表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
60/64

徳川三傑


あれから2週間と少しだろうか。おそらく現代の愛知県である尾張、三河を越え、俺達5人は無事駿河国へ辿り着いた。残念ながら俺の拙い学力では愛知県の隣にある県が岐阜県がその一つであることぐらいしか知らない。

休みながら来たといえ、さすがに尻が痛い。馬を教えてもらっておいてよかった……

駿河国の街へ出る前に俺達は馬のスピードを緩め、馬を歩かせた。

犬千代も早駆けの特性を駆使したためか、かなり体力も消耗しているだろうということで、俺達は町で腹を満たすことにした。駿河の町もなかなか栄えている。俺達は馬を降り、俺もつい辺りを見回す。


「ここは本来は次郎三郎の領地のはずだが……あれは今江戸へ移封されていたのだな」


信長が馬の鬣を撫で、馬を降りた。家康さんは元々隣国三河の領主の子で、幼い頃に家臣に裏切られ駿河の領主の人質であったらしい。その頃、織田家が無理矢理な形で尾張に連れて行き、信長の兄と人質交換という形でまた駿河へ戻ったんだとか……苦労してんだなあ、家康さん……


「との、あそこの甘味が食べたい!」


犬千代が目を輝かせて少し離れた所を指す。看板に右から「甘味」と書かれたのが辛うじて読めた。

信長も甘いものと聞いて心なしか嬉しそうに見える。


「伯父上様、確かこの辺りであの素波と落ち合う予定では?」


江与が信長の隣に寄る。江与は前と比べて大分髪の毛が伸びた気がする。前ざっくり行ったからな……日光に照らされで煌めく銀髪が肩あたりまで伸びている。


「ああ。その前にだな」


甘いものが早く食べたくて重要な話をまるで聞いていない。こういうとこあるよな、信長って……


「まあまあ、腹が減っては何とやらと申しますし」


蘭丸が笑って行きましょう、とその店を指す。

店主に各々食べたいものを言う。信長の羊羹全種類買いと犬千代の饅頭10個には驚かされた。ちなみに江与は饅頭一つ、俺と蘭丸は隣の店で餅を2切れずつ買い、近くの一杯一銭の立ち飲み茶屋へ寄った。


「金平糖もあるぞ」


信長が腰につけていた巾着の中から、紙で包まれた小さく色鮮やかな金平糖を出した。一つ貰うと、現代と変わらない甘さが口に広がる。


「……そろそろ来ても良い刻なのだがな」


信長につられ、俺も町を見渡す。するとそこに丁度、時代劇に良くありそうな光景が。

女の人が1人、数人の男共に無理矢理腕を掴まれてどこかへ連れて行かれそうになっている。それを後から追う10歳くらいの少女。少女の腕には赤ん坊と、手を繋がれたもう少し幼い少年。


「おっかあ、おっかあ!」


少女の目には涙が溜まっている。俺は走り出そうとしたが、隣から「待て」と信長の低い声と腕を掴まれて止まる。犬千代も首根っこを掴まれている。

見ていると、男の1人が向かってきた長身の男にぶつかった。案の定その男は絡まれる。その後ろには男の肩ぐらいの身長のポニーテールの女……いや、少年?


「おい、謝りもしねぇのか?御武家さんよ」


ゴロツキの1人が長身の男の洋風な着物を掴み、凄いメンチを切っている。ああいうのって、結末決まってるんだよなあ……

多分あの男の人が……


「おいてめー、さっさか歩けよ小平太ぁ!後ろつっかえてんだろが!」


予想外にも、後ろの少年?の暴言が返ってきた。でもあの身長からして少年と言うには少し声が高い気もする。ドスはバッチリ効いてるんだけど。


「万千代……大きい壁があってここは行き止まりのようです。よく目を凝らして」


「目を凝らすのはてめーだよ、この細目!ガッツリ目ェ開けろ!」


なんだあいつら……コントでもしてんのか?見てて飽きないな、あの2人……

と、思っていたら長身の男がゴロツキ達に胸倉を掴まれて、まさかのこちらへ飛ばされてきた。大きな音がして商品が崩れ、店主は顔が真っ青だ。


「はあ……何と面倒な……」


「何だお前ら!さっさと退けよ!」


ゴロツキの頭らしい男が痺れを切らし、手にしていた刀を鞘から抜いた。その刀は少し離れた俺の目からも分かるほど刃こぼれを起こしていた。

うーん、現代でよく見る時代劇の風景が俺の目の前にあるんだが……釈然としない。現実味がないよな……


「おいおい……町人風情が何しゃしゃって刀なんざ持ってやがる……今は天下のお猿様の刀狩のご時世だろうがよぉ!」


口の悪い声が近づいてきて、俺達の目の前に立った。

柔らかそうな髪は風に揺れ、健康的な日本人肌とつり気味の大きめの瞳は日光で反射して青にも緑にも紫にも見える。狭い肩幅と間近で見ると思ったより華奢だ。その人は明らかに、俺と年も変わらなそうな少女だった。


「あ?何だお前ら」


「万千代、待て、その方は……」


長身の人が砂埃を払いながら立ち上がる。すると後ろから影がかかり、江与が突然「危ない!」と大声を出す。

しかし心配も無駄なことだった。江与が叫んだと同時に、少女が帯刀していた刀を鞘ごと抜いて、ゴロツキの刀を叩き落とした。地面にざくりと音を立てて刀が重々しく突き刺さる。


「貴様ら、この俺達を徳川三傑と知っての狼藉か?」


徳川、三傑?

それを聞いた途端、ゴロツキ達は女の手を放し、その家族は一礼して逃げるように去った。

この2人、まさか家康さんの家来?


「七星樹、織田の方々!」


そこで、俺達が来た反対方向から走ってきた見知った顔が1人。忠勝だ。


「チッ、平八郎か」


少女が舌打ちをする。長身の男は忠勝に向かって微笑む。


「それでは、貴殿らが客将、という訳ですね。不在の我が殿に代わりではありますが徳川家臣皆、歓迎致しまする」


長身の男は俺達に向き直して頭を下げた。確かに、言われたとおり細目で目を閉じているのか開いているのか分からない。だが、優しそうな人だ。


「某の名は榊原式部大輔康政。通称は小平太と申します。そしてこちらが……」


小平太さんが少女をちらりと見るとそれに気づき、無愛想ながら少女も名乗った。


「井伊兵部少輔直政だ」


「万千代とでもお呼びください」


お前が言うな、と怒声と共に小平太さんを蹴る万千代。男勝りが増えてくるぞ……

いや、待てよ?直政っていうんだからこいつやっぱり男なのか?でも男にしては体つきが……


「あ?てめー何じろじろ見てんだ」


何故か怒りの矛先が俺に。いやジロジロ見た俺が悪いけども!


「いいか、俺は変な術のせいで女になっているだけだ。次に女っつったら首と体はくっついてないと思え」


いやまだ何も言ってねえ!エスパーかよ!


「俺はな、我が父上のために鬼術を使うんだ。……俺の話なんてどうでもいいだろ!」


今度は俺の右頬に鉄拳が降ってきた。お前が先に話してきたんだろーが!ちくしょう、痛え!女の力じゃねえ!

俺がぐったりしていると、万千代と小平太さんはある人物に膝をついて頭を下げた。


「斯様な場所で再びお会いできようとは……お久しゅうございます、江姫様」


この3人は知り合いみたいだ。しかも大分畏まっている。小平太さんが更に深く頭を下げると、江与は一度慌てたように見せたが、小さく溜息を吐いた。


「……伯父上様は全てお見通しなのね」


江与は苦い顔をして信長の方を向いた。信長は得意気にふん、と鼻で笑った。俺には話が分からなすぎる。

でも、口の悪い万千代が何も言わず頭を下げているってことは相当何かあるんだな。


「皆、貴女のお帰りをお待ちしておりまする」


俺だけ状況を理解していない?いや、蘭丸も顔をしかめているから同じような事を思っているようだ。犬千代に至っては話を聞かずに饅頭を追加購入して頬張っている。その細い体のどこに大量の饅頭が入ってるんだ。


「……あの人の元に帰るのはなんだか癪に触るのよ。ふん、あっちが先に謝罪でもしてくれれば考えてあげても良くってよ」


ツンとした態度で江与が答える。この時代で最初に会った時とデジャヴを感じる。事情は分からないが、強情な性格はやっぱり織田の血を引いてるだけあるなあ……


「それはそうと、あの伊賀者はどうしたのよ。貴殿らが来るなんて一言も聞いてないわ」


そうか、さっき言ってた素波って忍者のことか。俺の知ってる限り伊賀者で忍者っていえば1人しかいない。


「服部殿ですか?貴殿らの近くにずっといるではないですか」


そこでようやく俺達はお互いの顔を見合わせた。信長が眉間に皺を寄せて犬千代のいる方を見ると、店主と談笑し犬千代の隣に座っていた者の襟を掴んだ。


「ぐえっ……首、首……!」


苦し紛れに声を振り絞るのは、いかにも商人の娘らしき装いの黒髪の少女。しかしその顔にはまさかの、半蔵の面影が見えた。


「いたのなら返事をしろ、惚け忍者」

「もっとマシな呼び方あるでしょーよ!」


信長が猫の首を捕まえるように襟を掴みながら言った。半蔵は怒るとこそこじゃねぇと思う。

変装を解かないのかと聞いたところ、こんな昼間に黒尽くめの忍装束なんか着て歩いていたら逆に目立ってしまう、ともっともな意見が帰ってきた。


「では皆々様、気を取直して目的地へ」


小平太さんの声で俺達はそれぞれ荷を持ち、店主に謝って店を出た。壊れてしまったところは後で小平太さんの部下の人が直しに来るそうだ。


「ところで、我々を呼び出した肝心の築山御前がおりませぬな。それに、落ち合ったのが貴方がたである事もどうにも腑に落ちません」


道中、蘭丸がここで口を開いた。築山御前ってのは瀬名姫の通称らしい。いくつも名前やあだ名があって大変だ。蘭丸は瀬名姫がここにいないこともずっと疑問に思っていたことらしい。確かに、呼んでおいてあっちがすっとぼけてるって事はないよな?まあそんな性格の女には見えないけどな……

すると小平太さんからすぐに返事がきた。


「実は現在の駿河の領主は豊臣の三中老の一人であり、駿府城のその人物が城主となっています。しかしながら……彼は一月前に消息不明となりました」


小平太さんが現状を教えてくれるが、よく分からなかった。詳しく話を聞くと、簡単に言えばこの国は家康さんの領地だったのが豊臣軍に取られて、その人もまた何者かにこの土地を取られてるらしい。

俺達の前を歩いていた徳川の家臣達が足を止めたところにそれはあった。


「それは築山御前が今川の軍旗を掲げた大軍と共に安土へ来られた事に関係がおありなのですか?」


蘭丸が更に問う。


「分かりません。ただ、無関係とは言えぬでしょう。駿府城がある場所は築山殿の伯父にあたる今川義元殿の居城、かつての今川館の場所ですから……」


小平太さんの言葉に成程、と唸る蘭丸。……に、日本史の成績平均「2」の俺は今川義元に付いて聞いた。蘭丸は俺に「そんな事も知らないのか」と言わんばかりの冷めた目で見てきたが軽蔑されようが知らないものは知らねー!蘭丸が教えてくれないので小平太さんに聞いた。


「今川義元殿は三河の西部に隣接する駿河国、遠江国を統治していた大名です。軍事面、外交面で払ったその手腕から『海道一の弓取り』の異名を持つ御方で、我が殿……徳川家康様の御正室であった築山殿、瀬名姫様の伯父上でもあります」

「ま、四十年くらい前におっ死んでるけどな。そこの大魔王様に負けて」


万千代が鼻を鳴らして信長を見た。信長は少しの間腕を組んで沈黙した。


「桶狭間か……」


信長の呟きで些少な知識しか持ってない俺でも気づく事が出来た。桶狭間の戦いって確か、織田信長が若い頃少ない人数で大軍に勝って有名になった戦いだったよな!あと、出陣前に踊ったやつ。

俺がうんうんと頷いている隣で蘭丸の冷たい視線が刺さるが、今は分かった俺がちょっと誇らしいので無視。そこで突然、信長が声を張り上げた。


「あんなもん“まぐれ”だ、“まぐれ”!」

「……えーーーーーッッッ!!!???」


それを聞いた瞬間、俺達全員顔を青くして一斉に叫んだ。教科書とか、妹に聞くと信長って計算高いから桶狭間も計算済み〜みたいなとこあるんじゃねーかとばかり……


「当時波に乗っていた今川の首を、まだ小大名であった織田が取ったのは偶然に過ぎん!多くの偶然が重なっての勝利に決まってるだろうが」


あの織田信長が恐れる程大きい存在だったってことか……なんかご本人の言葉を聞いて得したような損したような……


「殿ってば熱田神宮に神頼みするぐらいだもんなあ!」


ああ、犬千代の余計な一言のせいで信長が鬼の形相に……!

背後が殺気立った所で小平太さんが間に入って負のオーラを断ち切った。背後から魔王に眉間撃ち抜かれるかと思ったぜ……


「駿府城……かつての今川館の地にある、我等が家康公の以前の居城にございまする。殿は最近までとある一件で伏見は向島城にて過ごされておられたのですが、瀬名姫様から賜ったらしい文により一度三河岡崎城へ向かわれました。その途中、瀬名姫様の配下の兵により、ここ駿府城へ参られたと……」

「岡崎へ向かう途中に俺宛に書状が届いている。火急の報せ故に安土を経由せず岡崎へ向かう事になる、とな」


と、信長。


「私共にはおそらく三河を出た後、浜松付近で瀬名姫様配下の右筆に書かせたらしき書状が。殿の筆跡ではない、見た事の無い筆でしたし、急いでいたらしく所々乱雑でしたので」

「俺達徳川三傑に対する宣戦布告ってやつだろう?上等じゃねえか!」


万千代が指を鳴らすと、忠勝がそれを嗜める。お前、そっちでもお守り役やってんのな……万千代の言葉を聞いて小平太さんは眉間にシワを寄せて、


「不本意ではありますが……万千代と同感ですね。再び日ノ本が乱世へ戻ろうとしているこの時世に、火に油を注ぐようなもの……亡者は亡者らしく、大人しくして頂きたいもの」


その言葉は信長にも火に油なのでは……?振り返って信長を見たが、その言葉に怒りの感情を持っているようには見えなかった。


無表情だった。能面のような、人工物のような「何も無い」表情。


初めて見る信長のその表情に、初めて俺は怖い、と思ってしまった。その顔はだって、まるで本当の「死体」のようだ。

しかしすぐにいつもの信長の豊かな表情へ戻った。小平太さんが失言に気づいたらしいが、信長は気にしてないと嫌味ったらしく言う。

気のせいか?気のせいな訳がない!なんだか今までで一番胸騒ぎがする……


その時、俺達の頭上から目が開けられない程の閃光が走り、少し遠くから爆発音のような音が鳴り響いた。

何事かと全員見上げたが、太陽の光でよく見えない。しかしそこで、駿府城の門の上から何かが降ってくる。


「家康さん!?」


華麗に着地した煤まみれの男に俺達は全員驚きを隠せなかった。煤を払いながら笑顔で俺達に挨拶をした優男。行方知れずだった家康さんその人だった。


「これは皆々様……お揃いで!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ