第一話:4/1
夢川冬治は今日から約一週間、私立羽津女学園に交換生徒として過ごす。数年後、この女学園は共学になる予定だそうだ。男子学生を受け入れる際、どう言った事が不便であるのか、どのような施設が足りないのか、テストケースとなるらしい。
校舎の一部も老朽化が進んでいるため、新しい校舎に変わるだろう。その時は男女の生徒や、変な話の舞台として使用されるはずだ。
交換生制度の期間は、四月一日から七日までだ。羽津学園の生徒は期間後、元の羽津学園へと戻る。彼らに対して何か特別なことが行われるわけでもない。特別、何かが得られるわけでもないと教師から話を聞かされていた。ただ、絶対に変なことをやらかすなとお達しが来ている。清く正しい、学園生活を。それが今回のスローガンだ。
周りの男子から羨ましがられる女学園内部調査(一部男子の呼称である)。そのメンバーはどういう選考がされたのか、詳細は不明だ。ただ、冬治の知り合いは一人もいなかった。冬治以外の男子生徒は女学園側と親交のある生徒が多い。羽津女学園関係者の息子、共同行事の際に協力した品行方正な生徒とのこと。
そこら辺と繋がりのない冬治にとって多少疎外感あふれるメンバーかもしれない。とりあえず、普通っぽい無難な生徒も入れちゃうか……そんな感じで決められたのであろう。真実は不明だが、冬治はそう考えている。
「よし……」
学園の準備を終え、冬治は古ぼけたアパートの一室を出る。郵便受けに何かが入っているような気がした。まぁ、帰って確認すればいいだろう。何せ、茶碗もシンクにつけっぱなしで余裕が無いのだ。
朝、余裕を持って行動する秘訣は寝る前の準備である。何かの言葉を思い出したものの、納得できても行動に移せていなかった。ま、明日から頑張ればいいよねと言うのが冬治の考えである。
冬治は明日からの成長を願い、扉を開ける。そこには人の気配があった。
「おはようございます」
「おはよう、ございます」
突然の挨拶に驚きながら、冬治は声を発した相手を見た。
「夢川冬治君、ちゃんと眠れたかな?」
「あ、生徒会長」
これまで冬治が通っていた学園の生徒会長だった。クールな印象を受ける人物で、話しているところをあまり見た事が無い。基本的に副生徒会長が仕切っているため、彼が表舞台に出てくることはあまり無かった。そのため、名前も今一つ覚えていない。女子に人気はあるが、男子からは微妙である。
それで生徒会長が務まるのかと言えば、リコールが起こっていないので問題ないのだろう。
「タロットカードを知っているかい?」
「タロットカード?」
冬治は首をかしげた。聞いたことはあるが、どういったものかは良く知らない。ふと、頭の中に人参が現れる。自分の寒い頭へ、それはキャロットだと突っ込んだ。
「まぁ、知らなければ調べるといい。これから、僕の……いいや、君の、未来を暗示してくれる。このカードはきみ自身と言っていい。君がストップと言うまでシャッフルし続ける」
生徒会長は束ねられたカードのシャッフルを始める。時折、前後を逆にしながらシャッフルをする。
「うーんと」
中々見ほれるようなカード捌きであった。この人、カードをぶちまけたりはしないのかな。かすかな期待をこめて見続ける事、九分。生徒会長の我慢が限界に近付きそうだった。
さっさと、止めろ愚図野郎っ……鋭い眼光が冬治を射抜いた。
「す、ストップ」
慌てて静止をかける。目の前にはよく混ぜられたカードがあった。
「さ、ひきたまえ」
「わかりました」
カードに手を伸ばす瞬間、冬治の頭の中に旅する男と、犬が見えた……ような気がした。
「どうした?」
「いえ、何でも……じゃ、引きます。俺のターン、ドロ……」
「黙って引きたまえ」
「はいっ、すみません」
カードから、変な鼓動を感じる。まるで、自分の心臓と呼応しているかのようだった。
「あのぅ、一番下とか引いても大丈夫ですか?」
こんな冗談にも怒るのだろうな。そう思って生徒会長を見た。
「好きなようにするといい。どこを引いても、君が引いたのだからそれが全てだ」
意外にも穏やかだった。早速下から七番目辺りに手を伸ばそうとする。
「ただ、カードをぶちまけたら覚悟をしてもらう」
結局、冬治は一番上のカードを引いた。
「このカードは……」
引いたカードには髑髏が鎌を持って笑っていた。
「……死神?」
「死神の正位置か。君の役目は決まった。そのカードは君の心臓で、一枚で数百万するカードだ。無くしたり、誰かに取られたりするんじゃないぞ」
「どういう……」
カードを見ていた冬治は更に説明を求めようとした。だが、顔をあげた先に生徒会長の姿はなかった。あるのはさびれたアパートの廊下だったりする。
「全く、何なんだろう」
冬治は不吉そうな骸骨を眺めるとため息をついて、羽津女学園へと向かうであった。
その日一日、冬治はあまりいい気分ではなかった。慣れない場所での勉強が原因だと思われる。今日はおとなしく家に帰って明日から頑張ろう。
特筆することなく、たったそれだけで四月一日は終わってしまった。