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第二十話:速さは全てだ

 冬治は傷心中である。カード絡みのラブレターというちょっと考えれば分かりそうな事を引きずっているのだ。

「はぁ、カードなんて関係の無い、普通の女の子からの告白は無いのかね」

 小谷松怜奈がどういった考えで冬治に近づいてきたのか、彼は知らない。カードを集めることか、冬治の持つカードを狙ってきていたかのどちらかだ。そう決め付けて、空を眺めた。どこまでも広がっている空が冬治を見下ろしている。

「そういえば、俺のカードの効果って何なんだろうな」

 何だか久しぶりに取り出すような感覚に襲われ、冬治はそのカードを見る。男と犬が歩いているだけのカードだ。

「所有者の分からない、残りのカードは……っと」

 カードの番号と所有者の名前が書かれた汚い手帳を取り出し、ページをめくった。

「残りは戦車と力、隠者と運命の輪、節制、審判、愚者か。気づけば残り少ないな」

 冬治は自身のカードがどれに当てはまるか考える。消去法で考えれば答えは導けそうだった。

「戦車……乗り物なんて絵の中に無いから違う。マッチョって訳でもないから力でもない。運命の輪は……自己申告の電話がかかってきた。審判はラッパを持っている。つまり、俺の愚者って奴か」

 冬治はそこでため息をついた。上り坂がさらに辛く思えてきた。

「愚者、愚か者って事かねぇ。今度誰かに会ったら聞いてみるか」

 これからわざわざ学園に戻ることも無い。冬治は影が伸びつつあるアスファルトをぼさっと眺めていた。

 そして、冬治の目の前をすさまじいスピードで何かが駆けていく。

「あ、あぶねぇなぁ」

 一台のママチャリだった。これがロードバイクなら別におかしくないスピードに思えたが、ママチャリで上り坂を駆け上がるのは骨が折れそうだ。

「ちょっと、追いかけてみるか」

 へたれていた冬治の心は、ママチャリのおかげで少し晴れた。

 一瞬だけ見えたママチャリの色は黒だということは覚えている。上り坂を駆け足で登りきると、そこには住宅街が広がっている。上り坂近くの一件目、そこに一人の少女が立っていた。

 小柄で、色黒の健康そうな女の子だ。

「ねぇ、さっき坂を上っていったの君?」

「誰、あんさん?」

 訝しげな声だ。今のご時世、夕暮れ時に声を掛けてくるのは不審者と決まっている……そんな決め付け感があった。

「突然ごめんね。俺の名前は夢川冬治。羽津女学園の二年生だよ」

「ああ、そう」

 それだけで話は終わりだといわんばかりだ。後一度だけ粘ってみようかと考え、冬治はもう一度話しかける。

「あのさ、さっきの……」

「面倒だなぁ。見知らぬ相手が話しかけてきて素直に受け答えすると思ってる? 警察呼ぶよ?」

 確かにその通りだと冬治は考え、頭を軽く下げて帰ることにした。

「ごめん、悪かったよ」

 軽くへこみながら、アパートまでやってきた冬治は伸びをする。

「んーっ、今日はあまりついてなかったな」

 今日の絶頂期は放課後を待っている時間だった。絶頂期があっただけ、マシだったかもしれない。

 今朝の占いはどうだったかなと思い出そうとして冬治は106号室の前に人影をみつけた。薄暗いが、顔を間違えるわけも無い。

「ああ、昌さんと柴乃さんか。どうしたの?」

 このアパート内に住んでいるのは知っているので、別段おかしいことではない。もっとも、二人の表情を良く見てみるとどちらも険しいものだった。

 いつだったか、冬治を連行していったときのそれと似ている。つまり、二度ある不幸は三セットという奴なのだ。

「やー、あはは……」

 冬治は縛り上げられたことを思い出したため、三歩ほど後ずさった。

「ちょっと」

「さいなら」

 柴乃が口を開いた瞬間に冬治は回れ右ダッシュを始める。かばんを小脇に抱えるようにして走る様は強盗のようでもあった。そういえば昌さんと一緒に強盗を捕まえたことがあったなぁと懐かしんで見せた。

 だからといって、助かるわけでもない。

「待ってよっ」

 背後から聞こえてくる声は曲がり角を四回曲がり、住宅街のほうへと逃げ始めた頃には聞こえなくなってきていた。

 そろそろいいだろう。冬治は曲がり角を出て立ち止まった。

「あっ」

「え」

 夕暮れ時に起こりやすい出会いがしらの衝突だった。

 強烈な二つのライト、足がすくんでそのままどーん……ではなかった。自転車の単眼に照らされ、次いでブレーキ音が夕焼けに響く。

 迫ってくる物体をよけることは出来ず、冬治の右半身に鈍い痛みを伴った。ぶつかった後に、自転車に当たったことを理解した。

「だっ」

 何も無い左の空間に飛び掛るようにして冬治は転倒し、前につんのめった自転車も前方一回転を見せた。

「いたっ」

「がふっ」

 倒れた冬治の上に誰かが覆いかぶさる。

「へぼっ」

「はだっ」

 さらに二人の上へ自転車が降りかかった。

「いててて、まるでコントだな」

 下手したら頭を打って大変なことになっていた。自転車といえど、人が亡くなったりするのだ。

 冬治は軽い調子で胸の上に乗っかっている相手を見た。

「おやまぁ、俺ってば今、女の子に襲われているじゃないのさ」

「はぁ?」

 冬治がクッションになっていたおかげで相手は目立った傷はなさそうだ。下敷きになっているほうは背中や胸が非常に痛かったりするがそこはガッツで我慢である。

「いきなり飛び出してこないで」

「失礼しました。でもさ、とまれないほどのスピードで自転車こぐのは駄目だろ?」

 ここに動かぬ証拠がありますと、冬治はママチャリを指差した。

「どこかで見たことある、ママチャリだな」

 ママチャリに近づこうとすると、幻でしたと言わんばかりに消えてしまう。自転車があった場所には一枚のカードが落ちていた。

「これ……」

 拾おうとした冬治よりも先にカードはぶつかってきた人物が拾い上げた。

「これ、私のだから」

「あ、そうなの?」

 カードは冬治がこれまで見てきたそれと同じだった。

「冬治くーんっ」

 遠くから、二人の影が見えた。一人は翼を生やしており、飛ぶ準備をしているようだ。あれが飛び立てばどうなるのか容易に想像がつく。冬治を発見次第、とび蹴りを食らわせる気だ。

「げ、きたっ。あのさ、これ、さっきみたいに自転車にして!」

「え?」

「早くっ。また縛り上げられるかもしれないっ」

「わ、わかった」

 押し切るような形で自転車にかえてもらい、それにまたがる。

「俺が運転する。乗って」

「う、うん」

 ママチャリの荷台に人を乗せ(よい子は真似しないでね)、冬治はペダルを思い切り踏み込んだ。

 瞬間、これまで味わったことの無い疾走感が彼を襲う。前方に落ちていくような感覚で、移動しているかのようだった。

 疾走感の終わりは唐突にやってきた。

「……あれ?」

 気づくと、ママチャリに乗った冬治の数メートル先に人がいた。二人組で、誰かを追いかける翼を生やした人物と、悪魔のカードを持った人物の背中が見えるのだ。

「これは一体……」

 夕闇がすぐそこまでやってきていた。


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