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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
58/64

魔王の気まぐれ


「信長様、家康殿からの書状が届きまして御座います」

「うむ」


睦月中旬。新春の風もそろそろ落ち着いてきた頃。

信長は鷹の吾妻の体を鈍らせないよう安土山の空中を飛ばせていた所に、やってきた光秀を振り返った。光秀は片膝をついて信長に一礼し、書状を信長に見せた。それを見て信長は吾妻に合図をする。吾妻は利口に信長の腕へと帰ってきた。


ここで代読致しましょうか、と尋ねた光秀に信長は「良い」とだけ返し、また短く御意とだけ返事をした光秀から差し出された家康からの書状を受け取った。

さらりとその文を読み終えた信長はそれを光秀に返し、吾妻を肩に乗せて城へ身体を向けた。


「十兵衛、七星樹は」

「は、まだ寝ておると思われまするが」


現在の時刻は、ようやく白み夜明けを迎えた頃だ。乳白色の夜明けが闇に混じる様に空を染めている。


城の方へ足早に歩いていく信長に光秀が問うた。


「信長様、樹が如何致しましたか」


光秀の一言に信長が足を止めた。そして光秀を振り返り、悪戯を企む童のように笑った。

光秀は、嗚呼……この笑い方、何一つ変わっておらぬ、と内心頭を抱えた。光秀には、信長がこの笑い方をする時は悪巧みをすると決まっている事を知っていた。自然に光秀の口から溜息が漏れる。


「そろそろ……目覚めさせてやろうか」


背中越しの信長のその言葉は、何故か只ならぬ意味を込めた様に聞こえて、いつもの光景であるはずなのに光秀の胸中は靄がかかったようにすっきりしなかった。





ん……?ここは?真っ暗で何も見えねえ……

気がつくと俺はどこかも分からない場所へ立ち尽くしていた。辺りを見回しても何もない。視線の先も闇だ。


俺は恐る恐る、一歩前に足を出した。それと同時に背後から何かが滴る音がしてなかなかビビった。

音のした方を振り返ると、ポタポタと不定期に雫が垂れて、道標のように闇の奥まで続いている。


それを見た瞬間、悪寒が背筋を走った。何か知ってはいけない、という直感が俺の頭に浮かんだ。浮かんだんだが、同時に知らなくてはいけないと決まっていたかのように俺の足はその雫が続く方向へゆっくりと進む。


そして、その雫が赤い液体で、血液だということに気づいた。自分の顔が青ざめたのを感じたが、俺は足を止めずに一歩を踏み出した。


暗闇なのに、その赤は鮮明に見える。

その赤の終わりに、腕が見えた。力無く仰向けに横たわるその人物を俺は知っていた。


「信長……?」


ウェーブのかかった黒髪をポニーテールの様に束ねた色白の、俺と同い年か少し年上くらいの姿をした美青年。ついこの間まで力強く輝いていた真紅の瞳に光は無く、長い睫毛が邪魔をする。肌も人形のように生気の無い

その口の端からは吐いた血が流れて整った顎から滴っている。


「信長‼︎」


俺がもう一度そいつの名前を呼んでも返事は無い。俺が駆け寄ると、信長の腹に刀が突き刺さっているのが見えた。傷口からは赤い血が溢れ、刀は血に塗れて信長の生気を吸っているように白く禍々しく輝いているのが分かる。

俺は信長へ手を伸ばしたが、そこで急に俺の足は止まった。今度は俺自身の意思で。

刀を信長へ突き刺す人間の姿を見て、言葉の通り俺の足は固まってしまった。


白銀の長髪、硝子みたいに透き通った白い肌、整った顔のパーツ、真紅の瞳……忘れもしない。


紛れもなく、俺が戦国時代(ここ)へ来て初めて会った時の織田信長だった。


「な……」


俺は目の前の異様な光景に思わず絶句した。それを嘲笑うかのように銀髪の方の信長はニヤリと口角を上げた。

黒髪の、今の信長は銀髪の方に片手で抱き抱えられながら腹に刃を突き立てられていた。未だ微動だにしない。


なんで信長が2人いるんだよ……!


銀髪の方の信長は、黒髪の方の信長に突き立てた刀を抜いて、俺に背を向ける形で立ち上がった。少し影になってるけど、力無く地に横たわる信長が見える。

そして、刀を片手で上段に構えた。


「待てよ!何するつもりだ!そいつは……」


そいつは、お前なんだぞ⁉︎


俺の必死の叫びも聞こえてないようだ。

そして銀髪の方の信長が振り下ろそうとした時、俺は今までにないくらいに叫んだ。


「信長‼︎」



「呼んだか?」

「……え?」



信長の顔がそこにあった。信長は俺の顔を覗き込んで眉間にシワを寄せた。


「あ、あれ……?」


俺は夢を見ていた事を理解するのにしばらくかかった。

夢か……すっげえ安心した……


「何だ、俺が死ぬ夢でも見ていたか」


そう言った信長は何故か嬉しそうに笑った。

こいつは、時々何考えてんのかさっぱり分からない。


「だが、俺はまだ死ぬ訳にはいかん」

「いっ……てえ⁉︎」


そう言って信長は頭の中「?」で一杯な俺の右肩を突然叩いてきた。

三が日が終わって翌日から光秀さんに乗馬の稽古をしてもらってた俺は、初日から馬に振り落とされて肩に大きな痣が出来ていた。何で信長はそれを知ってるんだよ、ちくしょう‼︎光秀さんに聞いたのか⁉︎

肩をさすりながら起きる俺はいじめっ子のように笑う信長をギロリと睨んだが、信長はびくともしない。くそ、美形だからって許されることじゃねえよ……


ふん、と笑って信長は「来い」とだけ言ってそっぽを向いて廊下に出た。俺は慌てて寝巻きに貸してもらってた着物を脱いで、いつもの制服に着替えて信長に追いつこうと廊下を走っていった。


「どこ行くんだよ、信長!」


紅色と白の女物みたいな着流しに帯刀して、信長は団子を食べながら俺の前をズンズン進んでいく。


「せっかくだから城下を案内してやろうと思ってな」


そういや……戦国時代に来てからゆっくり城下町とか行ったことなかったな。

いろんな戦国武将にいろんな所に連れて行かれたせいで!


「商店街みてえ」


俺はつい、近所の商店街を思い出した。

まだ俺が小学生で茜が幼稚園に通ってた頃、よく親父に連れて行ってもらってたっけか。

戦国時代に来て、初めてホームシックになったかも……


「こうやって呑気に城下を歩いていると尾張にいた頃を思い出す」


信長が串を咥えながら呟いた。尾張……っていうと、愛知の……信長が(本当に)若い頃の拠点だったよな。


「外面はこうやって『うつけ』と呼ばれたあの頃に戻っていても中身は年老いたままなせいか……今になってあの頃は楽しかったなんて思ってしまうのだ」


信長は串を捨ててまた新しい団子を2本買って、その1本を俺にくれた。

やっぱり、信長も人間らしいと思った。

楽しい思い出があって、あの頃が良かったとか、あの頃に戻りたいとか思うって、やっぱり人間しかいないと思う。

確かに、嫌な思い出の方が頭に残りやすいとか言うけど……


「どうした」


信長が団子を齧りながら話しかけてきた。

性に合わない事考えたせいか?また頭痛がした。

俺は大丈夫だ、と言って団子を口にした。


「お前の家族でも思い出したか」


……半分図星……かも。


「俺さ、2歳下の妹と……4歳下の弟がいるんだ。特に妹は親父の海外出張に付いて行くから、会えるのが楽しくてさ。だから……」


だからあの日も、俺は……久し振りに会えた茜に扇子を買ってやった。それだけだ。

あいつ、無事だったかな。意外と女っぽい所あるからな、茜……心配してんだろうなぁ……


「兄が一人と弟妹が十余だ」


俺の落ち込んだ気持ちをかっ飛ばすような信長の声が聞こえた。


「全部俺の兄弟だ」

「は?」


兄が1人と……弟と妹合わせて10人以上……信長って最低でも12、3人兄妹ってことか⁉︎

どんだけ大家族……って、昔は一夫多妻制って聞いたことあるし、当然なのか?いやそれにしたって多いだろ!


「その中で兄とすぐ下の弟に裏切られた事がある」


賑わう城下の中で、俺達の間にだけ沈黙が流れた。そういえば俺って、信長の若い頃にあった事といえば「うつけ」と呼ばれた事とか桶狭間の戦いぐらいしか知らなかった。

小学生の頃に伝記か教科書で知った織田信長という男は、古い物をぶっ壊して新しい物を取り入れる革新的で誰もが憧れる戦国武将だと思っていた。多分きっと、俺みたいに歴史に詳しく無い奴はほとんどそう思っているはずだ。

でも本当は、その型破りな信長の活動が気に食わない奴の方が多かったんだろう。家族も裏切るほどに。


「あの甲斐の虎も若い頃父を見限り当主となった後に実弟に裏切られた。そんなものだ、この戦国の世の血縁とは。娘や姉妹も周辺国の同盟道具でしかない。血の結束とはよく言ったものだ」


信玄って裏切られたことがあったのか……やっぱり戦が無い平成とは大違いだな。


「お前の家族は相当仲の良い方だと見える」


良い家族だな、と言って信長は笑った。もしかして励ましてくれたのか……?励まし方が不器用だな。

俺は少し照れ臭くなって、「まあな」とだけ言って笑い返した。


「そういや……話を変えるけどさ、前に言ってたこと……」


信長に問いかけた途中で、信長が眉間にシワを寄せてこちらを見た。やっぱり何か言ってはいけない話題なのか……?

いや、待てよ。俺を見るには少し視線がズレている。どうやら信長は俺の背後を見ているようだ。


「……は?」


振り返った俺が見たのは、こちらに向かってくる砂埃……じゃなくて、武装した大軍だ。


「な……の、信長!」


咄嗟に出た言葉は信長の名前だ。驚き過ぎて思考回路が停止しかけている。

だが、珍しく信長もその様子に呆気を取られたようだ。


「何故だ……」


ただ一言、そう言った信長の頬から冷や汗が伝う。

このままじゃ城下の人達が危ない。信長が以前張っていた安土城下の結界はもう使い物になっていないようだ。確かに、それで何も言えなくなるのは仕方ない事だろうが……


「何故、軍旗にあの家紋が描かれているんだ!」


俺の予想とは違う信長の怒りの混じった声に、俺はもう一度、次は兵士達が掲げている旗に注目した。


黒丸の中に白抜きで描かれた「二」の字。


歴史の知識真っ白な俺には家紋なんて到底知る由も無い。


「『足利二つ引両』……今川軍だ」


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