第三話:悪魔と塔
校門前まで一緒に歩いてきた冬治と柴乃。二人は其処で鞄の中身を派手にぶちまけている女子生徒を見つけた。
「ぷ、だっさー」
柴乃はその光景を見て軽く笑うと横を通り抜けるが、冬治は其処まで酷い人間ではなかった。これが男子生徒であっても手を貸してあげただろう。化け物であったり、面倒くさそうな人種だったらスルーする。
「柴乃さんは酷いな」
ああ、やっぱり悪魔のタロットカードを持つような人間はそんな感じなのだろう。そんな先入観を柴乃に抱いたりしている。
「大丈夫かい?」
「え?」
「手伝うよ」
比較的触られても大丈夫そうな教科書類をまとめている最中、冬治はそのカードを発見した。
「……塔のカード?」
握りしめたカードには天へ向かって伸び続ける塔が落雷によって破壊され、人が落ちている絵が描かれている。
カードを握った瞬間、気持ちが落ち込んでいくのを感じた。どうせ俺は不幸なんだとつい口から出そうになった。
「あ、あのっ、返していただけますか」
「あ、うん。ごめん」
カードをひったくるように取り返した少女は冬治の事をじっと見る。冬治のほうはさっきの感じは何だったのだろうと考え込むに至った。
「あの」
「ん?」
頼りない雰囲気は消え、しっかりとした目をしている。
「あなたは、何のカードを持っているんですか」
「俺? 俺は……」
死神のカードだよ。冬治が喋るよりも先に、柴乃が二人の間に割り込んだ。
「待った。何、聞きだそうとしてるの」
冬治のときとは違い、警戒しまくりの態度であった。
「カードを持っているかどうか、聞いただけですよ。それが何か?」
「あんたに教える義理はないわ」
「ああ、そうですか。でも、二人が何かしらのカードを所持しているのはわかりましたけどね」
売り言葉に買い言葉だ。突っぱねられれば誰もが反感を抱く……冬治は不吉な予感を覚えた。
「あんたっ……」
静かな火花が散った気がして、冬治は二人の間に割り込む。
「俺は死神、こっちの柴乃さんは悪魔のカードを持ってるよ」
「死神と、悪魔ですか」
二種類のカードの名前を聞いて、彼女はたじろいだ。
「死神と、悪魔……あまりいい絵柄ではないですね」
彼女の率直な意見だったのだろう。ただ、その感想がおきに召さない人物も当然居る。
「む、あんただって塔でしょ。あたしらより不吉じゃんか」
「なぁ、柴乃さんや塔ってどんなカードなんだい」
おじいさんを気取った冬治は柴乃に話しかけてみた。
「塔っていうのは……」
「わたしが直接、教えてあげますよ」
にこり、いいや、にたりと笑った彼女は、柴乃の手を握った。
「ありがとう、柴乃ちゃん。わたしの友達になってくれて」
「はぁ? 友達になんて誰が……」
柴乃の言葉は途中で止まった。後方から走ってきた女子高生軍団を見つけたからだ。とどまることを知らない波に飲み込まれ、柴乃が流されていく。
「な、何よこれ―っ」
「本当、何だあれ」
あっという間に流されてしまった柴乃を助けに行くこともなく、冬治は空からマグロが降ってきた気持ちになった。どういう気持ちかは分からない。
「これが、塔の能力です。ま、端的に言うのであれば不幸ですよ。私に何かいい事があると、それに比例して周囲に悪影響を及ぼします」
「ん? 君自身がこうむるわけじゃないんだよな。だったら、結構いいカードじゃないのか」
友達は増えなさそうだが、意地悪な人間が好みそうな効果である。
「いいえ、そう言うわけでもありません。私はどうあがいても評価されないんですよ」
「評価されない?」
不思議な話であった。
「はい。このカードを引いた時、カードをくれた人が教えてくれたんです。知能、身体能力……あなたは非常に素晴らしい人間になる、と。ですが、それらを使用して結果を出そうとすると、失敗する確率は九十九パーセントとのことです。友達が出来れば、友達になった事を後悔させる不幸が襲うともいっていました。すぐに友達は出来ても、不幸が友達を襲うから友達関係はなくなるんです」
ふっ、と、塔の少女はため息を漏らした。
「直接的な被害者は、塔です。でも、落ちた塔の破片で誰かに不幸をまき散らすんですよ。高ければ高い程、塔の被害をこうむるものは増えるでしょうね」
「へぇ、そりゃ大変だね」
完全に他人ごとの調子で冬治は頷いた。事実、他人事ではある。じゃあ、俺が友達になってやんよぉという気概は持ち合わせていない。
ただ、不幸の話も信じられない。
「でも、いくつかのカードには影響を与えないようにしてあるそうです。愚者のカードが代表です」
「愚者? オロカモノ?」
首をかしげる冬治に、塔の少女は手を差し伸べた。
「わたし、宇津味千といいます。友達になってくれませんか」
先ほどの柴乃の様子を見ると、尻込みの準備をせざるを得ない。この手を握った瞬間に……冬治に不幸が訪れそうだった。
ただまぁ、友達がいないのは寂しいものである。友達になってくださいと勇気を持って手を差し出したのだ。これを拒絶すればカードを使用してあれやこれ、冬治に嫌がらせをしてくることだろう。そうなったら、不幸だ。
「あれ? じゃあ、友達に鳴ってもならなくても俺が不幸になるのは決まっているんじゃないのか」
「何かいいました?」
「いいや、何も」
改めてみてみると目の前の少女は可愛かったりする。こういう人間は怒らせると酷い目に遭わせられる……冬治は結局、手を差し出した。
「よろしく」
こんにちは、不幸。諦めを持って差し出した冬治に不幸はやってこなかった。
「……不幸、起きませんね。死神だから?」
少し嬉しそうに笑う千に、冬治は首をすくめた。
「もしかして、千さんに出会って友達になった事自体が……とびっきりの不幸なのかも」
「それって、酷すぎますっ。ひぐっ」
「え?」
冬治の冗談は千にとってかなりきつい類のものだった。千は周りの視線なんか気にせずに、で泣きだしたのだ。
泣かせてしまった手前、逃げ出すことは出来なかった。こんな衆人環視の中で逃げ出せば先ほどの柴乃ではないが、女学園の生徒に追われて大変なことになる。
「もう、なにやってんの」
かすり傷やら服の一部が破けた柴乃がマンホールから姿を現した。におったりもしたが、我慢して助けを求めることにした。
「柴乃さん。よかったぁ……冗談言ったら泣かせちゃって」
「はぁ、いいんじゃないの? 不幸をまき散らす存在なんだし」
「ちなみに、どこに行ってたの?」
「もみくちゃにされて川に落ちて、下水に入ったらでっかいわにがいた」
「は?」
「わたしの事は堂でもいいから。それで、そっちはどんな冗談を言ったの?」
先ほどと同じ冗談を言うと、露骨に嫌そうな顔をされた。
「それ、最悪な冗談でしょ。ただ、事実を突きつけただけじゃないのさすが死神のカード」
「酷いな」
「冬治の冗談の方が酷い。ったく、もう……あー、ほら、ハンカチ貸してあげるから」
「う、ぐすっ」
柴乃からハンカチを受け取った千は涙を拭いて立ちあがる。
「あの、さっきは酷い事をして御免なさい。友達になってくれませんか?」
柴乃に手を伸ばすが、彼女は千の手を軽くはたいて言った。
「友達なんでしょ、私ら。つーか、友達は握手なんてしないと思うけど。それに、今日は友達が二人も出来たんだから感謝しなさいよね」
「あ、俺もなんだ」
「……塔のわたしに、悪魔と死神の友達が出来るなんて……ぐすっ」
千はそこで静かになった。泣きつかれて寝ちゃったのかしらんと頓珍漢なことを考えた冬治は線の顔を覗き込む。
「千さん?」
「死神と、悪魔の友人だなんて良く良く考えたらわたしって、不幸ですよね」
あんたが言うなよ。冬治と柴乃はそろってため息をつくのであった。
初めましての人は初めまして、そうじゃない方はどうも、作者の雨月です。本来は、これまでの作品のメンバーを集めてぐちゃぐちゃに割り振って、アルカナコレクションを作り上げようかと思いました。思いましたが……作者がそこまで登場人物名を覚えていませんでした。なので、一からです。バトルモノかと思えば、そうでもないかなと言う感じで進んでいます。まぁ、カードに特殊能力があったりー、なかったりー……。まぁ、打ち切らないように努力します。