第十三話:終わりと始まり
窓は何かの到来に震えていた。音をたてることも無く、黒い靄を纏った人物は生徒会室へと入ってきた。
「ね、いたでしょう」
僕、嘘なんてついていませんよねと冬治は勝ち誇った表情をしている。これで解放されるとは思えなかったものの、とりあえずの容疑は晴らすことができた。
しかし、冬治以外の人物達は緊張した面持ちである。闖入者の死神さんと相対していた。
死神さんが持っているものがきらりと光る。それは茶色い、節くれだった長い柄から生えている刃だ。何の装飾も無い、無骨な死神の大鎌は小道具としてかなり優秀な部類に入る。
睨み合う事数十秒、司祭のカードの持ち主である鳴子が死神さんに問いかける。
「何のために、ここへ来たのですか」
その場に居る誰も喋らない。喋らないからといって静かでもない。聞こえてくるのは場違いな楽しそうな生徒達の声だ。
誰もが皆、生徒会室へとやってきた異質な存在の返答を待っている。
「……」
死神さんは声を出さなかった。細い指を鳴子が持つ死神のカードを指差すだけ。ただ、笑ったように見えた。やっと探し物を見つけた。そう言わんばかりの表情に(顔は頭巾で覆われており、実際の表情は見えないが)、冬治は昨日柚子達と話した言葉を思い出す。
「ああ、やっぱり二枚存在するわけだ。そんで、能力を使用するのに弊害があるんだな」
死神さんは右から順に力、刑死者、司祭、皇帝、塔、悪魔と見ていく。冬治はぐるぐる巻きにされて転がされているので、無視される形となった。おそらく、カードを所持していないことが分かっているのだろう。もしくは、冬治がカードを奪われるのを見て入ってきたかのどちらかである。
死神さんに見られるのは非常に嫌である。嫌であるものの、何だか眼中にありませんよと言われている様で悔しかった。僕はここにいるよ。冬治は体を震わせ鎖を鳴らし、己の存在を誇示するのだった。
「ちょっと、うるさいっ」
「ごめんなさいっ」
柴乃の言葉に冬治はすぐさま静かになる。まぁ、これで彼の存在は忘れ去られることは無い。ただ、空気の読めない人間として認識された恐れがあるが。
一触即発の空気が再度周囲を覆い始めていく。
「……ふっ」
しかし、それも死神さんが背中を見せて空気自体は消えた。出口に向かって歩き始めると戸惑い始めるものもいる。その部屋にいるほとんどの人間が死神の背中に釘付けになっていた。
彼女は何もせず、出口のほうへと向かっていた。そして、何故だか左手を上げてみせる。
「え……嘘」
その手に握る死神のカードを全員に見せびらかしていた。
鳴子の声に全員、振り返る。鳴子が所持していたはずの死神のカードは彼女の手から消えていた。
「え、手品?」
冬治の言葉に誰も何も言わなかった。原理は不明であるものの、この場の全員が死神のカードが鳴子から死神さんに渡ったに違いない。
死神さんは自分から視線が外れると同時に、扉を開けて走り始めていた。
「みんな、追って」
鳴子の鋭い言葉に慌てて五名が走り始める。残りの一名は生徒会室の床で転がったままだった。
二名になった生徒会室はまた静かになった。冬治は窓の外から見える青空を呆けた様に眺めている。屋上に出たら、気持ちがいいかもしれない。
「冬治君は司祭のカードの効果を知っていますか」
見下ろされるような形で質問される。冬治は頭上に来た人物のパンツの色を確認する。
「黒……いえ、知りません」
「わたしの言葉や意見に賛同してくれた人たちを操れます。操るなんて言い方は悪いですけど。まぁ、相手が死神だろうと意見さえ聞いてくれる耳があれば可能みたいですね」
軽く笑う鳴子はどこか悪そうだった。目的のためには手段を選べない……どこか追い詰められた表情をしている。
「あたかも、自分が自分の意思で行っているかのように錯覚させ、司祭の言うことを聞いてくれるんです。こんな事も出来るんですよ」
そういって鳴子が取り出したのは死神のカードだった。
「あ、あれ? さっき取られましたよね」
「取られていませんよ。夢川君も言いましたよね? 手品かと。そうです、ちょっとした手品です。あの死神が所持しているカードをみんなに見せ、私が手に持っていたはずのカードが無いといえば誰だって信じるでしょう? 皆に信頼されている私になら簡単なことですよ」
「く、黒い……」
パンツも黒いが腹も黒い。これが生徒会長の本当の姿なのだろうかと冬治は考えていた。
「今頃、うまくカードを扱えていないあの子達は死神にやられているでしょうね」
他人事だといわんばかりの態度だった。
「それが人の上に立つ人間の、いう言葉ですか」
「……わたしも一人の人間です。皆に目標や夢があるように、わたしにだってあるんですよ」
それが一体何なのか、冬治に教えてくれそうに無かった。
「さ、わたしもそろそろ行かなくてはいけません。何か聞きたいことはありますか」
「死神も、柴乃さんも千さんも彗も昌さんも早苗先輩も……全部操っているのなら同士討ちになるでしょう? 何故、そんなことを?」
自ら手駒を減らすのは得策とは思えなかった。
「同士討ち……たしかに、そうなります。まず、早苗たちは死神に負けることになるでしょうね」
そんなに強いのかと冬治は驚く。同時にやはり先ほどの答えにはなっていない。
「ちゃんと答えてくださいよ」
「意外と司祭の効果発揮って難しいんですよ。人が多ければ多いほど、ね。ほとんどのカードは死神の活躍により裏返しになりましたけど、まとめて裏返すにはいいチャンスです。下手に解放して横槍入れられるのは最悪ですから。お山の上の大将は下の相手ではなく、別の相手をしたいんですよ」
「ちょっと、それ、皆に対してひどくありませんか」
「裏を知ればわたしの事をひどいと感じるかもしれません。でも、表向きでは死神にやられるだけです。私ではなく、死神にね。自ら敵を増やすのは愚かでしょう」
鳴子は冬治に微笑むと立ち上がって生徒会室を出て行こうとする。
「あのっ」
「ああ、安心してください。別に悪いことをしたくてこんなことをしたわけじゃありません。元の学園生活に戻るため、仕方なくやっていることです」
「そうじゃなくて、この鎖どうにかしてくれませんか」
「解いて、カードを奪われたら大変ですから。冬治君に司祭のカードの効果が通用していないでしょうし、さすがに男の子に組み敷かれたら負けてしまいます」
「……別に俺が羽津先輩の邪魔をするとは限らないでしょう?」
本当は死神から皆を助けようと思っていた。鳴子に言われてそっちの案も悪くないなと考えてみる。
「口では何とでも言えますよ」
そういって曲がり角を曲がって消えてしまう。
「よっこい、せっと」
立てることは立てるのだが、跳ねて移動せねばならない。挙句、鎖のせいで体が重かった。さらに、跳ぶ度にうるさい音が耳に響く。
これが安普請の部屋だったなら、壁をたたかれて抗議されていたことだろう。
「あー、しんどい」
三十回跳んだところでため息が出てくる。汗を吸ったシャツがべたついて気持ちが悪くなった。この状態で死神の前に出ても犬死確定である。ただ、ここで立ち止まるわけには行かなかった。
「大変そうですね」
「え」
生徒会室からどうにか抜け出すと、天羽に出会った。これこそまさしく地獄に仏だ。冬治はそう考え、天羽のことを見る。
「御柱先輩っ」
「天羽でいいですよ。名前で呼ばれるほうが好きですから」
そうなんですか。奇遇ですね。僕もなんですよねぇと平時ならのほほんとしていた。
「じゃあ、天羽先輩。悪いんですけど、この鎖を解いてくれますか? 縛られちゃって」
冬治の頼みに天羽は笑って頷いた。しかし、すぐさま困った表情を見せる。
「ちょっと私では無理なようです。刑死者の効果の鎖でしょう? 難しいですね」
「はい」
「世界のカード、持っていますか? それを刑死者に変化させて……」
「え? あのカード、信田先輩に預けています。天羽先輩に渡すって」
冬治の言葉に天羽は苦笑する。
「そうですか、渡してもらっていませんよ」
「盗られたって事でしょうか」
「きっとおもちゃ感覚で扱っているのでしょう。困ったものです」
全く困っていない表情でそういうと再度冬治の鎖を解こうとし始める。
「うーん、難しいですね」
何度も金属同士を擦る音が聞こえてくる。しかし、それが解放に近づいているとは思えない。
「どんな感じになっていますか」
「余計に絡まってしまいました」
わざとやったわけではないだろう。複雑に絡まった鎖を見るに、やろうと思って出来るものではなかった。
「すみません」
「あ、いえ、ぜんぜん気にしていないので大丈夫です」
このまま天羽に頼んでも自由になるとは思えない。今から三年の教室に向かい、柚子から世界のカードを手に入れるのも大変だ。だからといって、今から死神のカードを鳴子、もしくは死神さんから奪って刑死者のカードを復活させるのも非常にリスキーである。
「妥当なところで二番かな」
「何が二番なんですか?」
冬治たちが時間を掛けすぎたためか、気づけば曲がり角から鳴子と死神がやってきていた。仲良くスキップで歩いてきているわけではないが、敵対している雰囲気はなかった。
「正義と皇帝が意外と厄介だとは思いませんでした。まぁ、塔のおかげで助かりましたが」
恐らく、何かしら加勢しようとして不幸を撒き散らしたのだろう。冬治は千に手を合わせる。ついでに、奮闘したであろう昌と彗にも頑張ったで賞をあげておいた。
「さぁ、世界のカードを渡してもらいましょうか」
にこやかな生徒会長の表情なんてどこにもなかった。その表情は一つの目標にとらわれ、他を犠牲にすることを厭わないものだ。
鳴子の表情に、冬治は身震いをする。
「あいにく、ここにはありませんよ。柚子が持っているようです」
これは困りましたねと天羽が別段困ってないように言う。
「それを信じるとでも?」
「信じてもらわないとそちらが困りますね。時間のロスになりますよ」
「そうですか、では、冬治君を人質に取ります」
「何故に」
一体誰に対しての人質だろうか。柚子がカードを渡してくれるとは思えなかった。冬治なんて軽く見捨てそうな狐さんである。天羽の方もまぶしい笑顔で冬治の事を好きにしてくださいと切り捨てそうだ。
「御柱さんに、きちんと持ってきてもらうためですよ」
「誰か、助けてーっ」
「無駄ですよ。あの子を捕まえて」
冬治が鎌に引っ掛けられて持ち上げられる瞬間、金色の何かが死神さんに体当たりし、吹き飛ばした。
「誰か、あてのことを呼びましたかねぇ」
「……あのぅ、どちら様でs?」
「全く、あてのことを忘れるなんてひどいですねぇ」
二メートル近くの狐はそういうと煙を撒き散らす。
「一旦引きましょう」
「え、もしかして信田先輩?」
「もしかしなくても、そうですよ」
冬治を咥えた化け狐、信田柚子はそのまま窓から飛び出した。
「危っ……」
冬治からみたら身体が突如浮いて、窓の外へ移動したのだ。そして、眼下には地面が見えた。瞬時に校舎の壁、一転して青空なんかが見えちゃったりする。
絶叫系がちょっと苦手な冬治である。胃袋の中身が満杯だったのなら輝きの軌跡が口からあふれていた事だろう。
「冬治君、ラッパを吹いてください」
あまり味わいたくない感情になりながら、屋上へとやってくる。
屋上にやってくる途中、鳴子につかまりこちらに手を振るのん気な天羽が見えた気がした。
「いでっ」
屋上に転がされた冬治に、柚子は言う。
「何とか時間を稼げそうですねぇ」
縛られたまま、冬治は立ち上がりあたりを見渡す。殺風景な屋上には柚子のほかに美穂と興野が立っていた。
「ああ、冬治先輩無事だったんだ」
どうでも良さそうにスマホをいじりながら美穂が答える。
「てっきり、やられちゃったと思いました」
図太いのか、お菓子なんかかじってやがった。太っちまえばいいんだと冬治は興野を見て呟いた。
「あの、何か言いました?」
「ひどいなって言ったんだよ。ところで、柚子先輩、時間を稼ぐってどういうことですか」
柚子を見ると世界のカードを取り出して眺めている。やはり、カードを天羽に返していなかった。
「さぁ、どうぞ」
「え、あ、どうも」
世界のカードを鎖の間から受取ると冬治はそれを刑死者に変更させ、鎖を消した。
「ふぅ、助かりました」
腕にはしっかりと鎖の痕がついており、冬治は変態と思われたらどうしようかと要らぬ心配をするのだった。冬治の趣味の事よりも、他の三人の興味は別のところだ。
「それで、これからどうしましょう」
興野の言葉に冬治を除いた二人がうなりはじめる。
「相手が死神だからなぁ」
勝ち目が薄いというのは誰もが感じているらしく、空気が少し重くなっている。
「そういえばラッパを吹いてって天羽先輩が言っていましたけど?」
「ラッパ? あー、タロットカードで何かあった気がする」
「ラッパって名前のタロットカード?」
冬治はメモ帳をめくるがそんな名前は書かれていない。
「それ、多分審判の事ですよ。ラッパをもっていますから」
興野はそういうと同時に、屋上の扉が開け放たれた。
「ここに居たのね」
鳴子が睨むように柚子の事を見ていた。天羽はおらず、おいて行かれたのだろう。
「到達、早いですねぇ」
柚子は一歩踏み出し大きな狐になる。
「信田柚子。遅刻、サボリが多すぎ。心を入れ替えなさい」
さっさと観念してカードを渡せという話になるかと思えばそうではないらしい。どうしてもお説教がしたいようだ。
「サボりは駄目よ」
「嫌ですねぇ、生徒会長さん。他人のあてにお説教を垂れるぐらいなら、身内の妹さんを学園へ連れ出したらどうでしょうか」
「明日からあの子は学園に来るわ。関係の無い話で時間を稼がないで」
「嫌ですねぇ、そちらが話しかけてきたんですよ」
小馬鹿にしているのは間違いなかった。何の効果を期待していたのか、鳴子のご機嫌は最悪のようである。
「冬治君」
柚子は次に冬治のほうを見た。
「審判の効果ですがねぇ……ああ、楽器ってうまく演奏できるほうですか」
「いや、あまり」
そういうと愉快そうに柚子は笑った。
「なるほど。それなら効果は色々ありますが……恐らく、今回はリセットになるでしょう」
「え?」
「つまり、一番最初から。四月一日の初日ですよ。あくまで、効果の一つですけどねぇ」
もっと聞きたいことがあった。そんな時間は柚子にはなく、襲ってきた死神に対抗するためそのまま駆け出してしまった。
「じゃ、あたしも行ってくる。興野はここで冬治先輩を守ること」
「ま、任せて美穂ちゃんっ」
冬治の背中に隠れながらそう言ってのけた。美穂と柚子が負けたら冬治を差し出して逃げ出すかもしれない。
「待った。審判の効果、知らないか」
「ランダムって聞いた。あたしはよく知らない」
冬治にそれだけ言うと美穂は走りよって来る鳴子のほうへと向かっていく。
「とりあえず、審判のカードだな」
「冬治先輩、早くっ」
「はいはい、そう急かすんじゃないよ」
冬治の手のひらにある世界のカードは一向に絵柄が変化する気配は無い。
「あれ? 何で変化しないんですか」
興野のあせった声に対して冬治は至って冷静だった。
「恐らくさ、俺が審判のカードを見たこと無いからだと思うんだ。刑死者のカードを使用した時はすぐに変化させる事が出来た」
「ちょ、ちょっと待っていてくださいねっ」
興野は不平を口にするよりも先にスマホを取り出し、何かを検索する。
「これです」
「へぇ、お前さんスマホか。しかも最新機種とかリッチすぎだろ……あ、もしかして親戚がアニマルの森で商店だとか百貨店だとかで荒稼ぎしているあいつだったりする?」
「スマホじゃなくて、審判の絵柄を見てください。後、ふざけている場合じゃありませんってばっ。あ、信田さんがっ」
死神に放り投げられ、柚子は屋上の壁にたたきつけられる。血を吐きながらも、ものともせず立ち上がって死神に襲いかかっていた。それでも、死神に負けるのは時間の問題だろう。
「冬治先輩、わたし、行って来ますっ。ちゃんと見て、カードを変化させてくださいよ」
「あ、おい。興野っ。お前が言っても……」
「時間稼ぎぐらいは出来ますっ」
冬治にスマホを押し付け、興野は狐のほうへと走っていく。その隣では死神、司祭のカードを手に入れた美穂が司祭を裏にしているところだった。
「やるっきゃないな」
冬治は世界のカードを審判へと変化させる。カードはさらに高貴なオーラを纏うラッパへと変貌した。
「すー、はー……」
冬治はそれに口をつけると思いっきり、肺から空気を押しだす。自分の身体の中から臓器が全て持って行かれるような感覚を覚える。
「ふすーっ」
素人のラッパで、世界が反転した。




