女の事情
それから数日後。
俺達は岐阜から行きよりスピードアップして安土に転がるように帰った。
「あ!皆が門の所で待っていてくれてるわ!」
江が指差す先を見ると、確かに安土の皆がいた。犬千代が元気に手を振ってるのが見える。
「あのな、大変なんだ‼︎これがあーであれがこーで」
「え?は?んん?」
門に着いた途端犬千代が今まであった事を全て話そうとするが、俺には到底理解できなかった。
犬千代の襟首を三左さんがひょいと持ち上げる。
「又左殿、その前に言うことがあるでしょう」
家康が前に出てくる。何ヶ月前と変わらない笑顔だけど、前より疲れ顔な気がする。
それでも笑顔で迎えてくれたんだから嬉しい。
「「おかえり‼︎」」
「「ただいま‼︎」」
笑顔で迎えてくれた皆に、俺達も笑って返した。
*
「……大方の事情は半蔵がよこした文で聞きました。大坂に信長様が……厄介な事になりましたね」
安土の屋敷に入った俺達は、大広間でお互いに何があったのかを話した。
いつの間にか江の姉貴がいるし豊臣秀吉の妻いるし……てかあいつ結婚してたのか‼︎なんかすげぇ敗北感。
ていうか、このおねさんって人……誰かに似てるな……
「一刻も早く信長様の奪還に向かわなければ信長様の身が危ないでしょうが……江姫か北政所殿のどちらかとの交換となるでしょうね」
家康さんはうーんと呻り、しばらく考えこんだ。ていうかなんで江まで?
「どうせ……あの人の事だ、私など必要としていないだろう」
おねさんが初めて口を開いた。思い出した!この声も顔も、茜に似てるんだ!俺の妹の七星茜‼︎妹の名前を忘れるとは……すまん、妹よ。
確かに茜は髪をポニーテールにするくらい長いしおねさんはショートカットで違いはあるけど、似てる。茜が俺と同い年か少し年上ぐらいになったらきっとこんな感じになる。と思う。
「あの人の子も産めず鬼術を習得しても若返っただけで何の役にも立てぬ私の様な女……きっとあの人は、呆れてるに違いない!もう……私の事なんて」
「な、何言ってんだ‼︎」
弱音を吐く妹と同じ顔をした敵の奥さん。妹に似てるせいか、それともまた違う意味なのかは知らねぇけど、励ましてやりたくなった。
「そんな事ねぇよ!その……豊臣秀吉との間に……何があったのかは知らねぇけど、離婚はだめだ‼︎」
「……失礼だが……そなた、名は何と?」
あ、空回り。うわぁ恥ずかしい。江とその姉貴の初さんがすげぇ冷たい視線送ってくる。そっちは姉妹で仲良くて羨ましいな、チクショー‼︎
「七星樹です……」
「そなたが……!そうか、そうだったか」
あれ?知ってたの?
そういや初対面だった霧隠才蔵とかその辺も俺の名前知ってたけど……何?俺そんな有名人なの?全然嬉しくねぇわ。
「以前……私の夫がそなたの名を呟いていたのを一度だけ聞いたことがある。それ以来私の聞く限り呟いたことはなかったが……間違いなく、上総介殿の次は樹殿、そなたが狙われる可能性は高い」
ん⁉︎なんで豊臣秀吉の方が俺の事知ってんの⁉︎だってこの前なんて信長以外全員スルーだったじゃん‼︎
「思わぬ方向に話が進んでいきますね……全く、相変わらず空気の読めぬ御方だ」
溜め息をついた家康さんはお手上げだとでも言うように片手を挙げた。そこにおねさんはすかさず声を出す。
「次郎三郎殿の心中お察しします。ですが……あれでも私の夫なのです。どうか……」
「あの……どうしておねさんはどうしてこんな目に遭いながらもそういう事が言えるんスか?」
「口を慎め、こ「初姉様‼︎お手柔らかに……」
薙刀を構えた初さんを江が押さえる。何この人、怖い。
「それは……」
「北政所殿……おね殿と太閤殿は、恋愛結婚なのですよ」
口を噤んでしまったおねさんに代わって家康さんが答えてくれた。
恋愛結婚って、普通じゃないのか?
「信長様と濃姫様も、私と妻も政略結婚なんですよ。同盟を結んだりなど隣国との友好関係のために結婚するんです」
へぇ……ほとんど政略結婚なん……ちょ、ん?
「ちょ、ちょっと待ってください。もっかい言ってください」
おかしいというか何か変な言葉が聞こえたような……
「同盟を結んだりなど隣国との友好関係のために結婚するんです」
「もうちょっと前‼︎」
「ああ……もしかして私が結婚しているという事で「それだーーーっ‼︎」
「そりゃ結婚してるに決まってるでしょ、若返ってるから分からないかもしれないけど」
「え⁉︎」
「この城に住んでおられる男性は少なくともご結婚されてらっしゃるのではないですか?」
「マジかよ!じゃあまさか本当は男の犬千「まつーー!会いたいよーー‼︎」
「えぇぇぇぇ⁉︎」
そうか……よく考えてみたらここにいる人達皆若作り集団だ!失礼だけど!
「私の妻とは……まあいずれ会う事になるかもしれませんね。あ、十兵衛殿と三左殿は愛妻家と聞いていますが」
あんな怖い顔して⁉︎ヤンキーみたいな顔して⁉︎嘘だろ⁉︎政宗はまあ分かる。前にリア充見せられたから!
「あの!僕は結婚してません‼︎」
蘭丸が自分を指差して怒っている。すると家康さんが「上杉謙信殿もご結婚されてませんね」と言った。
なんだ、皆リア充してる訳じゃねぇのか……
じゃなくて、いや俺が話逸らしたのが悪いけどさ。
「その……恋愛結婚てそんなに珍しいのか?」
「私のあの人の場合は……あちらの方が身分が下だったせいで随分と身内に反対されたものだ。それでも……」
「それでも?」
「あの人は、毎日のように泥まみれになりながらも私に会いに来てくれたのだ。最初に会った時はしつこい男だと思ったが……最後に根負けしたのはこちらだ。ふふ、今思い出してもあの泥まみれの顔は面白いな」
いいなぁ、何十年も好きな人といれるのは。喧嘩も絶えなかっただろうけど。こういうのは許せるリア充だ。
「なら……絶対仲直りできるって‼︎仲直りしに行こうぜ、大坂城に‼︎」
俺が言うとおねさんが一瞬明るい表情を見せてくれたが、また俯いてしまった。
「それは……もう無理なのだ」
「なっ……なんでだよ‼︎」
「もう既にあの人には……」
「全て豊臣秀吉のせいだ‼︎」
そこに突然立ち上がった江が怒鳴った。初さんも、肩を震わせて俯いている。
「あの男が……全てを狂わせたのだ‼︎我ら浅井姉妹の運命も‼︎」
「お江!やめなさい、おね様が……!」
初さんが止めようとするも、江は止まらなかった。
「全部……あの猿が全部奪ったの!浅井の家も柴田の家も……母上も……姉上様も‼︎」
*
「私達の父上の実家、浅井家は同盟を結んだ織田家……叔父上の妹姫であった母上を輿入れし、私達三姉妹が産まれました。しかし……お江が産まれてまもなく、実父である浅井長政は織田を裏切り自害……しばらくして母が再婚した柴田殿も、三姉妹だけ残して賤ヶ岳で自刃……私達は大坂城に入城することになりました」
初さんが江の代わりに話してくれた。江は別室で濃姫さんとおねさんといる。
「そこで……常に共に行動してきた私達三姉妹は道を違えるようになりました。長女である姉上は太閤の側室に」
そくしつ⁉︎って何‼︎
「側室ってのは、二番目以降の奥方様の事だよ」
俺が前みたいに蘭丸を頼ると、蘭丸は呆れながらも答えてくれた。
「私も自分の生きたいように生きようと……大坂城を出、一度幼少の頃住んでいた尾張に戻りました。お江は……あの子は、太閤の養女となったと聞いています」
「えっ⁉︎」
あの猿の⁉︎あ、だから最初会った時追いかけられていたのか⁉︎
今なんとなーく思ったんだが、もしかして岐阜城の時って……あいつ、信長以外は雑兵だと思ってたりして。
だとしたらかなり自己中じゃね?
「大坂城はお江にとって息苦しい場所だったのでしょう。私がおね様に呼ばれ戻った時にはいませんでした。安土にいると聞いた時にはどうしたのかと思いましたが……少し安心してしまったのも事実です」
初さん、家族思いな人だな。俺は妹と弟が1人ずついるけど、下の方がしっかりしてる。やっぱ兄弟姉妹ってのは誰か1人はちゃらんぽらんが混じってんのか。
いやでも少なくともこの姉妹はまともそうだぞ。1番上は知らねぇけど。
「その……長女ってのは、仇の側室で幸せなのかな」
「姉上は母上や父上が先立ってしまい落ち込む私達をいつも側で励ましてくださいました。その姉上が、あの男を一番憎んでいたはずの姉上がこんな……」
きっと、いろいろな事情があったんだろう。俺はそれ以上何も聞かない事にした。
「……さて、こちらもやられっぱなしではいけませんね」
家康さんが笑顔で言った。考え事が終わったらしい。
「家康さん、何かいい案とかあるんスか?」
「直接交渉です」
「はい?」
家康さんは笑顔のままこう言った。
「『人たらし』のお猿の大将殿が動く頃だと思っていましたよ」
……随分詰め込んだなぁ。




