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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
57/64

始まるのは、サヨナラ


伏見での一件から一ヶ月後。


「はあ〜今年も終わりか…」


俺は今年も結局戦国時代で年越しをする事になってしまった。

ちなみに俺は今、安土城で行われてる(やっぱり信長主催の)忘年会兼新年会に参加してる。

今年は信長が若い頃(いや前も若かったんだけども)に戻ってしまったので小規模でやろうということで俺達は城内で宴会だ。

城下を見ると信長が今年もすげぇ行きたがってた祭が催されている。


「今年も城下は賑わっておるな」


縁側から提灯やらで彩られた夜の城下を眺めていた俺に光秀さんが話しかけてきた。酒で酔ったので風に当たりに来たのだと言う。

確かに光秀さんの言う通り、昨年の祭と違って信長達がいないのにも関わらず賑わっている。


「お前は今年も自分の国に帰る事ができずに……家族も心配しておるだろうな」


そういえばこっちでは2年ぐらい経ってるけど……平成も2年経ってるのだろうか。

だとすると茜も高2になってるのか……俺はまさか、行方不明者……⁉︎深く考えるのは止めておこう……

俺は引きつった笑いで話をうやむやにした。


「今年は……宴も少し人数が少なくて寂しくなったな」


確かに……三左さんがいなくて、信玄と謙信もまだ帰って来ていない。少し人数がいないだけで雰囲気もガラリと変わってくる。


「でも、今年は政宗達がいるから」


俺は咄嗟に暗くなりかけた空気を明るくしようと背後の大広間を振り返って言った。

今年は政宗と愛、小十郎さんがいる。政宗は酔っ払って寝たらしい信長を必死に起こそうとして信長の肩を揺さぶっている。信長って酒弱いのかよ、意外だ……

あれ、今の信長って未成年じゃなかったっけか⁉︎俺より2、3歳年上だとしても……ダメじゃねぇか‼︎あ、いやこの時代はいいのか?


「……新しい世代への交代の時期、か」

「え?」


光秀さんが何か呟いたのだが、俺には聞き取れなかった。光秀さんは何でも無い、と話を逸らす。


「お前とこうして話すのは初めてかもしれぬな」


あ、確かに。光秀さんは信長とかと真面目な話してるか外は足軽とか兵士のみなさんの訓練の方行ってるし、俺は俺で戦国武将に良いようにいろんな場所に連れてかれるし……

信長を裏切った奴だからどんな意地悪な性格してんのかと思ったらめっちゃいい人だし……イケメンだし。こういうのはきっと美丈夫ってやつだな。


「お前はきっと武芸の素質があるぞ、どうだ一度俺と手合わせしてみないか」

「いや、マジ怖いんで……結構です」


おっかねぇ。この前の騎馬隊の戦い思い出すと震える。その代わり俺は馬の乗り方を教わる事を頼んだ。すると快く引き受けてくれて、本当いい人。

こんな人がどうして信長を裏切ったりしたんだろうか……あの酔っ払い見ればきっと信長自体に問題があるんだろうけどな。

だが本当に謎なのは、何で一度裏切った信長にまた仕えているんだろうか。

それもきっと、いつか分かる日が来るのだろうか。


「樹、危ない‼︎」

「え?」


江の声が背後からして振り返った途端、酒瓶が俺と光秀さんの間を掠めて庭で大きな音を立てて割れた。

その瞬間俺の体温がぐっと下がったのを感じた。震えながら顔を合わせた光秀さんも青ざめている。


「……と、そろそろお開きにせねばならんな」


光秀さんは乾いた笑い声を出して広間へ入っていった。酒瓶は犬千代の手から滑って飛んでったらしい。犬千代は軽く俺達に謝ってきたが、当たってたらひとたまりもなかったぞ……なんて奴だ。

光秀さんが広間へ足を入れた途端、その場の雰囲気が一気に氷点下のように下がったのを感じた。


「皆々様、明けましておめでとうござりまする」


胡座をかいて両手の拳を床につけて頭を下げた光秀さんを見てその場にいた全員が時が止まったようだ。

顔を上げた光秀さんのこめかみには、青筋が浮き出ていた。


「全て片付けなされませ‼︎」


その夜、安土山の屋敷周辺に光秀さんの怒号が響き渡った。



年が明けた頃、俺達は光秀さんに言われた通り安土のの屋敷の大広間の掃除をしていた。

どこからともなく響いてくる除夜の鐘を耳にしながら、年が明けたにも関わらず屋敷内は暗いオーラが漂っている。


「そういや、信長は?」


俺が御膳を重ねながら聞くと、小十郎さんが荷物をまとめながら教えてくれた。


「信長公なら酔いが覚めるまで別室で風に当たっておられると光秀殿にお聞き致しましたぞ」


信長や光秀さんとは違って政宗や小十郎さんは鬼術を使っているとはいえ、まだ生きているから忙しそうだ。

家康さんも昼までは安土にいたんだが、それから自分の居城のある江戸の方へ戻っていった。


「魔王め……酒に弱いなんて聞いてなかったぞ」


政宗も自分で荷物をまとめながらブツブツ文句を言っている。酔った信長にでも打たれたのか紅葉の様な赤い手の後が残っている。起こされて怒った信長にビンタされたっていう回想が容易に想像できる。


「ところで政宗達はいつ帰るんだ?」

「ああ、早朝にはこの安土屋敷を出るつもりだ。早くても十日……それ以上はかかるかもしれねぇが、俺もこれからはやんちゃしてらんねぇからな」


政宗もやっぱり大名だからな。一度は共に西国の旅をした仲だけど、もうしばらく……いや、もうきっと一生こんな有名な男と旅なんてすることはできないだろう。


「俺が城に着いたらずんだ送ってやるよ」


それはなかなか……返答に困る。

という訳で、朝早いという事で奥州から来た人達は自分の身の回りを手早く整えて寝室に入った。


大広間が大体片付いて、光秀さんの声がかかって俺達もそろそろ朝、元旦に向けて睡眠を取ろうとそれぞれの部屋に戻ろうとしている。


廊下を歩いていた時、戸が開いていた部屋が目に入り、縁側に座っている信長の姿が見えた。


「お前か」


少し目が赤いようだが、大分酔いが覚めたようだ。

隣に座れと催促されたので信長の左隣に座った。


「食うか」


丸い小さな脚付きの膳にはリボン結びのように細工されたり、長方形にされた飴が三つ四つ転がっていた。

聞くと有平糖という飴細工らしい。名前だけは親父かお袋のどっちからか聞いたことがある。

口に入れると甘い味が一杯に広がって、宴会や掃除で疲れた体にスッと染み渡る。


「甘党だよな、信長って」


つい笑いがこぼれた。今夜は、下戸だったり甘党だったり、意外な信長が見れた気がする。

そういえばこんなに信長と静かな時間の中で話したのは初めてだ。


「何を言ってる。俺は以前もお前にこれをやったぞ」


信長が有平糖を指して言った。信長の真紅に染まった瞳が月光に照らされて一層光を放っているようだ。

そうだったっけか……?全然俺は覚えてねえ。


「そういや、今年も安土の城下の祭は賑やかそうだったよな!町の人とかが自分達で提灯で明かりつけて去年みたいに……」


俺は気まずくなりかけたその場の空気を振り払うかのように話題を変えた。

ふと信長を見ると、次はキョトンとしていつもの信長らしからぬ表情をした。

しかしすぐにいつもの……いや、いつもよりも険しい顔付きで俺を睨んだ。


「俺が安土城下に灯りを灯したのはもう十年余り前の話ではないか」

「は?」


さっきから会話が全くと言っていい程進まない。信長と俺の間で何かすれ違いが起きている。


「……いや、俺はまだ酒に酔っているようだ」


信長が湯呑みに入っていた白湯を飲み干し、ゆらりと立ち上がった。


「もう夜も深い。お前も早く寝ろ」


そして信長は俺に背を向けて廊下の、暗闇の奥へ消えていった。


俺も、色々な事がありすぎて何か忘れてる気がした。有平糖の入った膳を眺めてぼんやりとしてしまった。


俺は何か……忘れちゃいけない大事なことを忘れているような……


少し細くなった月を見て、信長の背中を思い出した。

そういえば……信長の髪、去年に今の姿になった頃から伸びてたか?


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