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第二十三話:力を欲する者

 朝っぱらから冬治の所に玄関を叩き切って押し掛け、朝食をむさぼり、更には家主を襲おうと七色柴乃は不敵に笑っていた。

「手始めに、冬治君のカードからもらおうかな」

 その姿はおそらく、人のそれではない。それまで着ていたパジャマは消えて無くなっており、申し訳程度のブラと、かなりハイレグなパンツ姿だ。豊満なお尻からは黒くて長い尻尾が生えており、背中には黒くて禍々しい翼が生えていた。翼の根元からは黒い液体が湧き出ており、翼を濡らしている。

「エロい」

 顔も大人びていて、柴乃を六歳ほど大人にさせた感じだ。可愛さが残っていた顔は綺麗と言うにふさわしい。つい、手に力をこめてしまう。

「超、エロい」

 冬治は二度、感想を述べる。

「じゃあ、やりたい?」

「え?」

「カードをくれる代わりに、冬治君のしたいようにさせてあげる。素直になりなよ」

 悪魔のタロットカードを冬治に向けるが、冬治は首をかしげる。

「え、別に何かをやりたいってわけじゃないなぁ」

「……じゃあ、力づくでカード、もらうね。残念だったね、楽しいことが出来なくって」

「ああ、そうっ、さよなら」

 何が残念だったのか、聞き返すよりも先に玄関へと走り抜ける。背後に迫る空気を切る音にひやっとしながら絶妙なタイミングで右へと転がり込んだ。

「夢川君? そんなところに転がって何かするの?」

 転がり込んだ右側には川北昌が冬治を見下ろしていた。

 あ、パンツが見えたなんて思っている場合じゃないが、しっかりと焼き付けておいた。

「全く、夢川君。今日こそカードの事を話してもらいますからね」

「助けて、白さんっ。じゃなかった、逃げよう、柴乃さんがおかしくなったんだ」

「あ、やっぱり……」

 何でやっぱりなのか、冬治にはわからなかった。

「逃げるって、どこに逃げるつもり?」

 冬治と昌のやりとりも柴乃の登場でタイムアップとなる。冬治が振りかえるとそこにはエロい格好の柴乃が立っていた。

「七色さん」

「ふふ、川北さんからもカード、もらおうかな」

 人差し指で唇を撫でる。たったそれだけの行為が冬治の心をくすぐるのであった。

「え、エロい」

 さっきからそればっかり言っているような気がしてならない。冬治の呟きを聞いた昌はふぬけたわき腹に肘を入れる。

「いたっ」

「今は、見とれている場合じゃありません」

「だ、だね。じゃあ、どうしようか」

 逃げるか、戦ってカードを奪うかおそらくどちらかである。無論、誰かに助けを求める方法もあるだろうが、携帯電話で指示を出している間に柴乃にやられてしまいそうだった。

「冬治君はわたしの後ろに隠れていて」

「えっと……でも」

「死神のカード、持ってないんでしょ」

「確かに、持ってないけどさ。でも、一人で大丈夫?」

「大丈夫。信じてよ。わたしのカードの効果はね、自分の信じる正義の事ならいくらだって引き出せる。カードの力を使って、誰かを傷つけるなんて間違ってる」

 そういって翼と共に大きな十字架が握られた。決心した表情は凛々しく、つい見とれてしまった。

「これで、邪悪な心を滅してあげるっ」

 どうみても、人間の頭に当たったらかち割るどころか、内容量が全部脳の外へと零れそうな見た目だった。

「あら、意外と楽しめそうね」

「笑止、破廉恥な格好をするというのであれば地味子にして差し上げる」

 アパート前の駐車場に躍り出た二人は間合いを読み合うなことはせず真っ向から獲物をぶつけあった。

「無駄に男らしい闘い方だ……」

 二人の間に背後を狙うとか地形を考えて闘う(アパートの駐車場の為隠れるような場所は無いが)と言ったことはない。

「ふぉぉぉぉっ」

「だぁぁぁぁっ」

「あいつら、何してんだ?」

「あ、薺先輩」

 ぶつかり合う二人を見守る冬治の隣に、女帝のカードを持つ薺が現れた。ちょっと眠そうな表情をしているが、遅刻ぎりぎりの時間帯だったりする。

「えっと、悪魔のカードの所為で柴乃さんって子がおかしくなりまして。それを止めるために正義のカードを持つ昌さんが戦ってます」

「で、お前は?」

「俺ですか? 対抗できる力が無いので、指を咥えてみています」

「そうか。へたれめ」

「うっ……」

「へたれでも、守ろうとする意志ぐらいは出せるだろうに。犬死だけどな」

 少し疲れた表情で薺は笑い、道の向こうにいる彼女に良く似た人物の名前を呼んだ。

「菖蒲、へたれを助けてやれよ」

「りょーかい」

 あやめと呼ばれた少女は薺と違い、どこか緩んだ表情を見せた。しかし、それも数秒だった。柴乃と昌の間に割って入るとあっさりと二人の握っている物を片手で壊してしまった。

 特別な力なんて必要ないよ、腕力さえあれば世界は平和になれるよ。力に物を言わせた方法だった。ワイルドである。

「えっ、何あの馬鹿力」

 軽く、雑巾を捻るような感じでぶっ壊せるほどやわなものじゃないはずだ。昌のものがどういったものかは知らない。柴乃の物は、106号室の扉を溶断した実績がある。

「あいつもさ、タロットカードを手に入れていたんだと。力だってさ」

 何とはなしにそういう薺の肝っ玉が欲しくなった。おすそ分けして欲しいものである。

「ちょ、何、あんたいきなりやってきて私の……うっ」

 騒ぎ始めた柴乃のみぞおちに一撃食らわせ静かにさせた。どうやら、手加減という言葉を知っているらしい。知らなければ、スプラッタなことになっていた。

「誰だか知りませんが、ありがとうございます。七色さんを止めても……うぐっ」

 そして、気絶させる必要の無い人まで気絶させた。実に鮮やかなお手並みであった。

「ま、まぁ、静かになったからいいのかな」

 動かなくなった柴乃と昌を引きずって菖蒲と呼ばれた人物は戻ってくる。

「終わったよー」

 間延びした声で全く緊張感が無い。彼女にとって部屋のスイッチを消すぐらいの簡単なお仕事だったらしい。

「んじゃ、冬治に話を聞こうかね」

 薺はそういって冬治の肩をたたくのだった。


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