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第十話:お星さま

 どこかおどおどした少しぽっちゃりの狸と一緒に、冬治は屋上を闊歩する。

 学園が始まるまでにはまだ少しの猶予があり、一枚のカードを発見するには十分の時間があった。

「これです」

「これ、ね」

 校舎へ続く扉の近くの壁にナイフの根元まで突き刺さっているカードがある。

「根元まで刺さっちまってる。すごい力じゃないと無理だろうな」

「抜くぐらいなら私でも大丈夫そうです……ふ、ふぬぬぬっ」

 そんな興野の姿は普通の人間とはいえないようになっていた。お尻好きにはたまらない尻からはこげ茶の尻尾が飛び出し、頭の上には耳が出ていた。

 この尻尾、どうなっているんだろうと興味に駆られた冬治はそれに抱きついてみた。

「えいっ、うわぁ、ふかふかぁっ」

「ふあっ」

 妙な声を出して興野は飛び上がり、自身の尻尾を抱きしめて屋上の隅っこへといってしまった。途中、一回こけたところを見ると相当必死だったようだ。

 もし、柵が無かったらあっち側へと飛び出してでも逃げ出したことだろう。

「何だ、どうしたよ」

 あれはすごいふわふわでもこもこなふかふかである。一度抱きつくと時間を忘れてもふもふ出来ること請け合いだ。

「い、いきなりなんてひどいですっ」

「別に、変なことはしてないだろ」

 さすがに、今日であったばかりの狸少女に抱きつくのはご法度だ。ただ、尻尾に抱きつくの別にいいのではないだろうか。

「わ、私のことはいいから、早く美穂ちゃんを助けてあげてくださいっ」

「わかったよ」

 興野は隅っこに行ったまま、戻ってこないので冬治はそれまで四苦八苦していたナイフに手を掛けて引き抜いてみる。

 果たして、根元まで刺さっていたナイフはあっさりと抜けた。

「やっぱり、死神のカードは特別なんですね……」

 畏敬の念を冬治は向けられたが、これまで死神のカードらしいことなんてしてきたことがないので首をすくめて見せる。

「これは星のカード?」

「はい、美穂ちゃんは星のカードを持っているんです」

 真ん中に大きく書かれた星のカードを眺めると、屋上の人口が一人増えていた。

「いたたた……」

「美穂ちゃん!」

「へぶっ」

 倒れていた一条美穂へと興野は飛びつき、頬を寄せ合っていた。なかなかいい構図で、カメラがあったらレベルが上がり、ジャイアントスイングが出来そうだった。

「ちょっ、獣臭っ」

「ひ、ひどいっ。美穂ちゃんも猫又の癖に」

 冬治は仲良くしている二人を見て、かばんからペットボトルを取り出しておいてみる。

 その奇妙な行動に美穂と呼ばれた少女はちょっと引いている。

「あんた、何してるの?」

「猫よけ。通用するかなーと」

 たまにはおふざけも必要だろう。超シリアスなシーンや、感動の再会に馬鹿をかますのも悪くない。

 悪くはないが、それ相応の覚悟と勇気が必要だ。名前を出すだけで嫌われるだけの決心である。

「何、それって私に喧嘩売ってるの? 効くわけ無いじゃんっ、ふんっ」

 清涼飲料水の入ったペットボトルを美穂は蹴飛ばし、冬治に向き直る。

「で、あんた何者?」

「だめだよ、美穂ちゃん。冬治先輩は二年生なんだから」

 一年生にため口を聞かれるのも少々いらっときたので冬治はもう一本ペットボトルを追加する。

「どうも、通りすがりの保健所のものです。猫よけのペットボトル、ここに置いておきますね」

「ひいっ、保健所っ。冬治先輩がまさか保健所所属だったとはっ」

 興野は屋上の隅っこへと文字通り尻尾を丸めて逃げ出してしまった。

 狸に比べて猫のほうは冬治を完全に敵と認識したらしい。目つきが変わった。ついでに、二本目のペットボトルも青空のお星様になった。

「あんた、あたしとやろうっての? ペットボトルともども、お星様にしてあげようか」

 死神ほどの妙な感じは受けないものの、猫の耳と尻尾、やたら鋭利な爪が現れる。薙げば喉がぶっさかれそうな危険性だ。

 これは何だかやばいぞと冬治は判断し、星のカードを取り出す。

「こ、こいつがどうなってもいいのかっ」

 先ほど手に入れた星のカードをこれ見よがしに見せ付けた。大体、こういうと酷い目にあうのはわかっていた。

「って、あれ?」

 瞬く間に手に持っていたカードは消えてしまっている。

「探し物はこれかしら?」

 勝ち誇ったように美穂は星のカードを目の前に押し付けられ、冬治の喉元に鋭利な爪がつきたてられていた。脅迫などと言う愚かな選択は冬治に残念な結果をもたらしている。

「ご、ごくっ」

 背筋に冷たいものが流れ、額には汗が吹き出てきた。しかし、同時に背中に押し付けられるやわらかさと、何だかいい匂いが鼻をくすぐる。天国と地獄とはこういうことなのだなぁと理解する。

「あんた、カードの匂いがするわね」

「カード? 五百円のお買い物で一ポイントもらえ、百ポイントたまったら五百円商品券として使用できるスイーツ専門店、ののの屋のポイントカードのことかね? お目が高い。そうだな、俺は持ってるよ」

「違うわよっ」

「ののの屋ポイントカードが違うというのなら、なるほど、そんじゃこっちの健康ランドデトックスのポイントカードか。ちなみに、このカードのいいところは……」

「そんなもんじゃないわよ。タロットカードっ。散々こけにしやがって……仕舞いにゃ落とすわよ」

「美穂ちゃん、やめて。冬治先輩も落ち着いて考えてくださいよ」

 興野が冬治を助けるため、そして友達を犯罪者にさせないよう割って入ろうとする。

 冬治も深呼吸し、冷静に考える。

「……あのさ、猫まただからってにゃを使うのは安直過ぎるキャラ付けだと思わないか」

「やっぱりこいつ、落とすっ」

 とうとう切れたようで、冬治は頭をつかまれ、屋上の柵から向こう側へと落とされそうになる。

「だ、だめ、美穂ちゃんっ。その人は恩人だからっ……冬治先輩、今助けますっ」

 こっちに走ってくる狸を見て、冬治は何だか薄ら寒い死神を見た気がした。

「こっち来んにゃっ」

「あっ」

 興野の突進を腰部に食らった美穂は体制を崩し、握っていた冬治の手を放す。

「あ」

 冬治と美穂、どちらが声を発したのかは分からない。ただ、冬治の視線と美穂の視線が交差し、本当に落とすつもりは無かったという視線を冬治は受け取るのだった。

 だからといって、何がどうなるわけでもない。冬治が落ちるだけだ。

 自由落下に身を任せた冬治はポケットの世界のカードに触れる。

「……確か、どのタロットカードの効果も使用できるって言っていたよな」

 すげぇカードだ、これなら助かるっ。

 しかし、冬治の頭の中にはタロットカードの効果は余り入っていない。

「何でもいいっ、助けてくれるカードの効果は無いのかよっ」

 その瞬間、冬治の灰色脳細胞は活性化し、刑死者のカードを想像させる。

 服の隙間から大量のチェーン、縄、くもの糸やら赤い糸が飛び出す。それらは勝手に体に巻きつき、屋上の柵にも結び付けられた。

 これもカードの効果なのか、程よい締め心地を感じる。そのまま屋上まで戻っていき、驚いている二人のところへと到着することが出来た。

「し、死ぬかと思った……」

 ほっと胸をなでおろすと同時に、その場にへたり込む。足が震え、立てそうに無い。バンジージャンプを試したことは無いが、さっきの出来事よりも安全なのだろう。絶叫マシンがどちらかと言うと苦手な冬治にとって、自由落下(縄はどうぞご自由におかけください)の感想は最悪と言うしかない。。

「あ、あんた、何のカードの持ち主なわけ?」

 冬治の様子が落ち着くまで待ってくれていたのか、美穂が尋ねてくる。

「俺? 俺は見ての通り、死神のカードだよ」

 冬治はカードを見せる。

「うそ……だって、死神はさっきのあいつが持ってるはずじゃないの」

 驚く美穂に冬治は面倒くさそうに言った。

「なぜか、二枚あるんだよ。俺だって興野に聞いてさっき二枚あることに気づいたわい。そんなことより、落としたことに対する謝罪はなしか」

「あ、あれは……あたしが悪いんじゃないもん。興野がぶつかってこなければ……最初から落とすつもりは無かったしっ。あんた、それわかってるんじゃないの? あんたが落ちていくとき、なんだかこう、目で分かり合えたというか……」

 出鱈目な意見だと普段なら一蹴していた。しかし、冬治もそう思っていたりする。それでもばつが悪いのか、美穂は冬治から視線をそらし、興野を見ている。

「それに元はと言えば、あんたが変な挑発するのが悪いだけでしょ」

「た、確かにそうだけど……」

 これ以上、謝罪を要求したら逆切れされそうだ。何事も無かったことだし、これ以上責めるのはやめよう。冬治はため息をついた。

 相手は猫だ、我慢しよう。

「で、興野」

「は、はいっ。すみません、さっきのは本当に冬治先輩を助けようとしてっ」

 責められると思ったのか、興野はすぐさま屋上の端へと逃げ出して縮こまり始めた。声なんかまともに冬治へと届いていなかった。

「興野のカードはたぶん、月だよな?」

「は、はい」

「効果は分かるか?」

「大まかに言えば、相手を不安にさせます」

「そ、そうか」

 余り使えそうに無いカードである。冬治は脳みその端っこに残しておくことにした。

「で、星は?」

「使用した相手に、希望を与えるカード」

 さっき、絶望に叩き落されたけど……と、言おうとしてやめた。引きずるのはあまり良くない。

「そうかい。なぁ、興野」

「は、はい?」

「信田さんとやらのところへ案内してくれよ。見ていたのなら、どこらへんで伏せられているのかわかるだろ?」

「ま、まぁ、なんとなくは」

 狸を先頭にし、歩こうとした冬治の肩に手が置かれる。

「何だよ」

「もう、授業が始まるわよ。それに、信田は学園外だから助けにいくならお昼休みね」

 興野は美穂の言葉に、あ、そういえばそうだったと手をたたいた。

「早めに助けてやったほうがいいんじゃないのか」

「大丈夫でしょ、少しぐらい放っておいても」

 言うだけいうと美穂は屋上を後にしてしまう。残された冬治と興野は顔を合わせると美穂のあとを追うのだった。

「あの、冬治先輩」

「なんだ」

「あまり、美穂ちゃんのことを責めないであげてください。その、充分悪いことをしたというのはわかっていますから」

「そのくらい、わかっているつもりだよ。あれは素直に謝れないタイプと見たね。だから、こっちから手打ちにするようなアイディアを出してやればいいだろうから。次に会う時までには考えておく」

「本当ですか? お願いします」

「ああ、任せとけ。誰も損しない方法で手打ちにしてやるよ」

 誰も損しない……なんとも怪しい響きがあった。ただ、他人を疑うことを知らない興野は冬治のことを全面的に信頼していたりする。

 まず騙されるのは、他人を信じやすい人間と欲のつっぱねった奴である。


記念すべき、第十話。作者が何か言うことも特になく、第十話。本来、二十二枚のアルカナの効果を考えていたりしますが、何故だか殆ど使用していないですね。うん、これはゆゆしき事態だ……何かいい方法が無いかと考えてみても、これがなかなか思い浮かばないのです。いずれ、使用することになるでしょう。

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