第三十六話:知ること
羽津女学園の授業を聞きながら、冬治は今日の昼休みの事を考える。
もちろん、やること自体は決まっている。カードの解説書を読み、有益な情報があれば試すのだ。
特に無いかもしれない。つい、頭がマイナス方向へと考えてしまう。前に進むようなことがあれば、昨日、怜奈と先生から有益な情報をもたらされているはずなのだ。
曇り空を眺めようと窓を見る。すると、窓に薄く反射しているのは自分の顔ではない。
「ん?」
良く見れば御柱隆康の顔だった。顔を近づけただけに、ショックが大きい。
「六日まで、時間が無いね」
ほくそ笑んだ顔を見たくなかった冬治は窓を開けてもらった。たったそれだけで陽気な春の風が教室内へと入ってきた。そうするだけで、隆康の顔は消えてくれる。
どうして隆康の顔が写っているのか。そんなことはどうでもいいのだ。
昼休み、冬治を含めた七人がテーブルに腰をかけた。その中央には黒い表紙の古い冊子が置かれている。
「これ、音色ちゃんが持っていたんですよね。あの子は確かに存在しているんです」
「じゃ、開けてみます」
否定も肯定もせず冬治は解説書に手を伸ばしてめくる。中に残っているページは少なく、合計で七ページだった。
「ん……七枚?」
「冬治も気付いた? これ、今ここにいる面子の持っているカードだけ載ってるよ」
美穂に言われて改めてページをめくる。司祭、戦車、恋人、刑死者、星、審判、世界だ。他のページは根元から破れてしまっている。
「カードの効果、三つあるのか」
司祭のページには人々に肯定的な返事をさせると心を掌握できると書かれていた。また、
群衆を操る事が出来、その想像をまとめ上げて凄いものを現世に具現化させると書かれている。
「凄い、ものか」
具体的にはどんなものなのか書かれていない。何人必要なのかも書かれていないが試してみる価値はありそうだった。
手順を踏み、カード所持者全員が司祭の管理下に置かれる。といっても、ただ元の世界に戻りたいかと言う問いかけに頷いただけだった。
「それで、生みだし方はどうするの?」
「カードを何処かに伏せて、表にするだけでいいって」
簡単だねぇと早苗は呟いた。他のみんなもそんなに楽に出来るものなのかと疑問を持ったりする。
そして数秒後、七枚のカード所持者からとりあえず凄いものが生まれた。
「なるほど、こりゃすごいもんだ」
冬治はそれに素直に感動した。
「まぁ、確かにすごいけれどこれじゃ、元の世界に戻れないと思う」
凄いものを見る木葉の表情はいつもの無表情ではない。好奇心にあふれていたが、他のメンツは落胆の色を隠せなかった。
「いくら凄いものでもだめかぁ」
結局、その凄いものはすぐさま消された。
「何だか、すみません」
「いやぁ、いいものを見せてもらいました」
怜奈が御世辞ではなく心の底からそういって、全員が頷いた。凄いものというのは人の心を動かす効果があるのだ。
「で、だ。次は恋人のカードを試してみようかと思う」
恋人のページをめくる。男女と一本の木が描かれているページだ。
「恋人のカードで元に戻る方法なんてあるのかな」
「ちょっと、無理だと思いますけど」
先生の言葉に所持者である怜奈もうなずく。
「やってみなくちゃわからない」
かつてこの言葉を吐いてどれだけの猛者が失敗してきただろう。ある者は数式を証明するために人生を捧げ、ある者は金持ちを夢見てお金を借りまくり、行方不明になった。
恋人で世界をどうにかできるのなら、皆が怜奈を胴上げするだろう。冬治は効果を読み上げる。
「恋人のカードは異性の相手を虜にします。虜になった相手はあなたに従います。また、カップルの二人を引き離す効果もあります……」
誰もが怜奈のことを見ていた。これから胴上げをしようなんて雰囲気はさらっさらない。更に言うのなら、どこか冷たい視線だった。
「私、そんなことしませんし、していませんっ」
「でも、冬治君に使ったことあるっていってたよね」
「た、確かに使ったことはありますよ」
早苗の言葉に怜奈はうなる。
「でもっ、冬治さんには効果が発揮されませんでした。ね、冬治さん」
「あ、ああ」
凄い剣幕に冬治は押されるようにして頷く。ここでいいや、俺は怜奈の言うとおりにしていたよなんて言ったらこの世の終わりが来そうだった。
「確かに、あの時は効果がなかったな」
「何かほかのカードの影響があったんじゃないの?」
「ほかのカード?」
はて、あのときに何かカードを所持していたっけな。記憶の詰まっている脳の当たりを軽く小突いてみる。
「あの時持っていたカードは愚者一枚ですね」
死神のカードが消え、冬治の元に現れた一枚のカードだ。真正面からほかのカードとぶつかることの無かった。そのためか、愚者のカードがどういった効果を持っているのかさっぱり分からない。
「どうしたもんか」
「一度世界を愚者のカードに変えてみるといいかも。その解説書、もしかしてこの世界にあるカードを表示しているかもしれない」
「ですね。やってみます」
先生の言葉に冬治は素直に従う。胸ポケットから世界のカードを取り出し、愚者へと変化させた。
「増えた」
ぽつりと呟いた木葉の言葉に皆が冬治を見る。彼は代表して解説書のページをめくった。
「愚者、他者の影響を受けずに自身の旅路を貫く。他者に出会うたび、世界は広がる。愚者に勝てるのは太陽ぐらいだ」
「なるほど、愚者のせいで効果がなかったんですね」
一人納得している怜奈の隣で美穂もうなずいている。
「だから信田の太陽が効いたのか」
冬治は愚者を世界に戻すとメンバーを見渡した。
「まぁ、あれだね。愚者のカードで元の世界に戻るのは無理って言うのはわかったよ」
「ん、そうですね。でも、世界のカードを変化させて全カードの効果を知れば役に立つカードもあるかもしれません。このまま、世界のカードを変化させませんか」
それまで黙っていた鳴子の提案に周りはうなずく。冬治も賛成だった。
「せっかくゼロを見たんだから次は一番でしょ」
それが道理だと早苗が話す。
「愚者の番号、無いって話もありますけどね」
反対なのか、怜奈は異を唱えていた。
「ここは恋人から……」
「さっき見たでしょ。一番の魔術師に変えて」
「あ、うん。わかった」
先生の言葉に冬治は世界を魔術師に変えた。
解説書を手にした鳴子は魔術師のページを読み始めた。
「魔術師、相手に幻覚を見せる。同時に、所持者が望んだ姿を皆に見せ、記憶の改変も行う。また、説得力の向上も見られる……だそうですよ」
芽衣子先生にぴったりなカードだと冬治は思った。おそらく、魔術師のカードを所持している間は彼女にとって幸せなのだろう。
カードに魔術をかけられているのは芽衣子の方かもしれないが。
「魔術師のカードを持っていたのって、誰だっけ」
美穂が呟くと冬治を除く全員が首をかしげていた。
「……さぁ?」
その後、カードの変化と解説の読み上げは続けられた。その時点ではどのカードを使用すればいいのか全く見当もつかない。
情報は増えたが、それをどうやってゴールまで使用するのか。それとも、この中に答えは無いのか……よく分からなくなってしまった。
こんなことでは隆康のことをいてこますことが出来ない……焦れば焦るほど、苛立ちが募るのだった。




