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戦國鬼神伝  作者: 淡路
壱ノ巻
9/64

刺客《後編》

「安土山の堅固な結界を破ってくるとは……」


家康さんがぼそりと呟いて身構える。

犬千代はさっきからずっと唸っている。


俺はどうしても嫌な予感がしてならなくて、立ち尽くしていた。


「なんの騒ぎだ⁉︎」


屋敷の奥から三左さんと、廊下の右側から江与が出てくる。


三左さんは男に気づいたのか、目を見開いて少し驚いたようだった。


「お前……どこかでーーー?」


三左さんが言っても、男は無言だった。


ていうか、江与と会うの久しぶりじゃね⁉︎


「江姫‼︎来ちゃダメだ‼︎」


犬千代が叫ぶけど、すぐに犬千代はやってしまったとでも言うように口を手で塞いだ。


……え?ごうひめ?


「……っの、馬鹿千代‼︎」


三左さんはそう叫んだけど、黒い男の方が江与に槍を向けて跳んでくる方が早かった。


その時、銃声が響いた。


俺達は一瞬驚いて動けなかった。


銃声を響かせたのは、江与の拳銃?だった。

拳銃じゃなくて、火縄銃のお手ごろサイズ版?

黒塗りで金属の所は赤で塗られてある。


「ふふ、叔父上様に15の時貰ったの。いい銃でしょう?」


江与が不敵に笑う。その様はまるで機嫌がいい時の信長だ。

って、江与ってそんなキャラだったのかよ⁉︎もっと何かほら、わらわーとか、〜じゃ!とか言うキャラじゃなかったっけ⁉︎


「この馬鹿千代‼︎樹にもバレただろ‼︎」


「誰が馬鹿千代だ、この戦闘馬鹿‼︎どうせ言わんといかんかったんだからいいじゃん‼︎」


え、ええ……?

話が全く分からないんですけど……?


「樹殿が困ってるから私が言うわ。

私の本当の名は浅井江。近江一国の主であった浅井長政と叔父上様ーー織田信長公の妹であるお市の方から生まれた末娘よ」


つまり、一国の姫⁉︎


どうりで狙われる訳だ!


「隠していてごめんなさい。最初は、貴方の事も立場上信頼できなくて……」


まさかのカミングアウト。

美少女だから許す。


『兄上、大丈夫〜?』


え?何このKYな声。どこから?


江与……じゃなくて、江姫を狙ってきたあの男の方からだ。でも、男はさっきからうずくまってる。

も、もしかして、銃弾が当たったとか⁉︎


そんな事思ってたら男はすっと立ち上がる。さっきまで顔を隠していた布は江姫が撃った弾が当たったのか、取れて顔が見える様になってしまっていた。


その顔を見て、三左さんは男をギロリと睨む。


「てめぇッ‼︎」


え、もしかして知り合い⁉︎


男は、俺と家康さんと犬千代がいる庭の方を向いた。


体は相変わらず忍者みてぇな黒いマントでわかんねぇ。

髪は黒色で、頭の上の方でしばってるけど三左さんみてぇなストレートじゃなくて強い癖がついてる。

顔は見た目1二十歳前後ぐらいでどことなく誰かに似てる。

その誰かが、三左さんと蘭丸だって事がすぐにわかった。


蘭丸がいつの間にか廊下の、江姫の近くに立っていたからだった。


「あ……兄、上……?」


蘭丸のか細い声に、男はまた屋敷の方を向く。


『兄者、見て!兄上だ!』


また、どこからか声がした。


『力丸、静かにしてないとダメだよ』


えぇ⁉︎2人いる⁉︎


『ねぇ、兄者』


『ねぇ、もしかして視えてるの?』


え?


すぐ近くに、子供が2人いた。

しかも、下半身が透けて足がない。


「うおわぁぁぁあっっ‼︎⁉︎」


ままま、まさかの幽霊⁉︎


『どうして?なんで普通の人間が視えるの?』


「み、視えるって……家康さんとかも視えてるっぽいけど?」


その証拠に、家康さんと犬千代は俺と幽霊を見てポカンとしてる。


『そりゃあ、ここにいる人は鬼だし』


『普通の人間じゃないもんねぇ』


このガキ共……腹立つ!


「……坊丸、力丸。うるさい」


男が屋敷の方を見たまま、俺達の方を向かずに静かに言った途端、2人の幽霊はしゅんと俯く。

この2人似すぎで坊丸って名前の奴がどっちか分からねぇ。


「てめぇ……殿が本能寺で倒れた後見かけねぇと思ってたら、猿側についていやがったか‼︎」


三左さんが言う。こんなに怒った三左さんを見たのは初めてだ。

そりゃ怒れるよな、息子が敵側にいたんだから。


そんだけ大切な息子だったんだろうな。


「てめぇは今ここで、俺が殺す!」


三左さんは男に向かって槍を振り上げる。


男は無表情で三左さんの槍を自分の槍で受け止める。


「やめろって、三左さ……」


俺が止めようとした時、さっきの幽霊2人が俺を挟み撃ちにする。


『止めさせないよ、君には』


『親子喧嘩ってね、他人には止める事はできないんだよ』


「うるせぇ‼︎どけ、クソガキ‼︎」


俺がキレた時、家康さんの声がした。


「目を瞑りなさい、樹殿‼︎」


「えっ⁉︎」


家康さんはあの黒い手袋をしていた。

それが何を示すか知ってる俺は言われた通り目を瞑る。

ちょっと待て。これ、巻き添えパターン‼︎


「『射光』‼︎」


家康さんが叫んだ途端、目を瞑っている俺の前で一瞬大きな光が瞬いた気がした。


恐る恐る目を開けると、2人の幽霊が目を伏せていた。


「……幽霊にも効くのですね、目くらましは」


家康さんが不敵に笑う。


『兄者、兄者、どこぉ……?』


『力丸、どこ?眩しすぎて見えない……』


い、家康さんスゲェ‼︎


「何の騒ぎじゃ」


えっ⁉︎


これまたKYな事に、いつの間にか信長が江姫と蘭丸の前に立っていた。


黒塗りの、以前持っていたものとはまた違う火縄銃を持って。

信長の火縄銃は江姫の奴とは違って細長くて、金属部分は金色で、銃口の近くに家紋が白抜きで描かれてある。


「『炎羅』⁉︎こんな至近距離で使ったら三左衛門殿にも被害が加わるわ!やめて、叔父上様‼︎」


江姫が叫ぶけど、信長は聞かずに撃つ準備を着々と進める。


「……あの、えんらって何すか?」


俺は家康さんに聞く。


「……『炎羅』は信長様の愛銃ですよ。他の火縄銃より倍の火薬を使うので威力も普通の火縄銃の倍以上あり、その威力は人間3人ぶっ飛ばす程だと聞いています」


す、すげぇけど、ヤバいだろ‼︎

だって今三左さんと男は槍で一騎討ちして、かなり至近距離だぞ⁉︎

江姫が叫ぶ理由も分かる。


「信長‼︎」


「父上……兄上‼︎」


俺が叫んですぐに、蘭丸が叫ぶ。


そして、耳をつんざく程の銃声がまた安土山に響く。

俺は咄嗟に目を瞑った。


この屋敷の近くにいたらしい鳥達が一斉に逃げていく音がする。


目を開くと、そこには何ら変わらない三左さん達の姿があった。


信長以外の、この場にいた全員が何が起こったか分からなくて茫然としていた。


信長は、空に向かって銃を撃ったのか、『炎羅』の銃口は上を向いていた。


三左さんと槍を交えたままの男の横顔は、目を見開いて驚きを隠せないようだった。


「まさかこんな形で再会するとは……随分静かな男に豹変したのう、森勝蔵長可」


名前は森長可ってことか。


呼ばれた途端、森長可はまた無表情に戻って三左さんと交えていた槍を下ろす。


「帰るぞ、坊丸、力丸」


『や、やっと見えたぁ!』


『早く太閤様の所に帰ろうよぉ』


「ッ……待て、お前ら‼︎」


三左さんが止めようとする。

すると森長可は身軽に安土の塀に飛び乗る。


「ーーー……太閤殿下に報告する」


そう言い捨てて、3人の刺客は消えた。


いつの間にか、空は赤色に染まっていた。



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