第二十四話:放置したまま
柴乃の双子の姉だと言う睦月菖蒲の一撃により、柴乃と昌は動かなくなった。ついでにつけるのなら、人間の力で絶対に壊せないものを容易く壊した。
菖蒲は二人を慣れた感じで床に寝かせ、冬治は睦月姉妹にお茶を出す。
「どうぞ」
「どうも」
「ん、いまいち」
菖蒲は口をつけず、薺のほうはさっさとお茶に口をつけて感想を呟いた。
「おいしくない。冬治、コーヒー」
「私は紅茶がいいな」
「わっかりましたぁ」
目の前の人物に逆らってはいけない。同姓に絶対に勝てる女帝、腕力に物を言わせる力のカードを持つ危ない二人なのだ。異性である冬治なら勝てそうだが、身体能力的な面で負けそうである。
恋人のカードがあれば何とかなるかもしれない。ただ、一時の勝利のためにカードを使えば破滅が待っていそうである。
「で」
出されたコーヒーを飲み干し、薺は寝ている柴乃のほうを見た。あまりに刺激的な見た目だったので、今では上からタオルをかけている。体も元通りになっているため、見えないようにしておけば問題は生じない。めくってみたいと思っても、菖蒲の背後にいるため……超えることが出来ない壁だろう。
「悪魔のカードは持っておくだけで面倒なのが分かった」
別に自分が何かをしたと言うわけでもない。薺は面倒臭そうにテーブルの上におかれている悪魔のカードを見つめる。
「これの」
指で悪魔のカードを弾き飛ばし、冬治の目の前へと滑らせた。中々器用である。
「出来ることって何だ」
「効果ってことですか? 剣を出したり、見た目がエロ……こほん、成長することぐらいしかわかりません」
冬治が使用しても同じだろう。おそらく、色々とたくましくなるに違いない。自分に自信が持てない人にうってつけのカードだ。
「菖蒲はどうすればいいと思う?」
「んー」
放置された湯飲みの茶柱を見つめ、菖蒲はどうでも良さそうに悪魔のカードを裏にした。
「まずは原因の追究かなぁ」
「原因? タロットカードを配った人物までさかのぼれと?」
タロットカードを渡してきたのは冬治の場合、男の生徒会長である。ほかは大多数が世界のカード所持者からだと思われた。
「そこまでは必要ないね。カードの効果を知っている人物を探せば対処法もわかると思う」
「と、なると誰を当たれって?」
薺が首をかしげるも、菖蒲は何か思うところがあるらしい。
「こっちにつてがあるから大丈夫。今、世界は行方をくらませているから審判か、隠者って所だよ」
「隠者?」
まだ聞いたことの無い名前のカードの種類だった。
「唯一、死神からの襲撃を防いだ人物だよ」
「え、そうなんですか。てっきり、残っていたのはえーと、星と太陽と世界だけかと思っていたんですが」
「隠者は引きこもっているからね。羽津鳴子の妹さん」
羽津女学園の今の生徒会長である。司祭のカードを使用して、死神までも配下にしたのだ。しかし、彼女の目指していた道は、冬治によって阻まれた。
「その妹さんが隠者って何で知っているんですか」
「んー、鳴子の妹さんと私、仲良しだから。久しぶりに行ったあの子の部屋にさ、カードの種類と、効果が書いてあった。どうやって手に入れたのか分からないけれど、多分間違ってないよ」
のんびりそういい終えるとすっかりさめたお茶に口をつける。紅茶は放置されていた。
「これから、いく?」
「いいんですか?」
引きこもっている人間のところに行くのは冬治としては初めてだ。知らない男子生徒が訪れたら絶対に警戒するだろう。
「見知らぬ男子生徒が行って、大丈夫ですかね」
「まぁ、私も薺も一緒に行くから大丈夫だとは思うけれど」
「ま、そういうことだ。臆病風に吹かれても、私らがぶらさげて連れて行ってやるよ」
「はは、お手柔らかにお願いしますよ」
睦月姉妹は立ち上がり、冬治もそれに続く。今から学園に向かえば(車もしくは戦車のカードでのみ可能)ぎりぎりセーフであろうが、二人はどうやら遅刻、もしくはサボるつもりのようだ。
なんだかんだで真面目な冬治は遅刻もサボりもしたことが無いのでちょっとばかりビビッていたりする。
「さ、行くぞ」
「サボって大丈夫でしょうか」
つい、そんな言葉が口から出る。
「一日ぐらい大丈夫」
本当に学園に行かなくて大丈夫ですかねぇ、お二人を信じられないんですがと言おうとして言葉を飲み込む。何か否定的な態度をとったらぶっとばされそうだ。
「ですよねぇ。一日ぐらい、大丈夫ですよね」
「ああ、どうせ四月一日の繰り返しだから授業なんて出なくても大丈夫だろ。この前、真面目に出て損したぜ……ま、これで冬治も悪い子の仲間入りだな」
薺に背中を叩かれて冬治は苦笑するしかない。
もし、明日が四月二日になっていて、俺のサボリが残ったままだったらどうしようか……。
初めて、冬治は明日が四月一日であることを強く願うのだった。そして、冬治は柴乃と昌を放置したことを忘れたまま、隠者のカードを持つ者のところへと向かうのだった。
冬治が四月一日の繰り返しを四回ほど祈ったところで薺と菖蒲は足を止める。
「ここ」
「意外と近いんだ」
青い屋根の一軒家で、趣があった。
菖蒲がチャイムを押し、何か受け答えをしている間に冬治は薺に話しかけることにした。
「菖蒲さんって薺先輩と似ていませんね」
「そうか、やっぱり、分かる奴には分かるんだな。周りは双子だから顔が似ているっていうんだがな。似てないって言ったのはお前が初めてだよ」
これはまた、素敵な勘違いをしたもんだと冬治は心の中でため息をつく。それと同時に、意外にも思えた。薺は周りの意見を気にするタイプなのだ。冬治の中では周りのことを一切気にしない、一匹狼と言うイメージしかなかったりする。
「おれのことを粗野だ乱暴だと言う奴も居るけどな」
冬治が内心びくついたのは言うまでもない。
「菖蒲のほうがよっぽど手が早い。今は若干落ち着いているが、隙を見せたらすぐさま相手の急所を狙うんだ。あいつ、顔が気に入らないってだけで中学の頃、先輩、しめたんだぜ」
信じられるかと薺は冬治に言った。
「いや、全然信じられないですよ。おっとりしていそうな雰囲気ありますけど」
「ありゃ、嘘だ。今じゃ気づかれないように、ばれないようにってなんというか、忍者みたいなことをするときがある。人当たりだっていいぞ」
忍者なんて言葉、久しぶりに聞いたなぁ。どこか遠い世界のことのように思えた。
「なにせ、これから会う奴ともその過程で出会ったんだと」
「え、過程? どういうことですか」
「羽津鳴子をしめに家に侵入して、ばったりその妹と知り合ったそうだ」
不法侵入で暴行未遂……町でいちゃもんを付けられるならまだしも、家の中に侵入してくるとは単純に考えても怖い話だ。
さらに怖いのは侵入してきた相手と仲良くなったと言う鳴子の妹である。下手したら友人関係ではなく、被害者と加害者になっていたかもしれない。どういった過程を経て、結果にたどり着いたのか想像も出来なかった。
「おれはあまり関わりたいとは思わないんだが、これも何かの縁だ。それに、乗りかかった船だからな。出来ることはしてやるよ」
ものすごく男らしいことを言ってくれているが、得手不得手と言う言葉がある。隠者と言うカードを持ち、さらに引きこもりとなるとどうなるだろうか。部屋から無理やり引きずり出すことしか冬治は思い浮かばなかった。
「あはは、期待しています」
一見すると薺は普通の女子生徒だ。ちょっと目つきが鋭くたってそこらへんは間違わない。
「おう、任せとけよ」
ちょうど菖蒲のほうも話が付いたようで冬治と薺の前へとやってくる。
「中へどうぞだってさ」
「はぁ、どうも。お邪魔します」
菖蒲に背中を押されたので冬治が一番先に立つ。しかし、それきりだった。睦月姉妹は中に入れない。
「え、どうしたんですか」
「見えない壁がある」
「本当ですか」
「本当だよ」
敲きと外の堺を触っている薺の手に冬治は自身の手を重ねる。
思っていたよりも柔らかい手の感触にびっくりしながらも、冬治は首をかしげた。
「壁なんて、ありませんよ」
「ちょっと手を引っ込めてろ」
「わかりました」
冬治が少し離れたのを確認すると、軽いパンチが見えない壁に当たった。
「な?」
今一つ、伝わりづらい表現方法だった。拳を突き出しているだけのようにしか見えない。
「ああ、そうか。なるほど。冬治君、そのまま薺を引っ張るといいよ」
「はぁ、わかりました」
菖蒲に言われたとおり、薺を引っ張ると思った以上に引き寄せてしまう。
「のわっ」
「っと、大丈夫か?」
よろけて前につんのめった薺であったが、後頭部直撃コースの冬治を抱き寄せ、踏みとどまった。
「は、はい、何とか」
こういうのは俺の仕事だろうと心の中で肩を落とす。これは恥ずかしいなと慌てて薺から離れ、未だに入ろうとしない菖蒲を見た。
「私も冬治君に引っ張ってもらわないと入れないかな」
「あ、そうなんですね。わかりました」
「これが隠者のカードの力かね」
興味なさそうに下駄箱を眺めつつ、薺は家の中を見渡した。特に珍しいものは置かれていないようだ。
菖蒲を引き入れ、三人して靴を脱ぐと靴をそのまま残そうとした冬治に注意した。
「靴は持っていくように」
「え」
「窓から逃げる際に必要だろうから」
一体、どういう展開になったら窓から逃げる必要性があるのだろうか。しかし、ここはおとなしく従うべきだと判断して靴を持ったまま廊下を歩く。
「彼女の部屋は二階だから」
まるで自分の家に帰ってきたかのように二人を先導し、その部屋の前にやってくる。少しだけ、緊張してしまう。
「今日の予定、アダゾンが午後に来る……か」
「食器がおいてあるな」
コルクで作られたボードには音色の部屋と書かれていた。向かい側には鳴子の部屋と書かれている。
「音色ちゃん」
羽津先輩の部屋ってどんな感じなのだろう、ちょっとのぞいてみたいぜ。冬治がそう思っている隣で菖蒲はノックする。
「開いてる」
「入っていいのか」
「入りたければどうぞ」
え、いいのと冬治は鳴子の部屋のドアノブに手をかけるが、その腕を菖蒲につかまれる。
「軽い冗だ……あぎゃっ」
「次は折るから」
軽い調子で捻られたのだが、肩が外れそうになった。
肩をさすりながら菖蒲のほうをすねた様子で冬治は見た。
「本気でやるつもりじゃ、無かったんですってば」
「そういうのが、事故の元。そもそも、あなただって知らないうちに誰かが部屋の中をのぞいたら嫌でしょう?」
「……まぁ、そうですけど」
「相手の許可をもらってからにしなさい」
「はい、すみません……」
薺の話ではとんでもない存在だと聞いていた。なかなかどうして、普通の常識人である。
「次、やったら折る」
「冗談、ですよね」
「試してみたら?」
菖蒲は笑っていた。目は、笑っていなかった。
「おい、馬鹿をやってないで入るぞ」
「うう、はい」
中へ入ると午前中だというのに窓にはカーテン、蛍光灯が部屋を照らしている。そして、部屋の主はシャツにジャージだった。
ただ、冬治としては意外だったことに髪の毛はショートカットで非常にかわいらしい感じの女の子だった。色も白く、冬治の知り合いの中でもトップクラスに入るかわいさである。
グッジョブ。誰かに対して冬治は親指を立ててしまった。
「おはよう、音色ちゃん」
「お、おはよう」
彼女の視線は画面に向けられている。しかし、ディスプレイは三つあってどれもこれもが別の世界を映し出していた。
冬治はやったこと無かったが、それがオンラインであることはわかったし、彼女が操作しているキャラの動き方は尋常じゃなかった。
無駄が無い、と言うよりはAの次はBという決まったような動作を繰り替えしているように見える。
瞬く間にドラゴンを仕留めると画面におつかれーとたくさん出てくる。
「そ、それで、な、何?」
薺も菖蒲も腕を組んで冬治を見ている。てっきり、菖蒲が橋渡しをしてくれるものかと思っていたら違ったようだ。後は全部、お前のやることだといっているようだ。
もしかしたら、先ほどの扉のことで怒っているのかもしれない。
「悪魔のカードの効果を教えて欲しいんだけど」
チャットしつつ冬治のほうをちら見する。
「な、何故に?」
「えーと、友達が悪魔のタロットカードを持っていてさ、ちょっとおかしくなったんだ。だからさ、まずは効果を調べてどうにかしようって話になってね」
「ワロ……ああ、そう」
冬治の友達や、知り合いの部屋には無いものが大量にあるので冬治は話をしつつ、部屋の中を見渡す。
「あ、あんま見んなよぉ」
元気の無い反発であった。
「あ、ごめん。女の子の部屋ってほとんど入ったことがないから珍しくて」
どう考えても世間一般の女子生徒の部屋じゃなかった。フィギュアはたくさんあるし、本棚には漫画が綺麗に並べられている。壁にはアニメのポスターやら誰かのサインなんかが(色紙には何かのアニメキャラが描かれている)おいてある。
机の上にはスケッチブックも置かれており、何かの工作に使う道具が置かれていた。
「色々あって凄いね」
冬治の感想はそれだった。恐らく、これがベターな回答だろう。
「別に凄くはないけど」
そういいつつ、なにやらうずうずしている。自慢したくてしょうがないのだろうか。
「き、君、ええっと、名前は?」
「夢川冬治。冬を治めるって書いて冬治ね」
「そ、そう。えと、何か、部屋の中で気になったものとかある?」
「うーんと」
冬治は身近にあった綺麗なペットボトルを手にした。
「これは?」
「き、緊急事態用。本当、もう、本当に最終手段時に使用する代物。でも、安心して欲しい。単なるお守りみたいなものだから」
「強盗でも入ってきたときに投げて使うのか?」
「……ま、まぁ、そんなところ。一般人は知らなくてもいい」
薺の言葉に首を振り、冬治からペットボトルをひったくると背中に隠すようにする。
「どっ、どんなアニメ見てる?」
「えーっと」
アニメ、アニメねぇ、アニメなんて最後に見たのはいつだったかとほおをかく。
「えっと、この前あったおののけ姫かな」
「ヅ、ヅブリ。あたしも好き。ほかは?」
「ええーっと……あとは……」
「あとは?」
話をあわせるべきなのは間違いない。問題なのはその方面の知識がないことだ。知識がないとしても、冬治は一生懸命切り抜ける方法を考える。菖蒲も冬治の姿勢に満足しているようでうんうん頷いていた。
薺は興味なさそうにあくびをしながら部屋に転がっていた週間漫画を読み始めていた。
「た、短パンマンかな」
てんぱってよりにもよって幼児が見るようなアニメをあげてしまう。
「た、短パンマンが、すきなの?」
どこか馬鹿にしたような声質に冬治は少しむっとする。
「笑っちゃうかもしれない。だけどね、あの短い時間の中に勧善懲悪を描き、それでいて新しい登場人物を出したり、冒険をさせたりとぎっしり内容を詰め込んでいる。同じ結果でありながら、いつだって新鮮さを忘れさせない工夫をしている。確かに、幼児向けってのは否めない。けれども、膨大な伏線の張りすぎでぶっちするしかなくなったなんだかなぁな物語や、変に冒険しすぎてジャンルが変わってしまいにっちもさっちも行かなくなるよりはかなり手堅い、シンプルだと思うよ。そして何より、誰でも知っているヒーローだから、こうやって誰かが話せばなるほどとか、いいやそれは違うよとか違った感想を持って、話の種にもなる」
そんなに深いことを考えながら見たことなんて一度も無い。偶然、そのチャンネルのまま漫画を読みながらごろごろしていただけではあるが、意外と覚えているものだ。
「い、言われてみたらそうかも」
「まぁ、確かにそうかも」
いや、ガキの見るもんにはかわりないだろと漫画を読んでいた薺から突込みが入る。
「じゃ、じゃあ、ゲームは」
「え、ゲーム?」
「そ、そう。だ、男子だとあたしより、げ、ゲームしてるでしょ」
どう見てもお前のほうがしているだろうと言う突込みをその場にいた人物は飲み込んだ。
「やるにはやっているかなぁ。マンハンとかストーリーぐらいはクリアしてるよ」
「ま、マンハンにストーリーはあってなきもの」
「その程度しかやってないなぁ」
「じゃ、じゃあ、ギャルゲー?」
「ギャルゲー? うーん、そっちはやったこと無いけれど、友達に勧められて乙女ゲーって言われているのはやったことあるよ」
かっこいい兄さん達を攻略していくゲームだった。
「く、くぁわしくおしえてっつ」
「うおっ」
冬治にすがりつくようにして音色が飛びついてくる。冬治は軽く、恐怖を覚えた。
「あ、えっと、どんなことを教えればいいのかな」
「何でプレイしたのか、どういった男を攻略しにいったのか……もち、タイトルも」
「んーと、面白いからって言われて、結局返すならやれるまでやろうと思ってね。最後までクリアしちゃったなぁ。タイトルは忘れちゃったけど。あ、話的には細マッチョの話が笑えたかな」
冬治、マッチョ好きと音色は自身のノートに書き綴る。
「あ、えっとさ、そろそろ悪魔のカードの効果を教えてくれると助かるんだけど」
「う、うん。いい。冬治になら教えてあげても」
「そっか、ありがとう」
古いノートを取り出し、冬治に見せた。
「それは?」
「こ、このタロットカードを作ったアルケミストって人物のノート。解説書みたいなもの」
それあれば無敵じゃね……と、冬治は思ったのだが、良く見るとノートの殆どのページがインクでにじんでしまっていた。これでは意味が無い。
「あ、悪魔は、所有者に暴力的な力を与える。
二段階目はさらに力を必要とするのなら、自分の欲だけでは足りなくなるので他者の欲望を供給する必要がある。三段階目として、完全に悪魔となり、他者の欲を消したり、操ることが出来る。御するためには我慢が必要」
我慢でどうにかできるような代物とは到底思えなかった。
「ねぇ、他者の欲望を供給ってどうするの」
「ふ、冬君は十八未満だから駄目」
「冬君?」
子どもの頃、そう呼ばれていた気もする。ちょっとだけ懐かしい気持ちになった。
「そ、冬治だから、冬君。な、中々いい呼び名。気に入った」
自画自賛している音色は時計のほうを見ている。そこでちょっとまずいかなという表情になった。
「そ、そろそろ、帰ったほうがいい。昼休みになると、うるさい姉が帰ってくる」
そんなに時間が経ったのだろうかと携帯電話を取り出すと菖蒲と音色が驚いていた。
「が、ガラケー?」
「まだスマホじゃないんだ」
「え、ああ、うん。まだ別にいいかなーって」
「あ、あたしだってスマホなのに」
そういって最新型のスマホを取り出して見せ付ける。
「へー、かっこいいねぇ。バイトして買ったの?」
「は、半分は。残り半分はママとパパに出してもらった」
「ほー」
「音色ちゃん家は金持ちだから」
「引きこもりって問題は金じゃ解決できないんだな」
少しうらやましそうに菖蒲が呟くが、薺のほうは意味深な言葉を吐いた。
初めてライターを見た人間みたいに冬治はおっかなびっくりしながら最新型のスマホを触っている。興野のスマホを一時期持っていたが、触ったりしたわけではないのでノーカウントである。
「が、ガラケー、懐かしいな。ちょっと触っていい?」
「いいよ」
冬治はあっさりと手渡し、スマホを裏返してみたりもしていた。
「ふ、ふふふ、適当に渡しちゃって、いいのかな。冬君のフォルダ見ちゃおっと」
別段困るような画像は無いはずだが、どこか自分をさらけ出したようで少し恥ずかしい。
「ん? これは……」
少し驚いたような声を上げ、冬治のほうを見る。
「運命の輪」
「え?」
いつの間に撮ったのだろうか、冬治の携帯電話の中には運命の輪を写した画像が入っているのだった。




