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第二十八話:斜め坂

 地価書庫に携帯電話の着信音が鳴り響く。

「はいはい、ちょっと待ってねっと」

 携帯電話の通話ボタンを押し、冬治は耳につける。相手が気の置けない相手ならちょっとした冗談を口走っていたところだ。

「もしもし?」

「冬治か。おれだ、薺だ」

 誰から掛かってきたのかすら確認していなかったので、ぼけてはいない。ぼけていたら今頃、凄いことになっていた。

「あ、ああ、薺先輩ですか。どうされたんです?」

「死神を見つけたんだが……くそっ、校舎内で見失った。今、信田やその後輩と一緒に探している最中だ。そっちはどうだ?」

「節制と女教皇に協力してもらえるようになりましたよ」

 理穂のほうを見る。彼女は本の山から脱出を試みていたので冬治は受話器を耳に当てたまま、そのお尻を押す。

「よいしょっと」

「あっ」

 そういって彗や千、硯の待つ向こう側へと消えていった。

「ほかに誰かいるのか?」

 薺の言葉に地価書庫にいる面子を考える。

「皇帝を持っている彗って子と、塔のカードを持つ千さんがいますよ。俺を入れて五人ですね」

「全部こっちに協力させろ」

「わかりました」

 つまり、大所帯となるわけだ。全員が協力をして事に当たるというのは中々いいものである。

「ああ、お前はいいや。冬治、確か残りは審判だけだったろ?」

 世の中、外される人が出てきてしまう。

「りょ、了解しました」

「よし、お前一人で審判は探しに行け。この時間帯なら校舎内のどこかにいるだろ」

「え」

 それは死神もいるってことじゃないんですかね。冬治は言外に滲ませたが、立った一言では薺に気づいてもらえなかった。

「よし、行け。じゃあな」

「あ、ちょっと」

 一方的に通話は切られ、冬治はため息をつきそうになってまた思いとどまった。

「えーっと、そっち側の皆さん。死神探しに参加してください。四人いれば何とか成るでしょう。逃げるにしても、カードを手に入れるとしても」

「冬治は?」

「あー、俺はここから脱出後、審判のカードを持つ人を探しに行きます」

「冬治君、そっちのほうが楽じゃない?」

「楽じゃあないと思うがね。一人だし」

 じゃあ、私達と行きましょう。千か誰かがそういってくれることを期待していたが、そんなこと起きなかった。

「じゃあ、この四人で探してみるよ。冬治、またね」

「ああ、充分気をつけてくれ」

 書庫は再び静寂に包まれた。冬治が本の山を登り始めてすぐにまたもや着信が鳴り響いた。

「もしもし?」

「一人じゃない、私がいるもの」

「あ、ああ、それはどうも」

「頑張って」

 一方的な運命の輪からの応援は切れ、冬治は再度山を登り始める。

「ん、今度はメールか」

 誰かからメールをもらうなんて久しぶりだ。もらうとしたら基本的に詐欺まがいの代物である。もしくは、ニッチな内容のアダルトなメールだけだ。

 送り主は運命の輪からだった。

「愛してるぞっ、かぁ……」

 貴女のことを大切にしますとだけ返信し、冬治は携帯電話の電源を切るのだった。これで電話が掛かってくることはない。

 書庫を出てすぐ、階段を上り、地上一階の書庫を突っ切ると図書室へと向かう。

「誰もいないな」

 図書室内には誰もいないようだったので、冬治はその場を後にする。図書室を出て歩き回るのも得策とは思えなかった。本日最後の授業が始まっているため、うかつに動いていれば教師に見つかり指導室へと連行される。

 それならば男子トイレに隠れて時間を潰そうと考えたものの、IDカードの所為でいつ入ったのか足がついてしまう。その時間帯にいないはずの男子生徒が登校してきて、トイレにこもっているなんて見つかったら折檻ものだ。

 結局、ふらふらと階段を上ったり、人の気配を感じて曲がったりとした結果、冬治は羽熱女学園の生徒会室前へとやってきた。

「ここか……意外と、死神さんがいそうな雰囲気はあるな」

 以前休み時間のときに訪れた生徒会の賑わった雰囲気はない。それでいて、人がいる気配はあった。

 もし、冬治ともう一人誰かがいればいたならば、彼は生徒会の中へと踏み込んでいただろう。

「やめとこ。こっちに行くか」

 臆病風に吹かれた冬治は渡り廊下へ歩き出した。

「そういえば、こっち方面は初めてだな。あの時は確か、みやっちゃんに連行されたんだよなぁ」

 祝初体験と呟いて歩く。

「ん、ああ、こっちは部室棟に繋がっているのか」

 授業中の本校舎よりも輪をかけて静かな場所だった。それも当然だ。今の時間帯に使用されることは無い。

 人の気配がないのならこっちに隠れて、放課後審判を探そう。今のままでは、授業をほっぽりだしてのカード探しだ。芽衣子に見つかればまた怒られてしまう。小さな先生に怒られるのもそれはそれで悪くはない。

「夢川さん、お久しぶりです」

「うわっ」

 見通しのよい場所に腰掛けていた冬治へ声をかけた人物がいた。その人物は世界のカードを所持する、御柱天羽だった。

「あ、天羽先輩ですか。もう、びっくりさせないで下さいよ」

「ごめんなさい。驚きましたか」

「ええ、そりゃもう」

 息を整え、冬治は天羽に笑いかける。

「何だか凄く、お久しぶりですね」

「気のせいですよ」

 微笑む天羽に冬治は首を傾げる。結構、長い間会った気がしなかった。

「あの、このカードって全部集めたらどうすればいいんでしょう?」

「全てのカードを集めたら、私に下さい。カード集めは順調ですか?」

「ええ、まぁ」

「手元に何枚ありますか?」

 冬治は愚者のカードを引っ張り出して天羽に見せた。

「一枚ですか?」

「一枚です」

「家に保管しているというわけでは」

「ないですね」

 きりっとした表情で冬治は言って見せた。

 天羽は頭を抑えていた。それまで冬治の前では疲れた表情なんて見せたことがないので非常に新鮮だった。

「あのぅ、大丈夫ですか?」

「え、ええ。夢川さん、貴方にはあまりカードの事についてお話をしていませんでしたっけ」

「はい。全然」

 冬治の言葉を聞いて、更に困った表情をしている。優等生だと思っていたら、実は見た目だけだったという残念な気持ちになっていそうだ。

「えーと、それでは、何か聞きたいことはありますか? 私が分かる範囲なら、何でも答えますよ」

 聞きたいことは山ほどあるのに、こういうときに限ってうまく出てこない。

「えーと、まずは……」

 頭の中で疑問たちが俺のことを聞いてくれと両手を挙げて待っていた。その中で、ひときわ強く叫ぶものがいたので、冬治はそいつを口から出してやった。

「節制のカードの効果を教えて欲しいんですけど」

「その場にあるもので流れを作るカードです。少量で多大な効果を与えます。大量に何かがある場所で力を発揮させると、水瓶が溢れますよ。ダウジング効果はまぁ、おまけみたいなものでしょうか」

「あの、御柱先輩。ダウザーって知っていますか?」

「ダウザー?」

「ですよね、俺も知りません。今、なんとなく受信したんですよ」

 知らないのなら仕方のない話である。

 しばらく考えた末、冬治は首をすくめた。

「ほかに聞きたいこと、たくさんあった気がするんですけどね。思いつかないので今は聞かなくても大丈夫です」

「そうですか」

 天羽は笑うと冬治に一枚のカードを伏せた状態で向ける。

「審判のカードを元に戻すには、死神のカードが必要です」

「え、死神が?」

「審判のカードを使用し、裏返されていたカードを戻しましたが……あの効果は審判自身には付与されないんです。だから、伏せた本人である死神か、死神に変化することが出来る世界のカードが必要になります。だから、これをもっていってください」

 差し出されたカードを握り、冬治は力強く頷く。

「わかりました」

「審判のカードはこの近くにあります。死神によって壁に張り付けにされていますよ」

 天羽の言葉に冬治は違和感を覚える。

「あの、どうして俺に教えてくれるんですか? それに、いつも助けてもらっている気がします」

「あなたに教える事と、私自身が助かることは同じなんですよ」

 悲しそうな表情を見せた天羽はそのまま去ってしまう。冬治の手には世界のカードが残されたままだった。


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