第二十二話:よくにまみれて
何度目だろうか。数える事を放棄した冬治の目に、朝日が当たる。
「ふぅ」
どこか疲れたような調子でため息を吐き、冬治は立ち上がった。
戦車、須藤木葉とカードを手に入れた経緯を話しあって理解してもらった。その後、家に帰るまでに待ち伏せを喰らったのだ。
勿論、悪魔と正義の柴乃と昌にである。悪魔がどういった効果を持つカードなのか、冬治には良くわかっていない。とりあえず出鱈目なカードだと言う事は逃げ回っていたので少しは理解しているつもりだ。
がちゃんっ。
「ひいっ」
玄関から鳴り響く大きな金属音。小走りの足音が聞こえてきて冬治の寝室を乱暴に開け放った。
「冬治君っ」
「や、やぁ、柴乃さん。朝、早いね」
疲れている上体であまり対応はしたくない。起床時に女の子に起こしてもらいたいなどという妄想を抱く奴もいるが、基本的に成就しない。妄想するのが良いのであって、現実になるのは邪道だという猛者も世の中にはいたりする。
目の前の激怒している人物が、妄想だったらどれだけよかったか。
「何でちゃんと説明してくれないで、逃げたのっ」
柴乃の右手には剣が握りしめられていた。柄なんてない、直に刀身を握りしめている。その手には血液が滴っているのに、気にした様子は無かった。
「い、痛くないのそれ?」
私はあなたのことを心配していますよ。そんな感じで話を逸らそうと頑張ってみる。何事も、努力は必要だ。たとえ、報われなくても。
「全然。そんな事より、何で昨日逃げたのか話を聞こうか?」
努力が報われることは少ない。
右手の刀身に炎が宿る。なんて中学生が好みそうなカードの効果だろうと冬治は震えていた。日常的な生活の中では全くといっていいほど、役に立たなさそうだ。
「ところで柴乃さん、パジャマ姿なのね」
「起きてすぐ来たからね。どうせ、明日も四月一日だし。授業もあまり変わらない内容だからもう頭に入っちゃった」
パジャマ姿と言う事を気にしないらしい。彼女の胸元はボタンが外れているため、朝見るのは目に毒だった。例え夜だとしても、なんだかんだと理由をつけて冬治なら逃げるだろう。
「何? どうかしたの?」
見ちゃ駄目なんだけど、つい見てしまう。そんな魔力がそれにはあるのだ。
「え、べ、別に」
「ははぁーん、なるほど」
柴乃は笑って胸を逸らす。何と、たったそれだけでたわわに実った胸が出来あがった。マジックである。
「ぶっ……な、何これ」
寄せてあげるなんとやらよりも強力であった。無条件で降伏してしまいそうになる。
「さぁ? これもカードの効果だと思うけど? 触ってみる?」
一瞬頭の中に芽衣子の所持するカードと同じ効果だろうかと疑問が浮かぶ。そんなことよりも誘われていることに身体を硬直させてしまった。
触っちゃえよと脳内で誘惑組が騒ぎ立て、もう一組は綺麗な棘には花があると何だか少し混乱していた。
「えっと、いいの?」
目がケダモノだった。思わず、ちょきで眼球をあれしたくなるような目だ。
「駄目に決まってるじゃん」
「だ、だよねぇ」
胸を隠すように腕をくむ。たったそれだけの仕草で抑圧されたそれはより悩ましい谷間を作りあげてしまう。
眼福眼福、冬治は柴乃を拝んで近くにあったカードに手を伸ばした。
「それ、死神?」
「ううん、死神のカード失くしちゃったから」
「え、そうなの?」
無くしたというよりも消えたと美穂から報告されている。カードが消えることなんて、あるのだろうか。それとも、本来の持ち主に移ったか……誰に聞けば答えが得られるのだろう。
ともかく、なくしたことにしておくのが一番に思えた。
「そうだね、あれからちょっと時間が経ったことは確かだよ。柴乃さんが記憶を失っていた理由も含めて、朝食を取りながら話し合おうか。もちろん、そっち事もちょっとは聞くけどね」
冬治はそう言って首をすくめ服に手をかける。
「ちょ、ちょっと、何いきなり脱ごうとしてるの?」
どうぞウェルカムと言われたら冗談だと首をすくめるつもりだった。恥ずかしがったので、もうちょっと押してみることにした。やられっぱなしも悲しいものだ。ねずみだって追い詰められたら戦うのである。
「え、だってここ、俺の部屋だもん。俺の裸がみたいと言うのなら、残りなよ」
「出ていくっ」
先ほどの仕返しをどうにか成功させ、冬治はパジャマを脱ぎ捨てた。
制服に着替え、朝食を適当に作り、玄関の方を見て驚く。
「え、扉が真っ二つ」
「ごめん、鍵がかかっていたから縦に切っちゃった」
「切っちゃったって……」
易々と切れるような構造の扉じゃなかった。近づいてみると溶断したような跡がある。
「これさ、火も出るからね」
ちょちょいのちょいだよーと笑っているが、笑い事じゃないだろう。
「そ、そうなの、凄いね。ところで、これ誰が修理するんだい?」
本当は、もし俺が扉の前に立っていた状態で扉を溶断したらどうなったのか想像したことあるかと聞きたかった。聞いたところで結果は同じだ。扉よろしく、冬治も二つに分裂していた。
「さぁ? 運命の輪を持つ人が四月一日にしてくれれば戻るんじゃないの」
「なるほど。でも、全部が全部ってわけじゃないよね」
「要らない心配はしなくていいから。さ、早くコミュニケーションを取ろう」
コミュニケーションの前に朝食を取るべきだ。
冬治は鳴いたお腹をさすりながらリビングへと戻るのだった。
「それで、今俺はタロットカードの所有者を見つけて協力を仰いでいるわけ」
朝食を終えて、冬治は柴乃に簡単ないきさつを話す。最初に出会ったカード所持者のためか、話しやすい。記憶を失った状態でも何度か接触はあった。
「ふーん? 冬治君がまとめ役なんだね」
「そう言うわけでもないけどさ。ほら、一歩間違えれば誰かが怪我をするかもしれないでしょ。だから、早めにどうにかしないといけないなぁって」
どうです、僕ってとってもいい人でしょうと言う表情で柴乃を見る。相手が薺だったら恐らく見てんじゃねぇよと殴られていただろう。
「何か期待してない?」
「何を?」
「カードを使って、何かをしようとか思わないの?」
「全然」
「どうして? 売れば大金に、使えば偉人になれるんだよ?」
「いきなりどうしたの?」
柴乃さん、そんなこと言う人だったっけ? 気さくでやさしい、隣人は何かに取り付かれたような眼をしている。
「私の質問に答えて」
「あ、う、うん」
有無を言わせない強い口調に冬治は少しだけ考えた。
「最初はさ、俺もちょっとは考えたよ」
当初は恋人のカードが欲しかった。まぁ、彗がもてていたのが羨ましかったのもある。
「ただね、恋人のカードを持った人からラブレターをもらってさ……ああ、またカード絡みなんだってちょっとへこんだ」
「何で? カードを所持していたとはいえ、相手は冬治君にラブレターを出していたんでしょ」
「そうだけどさ、何だか勘ぐっちゃって。特殊能力だなんてって最初は馬鹿にしていたよ? 現実じゃ手に入らない物だってね。ただ、手に入れた、入れてしまった以上はそれで被害だって出るさ。事実、俺らは四月一日を繰り返している。そうだよね」
「うん、それが?」
何か問題があるのか。目つきは悪く、普段の柴乃とは違うようだ。
「うまくはいえない。これだけはいえる。鳴子先輩が言っていたことだけど、これは学園生活には不要なものだよ」
「普通の学園生活に満足できなかったんじゃないの? カードを手に入れたとき、そんなことをちょっとでも考えなかったの?」
その質問に冬治は苦笑した。
「うーん、俺はほら、学園生活に体躯する暇なんてないよ。こっちの学園に交換生としてやってきてからね。友達も増えたし。そもそも、女学園で知り合いが出来ただけでも十分かな」
言いたいことは全部言ったつもりだ。ふと、時計を見上げると結構いい時間だった。
「あ、そろそろ学園に行かないと遅刻しちゃうよ」
冬治は先に立ち上がるが、柴乃はうつむいたままだった。
「柴乃さん?」
「私は、それじゃ満足できない。冬治君の考えなんて、理解できない」
「え、本当に……どうしたのさ」
「何だか、欲が出ちゃったみたい」
瞬きの間に、柴乃の姿は変貌してしまった。




