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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
64/64

斜陽


それから15分程で目的地に到着した。駿府城から結構近くて心配だが、家康さんを信じるしかない。

どうやら大きなお寺みたいだ。俺達は境内へ入り本堂へ身を隠した。


「ごめん、俺のせいで……」


犬千代が息も絶え絶えに何度か謝ってくる。半蔵のおかげか、出血が大分治っている。普通の人間じゃあ即死だろうに。


「俺な、殿が留守の間に……徳川殿と喧嘩したんだ。先の関白……秀吉と俺は、昔から仲が良くて……表で仕事をどんどん進めて、秀吉なんかすぐ忘れた徳川殿に、腹が立って……徳川殿を向島に行かせる羽目になった」


そういえば、家康さんは少し前向島で過ごしていたことを聞いたような……それは、犬千代曰く喧嘩のせいだったのか。

犬千代は政治とか、全く参加してないのかと思った。そういえばまだ犬千代は鬼術を持っているとはいえ人間として生きてるんだもんな。

秀吉と仲が良かったってことは、秀吉のことも信長のことも事情を知ってたってことなのか?知ってて俺や家康さんの味方をしてくれたっていうのか?


「……俺のこと、軽蔑するか……?」


涙目の犬千代にどう声をかければいいか分からなくて、つい黙ってしまった。江が心配そうに俺と犬千代を交互に見る。そこでタイミングよく、何処かへ出かけていた蘭丸が帰ってきた。何故か蘭丸の髪は、肩より少し上程の長さまで短くなっていた。


「く、薬を買うために市へ行ったんだけど……食料とかもいると思ったら手持ちが少なくて……女の物として売ったら高値で売れてしまった……」


嬉しくなさそうに乾いた笑い声を上げ、蘭丸は袋に入った人数分ほどの米と、大根をその手に持っていた。

高いと聞いた米を買ってきて更に高価であろう薬を持っていない辺り、やっぱり戦国時代の武将だなあと、俺も苦笑いしてしまった。蘭丸曰く「鬼術」を使う者はほぼ鬼と同然だからそう死ぬことは無いんだとか。

そして蘭丸は疲れには甘いものがいいと、まさかのカステラを自分の少ない荷物から取り出した。安土から持ってきてたのか?潰れてないのが凄いんだが。


「……これからどうするべきかしら。ずっとここにいる訳にもいかないだろうし」


江がポツリと呟いた。確かに、信長が俺達の後を兵に付けさせてたら終わりだ。そうじゃないとしても、すぐにバレそうだ。


「前田殿の傷が癒えるまでは留まりたいですが、その後我々も大坂へ向かうべきか……」


蘭丸が顎に手を当てて考える。信長はああ言っていたがそれが真の目的ではない気がする。真の目的がまだ分からない以上、俺達だけで大坂へ向かうのは大分危険なんじゃないかと思うけど……

江と蘭丸はそれどころじゃないだろう。家族なのに、小姓なのに信長から何も伝えられずに置いていかれた。どれだけ心に突き刺さったか計り知れない。


「アタシはやめた方がいいと思うわよ、ガキ共だけで行くなんて」


やっぱりそうだよな、犬千代だけじゃなく俺達も混乱してる中、まだ大坂へ行くとか決める訳には……



ん?何か聞こえてはいけない声が聞こえたような……



「うっっま!やだ、何これ美味すぎだわ!」


声の聞こえる方向に俺達全員が顔を向けると、見覚えのあるオカマがそこにいて、俺達全員一斉に大声で叫んだ。


「何でいるんだ、今川義元ー!!!!」


俺達の叫び声を間近で聞いて、元凶まで悲鳴を上げた。


「何よ、急に大声出さないで頂戴!」

「な、何でいるんだお前!」

「それはこっちの台詞よ糞ガキ共!ここをどこだと思って入ってきてんのよ!」


義元の言葉が理解できなかった。俺は家康さんに言われてここに来ているだけであってこの寺がどういうところかはもちろん知らない。そこで蘭丸が「あ、僕分かっちゃった……」と凄く残念そうに呟いた。それを聞いた義元は満足そうに声高々に言う。


「そう!ここはアタシん家の菩提寺、大龍山は臨済寺なのよ!つまりアタシの寺よ、アタシの!」


よくあるベタなオカマ笑いをするが俺は頭が悪いのでもちろん寺のことなど知らない。例の如く蘭丸に聞くと、簡単に言えば今川家代々のお墓があって、尚且つ義元自身が名前を改めたお寺……なんだそうだ。

ああ、そうか。そこで俺は合点がいった。

今俺達の目の前にいる男こそ正真正銘、本物の今川義元なのだ。彼は俺達と駿府城で会った時も含めて、本体は今までこの寺で潜んでいたのだ。


「でも今は徳川様の領地なので実質徳川様のものですよね?約20年前に建て直したのも……」

「お黙り小僧!ちょっと可愛い顔してる癖に毒吐くんじゃないわよ!」


義元の言葉にゾッとしたらしく、蘭丸は顔を青ざめて俺の後ろに回った。それを見て義元はこめかみに青筋立てて仁王立ちした。


「あのね、何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、アタシ恋愛対象は女だし倅だっているし、アタシの軍だってみんな普通のむさっ苦しい男どもだからね!」

「元々お前が男か女か分かんねーような奴のくせに一丁前のこと言いやがって……!」

「うっせー馬鹿犬おめーもそんなもんだろ!静かに寝てろ!」


犬千代の言葉にもすぐさまツッコミを入れるとこ、大分面白いオカマだなあ今川義元……根はいい奴だなさては。


「……ともかく、アンタ達がここへ来た理由は大方予想できるわ。どうせ尾張のうつけが動いたから、蔵人佐元康が寄越したんでしょう」


……やるじゃねえか今川義元。

俺達の感心した顔が癪に触ったらしく次は額に青筋が立ったのが見えた。


「あのね、アンタ達絶対アタシの事下に見てるでしょ」


俺達は黙秘。なんだかんだでやっぱりこいつの思い通りになるのはこっちだって癪に触る。だって第一印象最悪だし。


「フン、まあいいわ。別にアンタ達に嫌われても損は無いしね。ま、アンタ達は損でしょうけど」

「……どういう意味よ」


江がギロリと義元を睨む。信長に少し雰囲気が似てる江は苦手らしく、顔を歪ませて少し退く。が、すぐに気を取り直して俺達を見た。


「信長が動いた以上、このアタシも悠長に寺に篭ってる訳にはいかなくなったの。いずれ大坂へも向かうだろうから、その時は一緒に行ってあげても……ちょっと待って、なんでそんな嫌そうな顔なのよ!海道一の弓取りがアンタ達を護衛してやるっつってんのよ!?」


なーんかなあ、気が乗らねえなあ……それは他の3人も同意見らしい。まあ付いて行ってやらんくもないと、蘭丸とアイコンタクトを取った。


「でも一つ条件があるわ。お前は江戸へお行きなさい、浅井江。鬼術を持っていた親から生まれたお前でも、生身の人間であることに変わりは無いわ。アンタはお留守番、戦場に女は不可侵よ」


きっぱりと断られた江は不服そうだ。しかし江の中で納得したのか、すぐに黙ってしまった。そういえば今、義元がポロッと言ったが江の家族の話は聞いたのは初めてだ。信長以外の親族の話は聞いたことがない。以前信長とも話しているところを見ていた感じ、あまり詮索のようなことをされるのは好きではないらしい。しかし義元は続ける。


「あの狸でも倅の嫁を邪険に扱うことはないでしょう。もういい歳なんだからいい加減大人しくしてなさいな」

「うっ……歳のくだりは、貴殿にだけは言われたくない!」


なるほどなあ、家康さんの息子の嫁…………


「嫁!!!!??」


俺は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげてしまった。しかしその場にいた皆俺に向かって何を今更と言うような顔で見てくる。


「そりゃ、この子の年齢からしたらもう嫁入りしてるに決まってるじゃない」

「……ごめん、樹。僕も知ってました」


俺はせめてもの救いと思い蘭丸を見たが、蘭丸まで「……まあ、御生まれの年から換算すれば……」と言う。それは卑怯だぞ!俺は江の生まれた年なんか知らねー!

いい歳っていうくだりは気になったんだが江の目が怖いので聞かなかった。後で蘭丸にこっそり聞いたら俺よりひと回り程年上で目が眩んだ。お、俺の周りにいる戦国武将はもっと年上だもんな!まだマシな方だよな、うん!


「そういう訳で、お前は今晩にでも江戸へ帰るのよ。道中侍女ぐらいは付けてあげるから」


江は自分だけ仲間外れのようにされたのが悔しいのか、それとも純粋に寂しいのか、なんとも言えない表情をした。そういえばどこか行く時は大体、江がいたなあ……信長と会う機会ができたのも江のおかげ?だったし、これほど遠く離れるのは初めてなんじゃないか?


「樹、蘭丸殿。伯父上様をどうかよろしくね。伯父上様のことだもの、私達を裏切る……なんて考えたくないのだけれど。きっと何かあるに違いないわ」


夕方、日が傾いた頃に江は護衛と共に江戸へ向かう事になった。その時の江は、とても大人びていた。さっきの複雑な表情は消えて江自身も何か覚悟を決めたような顔だ。

俺達は別々の場所で、別の戦いがある。江の表情がそれを語っていた。

江の姿が遠く消えた後、残った俺と蘭丸は義元に呼ばれた。義元に聞くと、犬千代は事情を知る住職に任せているという。

本堂は昼間も薄暗かったが、夜もまた不気味な雰囲気を醸し出している。俺達が3人、円を描いて座った時、蝋燭が風で揺れる。


「姫を江戸に追いやったのは言うまでも無くこれからを憂いた結果よ。姫やアンタ達には悪いけどね」


義元のその言葉を聞いて俺達は顔を見合わせた。口には直接出してないが、義元は俺達に謝ったらしく、驚いた。信長とはまた違った傍若無人ぶり……かと思ったが、義元も義元で考えて行動しているのを納得した。今川義元はやっぱり、並大抵の戦国武将ではないようだ。


(さきの)治部大輔殿、貴殿のお考えをお聞かせ願いたい。女性である江姫様を江戸へ向かわせる程、“海道一の弓取り”と謳われた貴殿が憂うこれからの事とは」


蘭丸が前のめりになって義元に問いかける。義元は手に持つ扇をパチリと鳴らして、言いにくそうに唸った。しかしため息を吐いて決意を固めたのか、口をおもむろに開いた。


「これから……そうね、一年は経たないうちに、日ノ本で天下を揺るがす戦が起こるわ」


「天下を!?」


俺達は驚いて、つい義元の放った単語を復唱した。その反応に義元は真剣な表情でそうよ、と返事をした。


「アタシだってこの約四十年を無下にしてきた訳じゃないわよ。あの尾張のうつけが裏で豊臣の猿と手組んでたのは既に知っていた。頃合いを見てアタシが先手を打とうと思ったのだけど、そう上手くはいかないわね。もうすぐ蔵人佐もまた動くでしょう。今じゃ日ノ本で一、二の力を持つあれらが衝突したら天下を揺るがす程の大戦に発展するのは必然だわ」


成る程、義元の言う通りだ。それを見越して動こうとしたのは義元はやはり並大抵の武将ではないと改めて感じた。


「それで、我々は一体何をするべきなのでしょうか。樹以外ほぼ死人である我々に、一体何ができるのでしょうか?」


蘭丸が義元にもう一度問う。その表情は心なしか不安が混じっているようにも見える。そりゃそうだ、ずっと信じて仕えてた信長が急に敵方へ回ったら俺でも途方にくれる。蘭丸は信長を信じて「鬼術」ってやつを使ってここまで生きてきたんだろうに、きっと信長とまた会って問いただしたいだろう、「何故自分に何も言わず去ったのか」って。


「……アンタがうつけに会いたいのはよ〜〜く分かるわ。でも、まだよ。あれらとアタシ達、決定的に違うものは何か?お前達なら分かるでしょう」


そう言われて俺は蘭丸の顔を見た。蘭丸はそのまま義元の目を見据えて少し間を空けて答える。


「戦力……ですか」

「そうよ!魔王の小姓、話が分かってんじゃない。アタシ達は兵と武器即ち戦力が圧倒的に無い。これじゃ今大坂になんて行ったら門前払い食らって終わりよ。だからアタシ達は天下の大戦前に力をつける。」

「力をつけるったって、一体どうやって……」


俺が聞いた途端、義元は急に気味の悪い含み笑いをした。


「ククク……苦節四十年、アタシはねえ……ずぅっと欲しかったものがあるのよ……何だと思う?」


蝋燭しか灯りがないことも相まって、義元の意味の分からないくらい不気味で強い気に当てられ、俺と蘭丸もつい唾を飲み込んでしまう。



「そう……『種子島』よ!!」



俺は興奮した様子で高々しく宣言した姿を見て呆気にとられた。なんで島?いくら金持ちそうな義元でも島買うのは今は違うと思うけどなあ……

俺がいつものように唸っていると蘭丸が例の如く耳打ちして『種子島』とは火縄銃であることを教えてくれた。


「前治部大輔殿、あれが幾らするかお判りですか!」


蘭丸が義元を向いて声を荒げる。なんだか今の蘭丸はどうも切羽詰まってるというか……2アウト満塁で追い込まれた野球選手みたいな?やっぱり、信長のかつての敵だった義元とか光秀さんとかにはこんな感じで余裕がない感じが目立つなあ。


「フン、生き急ぐのは得策じゃないわねえ。あ、もう一度死んでたか。ま、アンタみたいな奴のためでもあるんだから、このアタシの決断は」

「いい加減抽象的に伝えるのはお止め頂きたい!我々は貴殿に長年仕えていた側近ではございませぬ!物事は具体的かつ()く・合理的にて申し候え!!」


聞いたこと無いくらいの怒号と共に床に振り下ろされた強い拳の風圧で蝋燭の灯りが消えた。辺りが真っ暗になって一時沈黙と暗闇に包まれて俺は一瞬ビビったが、すぐに蝋燭の火が復活した。消えた蝋燭に義元の指が少し触れた時に火がついた様に見えたのは気のせいか?この火も、義元の幻とやらで作られているのか?

灯りが復活したところで義元が笑いを溢す。


「やっと本性を現したわね第六天魔王とやらの小姓……考え方があのうつけのまんま。アンタ、そっちの方がお似合いよ?」

「うるさい!余計なお世話です!そんな言葉、今となってはもう、お世辞にも褒め言葉とは言えない……!」


蘭丸は今までの剣幕が嘘の様に大人しくなり、力無く項垂れた。そうだよな、こいつ、多分小さい頃からずっと信長の家来として側についてたんだ。三左さんは勿論、ほぼ親と同然だったんだ、蘭丸にとって信長は。

それをあんな風にいとも簡単に裏切られるなんて、只でさえ一度裏切られて死んでるのに、何も信じられなくなっちまうよな……


「自分の事になると急に鈍感になるのもどこかの成り上がり田舎大名そっくりで、本当に可愛くないガキねえ!」


義元は虫の居所が悪くなったのか、すくりと立ち上がって頭を軽く掻いて自分の髪を払った。その長い白髪は蝋燭の灯りに照らされて赤みを含んだ銀色に煌めく。


「自分が今ここでまだ生きている理由、それを証明する為にこれからを生きていけばいいじゃない」


なんだか核心を突くような言葉だ。まだ生きている理由か……なら、俺は「何故この時代に呼ばれたのか」を知るために、こいつらと新しい旅をしよう。この時代を生きて、そのゴールに今度こそ俺がここへ来た意味を見出してやろう。


そして今度こそ、俺は最後まで一緒にいた信頼できる仲間と笑ってやろう。


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