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第十八話:不必要な注意

 ラブレターをもらった夢川冬治は舞い上がっていた。彼も男である。もっと詳しく言うのであれば、今年、十七歳の男の子だ。

 彼は羽津女学園に行く前、羽津学園に通っていた。その当時、周りの男子生徒たちはやれ、誰と付き合っていたとか、やれ、友達のお母さんとよく会っているとかといったそういう事が日常的に話されていた。

 冬治の友達ではあまりそんなことは起きなかった。しかし、やはり少しは気になる年頃で、冬治にとって交換生の話は周りから少し羨ましがられることでもあった。

 本来なら一週間のうちにどれだけの女子生徒を落とせるかというextreme助こましが行われるはずだった。残念なことに、女学園に来てからこっち、奇妙なタロットカードの話に軸をずらされ、冬治は翻弄されている。いくら女子の知り合いが増えたとはいえ、何だか不安定要素ありまくりの面子である。

 幾日かの四月一日を迎えたものの、冬治にしてみればあまり進展は無かったし、チャンスが無かった気がしてならない。このまま機会をうかがうしかない(というよりも、カードのせいで完全に頭から抜け落ちていた)矢先に、下駄箱の中にラブレターが入っていたのだ。

「あなたの事が好きです。放課後、校舎裏に来てください」

 べた過ぎる内容でありながら、八割、いいや、九割(残り一割はいたずら)の男子生徒がその文章を実際に下駄箱から取り出して読んだことがない。ラブレターとはそんなどこか矛盾を孕んだ存在である。

 お化けはいるのかいないか。この質問にはっきりと答えられる人はおるまい。いたとしても、証明なんてこれまでされてこなかった。

 だが、今日お前の下駄箱にラブレターが入っていると思うかと言う質問にはしっかりと首を縦に振ることが出来る。何も恥じる必要は無いし、むしろ俺はラブレターをもらったのだとほんのちょっとだけ胸を張っていい。

 ラブレターを手に入れた冬治は挙動不審であった。間違いなく、謎の力を秘めたタロットカードを手に入れたときよりも嬉しそうな顔をしている。そして、死神さんと生徒会長を相手にしたときよりも緊張していた。

「ふぅ」

 ようやく放課後を迎えた冬治はため息をついた。今日の授業なんて頭の中に入っていなかったし、繰り返されてきた自己紹介にいたっては名前と所属のみで終わりにしてしまった。

「ねぇ、どうしたの?」

 心配した調子の声を掛けられ、冬治は隣の席を見やる。座っているのは悪魔のタロットカードを持つ柴乃だ。

「何のことさ」

「ため息ばっかり」

「ため息? 俺が?」

 ため息なんて吐いた覚えは無い。

「え、気づいてないの?」

 驚いた声に冬治は首をすくめる。

「それは、ほら、あれだよ。こっちに来て初日だからつい緊張しちゃっているんじゃないかな」

 何回も四月一日を繰り返しているため、冬治にとって授業の時間は上の空でも構わないし、タロットカードのことを考える貴重な時間でもあったりする。

「本当にぃ? 何だかそれとは違う感じがするけど。舞い上がった表情になったと思えば、人生に迷った人間の表情になるしさ」

「人生に迷った顔ねぇ。どんな顔?」

「こんな感じかなぁ」

 しかめっ面になった柴乃の顔を冬治は眺め、うなずいた。

「なるほど。そりゃ迷いまくっているね、迷子だ」

 人生に迷っていない人間なんていない。俺は迷っていないよといえる人間は自分の歩いている道が正しいと思い込んでいるだけだ。道なんて、歩いた後に出来るおまけみたいなものなのだ。

「ま、今後は人生に迷わないよう気をつけておくよ。じゃあね、俺用事あるから」

「ちょっと待って」

 柴乃の話を終わらせようとした冬治の裾を引っ張る。

「あのさ、冬治君って結構フレンドリーな人?」

 そこそこ可愛い顔がいつもより近くにあった。

 少し見とれて咳払いをする。冷静に考えた末にカード関係の話になりそうだと頭を切り替える。

「いや、どうだろう。自分で言うのもなんだけど、引っ込み思案で人見知りの保守派で、億劫な人間って感じかな」

「よく、わかんない説明の仕方だね」

 冬治は一度、唇をなめて考えを整理する。他人に説明するときは分かりやすい例えを出すのがいいと先生が言っていた。

「えっとね、最初は四キロ先から様子を伺い、一キロ近づき、一キロ下がり、二キロ近づいて二キロ下がる……といった具合に様子を見つつ、近づくタイプ」

 どうです、僕ってば様子見の達人でしょと冬治は何故だか誇らしげに胸をそらす。

「そんな慎重な人間がさ、こんなに砕けて話してくれるかな。初対面、だよね」

 冬治を見る目は訝しんでいた。

「ほら、あれだよ。柴乃さんがフレンドリーだから、話しかけ易い……みたいな?」

 少し乾いた笑い声が口から漏れ始める。どこか空々しい笑い方だ。

「ふーん? それ、本当?」

 全く、信用してもらえていない視線を受け、笑顔から困り顔へと変更させた。何より、ここ最近嘘ばっかりついてきている。俺の人生は振り返ると嘘で塗り固められた道ばっかりだったと絶望しそうだ。

「わかった、今日はちょっと忙しいから明日の朝、話させてもらってもいいかな?」

「うん、わかった」

 ちょろいぜ、明日になったら柴乃さんの奴忘れているよと冬治はほくそ笑む。これは嘘をついたわけじゃないと誰かに言い訳をしたりもする。

「じゃ、俺行くから」

「うん、また明日」

「ばいばい」

 柴乃からの言葉を冬治はどうにかやり過ごし、下駄箱へと向かう。

 下駄箱近くで冬治の携帯電話が震え始めた。

「っと、着信か」

 非通知だったものの、そのまま出てしまう。着信なんて滅多に無いので本当に珍しいことだった。四月一日になってからは携帯電話なんて起床時と時刻確認にしか使用していない。

「もしもし?」

「もしもし、やっと話せた」

 この瞬間を待ち焦がれていた。言外にそんな空気をにじませていた。

「騙されるよ。気をつけて」

 電話の相手は女性だった。注意を促す言葉を発する。

「え? 誰に?」

「恋人に」

「恋人ぉ?」

 普段より甲高い声が出ていた。

 ついでに、冬治の頭の中では浜辺で全身黒タイツ、頭に恋人と言うプレートをつけた変人に追いかけられていたりする。

「あのさ、悪いんだけれど俺には恋人いないんだよね」

 これから出来るかもしれないけどと続けてみる。

「忠告、したからね」

「え、ちょっと待ってくれよ。あんたは誰なんだ?」

 喋ってくれないだろうなと考えつつ、冬治はメモ帳を取り出した。とりあえず書いておけばいずれ見直すだろう。そう考える人間は大抵、メモ帳なんて見返さないが。

「運命の輪だよ」

「嘘」

「本当、またね」

 それだけ言って電話は切れた。電子音が鳴り響き、耳朶を刺激する。雷に打たれたような感覚を覚えつつ、冬治はタロットカードの種類が書かれているページをめくった。

「運命の、輪……か」

 興味をそそられたものの、それよりラブレターが気になったので校舎裏へと向かうのだった。


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