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第三十話:こうして彼は神になった

 朝を向かえ、自然と目が覚めてしまった。朝が来て目を覚ますのは特別なことではないけれど、違和感を覚えてしまうのだ。

「んぐ……」

 寝ぼけ眼で辺りを見渡し、自室にいることだけは理解できた。いつものように、日付と時刻を確認するため、相棒に手を伸ばす。

 冬治は普段枕元においてある携帯電話に手を伸ばす。だが、今日に限って四角いそれが無いことに気づいた。

「あれ?」

 再度辺りを見渡して、自身の所有するカードがないことにも気づく。そして、自分がどうなったかも思い出した。

「そうだ、俺は……」

 世界のカードを裏返されたのである。つまり、一度は回避できたが二度目は出来なかったのだ。

 時刻を確認するため、リビングのテレビの電源を入れる。

「さぁっ、今日も始まりました四月二日のハローウェイク。早速ニュースを……」

「四月二日だって?」

 いつも見かけるニュースのアナウンサーの下に四月二日と表示されていた。四月一日に慣れていた冬治にとってそれは非日常としか思えない出来事だ。

 慣れていたとはいえ、待ち望んだ明日がやってきたのだ。別に問題なんて生じていないようだ。

「しかし、一体どうなってんだ」

 手元に携帯電話がないため、他のカード所持者に連絡を取ることはできない。ろくに家の場所も知らず、今から向かったとしても朝早い時間帯で迷惑をかけてしまうだろう。状況を考えたら躊躇なんてしている場合でもない気はするが。

「とりあえず学園へ行くか」

 玄関へと繋がるスライド方式の扉を開けると、何かに溶断された扉が目に付いた。

「これは……戻ってないのか」

 強盗さんが入り放題の出て行き放題だろう。ただ、扉が溶断された玄関は異様な光景にしか見えない。外から見たら入ろうとは思わない見た目だったりもする。

 タロットカードのこと自体、頭の片隅に夢落ちじゃないかしらという淡い期待もこもっていた。直っておいて欲しかった扉が、その可能性を否定したのだ。

 タロットカードのことが現実に起こったことだとわかった以上、他のカード所持者と連絡を取るしかないだろう。

「やぁ、おはよう」

「生徒会長……」

 冬治の目の前に現れたのはもう出ても出てこなくてもどっちでもいいような相手だった。鳴子じゃないほうの男の生徒会長である。もっと詳しく言うのであれば、冬治が通っていた羽津学園の生徒会長だ。

「あの、何か用事ですか。俺、急いでいるんです」

「タロットカードのことだろう?」

 生徒会長の言葉に冬治は首を縦に動かした。

「ええ、そうですけど」

「先に礼を述べておこうかな。天羽を助けてくれてありがとう」

「助けた? 俺は別に助けた覚えは……」

「いいや、君がこうしてこの世界に残っているということはそういうことだよ。彼女の代わりは君になったのだ」

 有無を言わせぬ物言いに、多少不快になった。

「天羽先輩の代わりが俺?」

「そうだ。彼女は、この世界の創造主……神といっても差し支えはない」

「カードについて、全て聞くって言うのは……有りですか」

「時間は無限だが、それは、全て終わったあとだ。君が新たに何かをしなければ、君は今のままだからな」

 相変わらず要領を得ない喋り方である。意味不明だ。

「じゃあ、タロットカードのことを教えてください」

「とはいっても、ぼくもあまり把握しているわけじゃない。知らないことのほうが多いのかもしれない。いいや、多いのだろう」

 じゃあ、知っていそうな、黒幕っぽいイメージを抱かせるなと冬治は心の中で突っ込んでおいた。ダッシュからのとび膝蹴りをお見舞いしたかった。

「知っている範囲で構いません」

 よろしい、生徒会長は頷いた。なんとなく、よろしくねぇよと心の中で毒づいておいた。

「このタロットカードは知ってのとおり、特殊だ。作成者はアルケミストという人物。噂に聞いた話じゃ、神様になろうとしていたらしい……一度だけ見た彼女は実にかわいかった」

 想像するだけで身もだえするほどの美人だったのか、悦に入った生徒会長は笑っていた。ちょっとばかり、見てみたい気持ちも出てくるが、美人というのは得てして余計な事を背負ってくるものだ。

「えーと、そのアルケミストさんから生徒会長がカードをもらったと?」

「二組もらった。一つは世界のカードを除く全てのカード二十一枚が実体化しているカード、もう一つが世界のカード一枚のみだった」

「それって一組だと思うんですが」

「ぼくもそう考えた。世界から他の存在が生まれたのか、それとも他の存在があったために世界が生まれたのか……試そうとしていたのかもしれない」

 鶏が先か、卵が先か、それに似た類の問いかけに思えた。

「ともかく、一つは羽津学園、もう一つは羽津女学園で使用されたんだ」

 あのときのことは忘れられない。どこか浮ついた生徒会長はまた思い出に浸りそうだった。時間を掛けられるのも無駄なことなので、冬治は先を促す。

「それで、どうなったんですか?」

「羽津学園に散らばったカードはぼくが集めた。回収作業なんて二日で終わったよ。ただ、天羽のほうはそううまく行かなかったようだね。女教皇と皇帝所持者で奪い合いが発生して、死神が世界を葬り去った。世界が裏返されると、ほかの生徒達は全て消えた。決着が付いたのが四月六日の放課後だったそうだ」

「消えた生徒は……どうなったんですか?」

 とても重要なことに思えてならない。なぜなら、今回も過程は違えど、結果は同じなのだ。

「さぁね、興味ないよ。世界自体がその二十一名を忘れてしまったかのようだし、消えてしまったことを覚えているのは天羽ぐらいだろう。むしろ、消えてしまったのは天羽の、いいや、僕らのほうだ」

「え」

 言っている意味が理解できなかった。

「どうもカードを渡す際にアルケミストはややこしいことをしたらしい」

「ややこしいこと?」

 既に話はややこしいことになっているとしか思えない。一組のカードを二組だと言い張り、消えた人たちのことを誰も知らないという。

「世界のコピーだ。本物の世界に影響を与えないように世界をもう一つ作って……」

「待ってください。それって今の話を理解するのに必要なことですか? 色んな意味で、理解に苦しみます」

 いつもだったら小ばかにするだろう生徒会長はふむと頷いた。

「では、世界の欠けたタロットカードをばら撒いた世界がA、世界のみのタロットカードでBという世界を作った。もっと事情は複雑なんだがね、これでわかるかい?」

 徐々にいらいらしてきたであろう生徒会長の表情に冬治はうなずいた。

「まぁ、なんとか」

「Bという世界を作った世界のカード、天羽はBの世界から何らかの要因で、出られなくなった。AとBの世界は近くて遠い。しかし、四月一日から六日にかけてどうも繋がるようなのだ。Aの世界では御柱天羽という女子生徒は羽津女学園に存在しないのだ」

「そんな……でも、中には天羽先輩の知り合いが……」

「それはBの世界の名残だ」

 そう言われて冬治はため息をついた。頭の中は混乱中だ。

「天羽をどうにかしたい。そこでぼくは一計を案じ、Bの世界にAの死神を送り込んだ。死神によって世界が裏返されると世界から生み出されたほかのカードは裏返され、所有者はBの世界から消えてしまう。だが、ぼくが所有している死神なら別のデッキだ。世界が裏返されれば、同じデッキの連中は消える。そして、別のデッキの死神に影響はないはず。裏返された世界のカードを更に裏返し、つまり表にすればどうにかなったんだ。それを君が審判で除外するから」

 純粋な憎悪の視線をぶつけら、冬治は軽く口を開く。

「え、俺が悪いんですか」

「そうだ、君が全て悪い」

 断言されて冬治は首をすくめる。

「そんなこと、最初に言ってもらわなきゃ分からないですよ」

 これは誰かを助けるために必要なことだ。そういわれていれば多少は違っていただろう。

「君は正直に話しても協力してくれなさそうな男だ」

「いや、言ってくれれば協力しますって」

「助けたとしても、天羽に色目を使いそうだ」

「はぁ? 使いませんって。大体、さっきから天羽天羽って、あなたは天羽先輩の何なんですか」

「言ってなかったか? 双子だ。御柱隆康。それがぼくの名前だ」

 似てねぇ。

 冬治が言葉を飲み込むと隆康は言った。

「死神を失い、審判の効果によって世界を裏返そうとした連中は記憶に制限がかかった。そして君はほかのカードと結託し、なんら問題なく、カードを集めようとした」

「何かいけないことでも?」

「当たり前だ。全てのカードを集めるとまた別の世界を創造する権利を与えられる。また増やされるのも困るし、それでは天羽は助からない。だから、天羽を助ける方法は一つだ。世界のカードを他者に使用させ、所有者を変えた状態で死神に裏返される。二十一枚もあるんだ。あまっているカードがあるだろうからそれを狙っていたがね……君の頑張りの所為で一枚のみだったよ」

 あまっているカードといわれてもすぐにピンとは来なかった。一番から順番に考えて、今度はどのカードなのか思い当たる。

「司祭のカードの所有者、それが天羽先輩になったと?」

「そうだよ」

「じゃ、じゃあ、司祭の本来の持ち主は……」

「彼女はラッキーだよ。カードの記憶がないから自分がBの世界にいるって事に気づいていない。これも君の部下の狸のおかげかな。ま、世界が裏返された瞬間にカードを所有していなければ取り残されるだろうがね。残念だが、司祭の本来の持ち主は完全に、アウトだ」

 そういえば興野が司祭のカードを奪ったとか言っていたなぁと冬治は考えた。

「鳴子先輩には音色さんっていう妹がいます。その子だってカードを持っていました。鳴子先輩のこと、きっと覚えています。きっと、悲しんでいます」

「小さいよ。世界に影響を与えるには小さすぎる事象だね」

「家族がいないことが小さいなんて、よくもまぁ、あんたがいえるものですね」

 一人を助けるために、誰かを助けるのは別に悪いとは思わない。犠牲になった人に対して、蔑むような言い方は良くなかった。冬治は思わず、刺し違えても倒したくなった。

「天羽は僕の家族だが、鳴子とやらは僕の家族じゃないからね。他人の痛みが分かる人間なんて、いないんよ。例え、この世のどこかにいたとしても、僕にはわからないことだ」

 そこで一度手を叩くと改めて冬治を見据える。

「この世界に用事はほとんどなくなった。君は一時的なこの世界の主だがね、君から世界のカードを奪ってしまえば世界はたちまち、終焉を迎える。Bの世界はもはや、必要のない代物だよ。どうなっても、構わない」

「この世界にだって生活している人はいるでしょうに」

「言ったろう? 僕にとっては関係ないことだよ」

 隆康の身体は頭から消え始めていた。普通、こういう場面だったら足から消えそうなもんだが……冬治はどうでもいいことを考えつつ、言葉を続けた。

「ご両親だっているのではないんですか」

「あいにく、そいつらは一番消したい存在だよ。残念ながら、幼少の頃にどっかにいっちまったから顔を覚えていないがねぇ」

 失言だったようだと冬治は思うがもう遅い。

「ああ、そうそう、君の世界のカードは四月六日に取りに来るよ。それまで、君の世界だ。何をしたって許される。欲望のままに動くといいよ……ちょっとぐらいは君に得があってもいいだろうからね。望むのなら大富豪、ハーレム、破壊者何にだってなれる。良かったね」

 ベルトから下が残っており、冬治は素早く駆け寄るとその股を蹴り上げた。

「くそっ」

「はうんっ」

 悶えて倒れ、隆康の両足は瞬時に消えてしまった。追撃したかったが、相手が消えてしまってはどうしようもない。

「ふー、落ち着け、俺。まだ二日の朝だ。何とかなるはず」

 今から当たれる人間は限られていた。冬治は躊躇することなく、鳴子の家へと向かうのだった。


どうも作者の雨月です。30話になりました。これもよんでくれている方のおかげですね、ありがとうございます。読者様には足を向けて寝られないや……どこにいるのか分からないから、稲穂のポーズでねるっきゃない(地底人はいるかもしれないのでたって寝る事は出来ませんね)。まぁ、いよいよ話も終わりに近づいてきている雰囲気はします。終わらせるタイミングを見誤りやすい作者、雨月はぶつっと切ったりしますので気をつけなくてはいけません。それでは今後もよろしくお願い致します。

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