第三十四話:並びに
冬治は四月二日の夜、業者さんを待たなくてはいけなかった。そのため、解説書がある音色の家には木葉、美穂に向かってもらうことになったりする。
本当は冬治も行きたかった。怒った大家さんがそれを許してくれなかったことが大きい。
「やっとおわったー」
午後八頃、業者はとりあえず扉を付けておきましょうとやたら輝いている扉を設置して帰っていった。業者側から特別なケースとして写真を撮られ、一体どうすればこんなことになるのかと聞かれた。ここで下手に知りません、泥棒ですかねぇなどといえるわけもない。そうなれば今度は警察がやってきて面倒なことになるに違いない。結局、お茶を濁すしかなかった。
そもそも、106号室の扉を溶解させたのは冬治ではないために説明のしようが無かったのだ。悪魔のカード所持者がやりましたなんて通じるわけが無い。
実は僕、不思議なカードの持ち主で……そんなことを言ってしまえば変人として見られること間違いなし。
「やれやれだ」
リビングのテレビをつけ、椅子に腰掛けると同時にチャイムが鳴る。
「……さっきそこにいたのになぁ」
立ち上がって十秒もかからない場所なのに、ぶつくさ文句を垂れてしまう。業者の対応や大家さんへの言い訳でも疲れてしまったのだ。大家さんが怖いことを改めて実感できた。怒ると加速するのか、話し方が早くなり常人では聞き取ることが出来ない。そして、冬治がまごついていると更に怒り、口調も早くなる。悪循環だ。
冬治は今、非常に不機嫌だ。
「どちらさまですか」
一切警戒心の無い声を出しながら扉を直接開ける。これがサスペンスホラーだったならば、彼が真っ先に被害者へとなっていた。
立っていたのは犯人でもなんでもない、ただの女子学園生だったりする。
「あれ? 先生先輩に怜奈さん?」
不機嫌はどこかに飛んでいった。
「今晩は」
「こんばんは」
片方は愛想笑いを浮かべており、もう一人は無表情であった。
「先生先輩って呼び方はやめて」
先生は有無を言わせない声音で冬治に訂正を求めている。
「え、すみません。寝床先輩って呼びますね」
「寝床と言う苗字もあまり好きではないから、さき先輩でお願い」
「わかりました」
これ以上名前に関して聞くのもよくない。冬治はそう判断し、話題を変えることにした。
「こんな夜中に二人してどうしたんですか?」
「別に、夜中って訳でもない気がしますけど」
怜奈は少し呆れた表情で冬治のことを見ていた。
「犯罪が起きやすい時間帯は夜なんだよ。夜って言うのはつまり、暗くなったときからだね。よって、二人とも近づく男に気をつけなくちゃいけないんだ……いや、俺じゃなくて」
先生が冬治を指差したのでまたもや話題を変える。場当たり的な対応を繰り返す人間は、最終的に詰まれるものだ。今の冬治の状況そのものかもしれない。
「それで、何をするために俺の家に来たの?」
「ひどい、冬治さん。何か用事がないと来ちゃいけないんですか」
「そういうわけでもないけどさ」
この子、こんなに押しが強かったっけ。冬治は頭の片隅に追いやられていた小谷松怜奈の情報を探してみる。しかし、結果は情報不足であった。これまで接点がなかったといっていい。
もう一人の寝床先生についてもほとんど情報なんてない。あっちの世界で一緒に居たのは先生だった。
「とりあえずあがってください。お茶ぐらいなら出せますよ」
外で騒いでいて大家さんに見つかるのはまずい。また、何かたくらんでいるのではないかと思われるのだけは避けたかった。本当に怖いのは白を黒という人間よりも、白を黒と信じてやまない人かもしれない。
「で、ここに来た理由を聞きましょうか」
「ひどい、冬治さん。理由がないと来ちゃいけないんですね」
「それはもういいから」
仏の顔をサンドイッチ……どんなにやさしい仏でも自身の頭をサンドイッチの具にされれば怒り狂うのである。
「ここに理由は二つ。一つは解説書が羽津家で見つかったと言うこと」
「ああ、あったんですね」
「はい。音色さんという方の部屋にあったそうです。生徒会長から電話があって、報告するよう、頼まれました」
「なるほど。さき先輩、二つ目の理由って何ですか」
「二つ目の理由。冬治君を励ましつつの作戦会議」
「冬治さん、何だか元気が無いように見えるので」
怜奈と先生に言われて、冬治は自身の顔を触った。
「ちゃんと両目、両耳、お鼻はついてますよ」
「若干足りていない部分がある気がするんだけど……ま、いいや。俺、そんなに顔に出てますかね」
早苗に言われてから、顔に出さないよう心掛けている。
「うーん、何だろう。顔には出ていないんだけど、感じるんだよね」
「冬治さんが不安だと思ったら各カード所有者に伝わるみたいですよ」
道理で、早苗や鳴子に気を使われるわけだ……冬治は全てが分かったと言わんばかりに笑って見せた。気張った表情をしたところで、中身がばれているのでは意味が無い。
「いや、まさか心が伝播するなんて……不思議なもんだ」
「何をいまさら。変なカードを所有しているんだから、その程度は普通だよ」
「そうですよ、冬治さん」
それから冬治は二人と話をし、明日のことについて事前に話を通しておいた。各カードを使用して、どうにか出来ないものかと試すのだ。
去り際、怜奈は言った。
「冬治さん、あっちの世界に戻ったら改めて告白しますからね」
「え」
「楽しみに待っていてください」
「あー、そのことなんだがね」
こほんとせきをして冬治は怜奈を見た。
「どうしてあの時、俺にあんなこと言ってきたのかなぁって。カード絡みってのはわかったけどさ」
カード関連だと思うとものすごく、萎えたのだ。
「あのことですか」
先生に気遣って軽くぼかしていた。
「それ、違いますよ」
「え? 違う?」
「はい。確かに、私はカードを使用するつもりでした。でも、それは冬治さんと仲良くしたかったから使ったんです」
「そうなのか」
「そうですね。元の世界に戻って、また詳しく話しますよ」
近い場所に先生が立って二人のことを見ていたりする。
冬治の肩をたたき、今度は先生が外へと出た。
「ま、頑張るといいよ。頑張れば、運命はちょっとだけ変えられるから」
「どういう意味ですか」
「……うーん、怜奈の二度目の告白をまた振る? みたいな。運命って言うのはただ受け入れるだけの代物じゃないから」
「って、知っていたんですね」
「まぁね。残念、というか私は君のことを良く知らないから」
「ですね、俺もさき先輩のことをほとんど知りません」
「期限まで短いけどさ、仲良くしてね」
「ええ、こちらこそお願いします」
「じゃ、また明日」
「おやすみなさい」
軽く右手をあげて、先に走って行ってしまった怜奈の隣にならんでいる。意外と仲がいいのだろうか。
「明日から忙しくなるかな」
そういって冬治は闇に染まった空を眺めた。
夕暮れ時よりは、寂しくなかった。




