第十五話:他の動向
芽衣子に協力を取り付けた冬治はこれまでの出来事を話し終える。こちらの情報を話したところで得るものは何も無い。よって、芽衣子がタロットカードを手にしてからの経緯を聴くことにした。
「うーん、といってもね。もらった日の朝だったかな。職員室の先生達から綺麗だって持て囃されて、トイレに行って、誰かに襲われて……ああ、そうそう、カードを奪われて裏返しにされたところで記憶が無い」
「だから俺は芽衣子先生を見かけてないのか」
「まぁ、夢川君の話だと生徒会長の羽津さんがカードの力を使って、みんなを操っていたんでしょう?」
「ええ、だからちょっと見に行こうかと思って」
冬治の頭の中では既に四枚ほどカードを管理下において悦に入っている鳴子の姿が浮かび上がる。あの生徒会長も何かしら事情があったのだろう。元の日常を取り戻したがっていた気もする。
「じゃあ、ついていってあげるね。まだ生徒会の皆、部屋に居るかなぁ」
屋上から見える景色は夕暮れに近づいており、運動部の部室にはライトがついて中には帰り始めている者も居るようだ。
女教師と二人きり……字面だけならうらやましがる奴らも多いだろう。いや、実際に冬治と芽衣子をみて朝は驚く人が多かった。実際だと、残念な人だったりするが。
俺も、現実じゃなくて幻でもいいから誘惑されたいものだ。そう思って夕暮れを仰ぎ見る。
「たそがれてる場合じゃないでしょう?」
「はぁ、そうですね」
冬治の腕にしがみ付く様にして芽衣子は歩き始める。冬治はそれに目を見開いた。
「あ、あの、先生何を?」
「大人の女を演出しているの。男子生徒一人ぐらい、悶々とさせたくなるものなのよ」
一時期流行した……っこちゃん人形の亜種にしか見えなかった。見た目どおり軽く、さして体を鍛えていない冬治でも問題は無い。
「生徒がたそがれているとね、先生として頑張らないといけないなぁって思う」
先ほどまでのおふざけ感はなりを潜め、少しの苦悩を感じさせる表情だった。
「うまく、いかないこともあるんですか」
「どうだろう。全員を助けられるわけじゃないけどさ、少しぐらいは役に立ってると信じたいかな……で、どう?」
「どう、とは?」
「芽衣子先生、君の役に立てそう?」
「多分」
実際に役に立っているかどうか判断できる状況じゃない。それに、多数あるカードを集めるのには二人でも足りないだろう。鳴子みたいにカードを集めようとする人物が出てもおかしくないのだ。
「困ったことがあったら相談してね。先生ってそういう職業だと思うから」
「そういうものですか」
「そういうもの。年下はもう少し先に生きている人に相談すべき」
その割には、色々と心許なかった。ああ、夕暮れだから? それとも、以前腕を組んでもらった興野や美穂、柴乃さんや昌さんがこの先生とは比べられないほどだったからだろうか。
冬治はだいぶ失礼なことを考えていた。それを出来るだけ顔に出さず、芽衣子に感謝の意を伝える。
話し相手がいるだけで、結構楽になれるものですね。そういおうとしてやめた。何だか恥ずかしかった。
「う、うわぁい、芽衣子先生の豊満な体を一人占め出来るなんてうれしいなぁ」
結局、変な誉め言葉が口を出る。
「そうでしょう、そうでしょう」
我ながら雑すぎる対応かなと冬治は考えていたが、まかり通ったことに拍子抜けしてしまう。
「感謝するときは茶化さず感謝できるような大人になりなさい」
「……はい」
さすがに校内でぶら下がるのは恥ずかしいのか、芽衣子は冬治から離れて歩いていた。冬治よりも先行して歩くその背中は小さいながらも教師のそれだ。
「四季先生」
「芽衣子先生でいいよ」
「芽衣子先生は何で教師になったんですか?」
沈黙を嫌っただけの質問だ。そこに深い意味は無かった。
芽衣子は立ち止まって窓の外を眺めると、冬治を見る。
「歩くためかな」
「歩くため?」
「そう、歩くため。冬治君は夢ってある?」
「夢、ですか」
漠然としていて頼りがいの無い夢だ。大学か、進学かを悩み、大学に入ったら就職をして、適当に結婚をして老けて、死ぬ。これらを夢というには違う気がしてならない。
結局冬治は黙ったまま、答えられなかった。
「人間、夢を見て、それに向かって歩けるのが一番楽しいことだと思う」
「先生は教師になることが夢だったんですか」
「それは違うかな。立派な大人になるために、ね」
立派な大人……心身ともにということだろう。
「今回の交換生制度もただ、日々をすごすつもりだったんじゃないの?」
「まぁ、その通りです」
別に隠すつもりも無い。冬治は素直に頷いておいた。だが、今は違う。カードを集めるという目標が出来ていた。
「カードを集めて、どうにかしたいのが今の俺の目標です」
「そっか、カードを手に入れてよかったね」
「よかったかどうかは分かりませんよ。面倒なことに巻き込まれているんです」
「苦労は買ってでもしろって言うでしょ。対処法は知っておいたほうがいいからね……さて、無駄話もここでおしまい。生徒会室に急ぐわよ」
「わかりました」
数分後、羽津女学園の生徒会室にやってきた冬治と芽衣子は忙しそうに動き回る生徒会役員達の姿を見つけることが出来た。
「普通に頑張っているわね」
「そう、ですね。よかった、普通の光景で」
死神の気配なんて無く、一見するとどこにでもありそうな生徒会室の光景だ。
「今は他の生徒が居るから猫を被っているかもしれないけどさ」
冬治と芽衣子が廊下に居ることに気づいた鳴子が中からやってくる。
「四季先生? どうかされたんですか」
「うん、この子は交換生の夢川冬治君って言うんだけどさ、こっちの生徒会に興味があるんだって」
内心びくつきながら冬治は笑いかける。頬が引きつってしまった。
「彼、上がり性だから緊張しちゃってる」
芽衣子のフォローにより違和感はなかった。冬治としては黒い表情を見せた鳴子を知っているのでよくも邪魔をしてくれたなおんどりゃあといわれるかもしれないと、気が気じゃなかった。
「あの、夢川冬治です。作業中、すみません」
「初めまして、私は羽津鳴子。この学園の生徒会長をしています」
にこりと微笑まれて冬治はため息をつく。やはり、ちらつくのは、あの時はよくも邪魔してくれたわねぇ、等と黒々とした感情をぶつけられることだった。そういうのは正直、勘弁してもらいたい。
「それで、夢川君はどんなことを聞きたいの?」
芽衣子に振られて冬治は慌てて脳内を回転させる。挨拶をして適当に終わりにするつもりだったのである。
「えーと、主に今回の交換生の事についてです。生徒会も関係しているんですか」
「ん、そうですね。確かに関係はしていますが……実際に見るとしても素行に関してだけですよ。作業自体もABCにランクを分けての管理ぐらいですね。後は交換生達の要望を聞く程度です。今回の制度後、希望者を募って二学期からこちらからも交換生を出す際も活動は一応、しますけどね」
終始、やさしい生徒会長の表情だった。
「なるほど。また何か疑問に思ったことがあったら聞いても大丈夫ですか」
「はい、いいですよ」
微笑んでくれた鳴子に冬治はほっと胸をなでおろす。柴乃と同様、覚えていないらしい。
「もういいの?」
芽衣子は鳴子に聞かれないよう、冬治に顔を近づけた。それだけでも十分女子生徒には刺激的なのか、生徒会室の作業は止まっており、冬治と芽衣子を見ている。
「まぁ、一応は。鳴子先輩もカードの事について忘れているみたいですし」
「カードのこととかは?」
「それが引き金になって黒鳴子先輩になってほしくはないですよ」
「なるほど、わかった」
芽衣子はにこりと微笑んで鳴子にお礼を述べる。
「ごめんね、忙しいときにお邪魔しちゃって」
「こちらも有意義でした。生徒会室自体がよく近寄りがたいだなんて言われていますけど、こうして他の学園の生徒が……」
「今はこの学園の生徒よ」
「そうですね、すみません。夢川君もまた何かあったら生徒会室に足を運んでくださいね」
右手を差し出され、冬治は手のひらを制服で擦ると握手に応じた。
「はい、ありがとうございますっ」
「一週間だと短いかもしれませんがよろしくお願いしますね」
なんとなく、交換生制度が長引きそうな気がしてならなかった。
生徒会室からの帰り、芽衣子が突如、手を叩いた。
「あ、そういえば思い出したことがある」
「何のことですか?」
自分が全然大人体型じゃないって事ですかといおうとしてやめた。見た目はどうあれ、中身は大人だ。茶化すほうが子どもっぽかった。
「図書室の書庫にさ、タロットカードを持っている子がいたの。その後、襲われちゃったから忘れていたけどさ」
「へぇ、この学園、書庫なんてあるんですね」
「あ、読書派の男の子?」
「人並みには好きですよ」
「人並み、ね。趣味が読書なら年間三桁は読んでないとねぇ」
「無茶っす……しかし、書庫にカードを持っている女の子ですか」
「うん、それで、どうする? 明日なら、案内出来るよ?」
「でも、芽衣子先生と一緒に居たとき、居るとは限りませんよね」
やはり、一人のときよりも二人のほうが心強い。暇なときには話し相手にもなってくれるだろう。
「さぁね、見た感じ思慮深そうな子だったから遅くまで残っているかも」
「なるほど、じゃあ、これから行ってみます」
「そっか、いってらっしゃい。書庫には以前閉じ込められて死んだ男子生徒のお化けが出るらしいから、気をつけてね」
「ここ、女学園ですよね」
「じゃあ、男性教諭だ」
「まぁ、何はともあれ、気をつけますよ」
職員室で芽衣子と別れ、冬治は教えられた書庫へと向かうことにした。




