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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
56/64

ジレンマ


「撤退だ‼︎深追いはするな、退け‼︎」


光秀さんの大声に兵達は退く。

城内に入った俺達は背後で兵を構えていた光秀さん達と合流した。

光秀の隊に加わっていた忠勝が家康さんの前に膝をついた。


「実は石田治部少輔殿の隊三百程が我々の存在に気づいていたのか……殿が城へ入られた直後に進軍して参りました」

「そうか……迂闊であったな。して、損害は?」

「は、明智殿の隊十四、森殿の隊二十、両隊に死者はおりませぬが……服部隊に五十の負傷者と三名の死者が」


家康さんが顎に手をやって考える。そういや忠勝の前では敬語じゃねぇのな。

そこに忠勝の家臣らしき甲冑の男が走ってきた。


「ご報告申し上げます‼︎退路に、突然敵軍らしき隊列がおよそ五百!」


それを聞いてその場がざわついた。みすみす逃がさねぇってことか⁉︎


「次郎三郎よ、背後に控えさせたお前の銃兵百……俺に貸せ」


信長が前に出て家康さんに申し出た。家康さんは信長の手を煩わせる訳にはいかないと言わんばかりだが信長は余裕の笑みを浮かべた。


「俺に任せろ。銃兵百もおれば五百の敵兵など赤子も同然よ」


信長の様子を見て止められないと悟ったらしく、家康さんは他の兵も配置につかせた。


「先陣に信長様の銃兵隊、明智殿の騎馬兵隊という隊列を組んで進軍しましょう。そして殿軍に森殿の歩兵隊と……半蔵、頼みますよ」

「御意。次はヘマしませんよ」


それだけ言って半蔵はまたどこかに消えて行った。

俺は家康さんの側にいるように言われた。多分一番安全だからだろう。

俺も鎧……とまではいかねぇけど体守る物が欲しくなってきたな。

途中で家康さんが俺の体調を聞いてきた。多分さっきの場面を見ていたから心配してくれたんだろう。俺はもう大丈夫と言った。本当に大丈夫だし。


そういや、秀吉は俺がこの世を変える事なんか無理だとかいうような事を言っていたな……

確かに……この戦国時代は俺が知っている戦国時代とはちょっと(いや大分)違うかもしれないけど、俺はそんな事の為にここへ飛ばされてきたのか?

俺が、この世界を「本当の戦国時代」に変えるために?


「この第六天魔王が銃兵を指揮しておる事も知らずにのこのこ来おったぞ……間抜けな軍め」


そうこうしているうちに敵軍が大分近くまで来ていたようだ。信長が待っていたぞと笑って、銃兵達と発砲の準備をしている。

ん?信長も撃つのか?


「良いか、我らは百しかおらん小隊だ。百発百中した所で残りは敵はまだ四百、弾込めしているうちに俺達が死ぬ。この一発で決める。後は潔く後方に回って次郎三郎の周りを固めろ。合図したら放つ。銃兵、構え!」


俺達の軍勢の方が勝っているのにあちらの足音が妙に大きく聞こえた。

そういや俺ってまともに戦場に来たのは初めてかも…!

五百人の足音にリズムを合わせて信長達が銃を構えた。待った、これ……また人が死ぬパターンじゃないのか⁉︎


「放て!」


信長の声と同時に銃声が轟く。敵兵の前方が少し倒れているのが見える。そして信長の声と共に一気に銃兵が八の字に分かれて、その真ん中を突き破るように光秀さんの騎馬兵が敵に突っ込む。あれ、騎馬だけじゃなくて弓持ってる人もいるじゃねぇか。


でもなんか……上手くいきすぎな気がするんだよなぁ……


「大変です、殿‼︎後方に鶴の丸の家紋の軍旗が‼︎」


俺の嫌な予感が的中したみてぇだ……

俺達はいつの間にか進軍するどころか退くこともできないはさみ打ちにされていたようだ。


「鶴丸紋……森か!」


馬に乗った信長が物凄い形相で後方を向いた。森……三左さん⁉︎


「信長様!危のうございます!」


家康さんが後方へ馬を走らせようとする信長を引き止める。だが信長は聞こうとしない。


「俺も行く!」


俺も行けば少しは信長の暴走が止められるかもしれない。


俺は信長が乗った馬を追いかける。


信長が急に止まったのを見て、俺も息絶え絶えに足を止める。信長が見つめる方向に目を向けると、俺も信長も見たくなかった景色が目に入った。


「三左さん‼︎」


敵の槍に胸を突かれる三左さんが、目の前にいた。

突かれた場所と口から赤黒い血が吐き出される。

その槍は、以前刺客として三左さんと一度戦った、三左さんの息子……森長可その人だった。

それを見た途端俺の足が、体が、全く動かなくなってしまった。

この時代に来てすぐの頃に追われてた俺と江を助けてくれた三左さん。なんで、あんたが……!

……待てよ、もしかして鬼術で助かるのか?


「無理だ。三左は既に宇佐山で鬼術を完成させた。心の臓を刺されれば……死ぬ」


信長が震える声で言った。意外だ、いつも何があってもあまり感情が顔に出ない信長がこんなに表情を変えるなんて……


その時、俺達の背後から怒声が聞こえた。怒声なんてもんじゃねぇ、雄叫びだ。雄叫びが周囲一帯に轟いた。


「利家⁉︎」


その声の主はまだ本来の姿を留めた犬千代……利家だった。敵兵と対峙していたのか、さっき拭いたのにもう返り血が付いている。

その顔は怒りに満ちていた。犬というより、その気は狼の様に鋭い。


「てめえ……許さねえ、許さねぇよ‼︎」


犬歯がまるで牙のようだ。あんなに怒った利家は初めてだ。それだけ、利家にとって大切なタガだったんだろう、三左さんは。


「槍の又左……前田又左衛門利家。本気になった貴殿と一度、手合わせしたいと思っておった!」


以前見た寡黙さはどこへやら、利家を見た瞬間嬉しそうに笑った。

ああ、きっとこれが、武人って奴なんだな。戦う事が生き甲斐なんだ、この時代の男って。


「殺す‼︎」


そこから、利家と森長可の互角の一騎討ちが始まった。

俺と信長は膝から崩れ落ちた三左さんに駆け寄ると、三左さんは口から血を吐き出して顔を上げた。


「はは……倅に殺される最期とは、格好悪いな」


掠れた声で三左さんは笑った。なんで笑ってられるんだ、きっと痛い、痛いなんかじゃ済まねえのに!


「でも何でだろうな……息子の成長だと思うと、これが嬉しくてしょうがねぇ……ここまで、人間で無くなっても生きて……よかったなんて思っちまうんだよ」


目に涙を溜めて言う三左さんの震える言葉に、俺は貰い泣きしてしまった。この時代に来て初めて泣いた。

だってこの人は、この時代で浮いていた俺を、初めて受け入れてくれた人なんだ!


そして、俺達のすぐ側で一騎討ちが止まった。

俺の頬にどちらかの血が飛び散った。


「見事……御見事、前田殿!」


利家は首筋に長可の槍が掠って、そこから血が吹き出していた。しかし長可は、胸に槍が刺さりながらも、笑って利家を讃えた。それを見た利家は苦しそうな顔で槍を抜いた。

槍を抜いた途端、長可は三左さんの傍らに倒れた。目を閉じ、その口は微笑んでいた。


それを見た三左さんも安心したように微笑み、閉じた瞼は二度と開く事は無かった。


長可は無数の薄紅の花びらとなって空に舞い、三左さんは身体中がヒビ割れて砂となって大地に空に跡形も無く舞っていった。


「鬼に近い者は花弁となって、遠い者は砂になると次郎三郎から話は聞いた……三左はまだ、人間に近かった……人間としての己が生き残っていたのだな」


信長がぽつりと呟いた。その表情は前髪に隠れて見えなかったが、きっと誰よりも悔しい思いをしただろう。後から知ったが、三左さんは今信長の近くにいる家臣の中で一番古参だったらしい。


静かな空気を割るように、幼子のような泣き声が響いた。未だ男姿の利家がそこにいた。彼は地に両膝をついて大声で泣いていた。


その泣き声は、傾いた日が沈むまで、家康さんの本隊がいる場所まで響いた。


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