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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
53/64

岡崎城にて


「瀬名、事態は一刻を争います。実は……」

「知ってるわ。信長が太閤に捕らえられたんでしょ。太閤軍に私の密偵を紛れさせていたから。

……まさかあの猿が太閤なんかになるなんて、浮世は何が起こるか分かったもんじゃないわ」


足早に岡崎城の外れの寺の長い廊下を俺達は歩く。

その途中、家康さんが俺を紹介するとその反応は薄かった。瀬名姫曰く「元康以外の男は鳥糞よ」らしい。辛辣過ぎる‼︎ここまで反応薄いとなんかこう、俺のプライドが傷つくというか……まあ、そもそもこいつらが人間じゃねぇからこっちが驚くけどな。

奥の部屋に招かれ、瀬名姫が勢いよくその襖を開けると、少し薄暗い部屋にはたくさんの書物と陶器で出来た瓶やら皿など、多分研究かなんかに使った小物が散らばっていた。


「私も自分の体を実験台として鬼術を完成させたわ。……まだあまりこの術が世間を騒がせていない頃、未完成な術を纏った私は、早く完成させたくて血迷っていたし、元康の生母にあらせられる於大の方様をはじめ周囲からも疎まれていた……あれから20年、私は鬼術に全てを捧げてきたわ」


瀬名姫の目は力強い光を放っている。


「この20年、世間からすれば余り良い結果とは言えないだろうけど、私からすれば重畳よ」

「鬼術の研究って……具体的にどのような事を?」


自分にも説明されていなかった事態に不服そうな半蔵が俺も気になっていたことを聞いた。

すると瀬名姫はふふ、とまた得意げに笑った。


「若返りや、一度死なないと完成しない原理……この辺は幾ら調べても術を作ったのが人間じゃないから行き着かなかったわ。それと、違鬼となった人間が砂として死ぬ者と花弁となって死ぬ者に分かれる理由……鬼に近い者程花弁となって散る確率が高いということが分かったわ」


砂……俺がこの時代に来てすぐ、蘭丸や信玄達と見たあの光景は忘れてない。

鬼術として不死身に近い強さを持った兵が砂として崩れていったこと。

でも、花弁は見たことねぇな……


「その他にもいろいろあるけど……今言うほど大それた物はこれ以上ないわね……」

「ありがとう、瀬名。引き続きよろしくお願いしますね」

「愛する夫の為ならなんだってするわよ、私」


夫?あ、なんか言ってたような……鬼術の研究の方に驚きすぎてあんまり頭に入ってこなかったけど……

この人ら、夫婦!!!?

家康さんに、奥さん!!!!??


「おい樹てめー、失礼な事考えてるだろ」


後ろに控えてた半蔵に言われて図星になった。


「それと、話は変わるけど文の事よ。また違う部屋にあるからついてきて頂戴」


言われて俺達はまた廊下へ出て、次は岡崎城内へ入った。家康さんは生まれ故郷に戻ってきていつもより笑顔がちゃんとした笑顔だ。敬礼する兵達に手を振っている。

いや、言い方おかしいかもしれないが、家康さんはときどき笑顔が何かおかしい時がある。何かこう、苦しそうっていうか無理してる感じの……


そうこうしているうちに天守最上階へ辿り着いた。いっつも思ってるけど、城の階段急過ぎねぇか……⁉︎


「慶長の役とかいう馬鹿げた事を太閤がするもんだから彼方の返事もまあ雑よ。見てこの字、これだからあの蛮人一族は嫌いなのよ」

「本当の事だからって言い過ぎですよ、瀬名」


いや、今さらっと辛辣な事言ったぞ、この夫婦!

確かに横に長い紙にはズラッと字が書かれているが、その字はまた逞しいというか、字はデカいわ掠れてるわで書き手がどれ程焦っていたのかすげぇ伝わる。

でも、たった一枚だけ、達筆で細い丁寧な字があった。何が書いてあるか俺にはさっぱりだが、その手紙からは落ち着いた雰囲気が伺える。

その手紙を顎に手を当てて真剣な表情で家康さんはじっと見た。ほんの数秒で読み終わったのか、顔を上げるとその表情は満足そうだ。


「ちなみに聞くけど、その手紙のやり取りしてた人って……?」


俺が聞くと家康さんと瀬名姫は俺を見て、同じように笑って家康さんが口を開いた。


「樹殿は、薩摩国はご存知ですか?」


さつま……?さつまいも……の名産地……?


「九州は最南端……西海道に属する中国。現在は九州で最大勢力を誇る島津家の本領です」


九州最南端。じゃあ多分きっと鹿児島県だ!俺の頭の中の日本地図は九州の蟹のハサミみてぇな特徴的な形の場所が鹿児島県だと言っている。


「今は豊臣政権下にあります」


とっ、豊臣の味方⁉︎そんな奴と手紙なんかやり取りしてたのかよ!


「島津……長男には一度だけ伏見で話しましたが、中々肝の据わった御仁でしたよ。次男も先の戦で『鬼島津』として恐れられていたり……敵に回したくない奴等の一人ですからね」


瀬名姫からその手紙を受け取り、家康さんは溜息をついた。


「島津義久……あれ以来一度も上洛しないあの方に、私は興味がありますね」





同時刻、薩摩国・富隈城。


本丸御殿の廊下を伸ばしっぱなしのまま切らず無造作に結わえた日焼けで脱色したような色の長髪を揺らしながらどすどすと荒々しく早歩きをする男が一人。

男は豆や傷だらけの手で、襖をまた荒々しく開けた。


「おい、兄上殿どん!あん徳川家康に文ば(もど)したちゅうのは本当か⁉︎」


目の前にいる背を向けた人物に怒鳴る。男と同じ色の、柔らかそうな長髪のその人物は騒がしいと言わんばかりに耳を塞いだ。


「う〜っさいですよ、又四郎!いつ薩摩へ戻って来たのですか!」

今々(いまいま)だ!くそ、(おい)返事(へし)を止めてたちゅうのに……歳久め、余計(いしれ)ん事しやがって」

「やっぱりお前ですか、私宛の家康殿からの文を勝手に持ち出していたのは!」

「げぇっ!悪ぅ思わんどくれ、兄上殿!これは島津の為に……!」


二人の男が口論していると、そこにもう一人唇の右端に小さなほくろのある、男二人より少し背の低い男が入ってきた。


うるさいやぞろしか!二人共声が大きいから鍛錬してても喧嘩してる声が聞こえるんだけど‼︎」


その証拠にと言うようにその男は左手に弓を抱えていた。


「おう、又六郎。お前までこちら・・・に来ちょったのか」

「いつまでも幼名で呼ぶのはやめて欲しいって何度も言ってるのに……しかし島津の御家が危機とあらば、この命鬼にでも仏にもくれてやりましょうぞ」


さすが薩摩兵児じゃ、と又六郎へと返した又四郎と呼ばれた男は鼻をふん、と鳴らし腕を組んだ。


「又七郎……家久は、鬼になる事は望まずに人間として死んだ」


ぽつりと、部屋の主が呟いた。騒がしかったその場の空気が一気にシンと静まりかえる。

その沈黙を破るように又四郎は訛り言葉で声を出した。


(おい)は戦馬鹿じゃっで(むっか)し事はよく分からん。豊臣じゃろが徳川じゃろが知ったこっちゃないわ。じゃっどん、島津の御家の為なら(おい)も戦える。

……(おい)(かなら)し家久の無念を晴らしちゃるわい!」


それに続いて又六郎も部屋の主へ話した。


「豊臣と徳川は必ず近いうちに大戦をするでしょう。それがいつになるのかは分かりませぬが……五大老の一人とも言われた徳川家康が大坂を留守にしている訳ですから仲は良い訳では無さそうですな」


「家康殿は今は私の『友人』ですから……あまり衝突したくない。

そしてあのインチキ猿に私達は負けた訳ではない。必ず薄汚い腹の中を暴いてくれるわ」


先程までの温和な雰囲気はいざ知らず、殺気立った部屋の主は重い腰を上げた。


「……(おい)は豊臣の者に恩があっで、豊臣方へ付こうと(おも)たけど、兄上殿が徳川へ()っと()なら(おい)も兄上殿と島津の御家の為に戦うど」


又四郎の言葉にその兄はすまなさそうに微笑んだ。


「今こそ(くさ)島津四兄弟(きょで)の結束、(さい)(だんざ)に見せっやる時ぞ‼︎」


島津義久……訛り言葉でその男は鋭く光る双眸でニヤリと笑った。


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