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第十九話:恋人

 運命の輪を持つ人物から恋人に対しての警告をもらった。とはいえ、謎の忠告なんかよりもどんな女子生徒が待っているのか気になっていた。

 冬治の行動理由はそこである。相手を確認するだけならば、別に待ち合わせ場所に行かなくてもよいのだ。校舎裏側が見えるポイントに行けばそれでいい。例えば校舎二階以上の校舎裏を望める廊下、ちょっと見づらくなるだろうが屋上といった具合に選択肢は広い。

 近づけば近づくほど、相手の視界に入る可能性はあがるのだ。リスクを高くする必要なんて冬治にはどこにも無い。

「しかしまぁ、敢えて懐に飛び込むのが俺の流儀でもある」

 即席の流儀を呟きつつ、校舎裏へとやってくる。果たしてそこには誰も居なかった。

 見る人が見たら、と言うよりは見える人が見たら三名ほど薄くぼやけてこの世に未練が残っていそうな誰かが見えていたりする。幸か不幸か冬治は零感なので今回の話とは全く関係がない。

「いないよな」

 どこかに隠れているかもしれない……などとは考えずに冬治はその場で待つ。放課後と言う大まかな時間指定はされている。しかし、何時から何時までの間や放課後、十分間のみといった指定はされていない。

 一体誰が来るのか、何故、ラブレターを下駄箱の中に入れたのか……冬治はそういったことを考えていた。冷静に考えてみれば、四月一日からラブレターをぶっこんで来る相手なんていないはずだった。

 期待と不安、どう受け答えすればいいのかを考えていると、とうとう誰かがやってきた。

「あ、あのっ、夢川冬治さん、ですよね」

「そうだよ」

 答えた先に居るのは背の小さな眼鏡をかけた少女だった。タイを見る限り、冬治の一つ下、一年生である。

「え、えっと、わたし、小谷松怜奈って言います」

「あ、うん。そうなんだ」

 口の中が緊張のためか乾いてくる。また、目の前が少しゆがんだ気がしてならない。場数を踏んでいないとこうなるのかと新たな発見だった。

 それは人によるだろうと誰も突っ込んではくれなかった。

「一目ぼれしたんですっ。べ、別にいきなり恋人になってほしいなんていうつもりはありません。お友達からで全然っ、構わないので……友達になってくれませんか」

 あせったように言う怜奈の言葉に冬治はあっさりと首を縦に振った。

「いいよ」

「ほ、本当に? やったっ」

 それと同時に、怜奈はポケットから一枚のカードを取り出した。

「タロット……カード」

 カードを見せられた瞬間、何かが音をたてて崩れていった。あんたなんてお金を持っていたから付き合っていただけ。別に好きじゃないのよ……この前見たドラマのフレーズを思い出す。

「そうです。これ、恋人のカードなんですよ」

 そんな冬治の気持ちなんて知る由も無い。怜奈はさっきと同じ調子で喋り始めた。

「効果はいくつかあって、異性を夢中にさせたり、言うことを聞かせたり出来るんですよ。相手の意識と交換、なんて荒業も出来ます。対象者は異性一名のみですけどね」

 軽く深呼吸をし、意識を切り替えた。

「へぇ、そりゃ凄いなぁ」

「でも、条件があるんですよ。話をして、何でもいいから相手にうなずかせる必要があるんです」

「なるほどねぇ」

 そこで冬治は首をかしげた。

 そういえば俺、さっき首を従に動かさなかっただろうか。友達になってくれませんか、イエスと。

「えっと」

「さっき、冬治さんには承諾をもらいました。これで、冬治さんはわたしの意のままに動いてくれるいい人です」

 やはり、純粋なラブレターなんて無いんだな。結局、カード絡みの出来事だったのだ。例え、カード絡みではないラブレターやら告白をもらっても四月一日をどうにかしなければ結果は一緒である。

 冬治が若干傷心している間も、怜奈は動いていた。木の下に男性と女性が描かれたカードを取り出し、冬治へと向けている。

 身構えたものの、特に何かが起こったようには見えなかった。

「では、早速……わたしと一緒にお茶を飲みに行きましょう」

「ごめん、ちょっと用事があるから」

 そこでお互い、首をかしげる。

「言うこと、聞いてくれないんですか」

「ああ」

「えーと、何故?」

「何故と言われても……用事があるから」

精神的に疲れたので、帰って寝るという用事だ。

 おかしいなぁ、先生で試したら色々出来たのになぁと呟きながら、冬治に再度向き直る。

「あの、恋人って欲しいですか?」

「そりゃまぁ、欲しいね」

 出来るものなら、欲しいもんである。欲して出来るものなら(手段を問わなければ出来るには出来る)誰だって彼女もちだ。

「よし、これで再登録完了のはず……」

 再度冬治の承諾を得て、怜奈は左手を握りこぶしにする。

「あの、じゃあ……わたしをお姫様抱っこしてください」

 少しメルヘン入ってる感じがする。別に悪いことでもないだろう。

「恥ずかしいからちょっとイヤかな」

 そういってこれまた否と言う結果をもらう。

「おかしいなぁ。何でも言うことを聞くはずなのに。冬治さん、あの、申し訳ないんですけど……」

「何だ? 面倒なことならパスしたいんだが」

「そんなに面倒なことじゃありません。私に、このカードを試してみてくれませんか?」

 一体何を言われたのか分からなかった。

「俺が?」

「はい」

 断る理由も無い。以前は欲していたカードの種類だ。今はそのカードを使用して何かをやろうとする気力は無かった。

 怜奈からカードを借り受け、冬治は恋人のカードの使い方を思い出す。一度相手の承諾を得る必要があった。

「えーと、今日は四月一日であるか」

「そうですね。四月一日です」

「これでいいのかな……」

「大丈夫だと思いますよ」

「俺の言うことを何でも聞くと?」

「はい。えーと、冬治さんさえ良ければその、ここで凄い事だって出来ちゃいますよ」

「凄いこと、ね。じゃ、やってもらおうかな」

 冬治は恋人のカードを怜奈へと向けて、告げる。何故だか怜奈は目を閉じて唇を突き出していた。

「ブリッヂからの上体起こしをやってくれ」

「ヴぇっ?」

 滅多に聞けないだろう返事を耳にし、冬治の言うとおり怜奈はブリッヂをその場で始める。

「ふ、ふぐぐぐっ……身体が勝手にぃぃいっ」

「はいはい、もっとがんばるんば」

 開始三十秒後、どうにかこうにか怜奈はブリッヂからの上体起こしを完了させた。出来ないと思っていただけに、つい拍手をしてしまった。

「ひ、ひどい……もうちょっと簡単なことで良かったのに」

「ああ、ごめん。だって、簡単なことを言ったらやるだろうし……まぁ、カードの効果はよくわかったよ」

「もっと、試してみてもいいんですよ? さっきのだって頑張ろうと思えば誰だってやれるでしょうから」

 ブリッヂからの上体起こしが出来ない人間もいるということを忘れてはならない。

「まぁ、確かにそうだな。んじゃ、後方宙返り四回半回転……やってもらおうか」

「え、何それ知りませ……」

 カードの力は偉大だった。冬治は一度も見たことが無いような飛込みの逆をやってのけた怜奈が着地する。

「せ、世界が反転するぅ……」

 その場にへたり込んだ怜奈を見て、冬治は彼女に訊ねた。

「もう返そうか?」

「……その、もうちょっと男女の絡み的なものが欲しいと思いませんか?」

 この期に及んで何かを期待しているらしい。

「わかったよ。んじゃ、あそこを歩いている男子生徒に……適当に凄いプロレス技をお願いしやす」

「む、無理無理無理……」

 しかし、身体はとても素直である。獲物目掛けて走り出した。射程圏内に入ると助走をつけてからの前転、側転からの飛びつき後、相手の首に両足でぐるぐる回る。勢いのまま、相手の体制を崩してそのまま柔らかい土のたまった花壇へと投げ飛ばすのだった。

「すげぇなぁ」

 その後、ふらふらになりながらも怜奈が戻ってくる。

「ど、どうですか、みましたかこのカードの凄さを」

「ああ、すごいね」

「あなたの思うがままに、動くんですよ、わたしがっ。拒否権なんて、ないの、わかりましたか」

 肩で息する怜奈を見れば、恋人のカードの凄さは充分、理解できた。空を飛んでくれといえば飛んでくれるだろう。

「これ、返すよ」

 冬治がカードを返すと怜奈はぽかんと冬治を見ていた。

「返しちゃうんですか?」

「え? そりゃあ、借りたものは返さないと」

「でも、冬治さんの意のままですよ?」

「いいよ別に。何だか、面倒くさいし。じゃ、俺帰るわ」

 冬治は軽く右手を上げ、帰ろうとする。

「ああ、そうだ。他にもカードを持っている知り合いが居たら教えて欲しいんだけど」

「えーと、知っていることには知っているんですけど、いわないように口止めされているので……ごめんなさい」

「じゃあ、仕方が無いね」

 冬治はあっさりとあきらめると首をすくめて回れ右をする。

「ちょ、ちょっと待ってください。こういうときこそ、恋人のカードを使ってですねっ」

「いいよ。さよなら」

 怜奈をおいて冬治は校門を出ると、ため息をついた。

「はぁ、やっぱりカード絡みか。一時期は恋人のカード、欲しかったけどなぁ……ちょっと、想像と違うし」

 それだけ言うと冬治は手にしていたラブレターを川に向かって投げようとするが、さすがに投げ捨てることはしなかった。

「あの男子生徒には悪いことをしたな」

 一応、手だけは合わせておいた。


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