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第十四話:再出発

 アパートの一室、106号室の寝室にて夢川冬治は目を覚ます。

「む」

 冬治の起床は実に奇妙なものだった。眠る前の記憶がはっきりとせず、耐えられない衝撃を受けて意識が強制的に刈り取られた。そんな感じだ。

 いいパンチしているじゃねぇかと油断していたら顎に喰らってKO……そんな具合だ。

 ただ、寝床から辺りを見渡しても自分が事故に巻き込まれたような様子は一つも無い。家具が倒れて下敷きにもなっていないのだ。部屋の中なら、基本的に車が突っ込んでくる様子も無い。というか、目を覚ましたら車が突っ込んでいたという状況でもない。

 一番考えられるのは寝ているところを強盗がやってきてバットでごちん、だ。まぁ、そんなことまで考えると宇宙人による一時的な調査によるアブダクションや地底人のクローン化計画として送り込まれたクローンの可能性が……などと、考えられる可能性はさまざまである。前者は既にアブダクションなんて必要ないほど宇宙人による地球人の調査は進んでおり、地底人が送り込んだクローンなんて時たま、外で見かけるほどだから違うのだろう。

「ふー、はー」

 とにかく、起きなくては物語なんて始まらない。二度ほど深呼吸を終えると、起き上がって近くにおいてある目覚まし時計を見る。いつもより四十分も早い起床時刻だった。人によっては四十分寝ていれば八時間は戦えるという人もいる。

 どちらかというと冬治はぐっすり寝る派である。ただ、不思議と目はさえていた。

「やっぱり、起きるか」

 何か確認する必要性がある気がしてならない。冬治は手元にあった携帯電話を手繰り寄せた。

「え、スマホ?」

 冬治が手にしていたものは焦げ茶色のスマホだった。本来、冬治が所持しているはずの携帯電話は俗に言う、ガラケーである。毎朝おきて確認することは迷惑メールがどれほどたまっているのか、だ。冬治の元に届く迷惑メールは普通のそれではない。ニッチなところを付いてくるタイプだ。私の○○○がうずいているの誰か止めて。うめちゃん(76)やらとめちゃん(69)である。

 見覚えの無いスマホにはそんなメールは来ないのだろう。しばらく悩み、自分のものではないことを確認するとサイドテーブルに置いて立ち上がる。サイドテーブルにはスマホのほかに何も置かれていなかった。

「とりあえず、朝食だな」

 朝食を食べながら四月一日のテレビニュースを眺める。

 何の変哲も無い、四月の風景が映し出されていた。例年だと散っている桜の花は満開だった。満開状態で入学式まで持つことでしょう、いいや、絶対に持ちますとお天気お姉さんが断言している。

 普段よりゆっくりとニュースを見ながら朝食を終える。朝の喧騒が外から聞こえてこなくて静かな時間だった。毎日こんな時間をすごすと退屈だろうが、たまにはいいだろう。ただ、起きるには結構早めに寝なくてはならないだろうが。

 食べ終わると同時に、食器を片付け、短い廊下に出た。

「ん?」

 一歩を踏み出したところで妙に郵便受けが気になってしまう。新聞等は取っていないはずだが、郵便受けに何かが入っている。気がする、ではなくて断言だった。中に入っているそれに引き寄せられてしまう。気づけば、郵便受けに手を突っ込んでいた。

「やっぱり、何かが入ってる」

 誰に言うでもなく、そう呟いた。部屋に美少女がいるわけでもない。部屋に美少女幽霊がいるわけでもない。家族だっているわけでもないのだ。一人である冬治に返事をしてくれるものはいなくても、それでよかった。

 冬治は人差し指と中指で摘み上げたカードに首をかしげる。

「カード?」

 男と犬が描かれたカードである。裏面の模様は最近どこかで見た類だ。壁の模様ではなく、とても身近に感じていたもの。

 そこでかちりと、頭の中で音がした。

「ああ、思い出した」

 冬治はそういうと寝室へと慌てて戻り、サイドテーブルのあたりを見渡す。普段そこにいたはずの死神は見つからなかった。

 最後に死神のカードを所持していたのは美穂だ。生徒会長の鳴子からカードを奪い、司祭のカードを裏側に伏せていた。

「興野のスマホがあるってことは、俺の死神のカードは美穂が持っているのかね」

 それなら自分の手に世界のカードがあるはずじゃないかと呟く。しかし、カードに構っている場合でもない。気づけばいつもとかわらない時間だ。準備が終わっていないだけ、遅れている。少し慌てながら朝の準備を再開し、冬治は外へと向かう。

「いってきます」

 それだけ言うと、扉を閉めた。

 学園へと向かう道すがら、満開の桜のほかに朝の風景を見つける。通勤を急ぐサラリーマンに別の学園の生徒。後は犬の散歩をしている老人ぐらいなものだ。それでも、平和で何の問題も無い日常に見える。

「僕の明日は皆の明日。明日を目指して踏み出そう……ってか」

 自分が皆の明日を背負っている。使命感に燃える人間が不思議なタロットカードを所持していたのなら、気を張っていただろう。

 少し冷たい朝の空気を吸いながらマイペース菜足取りで学園までたどり着いた。ついたところで、声をかけられる。

「交換制で来るせいとって、やっぱり早いのね」

「え?」

 振り返った先にいたのはスーツを着た女性だ。容姿は完全に冬治より幼く見える。化粧をしているところを見ると冬治より実年齢は上なのだろう。

「あの、どちら様で?」

「そっか、初日だもんね。驚かせちゃったかな。私、この学園の教師、四季芽衣子。芽衣子先生ってよんでね」

 芽衣子はウィンクをするが、容姿と相まってほほえましく見えるだけだ。腹の中で笑い転げつつ、冬治は頭を下げる。

「夢川冬治です。今日から一週間、お世話になります」

 そこまで言って冬治は四月一日が何日目だったかと考える。これまで、教師のことは完全に眼中に入っていなかった。担当の先生のこともあまり覚えていない。一ついえることは目の前の先生ではなく、別の先生だった。

「礼儀正しくて良い子ね。先生、誘惑しちゃおうかな」

 その見た目で釣れるのか? 釣れるのは大きなお友達ぐらいでしょう。これまたこっけいだと冬治は心の中で笑っていた。大抵、こういう相手は自分の容姿に劣等感を抱いているから取り扱い要注意だ。それが冬治の結論だ。

「あ、芽衣子せんせー。今日もナイスバディー」

「え?」

 振り返ると朝練中の少女達が芽衣子に手を振っている。普段だったらブルマやおっぱ……胸部に視線を向けていただろう。

「ありがとうっ」

 手を振る芽衣子の姿は動物園でお気に入りのアニマルに手を振る子供にしか見えなかった。

「さ、行こうか。教室、どこにあるか分からないよね?」

「あ、はい」

 四月一日の繰り返しにより、既に場所と席は完全に記憶している。しかし、知ってますよと告げて自ら怪しまれるのもまぬけっぽい。冬治はおとなしくついていくことにした。

 芽衣子の後ろをついて歩きながら、冬治は先ほどの現象について考えていた。そして、一つの結論へと到達する。

「ああ、さっきのあれは先生のことを傷つけないようにする生徒の配慮か」

「ん? どうしたのかな?」

 冬治のほうを振り返り、悪そうに微笑む。

「あ、何だか悪そうな微笑」

「これは、妖艶っていうの。よ・う・え・ん」

 妖艶だってさ、へそで茶が沸かせそうな事を言っているぞ、この勘違い教師。間にちがはいると幼稚園だな。さすがに、そこまでは見えないが。

 どこかで頭を打ったのだろうと冬治は切り捨てた。芽衣子が歩くと同時に、冬治も歩き出す。

 教室へと向かう。老化には既に学園へ来ている生徒がこれからはじまる交換生制度に期待を胸に膨らませている。それも、冬治と芽衣子が間を通ると静かになった。冬治以外の交換生徒からは羨望の眼差しで、そして女子生徒からはため息が聞こえてくる。

「綺麗」

「あいつ、初日からあんな美人と歩いてるのか」

「釣り合ってないっ、ぜんっぜん釣り合ってないぃっ」

 周りからの言葉に全く理解できず、冬治は海割りを行う教師に付き従いながら、そのまま二年G組へとたどり着いた。

「ここが夢川君のクラスね」

「わかりました。ありがとうございます」

「お安い御用よ」

 二年G組まで案内され、冬治は礼を述べて自分の席へと着く。やはり、男子からは羨ましいビームをぶつけられ、女子側は大人の女ビームが芽衣子に発せられていた。

「ふぅ、一体何なんだ?」

 席についてようやく一息つけた。まぁ、それも本当に一息だけだった。

「や、凄いね、交換生」

「へ」

 冬治に話しかけてきたのは悪魔のカードを持つ柴乃だった。

「あ、柴乃さん、無事だったんだ」

 死神に襲われ、裏返されれば動けなくなる。いや、存在を消されてしまうのだろうか。死神のカードを所持していたものの、カードの効果を使用したのは獣三人組を助けたときぐらいである。

「無事って?」

 そこで冬治はおやっと首をかしげる。そして、自身の朝の様子を思い出して慌てて付け加えるのだった。

「も、問題です。今日は何回目の四月一日でしょうっ」

「は? えっと、一日目?」

「ぶっぶー、あなたが生まれて十七回目の四月一日です」

「あ、なるほど」

 冬治の言葉に首を数度上下させ、眉根を寄せた。

「あれだ、君は変な人ってわけだ」

「変な人? ひどいなぁ」

「だって、まだ自己紹介もしていないのに。私の名前が分かっているなんてさ」

 それはそうだと冬治は脳内をせっせと捏ね繰り回す。もちろん、今年一番の言い訳を考えるためだ。

「そ、そりゃあね。予習ぐらいはしてくるさ」

「予習?」

「そう、予習。この学園の綺麗どころの予習さ。せっかく、女学園に入れるんだからそういう人とは仲良くしたいって思ってね。柴乃さんだけじゃなく、生徒会長の羽津鳴子さんに、このクラスのか……かわ、なんとか昌さん、そのお姉さんの早苗先輩、それに宇津美千さんだろ。えっと、あとは……ああ、信田柚子先輩、尾坂興野、一条美穂とかね。後半三名はあんまりいいうわさは聞いてないけど」

 こうなったら自棄だと知り合いを全て挙げてみた。一人二人、忘れている気がしないでもないが、充分だろう。

「へぇー、まぁ、話題性はある面子、かな。その中に私が入っているのは何だか微妙だけど。普通出し」

「それだけ、正当派ってことじゃないの? 噂していたのは俺が通っていた学園のほうだったから詳しく俺には分からないけどさ」

 責任の丸投げを終えて、冬治はほぅと息を吐く。記憶がなくなったのも裏返しにされて、復活したからだろうか。いやいや、もしかしたら……等と考える。何かしら悪影響が出ていないか不安で、あのタロットカードはやっぱり危険だな、集めてどうにかしたほうがいいだろう。

 しかし、いきなり目の前の人物は間違いなく、カードの所有者だ、出会ってすぐにカードを所持しているのなら出してくれ。そんなことをいえるわけも無い。

 どうしたもんかねと顎をなでて考えていると、柴乃は手をたたいている。

「あ、でもでも、四季芽衣子先生は噂になってないんだ」

「え? 何だって?」

 ある意味、噂になるかもしれない。正統派とは言いがたく、変化球間違いなしだ。

「だって、あれだけ綺麗でグラマーな人なら噂になるでしょ」

「グラマーだって?」

 おいおい、姉ちゃん、グラマーって単語の意味、知っているのかよと冬治は腹の中で軽く笑う。しかし、これまた変な人だと思われるのもイヤなので一応、うなずいておいた。

「ほら、俺が聞いていたのは生徒の話だからね。教師の噂は聞いたことないなぁ」

 今日の俺はさえているかもしれない。そんな手ごたえを感じていた。嘘がすらすら出てくるのは人として同化と思うものの、変に波風を立てる必要も無いのだ。

「生徒だったら学園の外でもみかけるっしょ。教師が外に出ると、制服を着ているわけでもないからね。分からないと思うよ」

「そっか。そんなものなのかなぁ。噂になったとしても、ぼんきゅっぼんな人どまりかぁ」

 そこまで考えて、これは異質なことだと冬治は思い至る。少し考えた後、柴乃に訊ねた。

「あの、さ。絵ってうまいかな?」

「え? うーん、あまりうまくはないかな。四季先生に頼んだら? あの人、名ばかりだけれど美術部の顧問だから」

 朝のホームルームが始まり、そこには昨日までの四月一日とは違って芽衣子が立って出席をとりはじめている。冬治と同じクラスの交換生達はぼけっと芽衣子のことを見続けていた。

「ふむ?」

 どうしたもんかなぁと人差し指で頬をかいた。

 馬鹿なこととくだらないことを考えていると時間が早く経つ。気づけば、昼休みになっており、冬治を除く他の生徒達が中庭やら屋上やら、購買や食堂なんかに繰り出していた。

「あれ? 冬治君お昼抜き?」

「いや、そうじゃないよ。あのさ、この学園って昼休みも部室に部員が集まっていたりする?」

「部活によるんじゃないの? 文化部なんかは結構多いけど」

「ふーん、じゃあさ、悪いけどさ、俺を美術室まで連れて行ってくれない?」

 目的は芽衣子の見た目のことだ。一人だけなら眼科の受診をオススメするが、続けて言われると自分のほうがおかしいといわれている気がしてならない。

「今度何か奢るからさ」

「別にノーリーターンでいいよ」

 冬治は柴乃に案内してもらって美術室までやってくる。

「失礼します」

 冬治がノックをして中に入ると、数人が侵入してきた二人に視線を向けた。片方が男子生徒のためか、更に視線はきつかった。

 あまり気持ちの良い視線ではないなぁと呟きながら冬治は一番落ち着いていそうな女子生徒に話しかける。

「あのぅ、不躾なお願いですけど、美術部の顧問、四季芽衣子先生の絵って描かれたことありますか?」

「ん? んー、無いですね」

「そうですか」

 ちょっとがっかりした冬治のことをかわいそうに思ったのか、別の生徒が寄ってくる。

「適当に描いたものでいいのなら、すぐに出来るけど?」

「あ、本当ですか」

 ちょっと待っていてと女子生徒は居なくなった。冬治は近くの椅子に座ってあたりを見渡す。

「よいしょっと」

 冬治の隣には柴乃が座り、物珍しげに美術室の中を見渡していた。

「いやー、思えばこの教室に入るの初めてかも」

「え、そうなんだ?」

「そうそう。選択教科は音楽だからね。二年まで音楽があるからそれっきりになるかもしれないけど、美術は部活に入らないとね」

「ふーん」

 話す事数分、角が残るものの綺麗な女性が出来上がって冬治の元へと渡される。

「へぇ、うまいなぁ」

「冬治君、それ美術部にとって失礼じゃない?」

「あ、すみません。さすが美術部」

 冬治が頭を下げ、誉めなおしたるともう一人が柴乃に紙を渡す。

「こっちは?」

 柴乃が絵を眺めるとそこには仲睦まじく話している冬治と柴乃の姿があった。紙の中で本当に話し合いを始めそうな雰囲気があり、楽しそうだ。

「題名は昼下がりの恋人達」

「え、こ、恋人っ?」

 つい、素っ頓狂な声をあげ、冬治は立ち上がる。

「ち、違いますっ。そんな初日から仲良くなれるわけ、ないじゃないですかっ失礼します」

 怒っているのか、照れ隠しなのか(十中八九怒っていた)、柴乃は冬治を残して美術室を後にしてしまった。

「それさ、教室に持って帰るとさっきの娘と喧嘩になるんじゃないの?」

 気づけば美術部に居たほかの生徒が近寄ってきて冬治のことを観察している。スケッチを始めている生徒も多い。

「いや、別に喧嘩になったりはしないですけど」

「あのさあのさ、交換生って本当に一週間だけ? このままこっちに定住しないの?」

「定住って……しないと思いますよ」

「じゃあさじゃあさ、共学って楽しい?」

 他の生徒からの質問を全部受けてしまう。絵を描いて欲しいと頼んだ手前、ほかにやることはあっても無碍には出来ない。気づけば昼休みは終わりに近づいていた。

「えーと、あの、ありがとうございました」

「いいってことよ。暇つぶしになったし」

「からかって楽しかった」

 絵を描いてくれた二人の美術部の生徒に頭を下げ、冬治は教室へと戻る。廊下は教室に戻る生徒や特別教室へ向かう生徒で混雑していた。

 人の流れにそって歩く冬治も、混雑の一人だ。廊下で考えることは当然、芽衣子のことである。

「やっぱり、俺が見ている芽衣子先生と、他人が見ている芽衣子先生は違うのか」

 教室まで戻ってくると柴乃が慌てたように身体を小さくしていた。一体何をしているのかわからなかったが、今は柴乃に構っている時間は無い。

 放課後、冬治は職員室へ向かう。芽衣子に時間が空いたら屋上に来て欲しいという旨を伝えるためだ。

 なんとなく、職員室の中をのぞいてみると不思議な話をしているように見えてならない。

「いつの間にか四季先生がそんなにお綺麗になっているとは……」

「いやですね、佐藤先生。私は元からこうでしたよ」

「え、ああ、そうでしたね。いや、本当にそうでした。何で変なことを言ってしまったのだろう」

 廊下側からは見えなかったものの、芽衣子が何かを取り出して相手に向けていたようだ。ただ、一度会話は切れてタイミングよく職員室の中へと入ることが出来た。

「芽衣子先生」

「なぁに?」

「今から屋上に来てください」

 それだけ伝え、冬治のほうは屋上へと向かうのであった。

 芽衣子に伝えて十分後、夕焼けを眺めていた冬治に声が掛けられた。

「まさかこんなに早く男子生徒から告白のお誘いがくるとはね」

 胸の前で腕を組む。幼い顔も軽く緊張しており芽衣子のほうは何か大切な話だと察しているらしい。

「そんなんじゃないですよ。一つ、芽衣子先生に聞きたいことがあっただけです」

「それなら、職員室で聞けばよかったのに」

「他の人に聞かれるのも面倒ですから」

「もしかして、スリーサイズのこと? えっと、上からねぇ……」

 最近の女子高生にも負けるだろう。いや、今はそんなことを聞いている場合じゃない。

「違います。タロットカード、何を所持しているのかということですよ」

 冬治の言葉にそれまで一生懸命けだるげな大人の雰囲気を出していた芽衣子はたじろいだ。

「な、何のことかしら」

「芽衣子先生、残念ながら俺には芽衣子先生が凄く、幼く見えるんですよ。まるで俺らの年下みたいな感じです。さっきカード、使いましたよね。みんなに見せているのは幻覚か何かですか」

「なるほど、夢川君には、冬治君には私が見えているって事ね」

「はい。あの、本当は教師ではなく、この学園の生徒だったりしますか」

 それなら中々悪くないかもしれない。そういう見た目もあるだろう。大学生になれば、羽ばたく子だっているはずだ。

「二十五」

「え?」

「二十五歳っ。生徒なわけないでしょっ」

 不機嫌があっという間に爆発した。両手を振り回すその姿は、駄々っ子のそれだ。その所為で、余計幼い印象を受けてしまった。

「ええ、どうせ私の見た目は高校生の頃から一歩しか進んでいませんよっ。今だって下手するとおまわりさんが寄ってきて交番に連れて行かれるし、お酒だって年齢提示をしても怪訝な顔をされるしっ。親とかもう、ね、結婚相手はみつからないんじゃないのかなぁとあきらめムードだしっ」

 散々わめき散らした後、ようやく静かになった。

「それで、ほかに何か用?」

「あ、はい。実は……このタロットカードを集めるのを手伝って欲しいんです。やっぱり、教師の人がいるのなら説得に応じてくれる人もいるかもしれません。お願いします」

 誠心誠意をこめて、頭を下げた。

「やだ」

 まさかの即答だった。

「このカード手放したらみんなにばれちゃうじゃん。せっかく、交換生がきて、うはうはなのに……見た? 皆の視線。あんな羨ましいとか尊敬してるって眼差し感じたこと無かったよ」

 力におぼれる人が出るかもしれない……鳴子がそんなことをいっていた気がするが、よもや教師が一人目だとは思いもしなかった。

 大抵、力におぼれるものの末路は決まっている。力をなくして抜け殻になるか、力に押しつぶされて消え去るかのどちらかだ。

「だ、大丈夫ですよ。芽衣子先生、普通に魅力がありますから」

 自分に自信が無いから繕うのだ。個人を否定されたことにより、芽衣子がカードで背伸びをしている。それならば、芽衣子本人を肯定してやればいいはずだ。

「本当?」

 大きくなったら俺、ネゴシエーターになるんだ。冬治は突発的にそんな夢を抱いた。

「はい。もう、とっても。手をつないで歩くだけで何だか犯罪臭がぷんぷんしそうです」

「それさ、私が追い求めているものと違うかも」

「じゃあ、芽衣子先生のカードは最後に渡していただいて結構です。先生に用事があるときはこっちから連絡します」

「何だか、都合のいい女だって思ってない?」

「いえ、全く、全然、これっぽっちも思っていませんよ」

「うーん、でもなぁ……このカードがあると皆構ってくれるし」

「それは見せかけですよ。そんな連中、いつかは離れていきます。鎌って欲しいときは俺に言ってください。相手しますよ」

「……本当?」

 今のは場を和ませるちょっとしたジョークです。そういえるような雰囲気じゃなかった。

「本当ですよ、ええ、本当。先生みたいな人の相手が出来るなんてとてつもなくラッキーです」

 ばばぬきでジョーカーがやってきた気分になった。どうやって処理しようか……誰もが一度は通る道だ。

「しょうがない、生徒の頼みだし聞いてあげようかな」

「やった! ありがとうございます」

 なにはともあれ冬治は新たな一歩を踏みしめたのだった。他のカード所持者とも、そのうち出会う事ができるだろう。


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