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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
45/64

再び帰路へ


人間の命などたった五十年。それなら一人でやりたい事をした方が気楽でいい。

そう思っていたら面倒なのが敵からも味方からもやってくる。

しかし、神は乗り越えられる試練しか与えないとはよく言ったものだ。


ならば、『死』という試練はどうして乗り越えるのか。


そんな時に小姓の親父が勧めてきた『鬼術』とかいう怪しい術は、まずは『老』という試練を乗り越えた。


男は言った、「『鬼術』は一度死して完成する」と。


こうして五十年以上生きるようになったが、今思うと、



存外、他人と生きるというのは楽しいものだな。






「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁぁぁぁ‼︎」


「何を、子供の、ように、駄々を、こねて、いる‼︎いいから入るぞ‼︎」


「ダァホ‼︎操られていたとは言え前は敵だった奴だぞ⁉︎信じられっか‼︎」


「昨日の敵は今日の友とも言うだろう‼︎じゃあ貴様はなんだ⁉︎何故私と共に旅をしているのだ‼︎」


「はっ‼︎」


「阿呆はどっちだ‼︎」


安土を出発した上杉謙信、武田信玄とそのくノ一、望月千代女は越後の春日山城に再び来ていた。


「大殿ぉぉぉぉっ‼︎私に会うためにまた来てくださったのですか‼︎感激で涙が止まりまぶっふぉあぁぁぁ‼︎」


謙信不在の春日山城を守る直江兼続が主人の元へ全速力で走るが、その主人に蹴り飛ばされる。


「暑苦しいから近づくな」


「ていうかお前いつの間に越後に戻ってたんだよ」


「大殿がご不在である春日山城を何日も空ける訳にはいかぬと思いまして」


五尺程は飛んだのにけろりと無傷で帰ってくる。


「いやそれは私の甥が「他にも私に仰る事があるのでしょう、大殿」


「与六……お前、気づいていたのか」


「そのために人払いをしたのです。どうぞ中へ」


そう言い微笑む兼続は、門を開けた。






「……と、お話した通り私の実家である樋口家の初代当主は本物の鬼に『鬼術』を賜った人間ということです。つまりは鬼術を最初に習得した人間、ということです」


「へぇ……そりゃ、大層なご身分だなぁ」


欠伸をしながら皮肉る信玄の背中に謙信が拳を入れる。


「それで?それがいつしか貧困層にまで知れ渡り今に至るということか」


「ええ。鬼術は手軽に習得できてしまうことが長所であり短所でもある……考えて習得しなければ後戻りすることはできませんがね」


「あのさ、ずっと思ってたんだけどよ」


信玄が背中をさすりながら兼続に向かって言う。

謙信も信玄も今は武装解除している。


「お前の御先祖に鬼術を教えた鬼ってのはかなり物好きだよな。俺だったらこんな得ばかりの術、人間には教えたくねぇぜ」


「それは……確かに」


「私も最初はそう考えました。でも……それが『人間同士を戦わせるため』だとしたら」


「何?」


「樋口家初代当主の時代……元暦はちょうど平家が滅亡する平安末期。武士が登場し日ノ本各地で戦が絶えなくなるのもその頃。偶然とは思えませぬ」


日は既に傾いてきており、夜が近づいている。控えていた千代女が蝋燭に火を付ける。


「それじゃ……その鬼が日ノ本を戦の世に巻き込んだって言うのか?」


「巻き込むとまでは……ですが、誘い込んだ様にしか思えませぬ……‼︎」


兼続が作った拳を震わせている。昔から平和主義の男で戦はあまり好まない兼続だが、最近になって詳しく鬼術の事を父親に聞き、もどかしい気持ちだったのだろう。


「……これからどこに向かうのだろうな……日ノ本も……俺達も」


信玄が呟く。


「……そうだ、大殿方に見て頂きたい巻物が!少々お待ちを、私が取りに行って参りまする!」


少しでも話を変えようとでとしたのか兼続が立ち上がり、部屋から出ようとしたがちょうど額が鴨居にぶち当たり、長身の男が倒れる。

結局、失神した兼続の代わりに兼続の家臣が巻物を取りに行った。






「この文は……」


兼続(の家臣)が取りに行き謙信らに見せた巻物には、その場にいた者全員には解読不明の文が書かれていた。


「……漢字一つ一つはまあ……分からなくもねぇが……何て読むんだ?これ」


「私に聞くな。本物の鬼しか読めぬ字やも知れぬ」


「全て漢字ですが……もしかして漢文でしょうか?……あ!これは大殿の苗字である『上』なのでは⁉︎」


「ふむ……鬼術、いよいよ分からなくなってきたな」


兼続の言葉の後半を無視する謙信に「一つ分かっていることがありますぞ」と兼続が必死に答える。



「鬼術は一度死して完成する」



その言葉は謙信が若い頃、まだ鬼術を習得したばかりの頃に兼続の父親に聞いた言葉だった。


「これだけは確かです」


「そういや……体のどこかに家紋が出るよな」


「ええ。それが普通の人間と『違鬼』の違いを見分ける唯一の手段ですから……あ」


兼続は何かを思い出したのか、巻物を戻しながら言う。


「もう一つありますよ、見分ける手段が……とは言っても」


「なんだ?勿体ぶらずに言え」


「花ですよ」


「花?」


謙信、信玄、千代女が同時に問う。それに頷きながら兼続は続けた。



「最近になって気づいたのですが……違鬼は砂となって消えるだけでなく花弁として散ることもあるらしいのです。その公式はよく分かりませんが」







「結局収穫は少なかったな」


「ああ」


こうして春日山城を後にした三人は信濃国に入り、信玄の躑躅ヶ崎館に向かっていた。


「どうせあそこに俺の兵がいても微力だし……安土に帰るか?」


「奇遇だな、私もそれを考えていた所だ」


「んじゃあ、千代が偵察から帰ってきたら相談してみっか……」


「御館様‼︎」


噂をすればと信玄と謙信が風の音がする木を見ると、いつも無表情な千代女が血相を変えて戻ってきた。


「どうした、千代?」


「躑躅ヶ崎館、大変‼︎」


「あ?」



千代女について行くと、そこには既に灰と化したかつての躑躅ヶ崎館しか残っていなかった。


「こりゃ……派手にやられたなぁ」


「一体誰が……」



「どーも、呼ばれて飛び出て真田軍ッスよ‼︎」



そこには茶髪の赤と白が目立つ忍がいた。その後ろにも数十人程忍が控えているようだ。


「誰かと思えば千代女じゃないッスか。甲賀の仲間を捨て新しい地でのお仕事は楽しかったッスか?ま、武田が滅びた今となっちゃ、楽しいどころか……」


忍の言葉がそこで途切れる。それは、忍の頬をくないが掠めたからだった。


そのくないを投げた千代女は、普段とは想像できない程殺気立っていた。眉間に皺が寄り、くないを再度構える。


「それ以上言ったら……頬だけじゃ済まさない……‼︎」


「へっ……このクソ(アマ)が‼︎」


「やめろ‼︎」


真田の忍軍を名乗る忍達まで戦闘態勢に入った時、信玄の怒鳴り声が響き渡る。


「女一人相手にみっともねぇ事すんな!てめぇ弁丸んとこの猿飛って忍だろう、戦う気はねぇからさっさと帰れ!」


「チッ、武田の御館様の御命令なら仕方ないッスね。それと……躑躅ヶ崎館の事、悪く思わないでくれッスよ」


そう言い残して忍軍は消えた。


「……ま、どうせ館はもぬけの殻だったろうし、良くも悪くもねぇけど」


「それでも、貴様が住んでいた場所だろう」


信玄が呟くと、謙信が返す。心なしか怒っているようだ。


「まぁな……でも、こうやって放浪してる方が俺は気楽でいい。お前もそうだろ?」


(一人の方が気楽でいい。そう思う昔の私は今の私を見てどう思うのだろうな)


兼続が言うに、鬼術の副作用で性別が転換してしまう事があるらしい。

もっと重大な理由かと思えばそんな事かと思った。

今まで気楽に生きてきたつもりだったが、堅物は堅物のままだったようだ。越後のため、主君のため、そして民のためにと捧げてきたこの体だが、「上杉輝虎」は死んだ。


「上杉謙信」が身を捧げるのは……


「ああ。何かに縛られるのはもう御免だ」


謙信が微笑むと返すように信玄も笑った。


謙信は昔から解せぬ所が多々あった。敵に塩を送ったり敵の本陣に一人で突っ込んで来たりもした。

きっと、涼しい顔して普段の生活に刺激が欲しいのだろう。そう思うと謙信という“女”が可愛く思えてきて、敵ながら惚れたのだろう。

信玄自身も、自分が刺激を求めて鬼術を習得し今まで生きている事ぐらい自覚している。

きっと、謙信もそうだろう。


「俺達、案外似たもの同士かもな」


「調子に乗るな。以前と同じ行き方で安土に戻るぞ」


「……千代、何拗ねてんだ?」


「否、空腹なだけ」


「?」


三人はそれぞれ思いを胸に、安土へ帰還することにした。








これから起こる、『天下分け目の合戦』に巻き込まれる事も予想せずに。

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