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第三十七話:上に立つ者

 冬治たちが隔離された世界にやってきて五日目。相変わらず元の世界に戻れてはいない。

 午前十時になると隆康の顔が窓ガラスに写り込む。勝利を確信した表情が癪に障るのだった。

 五日目の昼休み、冬治は先生と鳴子と一緒に地下書庫へとやってきた。無論、隆康の勝利をどうにかするためだ。冬治としては勝利から一歩進んで隆康自体をどうにかしてやりたかった。

「ここに何か手掛かりがあるかと」

 冬治を含めた七人は各々動いている。それぞれが別の場所へと向かっていた。

「地下書庫は歩きづらいままですね」

 女教皇をもっていた理穂との戦闘で本はばらまかれたままだった。誰ひとりとして、この地下書庫にやって来る者はいないのだろう。掃除大好き人間がこの部屋に入ればすぐさま業者を呼んで自身も清掃に参加するはずである。

「普通だったら、誰かが気付きそうですけど」

 横倒しになっている本棚を撫でながら鳴子がため息をついた。

「他の人を連れてきたんだけどね。ここ、無くなっているみたい」

「なくなっている? どういうことですか」

 先生の言葉に冬治は首をかしげる。

「部屋自体が無くなっているの」

 ほこりまみれの本を一冊拾い上げ、息を吹きかけた。薄く積っていたほこりは部屋の端へと飛んでいく。ほこりをこすって落としてみても、魔人が現れることも無い。まぁ、知って置きたい過程と異学の第八巻を擦ったところで現れないだろうが。

「部屋自体が?」

「廊下のところで扉なんて無いって言うし、

「カードの関係者だと入れる部屋なのでしょう。他にも、カード関連の何かが起こった場所は他の人がいけなくなっているんですよ」

 冬治は四日目にカードの解説書を借り受け、一日かけて全部のカードの把握をしていた。そのおかげで色々とわかった事が多少ある。元の世界にカードの力では戻れないことが分かった。

 冬治がカードの効果をお勉強している間、他のカード所持者は色々な場所に出かけていたのである。さすがに学生と言う事もあって一日捜索に当てたりは出来ない。

 世界が崩壊するかもしれないのに、悠長なことだ。そう言って反発する者は、我が道を行く先生、美穂、木葉が勝手に一日歩き回って何か手がかりを探したのだ。

 羽津学園まで足を伸ばしたものもおり、隆康を知る者から有益な情報を手に入れた。

「隆康? ああ、そういえばあいつ、ほかの学園の図書館にまで変な本を仕入れに行ってたぜ? ところでさ、君、かわいいよね。俺の彼女にならない? え? 予約済み? 一体どこの誰よ……」

 こうして、それぞればらけて図書館を当たっているのだ。

「ま、入れる場所があるとかないとか、それにどういった意味があるのかわからないけど。この地下書庫には何か使えそうな本があるかもしれない」

 分類などが滅茶苦茶で、床にばら撒かれている本から探すしかないのだ。

「そもそも、何を探すつもりなんですか」

「……この学園で以前、黒魔術の本が流行ったそうです」

「いかにも、カードに関係していそうだね」

 先生と鳴子は床に這いつくばって本を探し始める。冬治もそれにならって四つん這いになった。ふと顔を上げた際に先生のスカートの中が見えてしまい、慌てて本探しを再開する。ついガッツポーズをしてしまった。

「こんなに本が多くて、見つかるんですかね」

 若干上ずった声で冬治はごまかすように呟いた。

「確かに、そうですね。冬治君、運命の輪で時間をどこまで戻せるか試してみてください」

「わかりました」

 世界のカードを運命の輪へと変化させ、冬治はカードを使用する。基本的にカードの使用は対象となるものに向ければ使用できる事が判明していた。

 カードを使用しても、本棚は綺麗に戻らず辺りは相変わらず散らかったままだ。

「戻らないですね」

「元に戻す……といっても、前に居た世界のままきたからその状態を維持したままってことかな」

「他に使えそうなカードって、ありますか」

「ふーむ……」

 しばらく考えて、冬治は節制のカードに変化させる。さらにカードをダウジング用への道具へと変化させる。

「シュール」

「冬治君……ぷっ」

 先生の言葉がすべてだった。鳴子が笑って冬治を見ている。

「集中、集中」

 他人に笑われて恥ずかしいからとやめるのはもったいないことなのだ。努力と根性で羞恥心を消し去る。今なら裸になって突っ走っても恥ずかしくない。むしろ、気持ちいいかもしれない。

 ばら撒かれた本の上を歩くことを数分、道具が反応した。

「鳴子先輩の探し物ってこれですか」

 見つけた本を鳴子に渡す。鳴子は冬治から渡された本をめくり、しばらく考えていた。

「この冊子はあまり関係ないみたいですね」

 数ページめくり、鳴子は眉根を寄せている。

「何かの実験に使うような道具ばかりが解説付きで描かれているだけのようです」

「あった」

「え」

 冬治が探している間に先生が見つけてしまったらしい。

「せ、節制にする必要なかったみたいですね」

 笑われるだけ……まさしく道化だった。

「そうでもない。おおよその見当をつけさせてくれたから」

 鳴子は冬治に本を渡して、先生から黒魔術系統の本を受け取る。

「あ、予鈴ですね」

 昼休みの終わりは予定された時刻に終了を迎えた。

「この本については放課後、読んでみます」

 鳴子がそういって本を大事そうに抱えた。冬治も何だかよく分からない本を抱えてはいる。

 元の本棚に戻そうにもどこにあるのかわからない。さすがに本を床に戻すこともためらわれた。

「私も何か本を読もうかな。君もそれ、持って帰って読めばいいんじゃない?」

「あ、そう、ですね」

 持ち出し禁止なのかどうかは定かではない。背表紙には貸し出し用などのシールは貼られていなかった。

 冬治は悩んだ末、本と言うよりも冊子にちかいそれを持って地下書庫を出る。

「収穫、あったのだろうか」

 放課後、自宅へと帰る途中に自転車を持った人物が冬治に近づいてくる。

「今、暇?」

「え、まぁ、うん。どうかしたの?」

「話があるからついてきて」

 夕焼けを男女で歩くのは中々乙なものである。ただ、状況が状況だった。どことなく、嫌な雰囲気があった。

 久しぶりにやってきた木葉の家は何ら変わっていなかった。いつかのように、リビングへと通されてお茶を出される。

「で、話って何?」

 軽い調子で振る。すると、木葉は言い放った。

「この世界にいてもさ、別にいいんじゃないの?」

「え」

 何を言われたのか理解できなかった。

「六日目、隆康だっけ? その人が奪いに来るんでしょ。それをみんなで迎撃すれば問題ないと思うよ」

「確かに、そうかもしれない」

 特殊なカードを所持している相手だ。おそらく、冬治たちの所持するカード枚数より多く、扱いにも長けているはずだ。

「元の世界に戻れるって保証もさ、ないでしょ」

 冬治を見ることなく、コップの淵を撫でていた。戻る方法が見つかっていない以上、木葉の言う事も正しいように思えてならない。

「君には悪いけどさ、消えたみんなの事ってあんまり私に関係ないんだよね。そもそも、友達が少ないから」

「そ、そうなんだ」

 何か慰めを言おうとしてやめた。何を言ってもマイナスになりそうだ。

「こっちの世界でも何ら苦労はさ、ないでしょ。カードは全部試して駄目だったんだし……もう、無理なんじゃないかな」

 冬治にはどうしてこういう話をしているのかわからなかった。

「皆も不安があるけれど、元の世界に戻れるって信じて頑張っている。そうでしょ?」

「確かに、そうかもね」

 誰もそんなことは言わなかった。これが小学生の集まりだったら泣き喚いて叫び、おしっこ駄々漏れでママァ、ママァ、パパァ、パパァ、うちのパパはパッパラパァとおののいていたはずだ。

「もし、駄目だったときはリーダーが必要。冬治君が今後もやるべきだと思ってる。リーダーになるのなら、やっぱり、心構えは必要だから」

「俺がリーダー?」

「そう、だからそうなったときは皆を引っ張って行って欲しいんだ」

 元の世界にはおそらく戻れない、木葉の表情はそう物語っている。

「どうしたらいいかな」

「次を考える必要があるよ。準備もね」

「そっか、なるほどなるほど」

 しばらく考えて、冬治はため息をつく。

「でもさ、俺は元の世界に戻る方法を探すよ。時間ぎりぎりまで」

「何かいい方法でもあるの?」

「……どの道、俺は隆康とやりあう必要があるんじゃないかと思うんだ。こっちの羽津学園では隆康を知っている人がいるからね。こっちの世界じゃほかのカードを持っていた人たちがいないことになっているしさ。隆康と話し合いで解決できるのならそれが一番いいけどさ」

「そんな風には見えないよ」

 木葉の言うとおり、それがベストだとしても頭じゃ分かっていたって拳を握り締めている。

「向こうに話しあう気が無いのなら……」

「……わかった、そっちも準備しておくから」

 一体何を準備しておくのか、冬治にはわからなかった。わからなかったが……鈍器のようなものはどこにおいたっけなぁと呟くのが聞こえてきた。


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