第三十二話:好きな諺は井の中の蛙です
一時間目が始まっていると言うのに、冬治は屋上にいた。とんとん拍子で話が進むのかと思えば、そうではないようだ。
繰り返しではない、四月二日の一時間目。朝のHRにはいたので、先生達も不思議に思うかもしれない。
「あー、くそ」
さすがに生徒会長をサボりに誘うわけにはいかない。
元より猶予の無い日数に加えて、知り合いのカード所持者が今のところ見つかっていない。いたとしても、必ず状況打破に繋がる糸口が見つかる保証はないのだ。今の状況を、共有が出来るのと出来ないのでは違うだろう。
現に、カードを所持していた頃の記憶を失っている鳴子が近くにいることによって少しは救われているのだ。
「ふぅー」
「サボりは駄目ですよ」
聞き間違えるはずの無い声が聞こえてきた。
「鳴子先輩」
鳴子のことを考えていたからか、冬治のところに鳴子が現れる。思った程度で相手が現れるのなら今すぐにでも皆に会いたかった。
「焦っていますね」
冬治の隣に座り、鳴子は空を見ている。
「はい、焦っています。鳴子先輩は焦ってないんですか?」
他人の目を介して空を見上げたら、また違ったものが見えてくるのだろうか。
「焦っていますよ。でも、夢川君のように焦っている人を見ていると冷静にはなれます」
冬治が以前、誰かに言った様な言葉だった。
「焦っているときこそ、回り道をしたほうがいいですよ」
「急がば回れって奴ですか」
明日からテストなのに日付が変わるまでゲームをしたり、落語聴いたり、テレビ見たり……こういうのは急がば回れに入らない。
「回り道を行けって意味じゃありませんからね」
「分かっています。ちゃんと授業に出ますよ」
「休み時間を使って、探しましょう。私が探します」
「俺は……」
「冬治君は今後のことを考えてください。皆にどんな風に説明するのか、どんなことをすればいいのか……といった具合に」
鳴子にカード所持者のリストは渡してあった。冬治と手分けをするのも可能であるが、ただでさえ別の学園であるというのに女子生徒の名前を探して歩くのは非常に目立つ。
所持者探しは鳴子に任せ、状況を詳しく話すのが冬治の仕事となった。
二人で屋上を後にするとき、当然ながら不安がよぎる。誰も見つけられなければ、二人きりだ。更に言うなら、実質一人だ。カードを所持していたときの記憶が戻っていない鳴子は妹が突然消えたただの被害者に近い。
天羽もこんな感じで一人だったのだろうか。冬治がそんなことを考えたときだった。
「夢川君、あなたは一人じゃありませんよ」
「……いきなり、どうしたんですか」
「声をかけたほうが良いと思ったから声をかけたんです」
なんでもお見通しですよと、鳴子はそんな顔をしていた。冬治のほうは内心驚きながらも、冷静な表情を作って首をすくめる。
「以前、音色に声をかけられなかったから。そのとき、すべってもいいから声をかけるべきなんだと学びました」
「あの、以前何があったんですか?」
冬治の問いに対し、昼休み、報告しましょうと言って鳴子は去っていった。冬治は鳴子の姿が見えなくなるのを確認して、頬を軽く叩く。
「妹さんのことをちゃん呼びなんだ。家族が消えて、焦ってないわけがないよな。でも、下級生の俺がいるから焦るわけにはいかないんだろうか」
聞けば教えてくれるだろう。教えてくれなくても、緊急事態だ、元の世界に戻るために必要だ何だと理由をでっち上げればどうとでもなりそうだった。
「ともかく、足、引っ張らないようにしないとな」
どうやればうまく皆に説明できるだろうか。冬治はメモ帳を取り出して歩く。授業が始まっている廊下は静かで、時折聞こえてくるのは体育の授業中であるクラスの声だけだ。
午前中の授業を全て終えて、そのまま待ち合わせ場所の購買横、休憩スペースへとやってきた。人は多いのに、一番大きな円形のテーブルをたった一人で占拠している人物がいた。
「や、久しぶり」
「早苗先輩……」
刑死者のカードを所持していた河北早苗がいつかのように座っていた。鳴子などの姿はほかのテーブルにも見当たらない。
思わず両手を広げてハグをしそうになったが、足元に誰かがジュースの空き缶を置いていたのでタイミングを逃してしまった。
「あ、あの、昌さんは……」
早苗に一番近いカードの所持者だ。
「一旦落ち着いて。同じクラスでしょ?」
「え、ええ、まぁ、そうですけど……」
早苗の言葉に冬治はうなずく。昌は綺麗さっぱりいなくなっていた。柴乃の姿もなく、冬治の隣の席は別の生徒が座っていた。
「そもそも、昌に刑死者のカードを持たせていたから。鳴子から簡単な話を聞いたけれど、今の状況、よく分かってないんだよね」
その頃には幾分冷静になっており、その都度説明するよりも皆が集まっていたほうが説明の手間もはぶける。
「そのうち、カード所持者の人が集まると思いますので、そのときに話しますよ」
「ん、よろしい。それで、何か嬉しいことでもあった?」
早苗は冬治に問いかける。
「え、そりゃまぁ。早苗先輩に出会えたので」
茶化しているわけでもなんでもなく、心の底から早苗に告げた。まっすぐな言葉を向けられた人物は困った顔をしている。
「いつまでもあると思うな親と金」
「え?」
「他人に甘えないように。心のよりどころなんて無くしたときに大変だよ? 少年よ、ぼっちになれ」
「なんですかそれは」
「今回も中心人物は冬治君なんでしょ。こうやって二人のときは甘えてもいいけど、皆の前じゃ出来るだけポーカーフェイスでね。不安ってのは集団に良く響くものだから。表情、もろに出ていたから気をつけて」
そういわれて冬治は自分の頬を触ってみる。
「俺はその、そんなつもりじゃ……」
ついもごもごと口ごもってしまった。ついでに、そんなに表情に出てしまうのか両頬をなでる。
「さびしかったのは私もだけどね。冬治君、お姉さんの胸で泣く? それとも、縛る?」
「やめときます。皆が来たようなので」
鳴子を先頭に、思っていたよりも多い人数が現れた。冬治を入れて、七人。円形のテーブルは押し合いへし合いになりつつある。
「ちょっとしたパーティーね」
早苗はそういって笑った。休息室のテーブルでは一番人数が多く、少し目立っている。もっとも、鳴子がいるためか、何かの行事の話し合いだろうと思われているようだ。
「冬治君、進行は私がやるから任せてね」
「はい、お願いします」
早苗はそういって集まった面子をぐるっと見渡した。
「どうも、刑死者のカードを所持していた、河北早苗です。さて、まずは自己紹介から。私の左から行って見ましょう。あ、名前と一緒に所持していたカードと、好きなことわざをお願いします」
最近、ことわざにでもはまっているのだろうか……冬治はそんなことを考えながら早苗を見る。
「好きなことわざは、自縄自縛」
「言うと思いました」
「じゃ、次の人よろしく」
早苗の隣に座っていたのは生徒会長である羽津鳴子だ。
鳴子は立ち上がるとお辞儀をし、簡潔に説明をする。
「こんにちは、生徒会長の羽津鳴子です。所持していたカードは司祭ですが、結構前になくしてそのときの記憶もありません。好きなことわざは内助の功です」
それって生徒会長よりも副生徒会長が言うものじゃないですかね……なんて野暮なことは誰も言わなかった。誰も突っ込むことなく、隣に座っている一条美穂が立ち上がった。
「一条美穂。星のカードを持ってた。ことわざは猫の目」
そんなことわざあるのかよと冬治は美穂を見たがどこか不機嫌そうである。冬治が見ていたことを分かっているくせにそっぽを向いてしまった。
「次は私か。須藤木葉、戦車のカードを持ってた。好きなことわざは人間万事塞翁が馬」
木葉さっさと座り、ちょっとびくっとした感じで次が立ち上がる。
「こ、小谷松怜奈ですっ。恋人のカードを持っていましたっ」
「濃い人? なるほど」
隣に座っている寝床先生が納得していた。
「違いますっ。恋人ですよっ。えーと、好きなことわざは人を呪わば穴二つ」
「さすが、濃い人は敢えて惹かれるようなことわざを選ぶなんて違うね」
「だから、違いますってば」
入れ違いに先生が立ち上がり、あたりを見渡した。
「寝床先生っていいます。さきおは先生って書きます。好きなことわざは邯鄲の夢です。ああ、カードは審判を持っていました」
そういって座る。
最後に、冬治が立ち上がった。
「夢川冬治です。愚者のカードを持っています。好きなことわざは……」
「八方美人」
美穂がそんなことを言う。
「あ、いや。俺の好きなことわざは別にあってですね」
「ああ、その通りかも。うん、それっぽい」
先生がそういって結局周りもうなずいている。
「八方でどこから見ても、びじんはあれだ、微妙な人を略して微人で……」
「間違った解釈でも嫌ですけど……もう、八方美人でいいですよ」
早苗の言葉に冬治は苦笑する。
「えーと、今日集まってもらったのはほかでもありません。実は、以前いた世界から飛ばされたようです」
絶対驚くよなぁと思いつつ、冬治は反応を見守る。
全員が、冬治の言葉を待っている。
皆に見られるのって慣れないんだよなぁ……そう思いながら続ける。
「原因は省きますが、四月六日にこの世界を滅ぼしに来ようとする輩がいます。それまでに、どうにかしたい。皆にしてもらいたいのはどうすればいいのか……一緒に考えてもらいたいということです」
「質問、カードはもうないの?」
「んー、おそらく。世界のカードはあるみたいだけど」
胸ポケットから世界のカードを取り出し、美穂へと手渡す。意図的にでは無いが裏返しのまま冬治は渡していた。
「え? 星?」
「あれ? そんなはずは……」
胸ポケットを再度見ると、再び世界のカードが存在していた。しばらく考えた末、冬治はテーブルの上に世界のカードを伏せる。
「引きたい人は引いてください。引きたくない人は、引かないで下さい」
引けばまた、各々のカードが手に入るのだろう。持っていれば何かの役に立つかもしれない。しかし、引けば面倒なことに巻き込まれるだろう。
「あたし、もう引いちゃったんだけど」
「俺が責任持つ」
「そ、そう」
美穂が静かになったところで冬治は周りを見渡した。一人、また一人とカードを引いていき、一枚しかないはずのカードは減らなかった。
引いたカードを全員で確認すると、以前に所持していたカードとなった。
「これが一枚目か、二枚目か。興味ないけど、もう一枚引いたらどうなるか」
未だに伏せられたままのカードを先生が手を伸ばす。
「世界だね」
カードは一枚だけだ。テーブルの上には何もなく、引かれたカードは先生の手の中にあった。
「カードが使用できる以上、何とかなるかもしれない。もし、何か思いついたら連絡してほしい。今日はこれで各自、解散。締め切りは四月六日だから」
カードを使用できる事はとても有利に思えた。
大丈夫、何とかしてみせると冬治は誰かに強く誓うのであった。




