叩いている。
「うーん、とても、大切な人になりそうな予感だったんですけど」
「掴みどころのない人間だったんだよね。ダウジングで見つかるかな」
小谷松怜奈と武智硯は手鏡とL字型の文字を出していた。何をするつもりだろうか。
「頭の中を見てみたかった……多分」
「え、頭の中……?」
「僕の友達だったはずなのに、思い出せないなんておかしいよ。誰かの意思を感じるっ」
理穂と千が話し、慧も天井を仰ぎ見た。誰かの意思なんて関係ないんじゃないのと誰かが突っ込んだが、誰も反応しなかった。
「ただ、みんながこうして居られるのはその人のおかげ。それだけはわかるかな」
「……そう、その通り」
柴乃がそう言うと黒葛原深弥美も頷く。
「ま、私もそう思う」
いつの間にか羽津音色が生徒手帳をめくりながらみんなを見渡していた。
彼女の言葉がいい終わると同時に、生徒会室の扉が開いた。そろそろお昼休みが終わる時間帯の為か、廊下は騒がしい。
「そんなにさ、誰だったか思い出せないのなら今度の交換生徒、みんなで羽津学園に行ってみる? ここにさ、希望者を募る紙、あるわよ」
教師である四季芽衣子が用紙をみんなに見せびらかすといの一番に一人の少女がそれを手に取った。
「みんなでさ、会いに行けばいいじゃん」
「……あなた、いたっけ?」
柴乃の言葉に少女は苦笑する。
「ちゃんといたってば。影、薄かったけどね。彼以外とは接触しなかったし。ああ、名前は夢川ケイ子……彼に一番近かった女の子かな。ま、かくいう私も名前を思い出せないんだよねぇ。とても大切な人のはずなのに」
「あっちにいけばわかるでしょ。イケメンだったら狙わなくちゃね」
芽衣子の言葉に全員が目を丸くする。
「あの、先生も行くつもりなんですか?」
「もちろん。だって、気になるんだも―ん」
教師のその言葉に全員がため息をついたのは言うまでもない。ついでに、誰かが年齢を考えろと言ったために犯人探しまで行われ、彼女達は次の授業に遅れることとなる。
こうして、羽津女学園の一部で今後も語り継がれる話が一つ、完結したのであった。




