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第二十六話:大切なのは行動力

 月日と言うものは待ってくれず、気になるあの子に告白しようとしたらそういえば、あいつさ、卓球部の部長と付き合い始めたらしいぜ……なんて手遅れになることもしばしばあるものだ。

 あの時、ああしていればこうなっていなかった。あの時、冬治がカードを引いていなければ、こんなことに巻き込まれることは無かった。そんな事を考えた事も何度かはある。今はもう、前を向くしかなかった。たとえ、女教師を背後から抱きしめ、変態と罵られようと、歩き続けるしかないのだっ。

 取り返しが付きそうで、付かない四月一日の繰り返し。日付は変わらないが、同じ日がやってきているだけではない。

 芽衣子、柴乃、早苗を前にして冬治はこれまでに起こっていた出来事を伝えた。そして、これから運命の輪と死神を探す二手に分かれていることも説明する。

「協力してくれると助かります」

 素直に手伝ってくれそうなのは柴乃ぐらいにしかいない。芽衣子は冬治のサボリに対してご立腹なのは変わりないし、早苗はそんなことより縛ってくれと言いそうだった。

 柴乃も自分の意見を言わず、芽衣子と早苗の返答を待っている。

「見返りは?」

「え?」

 早苗にそういわれて冬治は首をかしげる。

「見返りですか? カード所持者を全部集めて話し合えば四月一日が終わるかもしれませんよ。平和な日常を、取り戻せます」

 別にい世界に飛ばされたわけではない。異様な時間のはざまに落っこちたようなものだ。

「そんなの別にいらないから、冬治君に縛って欲しい」

 教育者が居る前でそんな変なことを言わないで欲しい。

 ただれているなどと言われるんじゃないか。冬治はちょっとびくつきながら芽衣子のほうをみる。すると、彼女もなにやら考え込んでいた。

「見返りね。夢川君、どの程度の見返りまでなら求めていいの」

 俺に見返りを求めるんですか、教師の貴女が。

 芽衣子が一体何を求めているのか、よく分からない。どうせ美貌とか豊満な肉体とか無茶を言い出すのだろう。無理難題を提示されるよりも先に、妥当な見返りを挙げることにした。

「一食、奢りますよ」

「はっ、その程度でお姉さんを落とせると思っているの?」

 これだから子どもは……落とす気がさらさらないので怒りも湧いてはこない。

「落とすも何も、ありえませんって」

「目指せ、芽衣子先生を恋人にっ。判定委員、ジャッジをどうぞ」

「うーん、女教師と生徒の恋かぁ。同じ学園だから難しいのでは?」

 柴乃と早苗は勝手に話を始めている。そもそも、冬治は交換生で来ている為に別の学園だ。

「だから、ありえませんってば」

「さっきスキンシップしてたでしょ」

 柴乃の突っ込みに冬治は首を力強く振った。

「偶然触れただけですって」

「どうだか。さっきは思いっきり、揉んでたじゃない。ううん、違うわね、もみしだいたって言うのよアレはっ」

 よっぽど恥ずかしかったのか冬治を批判しまくっていた。触りたいと思っているのであれば得にもなるだろう。別に必要の無いものを押し付けられたも同然である。

 野球のピッチャーに剣道の面を与えて試合に出させたり、すっぽんぽんで大衆浴場に入る人の顔にプロレスのマスクを被せる様な感じである。いや、意外と癖になるかもしれない。

「やーい、この前なんて先生の体には興味ないって言っていたくせにこのへんたーい。えっち、すけべ、変態っ子」

 完全に年を忘れて冬治を馬鹿にする教師に対し、彼はぷっつんしてしまった。

「早苗先輩、刑死者のカードを貸してください。縛りますんで」

「いいよ、はい」

 自分が縛られるもんだと勘違いして、一人の変態がカードを渡す。

「ああっ、ちょっとっ、うごけないよーっ」

 カードの効果で芽衣子をぐるぐる巻きにして放置する。当然、柴乃、早苗からジト目で見られる。

「何さ、俺が悪い事でもした?」

「冬治君ってぇそんなのが好みなんだ」

「肉付きがいい人を縛るのが?」

「肉付き? どこが?」

 ああ、そういえば芽衣子は何かしらのカードを使用して見た目を変えていたんだな。冬治はため息をついて芽衣子を見る。

「な、何?」

「芽衣子先生のカード、ちょっと借りますね」

「え、あ、ちょ、ちょっと。どこ触ってるのっ。そこは駄目だってばあぁぁっ」

冬治はそういって芽衣子の所持しているカードを体からまさぐって取り出す。

「ほら、これ」

 この子、躊躇無くカードを取り出したよという早苗の言葉と、もう本当にお嫁にいけないという芽衣子を無視して二人にカードを見せる。

「魔術師のカードかぁ」

「なるほどね。一瞬だけど、芽衣子先生が子どもになるのが見えた」

 うう、私が築き上げた大人の美貌がぁと嘆き、芋虫のように張って冬治のほうへと迫る。

「責任、とってよね」

 なにやら意味深な視線と言葉を冬治に投げかける。柴乃も早苗も冬治の言葉に期待をしていた。

 だが、彼にとってはそんなことどうでもよかったのだ。

「はいはい、これが終わったらいくらでも……カードの事、全部ですからね? それが終わったらちゃんと責任を取りますよ。お昼ご飯だろうと、晩飯だろうと、奢りますから。それじゃ、柴乃さんと早苗さん、芽衣子先生も死神を探すほうに回ってください」

 これで話は終わりだと冬治は手を叩いて、席を立つ。

「じゃ、俺は学園に行きますんで」

「そうだった! 忘れてたぁっ」

 そろそろ出ないと昼休みのうちに戻れない。そのことに気づいた芽衣子はじたばたし始める。

「ほどいてぇ」

「冬治君、どうする? これはこれで可愛いけれど」

 いや、別に解かなくてもいいんじゃないんですかね。どうせ、解いたら怒られるし、これでもし芽衣子先生が午後の授業サボったら俺のことを怒れなくなりますからね」

 そんな自己中心的なことを考えていたものの、涙を目の淵に溜めてしまった芽衣子を見てしまった。いじめているみたいでかわいそうになってしまう。

「うう、夢川君がいじめるよぉ」

 そして、その泣いている顔は反則だった。

「すみません、冗談ですって、今解きますから」

 早苗に頼み、芽衣子の束縛を解く。時間がないというのに、芽衣子は立ち上がらない。

「芽衣子先生? もしかして怒ってます?」

 怒られるのはやっぱり嫌だ。恐る恐る、伏せられている芽衣子の顔色を伺う。

「ぐすっ、足が強く縛られていたから痛くて動けない。おんぶ」

「はいはい、わかりましたよ。芽衣子先生、背中に乗ってください」

 普通さ、教え子におんぶを強要するかと柴乃があきれた表情を見せるものの、早苗は笑っていた。

「うわ、やっさしー。年上にやさしいんだったら私にも優しくして欲しいなぁ」

 これまた面倒な人物が冬治の肩に手を乗せる。

「あれ? やさしくでいいんですか? 早苗先輩はてっきり強く縛るのが好みかと」

「む、そういえばそうかも」

 早苗は悩みながらも冬治の後に続き、柴乃は変態男子生徒の隣に立つ。早苗の扱いも慣れてしまった自分が冬治は悲しかった。

「冬治君が何だか遠くに行ってしまった気がする」

「そうかな? 俺は別に変わってないよ」

「ええっ? 元から変態だったの?」

「こらこら。柴乃さんだって俺に迫ったんだから人の事言えないでしょ」

「うう、アレは悪魔のカードの所為だからっ」

 そのまま冬治達は学園の裏門まで芽衣子をおぶって登園したのだった。

「じゃ、じゃあわたしはもう行くから。冬治君、背中良かったよ」

 芽衣子はそのまま午後の授業へと向かっていった。

 残された三人は改めて今後の方針を話しあう。

「じゃ、さっき決めた通り私達は死神を探すよ」

「この前は瞬く間にやられちゃったからねぇ。今度は楽しんでやられるよ」

 そういって早苗と柴乃は死神を探しに行ってしまう。冬治は一人になった。

「さて、一人か……」

 最近は一人で動かず、常にだれかと一緒に行動していた。図書館では興野と、薺と出会った時は美穂と、そして隠者の所に行く際は薺、菖蒲が居たものだ。ラッパをふいてこっち、一人でいたのは芽衣子のときだけである。芽衣子のときだって、美術室に行ったときは柴乃が居た。

「たまには一人も悪くないか」

 そして軽く頭を掻いた。

「どうしたもんかな。探すといっても、どうすればいいんだろ」

 一人になって改めて悩み始めると、携帯電話が鳴り響いた。

「非通知からか」

 取るべきかどうか悩み、結局取ってしまう。その直後、午後の授業を告げるチャイムが鳴る。

 裏庭と言えど、校舎から見ようと思えば見ることが出来る場所だ。授業が始まったというのにこんなところに突っ立っていたら指導室へ連行されるのは時間の問題である。

 隠れる場所が無いかどうか探して、見つけることが出来ない。結局学園の外へと出てしまう。

「こらぁっ、もう授業は始まってるぞー」

「やべっ」

 芽衣子とは違う女子生徒……ではなく、女教師が猛烈な勢いで駆けて来た。冬治はすぐさま走り去るのであった。

 二分間走りまわり、どうにか撒くことが出来たようだ。逃げ込んだ公園のトイレにて息を整える。

「はぁ……はぁ……」

「もしもし? もう話しても大丈夫?」

「あ、ごめん。律儀に待っていてくれてありがとう」

「気にしないで。それより、お久しぶりね」

 電話の主は声を弾ませていた話せるのが嬉しくて仕方が無いらしい。

「ご無沙汰しております……はぁ……ごほごほ……って、誰だっけ。声は聞いたこと、あるような気がするんだけどさ」

 最初は知り合いが非通知からいたずらしているのだろうと勘ぐっていた。

「もう忘れたの?」

 そして、一体だれの声だったかを思い出して背筋をただしてしまう。

「……あんた、まさか運命の輪?」

「そうそう、それそれご明察。でもさ、思い出すのが遅いんじゃないのかなぁ。隠者のところに居たとき、完全に忘れていたよね」

 失礼しちゃうなぁと電話の向こうの主はため息をついている。彼女が怒っている間にトイレではぁはぁ言っている変態男は息を整えられた。ようやく、普通の男子生徒に戻ることが出来た。

「あのさ、前からいいたい事があるんだけれど」

「何かな?」

 駄目だしされるのではないかと思ってしまう。

「君ってため息結構多いよね」

「さっきのは別にため息じゃないぞ」

「それとは別だから。でもね、ため息はあまりついちゃだめだよ。見ているこっちも、元気が無くなっちゃうからね。ため息は不幸の元だよ」

「よくわからんが、アドバイスとして心に刻んどく」

「よかった。話を聞いてくれて」

 運命の輪は軽く笑い、先を続けた。

「今、私を探しているんでしょ?」

 何で探していることを相手が知っているのか、冬治は驚いた。まぁ、時を操れる相手が他人のやりたいことの把握をするぐらいちょろそうだが。

「よく分かったね。そうだよ、探してるよ」

「分かるよ。だって、あなたのことだもん。だからね、一つ、約束をしてくれれば……私の正体を教えてあげてもいいんだけれど?」

 自分の正体をばらしたくて仕方がありません。そんなニュアンスがこめられていた。

「約束? 無理難題は無茶なんだいってごねるけどそれでいいのなら聞くよ」

「簡単だよ。私の正体を誰にもばらさないこと。私と、貴方の二人だけの秘密」

 やり取りだけは甘酸っぱい感じだ。カード絡みでなければ冬治はガッツポーズをしていたかもしれない。いいや、していただろう。得てして免疫のない男子生徒は自分は特別なのだと舞い上がって墜落するものだ。それが、青春の風物詩である。

「ほかに正体を知っている人は?」

「世界のカードを持つ者かな。で、どうするの?」

 冬治はしばらく考えた末、その条件を呑むことにした。

「わかった、君の言うとおりにする。誰にも言わないよ」

「ありがとう。じゃあ……」

 その後、正体を聞いた冬治は絶句するのだった。

「えと、マジで?」

「大マジ。私は貴方のことが大好きだから、何でも言うことを聞いてあげる。もうこんな事を終わらせたいのなら今ここで命じて欲しい。そうすれば、いつもみたいに私と貴方の二人きり……ちょっと、周りが寂しくなるかもしれないけどね。どうしょっか?」

「あ、いや、その、あの……お気持ちはありがたいんだけれどさ、俺としてはあまり波風立たない方向で収束させたいんだ。ごめん。それにさ、もし、これを終わらせたら君は俺と話せなくなるんじゃないのかい?」

 少しだけ、相手は返答に詰まったらしい。静かになった。

「ぶぅ、へたれ。私は貴方がよければそれでいいのっ。そんなことを気にしなくていいのにっ」

 電話をがちゃぎりされ、冬治はため息をつく。

「唯一無二の存在ね。うん、今後、行動は全部監視されていると思って行動しないとな。電話がかかってきて突っ込まれちまうよ」

 他の面子に喋らないことを心に固くちかってから冬治はメモ帳を取り出した。

「後、残っているのは死神と節制、審判か」

 死神のカードを所有していた冬治としては、少しばかりは思い入れがある。死神を捕まえる方向でもいいが、死神を探している人数は多い。

 他の人と合流するよりも、新規開拓に動いたほうがいいだろう。

「残りは二枚。節制か。そういえば、誰かが節制に出会ったって言ってたっけな」

 誰が言っていたのか、良く覚えていなかった。カード所持者の中から、節制のことを知っている人を探すよりも先に、一応動いてみることにした。それで駄目だった場合は、他のカード所持者の力を借りることとなる。

「ま、放課後だな、うん」

 それまでどこで時間を潰そうかと考える。近くにクレープなんかが置いてあるののの屋があるが、さすがに制服姿で行くのは憚られた。

「ま、制服だとどこに行っても目立つか」

 結局、冬治が選んだのは学園の屋上だった。なんとなく、ピンと来たのだ。

「うう、金ぇ」

 そして、屋上にはL字型の金属を両手に持ち、動き回る変な人が一人、いた。

「俺の勘も、まだまだ捨てたもんじゃないな」

 こいつは絶対に怪しい。今後どうなるかを想像しながら冬治は屋上に一歩だけ踏み出した。


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